四十六話:第三位二人
レグナが目覚めたのは、オズマの街を破壊する派手な音が聞こえなくなってからしばらく経った頃だった。
「ん……?」
上半身を起こし、ずり下がった眼鏡をかけ直す。
真上を見ると、風に揺れる木の葉の中に、幹がむき出しになっているのがみえた。どうやら綺麗な街を演出するために植えられた木に引っかかったようだ。衝撃で折れたと思われる枝が、自分の下敷きになっていた。
ふとレグナはあることを思い出した。慌てて頭上と、腕にかけていた予備のエンゼリングがなくなっていないか、触って確かめる。
内蔵された魔力を使い切ったり本人が気絶するなど、魔力の流れが悪くなると途端に外れやすくなる。これほど大量に持ち運んだことはなかったが、腕にかけただけでは特にばらばらになりやすいのは明らかである。
一つ、二つ……と頭の中で数える。一つも失くしてはいない。彼はほっと胸を撫でた。
白魔族護衛団から逃げる途中、彼らは突然の爆発に遭った。爆発の原因は、護衛団の魔法が変に作用して、建物から漏れたガスか何かに引火してしまった、といったところだろう。ボロ布の服が、少し焼け焦げている。
「やっと起きたか」
「!」
──こいつは。
黒魔族テトがその辺の瓦礫を重ねて作った椅子に座って、こちらに背を向けていた。いつも群がるはずの黒魔族たちが周りにいないところを見ると、この場にいるのは彼一人のようだ。
「……どういうことだ。僕が起きるのを待っていたのか?」
瑛士らとの会話を聞いているうちにテトの人格は大体把握していた。頑固そうで、扱いにくそうだ。瑛士に対しては弱いが、それ以外には偉そうな態度をとる。
瑛士の力量と、黒魔族の中の一人であるベリドの力量を知っているレグナには、その態度の切り替えも納得だった。
「喋る必要はない。とにかく第一位のところに案内しろ。その、中央議会という場所、お前なら分かるだろう?」
背を向けたまま彼はそう言って、よっこらせと立ち上がった。どうやらレグナは見下される側にいるらしい。
爆発のせいで中央街のどこかに飛ばされてしまったのだ。仲間とはぐれてしまって現在地が分からなくなってしまったから、白魔族であるレグナを案内役に使おうということだ。
「微妙なところさ、正直。中央議会の中だけでずっと過ごせるほどの力があったわけだからね。色々あって貧民街に放り出されたわけだけれど、その時は視界は閉ざされていた」
「つまりお前は役立たずということか」
「君よりはマシさ」
レグナのその一言をスイッチに、テトが殴りかかってきた。レグナはそれを右手だけで受け止める。もちろん、魔法を使って腕を強化している。
「何のつもりだ? こんなところで余計な魔力を使う予定はないんだが……。それにこんなことをしていていいのか? さっさとオズマという黒魔族を殺さないといけないんだろ?」
「そんなことは後回しで構わん。大した影響はない上に、ここは白魔族界だからなぁ。それよりお前に一つ言っておく。口調に気をつけろ。お前は俺に逆らってはならない」
「なるほど。だが、僕は誰にも従う気は無い。なにしろ自分に自信があるのでね」
「そいつはかわいそうによお!!」
もう片方の腕で殴りかかる。レグナは今度は左腕でそれを受け止める。
「何がかわいそうだって?」
「ぐっ!?」
レグナは二つの拳をぐっと掴み、手から破壊系魔法を放出した。テトは発動までの一瞬のタイミングで逃れた。
「とても死にたがっているやつの行動とは思えねえな」
テトは汗を拭い、荒れた呼吸を整えるために深呼吸をした。
「可能性を見出せたのさ、この白魔族界を壊せる可能性をね」
「よく分からねえことを言いやがる」
「分かってもらうつもりはない」
「気に入らねえな。俺に逆らうその目。……いいだろう。罰を与えてやる」
テトはレグナの頭上のエンゼリングに手を伸ばした。もちろんレグナはそれを後退して避ける。
「無駄なんだよ!」
勝ち誇るテト。伸ばした腕の、手首より先は消えていた。対象を移動させる魔法、転移系だ。移動先はもちろんレグナのエンゼリングの上。
「お前の魔力! 没収だ!」
テトはエンゼリングを掴んだ。貯められていた魔力がテトに流れ込む。
「……う!」
苦しみの声をあげたのはレグナではなく、テトだった。
「当然だろう。お前たち黒魔族に適した魔力と、白魔族に適した魔力は型が違うんだから。慣れないものを取り込もうとすると、体が拒否反応を起こす」
「お前……わざとか?」
「そっちが意地になって奪おうとしたんだろう」
「うがぁぁあああっ!!」
テトはレグナに向かって飛びかかってきた。掴みかかろうとするが、レグナはそれを落ち着いてかわす。
「大振りなんだよ、君の攻撃は。それじゃあいくら魔力があったとしても当たらない。当たらなければ、どんな強い魔法も意味がない」
「……」
二人は見つめ合い、お互いに視線をそらさなかった。
その時、ふと周りの音が消えた。そして二人の元に眩い光が降り注いだ。
「……なんだ、これは」
「おい白魔族、あれは……?」
二人は攻撃をやめ、その光の正体を探った。そしてそれはすぐにわかった。
