三十八話:爆発
あーでもないこーでもないと、黒魔族たちは試行錯誤を繰り返す。
離れたところで数人のシドが、なにやら紙に計算をしている様子が見られるが、計算用紙は数分でくしゃくしゃっと丸められ、投げ捨てられる。決め手となるあと一歩が足りない。少し進んだかと思えば、これは違うというようにすべて消し去り、また一から作り直す。
地面には多くのゴミが散らばり、舞台の上はてんやわんやだ。瑛士は遠くからその様子を見ていた。
彼には最近身についた特殊能力があった。
「ポート……。ストロかけて、またポート。次はコン……かな」
あの苦しい人体実験で体の中の魔力が変な反応を起こしたのか、他人が使っている魔法がそれとなく分かるようになった。今までも、だれかが転移系をつかって飛んでくるときにはきらきらと青い光がちらついていたりなど、その魔法が使われることによって現れる、特徴となるものがあった。だが、瑛士のはそうではない。魔法の種類が、視界を介さずに伝わってくるのだ。意識を集中したらギリギリ分かる、という程度なので戦闘中の相手の分析には向かない。なんとも中途半端な能力だった。
その能力を使い、今度は作業中のジェムたちを見る。
「……っ! ふぅ……」
魔法が複雑に絡み合いすぎていて、頭がこんがらがる。巨大な装置の回路のように組み上げられた魔法は苦手だ。もともとそういうものは嫌いだし、少し恐怖を感じる。
魔法のことはよく分かっていないが、大変そうであるというのは伝わった。そして、自分には魔法の知識がないため、今は役立たずであるということも。瑛士は物陰に移動して待つことにした。
涼しい風が首元を通り過ぎたかと思えば、一つの大きな影が現れた。
「暇そうだな」
そう言ってテトは瑛士の隣に立った。気を抜いていて接近に気付かなかった。
この男が絡むといいことがない。瑛士は表情に出さないように、また、精神系で悟られないように、余計なことを考えないようにした。テトに集中してみると、幸い何も魔法を使っているような様子はない。一安心だ。
「何か、用事でもあるんですか。僕のところまでわざわざお越しくださったということは……」
「お前に用はない」
「は、はぁ……」
機嫌を損ねないようにと意識するあまり、返事は小声に、あいまいになる。
──じゃあ何のために俺に寄ってきたんだよ。うっとうしいし、落ち着かねーし。
瑛士がいら立ちを感じはじめたとき、もたれかかった壁からかすかに一定のリズムの衝撃を感じた。そしてそれは次第に大きくなってゆく。
「すみませんっ。追加の紙、持ってきました!」
風華が瑛士の横を抜け、作業中の黒魔族たちに向かって走っていく。声をかけられたシドは魔法を使って風華の腕からするりと紙を受け取る。風華の近くにいた別のシドが魔法生成に疲れたのかその場に座り込むと、彼女はその魔族に「お疲れ様です! お水持ってきます!」と一言。またどこかに走っていった。
「えっ!? 江里さ……!」
「何もできないことはない」
「!?」
「お前が今できることを見つけ、それを行え。生きている限り、するべきことはなくならない」
テトは諭すような目で瑛士を見た。こいつにそんな素晴らしい人間のイメージはないし、この瞬間も普段の言動からは考えられない。不気味で、気持ち悪い。
風華だって瑛士と同じく魔法の知識はない。だが彼女は自分の今できることを見つけ、それに励んでいる。だからお前も働け。こう言いたいのだろうか。回りくどいし、いつも空気を読まず思った事をはっきりと口に出すテトらしくない。
「えっ、あー、す、すみません! 僕も何かできることがないか、シドの方々に聞いてきます!!」
「待て」
「はっ、はい?」
走り出した瑛士にテトは声をかけた。瑛士は勢いで転びそうになった。
「第七位がお前のことを呼んでいた。奴のもとに行け」
「な……」
──なんでそのことを最初に言わなかったんだバカ!!
