三十九話:開門
瑛士は闘技場裏で一人、魔法を使う練習をしていた。練習といっても、出来上がったゲートの素に魔力をぶち込むだけの仕事なのでそこまで練習が必要となるわけではない。
瑛士は体力を温存するという理由をつけて、休んでいた。闘技場裏はあまり人の手が加えられておらず、林になっている。おまけに闘技場がうまく影を作ってくれて涼しい。
瑛士には一つ気になることがあった。
つい先程、どこかで大きな爆発音がしたのを聞いたのだ。地面が揺れて、少し怖かった。闘技場の中で人が騒いでいたのも知っている。何もなければいいのだが。
──ま、誰も俺のとこに来てないってことはそれほど大したことじゃなかったってことだろ。
瑛士はそう自分を納得させた。
「……ぅ」
「?」
声が聞こえた気がした。瑛士は声の出元を探し、きょろきょろとあたりを見回す。
──誰だろうか、一体。しかも今林の方から聞こえたような……
木々の隙間から見えたその姿。手元にはなにか光るものが。瑛士は後ずさりした。林の影が一歩近づくと、瑛士も一歩遠ざかる。そして、瑛士はついに闘技場の壁に背をつけた。
林の影は雄叫びを上げながらこちらに走ってきた。その姿がはっきりと眼に映る。荒れに荒れた髪、服。自我を失った眼。そして全身についた返り血によって、前半分は赤くなっている。
その顔には見覚えがあるような気がした。顔全体の陰にちらりと光が差すその感じが何かを思わせる。
「非魔族ぅ……!」
「ちょ、何だよ、あんた、それ」
男は何も持っていない左手を瑛士の方に向けると、無詠唱でエネルギー弾を放った。瑛士は間一髪のところで避けた。弾は闘技場裏の壁にぶつかり、大きくえぐれる。
「なにすんだ……」
瑛士は頭に引っかかったものが何か、思い出した。
この男を見たのは最初の会議の時。その時は宗真に向かっていきなり魔法を放った。彼のいた場所は瑛士たちより階段、王のいる場所に近いところ──上座に位置するのだろうか──つまり階級第一位。
彼が、オズマだ。
「殺す」
「こっ……」
移動が速すぎる。男は瑛士の目の前に一瞬で移動した。すでに右手の短剣は構えられ、斬撃体制に入っている。
瑛士は腰を抜かし、思わず目をつぶる。
その瞬間、男の声は搔き消える。
一向に攻撃を受ける気配はない。何があったんだ。瑛士は恐る恐る目を開けた。
「えっ……?」
男は一本の木を巻き込んで倒れていた。そして瑛士は、隣にいる魔族の気配に気づいた。見慣れない足。ばっと見上げ、その存在が誰なのかを確認する。
「おいエイジ、なんで無抵抗やねん。危ないやろうが」
──ベっ
「ベリド!?」
そこには、いつもの黒基調の制服に身を包んだベリドがいた。
「ベリドお前、仕事は!? 今日の緊急会議にも出てなかったじゃないか! それくらい重要な仕事だったんじゃないのか!?」
「油断すんな! くるで」
ベリドは瑛士に視線を落とすことなく、正面を睨みつけた。
瑛士は彼の足を掴み、叫んだ。
「おい、質問に答えろって!」
「なんやこんな時に! 非魔族界監視室は救護室とか倉庫とかと一緒に吹っ飛んだ! 監視室全部、元に戻るまで仕事はなしや! もうええやろ、一旦手ェ離せ!」
オズマはゆっくりと起き上がる。そしてベリドを視界に捉えると、歪んだ表情がさらに歪んだ。
瑛士はヒッと声をあげる。ベリドは後ろを向き、なにもない場所に向かって蹴りを繰り出した。
「ベリドおまっ……何し──」
