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灰色ノ世界  作者: 新井真
第三章 波乱と幻想の白魔族界!!
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四十話:貧民街


 貧民街は普段と同じ時間が流れていた。

 壊れた家々が日光に照らされて、かつて流れた血が変色した不気味なシミを照らしている。

 男はボロ布のテントで作った個人スペースから出て、窓から外をちらりと覗く。貧民街では壊れた家の中に布やら板やらを敷き、そこで暮らすことが多い。新参者や衰弱しきった者でない限り、通りの側に家を作ることはまずない。

 今日は珍しくいざこざは起こっていない。いつもなら日が昇る頃には早起きの爺さんや昼夜逆転生活の若者たちが喧嘩をしているはずなのだ。

 盗み、脅迫、騙し合い──。この街の至る所から人間の負の部分が滲み出ている。


「ザラルくん、今日はやけ静かじゃないか」

「そうですね」


 彼のテントの隣に、紙箱で作った部屋を構える老人が声をかける。気のいい人で、彼が貧民街にやってきた時から世話になっている人物だ。

 彼が貧民街に身を移したのは数十年も前のことである。仕事を無くし、家族も無くし、家もなにもかもなくなった。

 ぎゅうと男の腹が低く唸る。考え事をすると腹が減る。そのため頭を使わず、ただ呼吸と食事と睡眠で生活することが当たり前になっていた。


「うまい……」


 井戸の水を綺麗にした蒸留水が喉を通るだけで、かなり生き返る。

 彼は目をぱっちりと開き、家の外に出た。そしてとある方向を見つめる。

 そこにそびえ立つはいくつものビルディング。白魔族界の半数の人間が住む大都市である。そして一際目立つ塔を、彼は睨みつけた。

 そこは白魔族中央議会。この世界の運命を決定する機関である。もちろん、貧民街の住民たちはそんなことすらも知らない。ではなぜ、彼は知っているのだろうか。

 それは、かつて彼がそこで働いていたからである。

 なぜ自分が貧民街に落ちることとなったのかは分からない。同期の中にも姿を消していく者がおり、それを不審に感じていた。だが彼らはこの街には来ていない。

 中央議会時代には知らなかったことがある。中央街の周りに広がる貧民街のことである。

 貧民街に住まう彼らは、中央街の者たちのために作物を育てたり、雑務をしたり、また、魔力を収めたりもしている。

 魔法の概念を知らない者がない中央街にはエンゼリングというツールがある。それを使うことで、自身の能力によって様々な魔法を手軽に使うことが出来る。その魔力を賄うために貧民街の者たちの魔力を徴収しているのだ。

 はっきり言ってこの世界は終わっている。こんな超格差の世界、滅んでしまえばいい。

 そう思って、またため息をつく。また余計なことに頭をつかってしまった。


「行ってきます。配給、マシュさんの分ももらってきますね」


 そう言って彼は家を出た。ボロ切れ一枚でできた扉は空気のように軽い。もう鍵をかける習慣さえ失ってしまった。

 腹が減る時間には、中央街から配給車がやってくる。貧民街全体が認識している法則だ。毎日同じ時間に、貧民街のあちこちにある広場にそれぞれ配給をしにやってくる。

 男は配給車の前の人混みを押し、なんとか前に行こうともがいた。


「押すんじゃねぇよ!」

「こっちにはまだなにもまわってきてないわよ!」

「どけ! まだこっちの番だ!」


 配給車の前ではいつも怒号が飛び交う。配給車から乾いたパンを投げる政府の役人は、無表情だった。まるでその辺の野鳥に餌を投げるような目。目の前の食料一つに躍起になる彼らを見る目は、人に向けられたものではなかった。

 役人の後ろで仁王立ちをするのは中央護衛団だ。かつては彼もそうだった。

 貧民街の住人が反抗しようとすると、彼らが前に出てきて鎮めるのだ。ザラルはそのような光景を数回目にしたことがある。貧民街の住人が束になっても、護衛団一人にすらかなわない。

 はじめの頃は屈辱的だったが、今ではもうなにも感じない。


「こっちにください」


 手を伸ばし、二つパンを受け取る。途中でぴょんぴょん飛び跳ね、その邪魔をしようとする者もいたが、 パンはその手をするりと避けた。


「!?」


 パンを奪おうとした男は驚いてザラルの方を見る。視線を感じた彼は、何気ない顔でその場を去った。とにかく自分の姿が配給車から見えなくなるまで、後ろを振り返らなかった。