建物の隙間から見えたのは、巨大な魔法陣の一部だった。距離にしておよそ数キロ先にあると思われるが、大きさ近くの建物と同じくらいである。つまり、遠近感が狂うほどの巨大さだった。
術を発動した魔族の姿は確認できないが、レグナはその魔法の規模で理解した。
「メガ……」
「ほう。あれを出したのは白魔族か。……はっ。魔法を使うのにわざわざ絵を描くのは素人だろ」
「絵……。何もわかっていないな、君は。あ、あの陣の大きさが分かっているのか? あの大きさの魔法を一瞬で作り上げるには、相当な技が必要なんだ。魔力は多数のエンゼリングを……使えば、なんとかなるが……」
テトは、レグナの声が震えていることに気がついた。それどころか、足も震えている。先ほどまでの様子が嘘のようだった。
「おいおい。お前、震え──」
テトが言いかけた途端、光は一層眩しくなり、予想外の動きを見せた。二人の影も揺れる。
そして数秒後、耳をつんざく轟音が中央街に響き渡った。巨大な魔法に巻き込まれた場所には、もう建物と呼べるようなものは残っていなかった。
「……おい白魔族、案内しろ」
テトはぽつりとそう言った。今の魔法を使える者がどれほど脅威となるかが分かったのだ。仮に黒魔族界に侵入でもされたら困ると。空を飛んでいくことも考えたが、遠くからでもアレを食らえばひとたまりもないため、かなり近づいてから襲撃することにした。
テトの掌の返しように、レグナは呆れたようにため息をついた。
「案内しろ。奴らに姿を見られることのないように、慎重にな」
「これは、案内なのか?」
レグナよりも上の立場にいることをアピールしたいのか、テトは彼の前を歩いた。
──案内役を後ろに立たせるとは、なんておかしなやつだ。
レグナは改めてテトのことを見た。歩き方は実に堂々としている。その逞しい体つきはその辺にいる一般魔族にはいい威圧になる。だが、その世界の上位にいるレグナにはそんなハリボテは通用しない。
──その気になれば、簡単に僕を殺せると言っていたか、そういえば。
「ふっ。舐められたものだ……」
「なんか言ったか!」
「いいや。何も」
どうもそう思えない。強さを示すものが何一つ足りていないように思える。不気味な余裕も、何者も寄せ付けない緊張感も、圧のある空気すらない。
今のも絶対に聞こえていたはずだ。それなのに、バカにされたと思ったのか、すぐに怒鳴ってきた。
──自分に自信がないのか? 苦労するな、プライドが高いだけの小物は。
「おい、白魔族」
「……何さ」
──まずい。読まれたか?
咄嗟に自分の頭の周りに精神系でジャミング的なプロテクトをかける。
「お前は、戦うのは嫌いか?」
テトがそう言って振り向くと同時に、ばっと物陰から登場する三人の護衛団たち。不意打ちのつもりだろうか。
「侵入者を排除する!」
テトはその動きを直視しているかのような、まるで後ろに目が付いているかのような動きで、空中から飛んでくる彼らに向かって裏拳をした。
だが、それは不発に終わった。先にレグナが撃ち落としたのだ。
そして彼はにやりと笑って、テトの質問に答えた。
「好きではない。だが、決して嫌いではない」
「上等じゃないか」
ストッパーがいなくなった二人はためらうことなく、白魔族を倒していった。一歩、また一歩と目的地に近づきながら降りかかる攻撃をかわし、代わりに護衛団に一撃を加えていく。
「もっと急げねえのかよ。次は、どっちだ」
「護衛団が邪魔なんだよ。その建物をこえると中央議会はすぐのはずだ。だからこの辺りで一度姿を隠すぞ、護衛団を撒くために」
「逃げるってのかぁ!?」
「逃げも戦法だ」
レグナはテトの体に触れ、自分に変化系魔法をかけた。触れた部分からテトを巻き込み、二人は一瞬で見えなくなった。そして護衛団が二人を探してどこかに行くのを見届けると、その場にもう一度姿を現した。
建物の崩壊する音が聞こえてくる。それも一方向だけではない。それは、中央議会の被害の大きさと、オズマの脅威度を表していた。
「着々と終焉に近づいているというわけだ、白魔族界は」
レグナは眼鏡を上げ、いつものように笑う。それを不気味に思ったのか、テトは視線を後ろにいるレグナに向けた。
「お前、嫌じゃないのか。自分の世界がこんなにめちゃくちゃにされて。それも、黒魔族に」
「全然だ。僕はむしろ嫌いなんでね、この世界が。むしろやられて清々する。……もしかして同情でもしているのか?」
「馬鹿が」
レグナの嘲るような聞き返しに、テトはそう言って前を向いた。
「だが分からねぇな。仮にもお前が生まれて育ってきた場所なんじゃないのか?」
「その通りだ。だが僕はずっと気に入らなかったんだ、秀才として生まれながらに管理されるだけの世界がね」
レグナは拳を握りしめ、唇を噛んだ。
「……ようやく思い出したよ、僕の目的を。白魔族界で最も偉くて汚い組織を潰す、という目的をね」
「お前……」
「ほら。さっそくご登場のようだ」
レグナとテトの眼前。そこには白魔族中央議会の一人、ピト・アーロンが立っていた。
「んへへへ。レグナ、久しぶりじゃないカ」