瑛士が怒鳴ると同時に、鋭い金属音が響いた。
オズマは後ろに回り込んでいた。彼の剣を受け止めるために、ベリドは最大限の魔力を靴に込めていた。
「うっ……」
瑛士は息を詰まらせ、はあはあと苦しそうに深呼吸する。このどっと疲れた感じは懐かしい。
「すまんな、まだお前の魔力吸い取れるみたいやわ」
「お、お前ってやつは……」
ベリドはオズマの剣を蹴り、林の方へ跳んだ。そして適当な枝を一本拾い、それに魔力を込めた。
「こんなえなるまで血ィ浴びて……。どんだけ人斬ったんや」
「うるさい……! お前……お前お前ェェエエ! 俺の仕事を奪いやがって! なぜお前なんだ! なぜお前がァァアア!」
「な、なんのことや」
「王に認められるのは俺だァァア!!」
ベリドは、オズマの攻撃を枝で受ける。ががががっと工事現場のドリルのような継続した音が響く。力は強さと動きの速さを物語っていた。ベリドの枝が壊れ、彼本体が攻撃されるのも時間の問題だった。
「トロイ!」
瑛士は手を突き出し、叫んだ。不意をつかれたオズマだったが、彼はそれをうまく体を捻って避けた。
「た、助かったわ」
「だろ?」
瑛士はベリドににやりとした顔を見せる。そして瑛士も手頃な枝を拾い上げ、それを武器とした。
「二人まとめてェ……! 殺す!!」
オズマがそう叫び、走ってきた。
「ベリド、任せろ! オズマの攻撃は俺が受け止めてやる!」
「そっちちゃうわ」
ベリドは後ろに向かって破壊系を撃った。なぜかそちらで爆発が起こる。そしてベリドは武器を思い切り振る。
オズマが闘技場の壁に吹っ飛んでいく。そして、硬い壁に大きなヒビを残し、近くの草むらに転がっていった。
「助かったぜ……」
「やろ?」
今度はベリドが瑛士に言う。
「どうして分かったんだよ? オズマが後ろに来るって。最初の時もそうだったじゃないか」
「……見てもたんや」
「何をさ」
「……街の、惨状や」
ベリドは、非魔族界監視室が破壊されてからのことを話した。
突然の爆発が起きた時、ベリドは間一髪のところだった。魔力の急激な変化を感じ損ねれば、防御の体制を作ることが出来ずに大怪我を、又は死んでしまっていただろう。とっさに身を守るように体を丸め、魔法で体を強化し、さらに周りに衝撃を緩める膜を張ったというのに、壁を突き破って隣の部屋に来るほどの衝撃を受けて背骨が折れたかのような痛みを感じた。
しばらくじっとして痛みを和らげていると、外からがやがやと声がする。大きく開いてしまった穴から下を覗くと、城には多くの人が押し寄せていた。
「はじめは野次馬やと思ってん。やけど、よう聞いたら『助けてくれ』ってのが聞こえたんや」
「どういうことだ?」
ベリドが盗み聞きしたのは『街で見慣れない謎の魔族が人を殺している』という情報だった。会議にこそ出ていなかったが、白魔族来襲の件はルシルから聞いていた。そのため、また白魔族 の仕業だと思い、一人で街に向かった。
街にはおぞましい死臭が充満していた。辺りには血が飛び散り、そこら中に人が倒れている。よく見ると、どの人も背中を斬られていた。一切りでやられた者、骨が見えるまでぐちゃぐちゃに斬られ──抉られた者。その傷は多種多様だったが、『背を何かで斬られた』という点は一致していた。
「んで、一番近いでかい魔力を追ってきたらここに来たってわけや。まさかオズマやったとはなァ……」
「……ひどい」
瑛士は震えていた。その感情は恐れなどではなく、紛れもない怒りだった。
