三十七話:異世界への扉
再び闘技場に着いた。
行ったり来たりが忙しい。魔力消費が激しいため、マクーやジェムから移動は自分でやってくれと言われた。はじめは苦労したがそのおかげで転移系のコツも分かってきた気がする。瑛士は次の魔法を使うことも視野に入れていた。
風華は闘技場の壊れた観客席がトラウマになっているため途中で離脱、外で捜索することになった。一人では危ないということで、リックが同伴した。何かあったらすぐに彼女を連れて飛んで逃げてくるから安心しろとのことだ。
闘技場にずかずかと入っていくリック以外のカッゾの面々。それに混じって一緒に瑛士も入っていく。見張りをしている強面のシドが何も言わないことを見ると、やはりその階級は本物なのだと思わされる。
「なんだ、そこまで被害はないではないか。お前たちはいちいち騒ぎ立て過ぎなんだ」
テトは現場を見て呆れたようにそう言った。
「ち、違うわよ。これは兵団がここまで全部直したの。最初はもっとひどかったんだから」
「そうっすよ。現場にいなかったのに勝手なこと言わないでください!」
ウィズとマクーは、ついテトに噛み付く。だが彼は悪びれる様子もなく「直してこれなのか」とさらに悪態をついた。瑛士は信じられんと引いていたが、二人はいつも通りだなとさっさと切り替えてホーマー捜索に加わった。
探しても彼はそう簡単には見つからなかった。数分ごとに、当てが外れたんじゃないかと、テトは文句を言った。
瑛士は必死にその姿を探す。彼は白魔族界に行くカギの一人、重要な人員だ。戦士待機階の中央通路を走る。左右の部屋一つ一つに入って確認するも、情報は得られない。
ある部屋に入った時、ある魔族が椅子に座って髪をいじっているところに出くわした。可愛らしい女の子だ。ふわふわとした可愛らしい服は、無骨な闘技場の内装とはミスマッチ。
「……あなたもカッゾですよね。まじめに探してください」
「……」
無視された。瑛士は諦めずにもう一度呼びかける。するとその魔族は面倒くさそうに瑛士を見た。
「なにさ、非魔族」
「いや……別に」
「何もないならボクを呼ばないで。オフの日までキミみたいなやつと話したくはないの」
まず予想通りの反応である。どうやらテトと似た、厄介な性格のようだ。瑛士がはじめて参加した会議中でも一緒になって騒いでいた。確か、名前はサラ。
「やめてよ! ボクとあんなおっさんと比べるなんてさ! 気持ち悪い!」
急に大声をだして立ち上がったサラに、瑛士はつい飛び上がってしまった。また心を読まれたのか。カッゾの奴らは魔法の癖の悪い奴が多い。
サラは言ってはいけないことを言ってしまったかのように口を手で塞ぎ、瑛士を押しのけて部屋から通路に出て、辺りを見回した。そして安心したように力を抜き、瑛士の方を見た。なんなんだ。
「バカにしてる? 失礼だよ? ボクはキミよりも年上だし、魔法も強いんだから」
そう言って、気を悪くしたのかそのままどこかへ行ってしまった。
瑛士ははっと我に返った。こんなことをしている場合ではない。人探しの途中だった。
なにもホーマーだけのことではない。ついでに宗真も探したい、というのが瑛士の考えだった。瑛士がマクーと戦い終わってから飛鳥が連れ去られるまでここにいたとすると、すでに白魔族の攻撃に巻き込まれているかもしれない。見つかってほしいが、闘技場にいてほしくない。瑛士は複雑な心境だった。
『……まぁすか。……答ね……ぁす』
その時、闘技場のカッゾ全員に声が聞こえた。ルシルの声だった。魔法で声だけ飛ばして連絡している。
『皆さん聞こえまぁすか』
その声は明らかに焦っていた。いつものねっとりした語尾こそ残っているが、若干早口である。
「何かあったですか?」
ジェムが尋ねるのが聞こえた。どうやら全員とも繋がっているらしい。他のみんなも声に集中する。
『ホーマーさんが帰ってきまぁした』
「な!?」
「帰って……!?」
「おい、本当か」
捜索はあっけなく終了した。瑛士は宗真を見つけられなかったことだけが心残りだった。まだ探したかったが、今回はホーマーの捜索がメインであり宗真の捜索は瑛士が勝手にしていたことだ。