 彼は魔法を使うことができる。だがエンゼリングを使わなければ、少ない魔力を絞り出すことになる。もともと持つ魔力量が少ないのが白魔族の特徴だ。

 中央街で働いていたときは、主な移動手段に転移系(ポート)操作系(コン)を使っていたため、エンゼリングは不可欠なものだった。それに対して、今の生活では一日に使う魔力量などたかが知れている。外部ツールに頼らなくとも自分の魔力量だけでまかなえる。


──さて、パンも貰ったことだ。そろそろ帰ろう。


 そう思った瞬間、突如大きな衝撃が貧民街を襲った。それとともに轟音が耳に飛び込んでくる。遅れて聞こえる悲鳴。

 自分が先ほどまでいた配給車の方だ。ザラルはパンを持ったまま、音のした方へ向かった。

 建物の物陰から状況を確認する。まだあちこちの建物が崩れたせいでたちのぼる煙が視界を遮る。

 ようやく見えてきた頃には、そこにはなにもなかった。


「なにも……!?」


 彼は目を疑った。先ほどまで押し寄せていた人も、配給車も、廃墟と化していた石造りの家も、全て跡形もなく消え去っていた。


「こっちだ!」

「これは……!」


 爆発音の正体を探しにか、街の人々や別の配給車に乗っていたのであろう護衛団がやってくる。周りの人々に事情を聞くが、もちろん誰も知らない。


「おにいちゃぁー? なぁしてうのー?」


 子供の声が聞こえた。皆がそちらを振り返る。そこにはパンのかけらを片手に見上げる子供と、謎の男が立っていた。

 ぼろぼろの服は貧民街にいれば見ない日はない。だが、彼の場合は日々の劣化によるものではなく、激しい喧嘩のようなものが原因のように思える。服も貧民街の住人のようなただの服ではなく、中央街の、しかも護衛団の偉い役職が持つような上質のスーツのような。


「おに──」


 次の瞬間、子供の口から上がなくなった。そして近くにぽとりとなにかが落ちる。そして、さっきまで子供だったものが倒れる。


「うぁああああああーーー!!」

「いやぁぁあ!!」

「あいつ、なんなんだぁ!」


 落ちてきたものの想像はつく。だが、絶対に見てはならない。見たくない。

 ザラルは人々とともに謎の男から逃げた。

 逃げる途中で護衛団とすれ違った。彼らは勇敢にも、謎の男立ち向かおうというのだ。


「これで……白魔族界を全て壊せば……俺は……次の王になれる……。俺が全てを手に入れる……」


 よく分からないことを言っている。が、ただの頭のおかしいやつではないことは明らかだった。

 先ほど子供を殺した時。彼は目にも止まらぬ速さで斬ってみせた。そんなことができるのは魔法しかない。


「貴様、さては黒魔族だな!」


──黒魔族だと?


 ザラルは走る足を緩めた。そして後ろを振り返った。何人もの人々が彼を押して逃げていく。

 黒魔族という種族の話は聞いたことがある。だが、それはもう伝説上のものでしかなかったはずだ。少なくとも自分が中央街にいた頃はそうだった。絵本や小説の中で出てくる、悪しき心を持った自分たちと同じ魔族。


──それがなぜ……。


「お前! なにしてんだ! ここは逃げるぞ!」


 逃げる人の一人に声をかけられた彼は我に返り、その場からいなくなった。



「話は聞いているぞ!」

「のこのこ攻め込んでくるとは──」


 刹那、切られる首。またそこに体だけが一つ転がる。


「う、うわーーー!!!」

「油断するな! 魔法で奴と距離を取れ! 破壊(トロイ)!」


 魔法弾は男に当たった途端、爆発する。


「やったか!」


 そう叫んだ男は、もう次の瞬間には死んでいた。他の団員も声を上げることなく、背を斬られて絶命した。ものの数秒で死体の山が出来上がった。


「そうだ。こうすればいいんだ」


 男は壊れていた。積み上がる死体を見て笑う。貧民街の中を闊歩するその姿はさながら悪魔であった。

 やがて第二の部隊がやってきた。先ほどと同じく魔法が放たれる。が、それも無駄に終わる。男はもはや疲労、痛みを感じなくなっていたのだ。

 そして短剣を構えた彼は、また斬る。


「白、白、白……。全部……ぶっ壊してやるよ──」


 貧民街には鉄の匂いが漂った。

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