「ひどいじゃないか。いきなり何もしていない人を殺すなんて」
「正直何を考えとんのか分からん。一般市民殺したらあかんやろ。これ以上被害が出る前にあいつを止めなあかん」
瑛士は、ベリドの声に怒りがこもっていたように聞こえた。
「危ない!」
ベリドが叫ぶ。瑛士もその言葉に反応し、背面に思い切りジャンプする。
林の方から火球が飛んできた。オズマはいつの間にかまた林に姿を隠したようだ。
「逃げるんかと思ったけど、違うみたいやな」
「俺たちに恨み持ってそうだったからな。とにかく気に入らないものは殺していくつもりなのかもしれない」
「なるほどな」
瑛士とベリドも破壊系を林の中に放つ。二対一なのだから、弾の撃ち合いならばこちら側が有利なはず。瑛士はそう思っていた。
だが何かがおかしい。弾はどんどん増えていく。そして、一つの方向からだけではなく、右から、左からと、色々な場所から飛んでくる。
「おい、おかしくないか!? なんだよこれ! こんな大量に……!」
「知らん! その辺は流石にカッゾ第一位ってことなんやろうな!」
枝で火球を弾きつつ、見えない敵に向かって魔法を撃ち続ける。火球の出現する先にきっとオズマはいるはずだ。そう信じて。
その時、死角からの攻撃が瑛士に命中する。
「うぁああああああ!!」
「エイジッ!」
瑛士の服が燃える。瑛士は地面に転がり、もがく。
ベリドは自分のベストを脱ぎ、瑛士に巻きつけた。とりあえずこれで火は消えるはずだ。
「くそ……どこにおんのや……。こんなことやったら先にあいつら呼ぶんやったなあ……」
ベリドは闘技場に目をやった。
今、闘技場には白魔族界とのゲートを開くためにカッゾたちが集まっている。ベリドは自分の力だけでなんとかなるかもしれないと思った浅はかさに情けなさを覚えた。
だめだ。万事休すだ。迫り来る火球を前に、ベリドは抵抗することなく、立ち尽くすだけだった。
「そこだ」
急に放たれる一筋の魔法。それはベリドの足元から林の奥へ一直線に伸びる。木々の間からは苦しむような叫びが届いてくる。
「エイジ!?」
ベリドが足元を見る。そして彼は自分の目を疑った。彼の半分焦げたベストをのけて立ち上がる男の姿は、見慣れたものではなかったからだ。
「エイジお前、なんやその格好……。その羽根、まるで白みたいやんか」
「なるほど、江里さんたちが言ってたのはこれか……」
瑛士の姿が変わった。かつて白魔族レグナと戦った時と同じ、白い髪と三対の半透明の翼を持つ姿に。そして瑛士は自らの魔法への慣れからか、完全に自我を保っていた。
「その姿であの時、あの白魔族を撃退したってことかいな。それにしてもえらい魔力やなァ……」
「なんだよ、嫉妬してんのかよ」
「ちゃうわ、あほう」
瑛士が意地悪く言うと、ベリドは呆れたように首を振った。
「ま、これで俺の仕事もできるってわけだ」
「話は聞いとった。いよいよ白魔族界に行くんやてな」
「ああ。なかなか魔力のコントロールができなかったんだ。トリガーは外からの魔力だったみたいだ。これでいけるぜ」
「やけどその前に……」
ベリドは視線を外す。
「こいつを倒しておかないとってわけだな。……ん?」
瑛士たちの目の前に立つオズマ。だが、彼の様子がおかしい。足音がやけに響いて聞こえる。
瑛士は目の前の魔族に意識を集中する。ぼんやりと彼の魔法が伝わってくる。
──レアテ……ミンド……。なんだ、この量!?