そう言いかけて、慌てて言葉を飲み込んだ。余計なことは言わないのが吉だ。
「ありがとうございます!」
とりあえず報告のお礼は言っておく。とにかくこいつから離れたい。
思えばテトが自分より階級が下のジェムの頼みを聞くなんて珍しい。何かあったのだろうか。考えても分からない。
「……珍しくないですか?」
「そうですねー」
瑛士は一連のことをジェムに報告した。ジェムはいったん作業から抜けて、休憩をとっていた。
「テトさんは上下を気にするですからねー、きっとエイジくんにどう接したらいいかわからなかったんじゃないですかねー」
「何それ、気持ちわるっ。てか、どういう意味ですか、それ」
「ははは。『気持ちわる』は酷いですね。えっと、テトさんはカッゾ第三位ですよね? だから今まで自分より上の人と接することなんてなかったわけです。……第一位は彼だし、第二位はその彼に夢中だし」
ジェムの言葉の最後の方は、いつもの朗らかな調子が明らかに崩れていた。
──彼、か。
オズマという人物がどういうものなのか分かってきた気がする。個性豊かなカッゾの中でもひときわ異色な存在なのだろう。ウィズから聞いたあの話と合わせてもこういったとらえ方をされるのも仕方がないのかもしれない。
「で、なんで俺がテトさんより上の立場に? なんかそういう空気になりましたっけ?」
「ここに来るまでの途中でちょっとあったんですよ。エイジくんはフウカちゃんやリックちゃんと一緒にここに向かってたですね? 女の子二人の話についていけなくなっていたりしてましたが」
「見てたんですか……」
瑛士は恥ずかしくなって、顔を両手で覆う。
「はい、もちろんです。その時にウィズさんからエイジくんのことを聞いたですね。なんと白魔法を使えるって。それも調査の結果、大きな魔力を持ってるって。そこからみんなですごいなすごいなーってね」
「あ、そうなんですか」
「特にテトさんは気にしてたですね。何もできない非魔族だって舐めてたらそんなすごいことができたなんてーってね」
ジェムの説明で飲み込めた。テトは自分が優勢の場合はあの調子だが、ひとたび劣勢になるとさっきの媚びたような気取ったようなことになる、と。魔法の複雑な組み立てが苦手な彼がジェムの頼みを聞いたのも彼の『今できること』だったのだろう。
「で、俺を呼んだ理由って何ですか?」
「あ、そうですね。エイジくんの出番が来た時に、すぐにゲートを開けるように準備しておいてくださいって言おうとしたです」
「あっ、はい。わかりました」
そう言うとジェムは大きな伸びをした。休憩から作業に戻る時間らしい。
一緒に作業場に行くと、まだ作業は難航していた。瑛士の姿を見ると、にこやかに手を振るウィズと、不機嫌そうに眉間にしわを寄せる第四位のカッゾ。その二人が対照的で少し面白かったため、瑛士はほほを緩めた。
「まだ時間かかりますかね?」
「うーん。もうちょっとだと思うですよ。サラさんもウィズさんもホーマーさんもぼくも、頑張ってるですから」
「じゃあ僕はちょっと魔法の練習してきますね」
瑛士はその場を去った。闘技場内で練習をすると作業の邪魔になってしまうと思ったからだ。
瑛士の見送りをしたジェムは作業場に戻り、共に作業をするカッゾたちに声をかけた。
「さーて、ぼくらも頑張らなきゃですよー」
「あんたは今まで休憩してたでしょ。あとエイジくんとおしゃべり」
「ホント意味わかんない」
二人からは冷たい意見が飛んだ。
「え……。あっ、ホーマーさん! ホーマーさん、一緒に頑張りましょう!」
「私はすでに最善を尽くしているつもりだが」
そしてホーマーからも追い打ちを受けたジェムだった。
「あっ……はい……ごめんなさい──」
その時激しい爆発音と大きな地響きが闘技場を襲った。なんだなんだと慌てる一同。そこに、あるシドが叫んだ。
「黒魔城が……!」
皆が一斉にそちらを見る。
その魔族の言う通り、城の一部が吹っ飛んでいた。連鎖で今もばらばらと壁が崩れ、空いた穴から現れる煙が天へとのぼっているのが見える。
「な!?」
「どこからの攻撃だ!? 白魔族の気配はないぞ!」
「すごい魔力……! これは……」
呆気にとられる魔族たち。その沈黙を破ったのはマクーだった。
「ひとまず皆さんはゲートを頼むっす! 俺たちが城に行くっす! みんな、行くっすよ!」
「はい!」
マクーと数人の兵が城の前まで転移系で飛んでいった。
「ん……。なんすかあれ!?」
城の周りは騒がしかった。
街から人がやってきて、口々に何かを言っているようだ。シドや門番、兵までもが駆り立てられ、落ち着いてください、と人々を止めている。
視線をそこから外してみても、また別の人々。城の破片で怪我をした人のために救護隊が出動している。だが、怪我人に対して治癒系が間に合わない。別の兵たちが怪我人をおぶって病院まで運んでいる。
「マクーさん、街の人が押し寄せてるみたいです」
「そうっすね。対応はあいつらに任せるっす。俺たちは上まで、もう一度ポートで行くっす」
爆発があった場所はどこか。彼らは徐々に見当がついてきた。同時に、胸騒ぎがした。気づけば彼らは走り出していた。天井には煙が這っており、その出元を辿ると、予想通り救護室だった。
いや、断定はできない。救護室を含めた数個の部屋が丸々無くなっていた。
「ひどいですよ……これ」
「倉庫もぶっ飛んで、薬も無くなってしまいました」
唖然とする兵たち。ふとマクーは倒れている魔族を見つけた。
「ゴースィさん!? なにがあったっすか!?」
彼女に駆け寄り、マクーが尋ねる。ゴースィは気を失う寸前だった。か弱い声をなんとか出し、あったことを伝えようとする。
「オズマ様が……目覚めて……」
「オズマ? どこに?」
ゴースィが指差した先。爆発の中心部と思われる場所。彼の姿ははもちろん、その場にはいなかった。