「ごめんな、ソーマ」
カッゾたちに続き、彼も城にワープした。
ホーマーは酷い怪我をしていた。立つこともままならないのか、壁に寄りかかるようにしている。リックが慌てて回復のために駆け寄る。「すまない」とホーマーは目を閉じた。少しだけだが、表情が柔らかくなった気がする。
「おい第六位、どこに行っていた?」
「分からない。気づけば城の中にいた。……だが、一つ報告がある。とても重要なことだ」
立ち上がった彼は、明らかに不機嫌なその男をいなした。頭を抑えたその手は震えている。誰もなにも言わなかった。彼が言おうとしていることの重さが伝わったからだ。
「あ……あの非魔族の少年が……私を倒し、一人で白魔族界に渡った」
「ええっ、ソーマが!?」
瑛士をはじめ、全員が驚く。
「見てただけなのかしら? ソーマくんを止められなかったの?」
「圧倒的な強さで、私は……なにもできなかった」
「ホーマーさんの怪我見たら分かるでしょ。冷たいっすよ、ウィズさん」
──ソーマが……ホーマーさんをこんなに……。
瑛士は信じられなかった。あの宗真が急に強くなって、カッゾ第六位の男をここまで一方的に傷つけたこと。そして、一人で白魔族界に行ってしまったこと。
宗真はそこまで積極的な人間ではなかったからだ。普段の生活での会話も受け身であることが多く、瑛士の話をよく聞いてくれた。
思えば、宗真が自分から黒魔族界に行くと言い出したとき。あの時から宗真は少し変わっていた気がした。人見知りの宗真があれほどまでにがっつくなんて珍し──
「……今すぐ白魔族界へのゲートを開く! 技術部を連れてこい!」
瑛士の思考はそこで止まった。珍しく自ら行動を起こすテトに、ジェムたちが続く。ぽけーっとそれを見る瑛士に、テトが一喝する。
「ついでにお前もだ、非魔族!」
「ええ、あっ、はい!」
瑛士は彼らの後をついていった。
カッゾ数人と技術部と呼ばれるシド全員でゲートを開くことになった。開く場所は闘技場の中央。理由は人が多く集まれるのと、以前ゲートが開いたと思われて癖が付いていると思われるからだ。
瑛士は、以前ベリドに言われたことを思い出した。彼も黒魔族界と非魔族界のゲートを作る際、学校に行っていた。
「非魔族界との行き来と仕組みは同じはずだ。かかるぞ」
みんなで一斉に取り掛かる。
技術部員たちはよく分からない呪文を唱えて、その隣で別の技術部員が指示を、そこに数人のカッゾが入り、それぞれ魔法を展開している。
「あの、これを今までやらなかった理由てなんですか? 白魔族がそんなに脅威なら、攻め込んでやってもいいと思ったんですけど……」
瑛士はジェムに尋ねた。彼も負担が大きいのか、汗をかきはじめている。
「君がいなかったからかな」
「え?」
瑛士は彼の言っている意味が分からなかった。
「ぼくたちは仕組みを構築する。そして白魔法を使えるエイジくんには、白魔族界との扉をつなぐために最後の実行をしてもらう」
「え、まじすか!」
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場内の救護室は静かだった。もとより数の少ない救護部は皆、闘技場で攻撃を受けた兵のために出払っていた。
オズマはベッドの上で目覚めた。丁寧に包帯が巻かれ、布団を被せられている。
──俺は……負けた?
オズマは頭が真っ白になる。 突然現れた、しかも非魔族にほぼ互角とはいえ負けてしまった。敗北は、あの魔力を得た日から味わったことがなかった。
──俺の何がいけない? 最強のはずの、完璧の、俺が……!! 俺は何をすべきだったんだ? 俺がやつに勝つには? 誰もが俺を認めるには? 俺は何がしたいんだ? 俺は何なんだ?
──俺は…………誰だ?
「うっ……うあああああ!!!」
オズマは発狂した。彼の中にある魔力が溢れ出る。それは宗真と戦った時でも現れなかった、真の魔力。ベッドが吹き飛び、戸棚や窓ののガラスは砕け散る。
「はぁあ……素晴らしいです……。オズマ……様ァ♡ 」
ゴースィはその様子を外から見ていた。