瑛士は頭を振り、自分の頬を叩き、集中を無理やり途切れさせた。
「おい、なんかおかしないか?」
ベリドもおかしい量の魔力を感じたようだ。
「ああ、俺も、そう思って──」
瑛士の言葉はそこで終わった。
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調査から戻ったマクーたちは、作業が終わって休んでいるカッゾに報告をしていた。
「街の被害人数は百を超えたみたいっす! 城が破壊されて、それに便乗したんすかね!?」
「また白魔族がやってきた恐れもあるわ。これ以上被害を増やしてはいけない。兵を三人一組にして見回りをさせましょう」
「待ってください、ウィズさん。もし本当に白魔族だとしたら、三人だけじゃ太刀打ちできないと思うです。犠牲者を増やすだけですよ」
「じゃああなたは街の人を見殺しにするっていうの!? 信じられない。魔力を使い切って動けない私たちじゃもっと足手まといになるのよ! そんなに余裕そうなんだから、あなたが行けばいいじゃない!」
「そっ、そういうことじゃ……」
ドゴォと大きな音がした。今度はかなりの近くからだ。闘技場内の全員はどこから聞こえていたものかは一瞬で分かった。壁の一部に非常に濃い砂煙が舞っていたからだ。
はじめに姿を見せたのはベリドだった。
「ちょっと! 何してんですかぁ!」
ベリドに向かって兵は叫ぶ。せっかく修復作業をしていたところに、また新たに破壊されてしまったのだからたまらない。
彼は煙の中から飛ばされてきて、地面に落ちて動けなくなっていた。カッゾたちは彼の姿を捉えるや否や、転移系で自分たちの元に引き寄せる。
「ベリドくん! 無事だったんすね! 部屋ごとなくなってた時にはどうなったかって心配だったっすよ」
「俺は……大丈夫……だ」
カッゾの前では訛りを隠そうとして、ぎこちない話し方になる。嬉しそうに肩を叩くマクーに、ベリドは気まずそうにしている。
「何かあったのか? その怪我は……」
ボロボロになったベストを見てホーマーが声をかける。急いでウィズが回復させようと駆け寄るが、ベリドはそれを断った。
「知ってる? 今街は大変なことになってるの。白魔族がまた現れたかもしれないの」
「知っとる。そんで犯人ももう分かった」
ベリドはいまだにもくもくと広がる煙の方向を指差した。
そして砂煙の中から瑛士が現れる。半透明な翼は実体を持っているわけではないため、煙の中でよく目立つ。
「白魔族だぁ!」
「また攻めてきた!」
ろくに戦えないシドたちは騒ぎ立て、兵たちは砂煙の前に立つ。
「おい待て! ちゃう……」
「違う! あいつだ! あの非魔族だ!」
ベリドの声を遮り、サラが叫ぶ。その声に兵たちは驚き、構えていた武器を下ろす。
「あれがフウカちゃんたちの言っていた姿ね! 白魔族を圧倒したっていう……!」
ウィズはやっとその姿を拝めたと、興奮気味だ。
「エイジくん! ゲートはできたですよ! 早く魔法を……」
瑛士を呼ぼうとしたジェムは気づいた。それに続いて他のカッゾも気づく。瑛士は今なにかと戦っている。ベリドもその敵にやられてこうなった。
砂煙がはれてきた。そして最後の一人が姿を見せる。いや、一人ではない。そこには二人、いや、三人の魔族がいた。
「おい……あれは、第一位か? 俺の目がおかしいのか?」
「いや、おかしくないみたいです。ぼくの目からも三人に見えるです」
「そうや……。オズマが……分裂した……! そして……あいつが、街のやつらを殺した……犯人だ……!」
「あいつを止めるのよ!」
大声で兵に命令するウィズ。兵たちは二人のオズマに向かって、武器を片手に走り出す。
それに対して、オズマたちはにやりと笑って向かってくる。
正に一方的だった。すでに赤かったオズマの体は、さらに赤みを増していく。
「やめろ! お前の仲間なんだろ!」
「……」
オズマに瑛士の言葉は届かない。ただ殺す、殺すと呟きながら短剣を振るう。
「いい加減にしろ!」
瑛士はオズマに向かって大きな破壊系でできた魔法の弾を放った。が、それは当たらなかった。外れた弾はそのままゲートに向かう。オズマはそれを追っていく。
「しまった!」
魔法弾がゲートにぶつかると、おおきな衝撃波を生み出した。まわりの魔族たちはそれぞれ、闘技場の内壁に叩きつけられた。
ついに白魔族界とのゲートが開いたのだ。
だがオズマだけは止まらない。飛んでくる兵を次々に斬りつけ、ついにゲートに突入した。
そしてゲートは、閉じてしまった。




