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灰色ノ世界  作者: 新井真
第二章 次元を越えて黒魔族界!!
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三十六話:暗躍するヤツ


 闘技場はひどい有様だった。瑛士とマクーが戦った時よりも荒れている。辺りでは煙が上がり、転がる壁の破片も、魔法弾が当たって砕けただけではなく、そこに二度三度衝撃を与えたようにばらばらになっていた。


「みなさん大丈夫ですかー!」


 瑛士は闘技場の観客席に出たところで声をかける。補修作業を行う兵団の者たちは突然飛び込んで来た子供に驚きながらも「お、おう」というように各々会釈をした。


「エイジくん、ここっす!」


 遠くの方で瑛士に応えるようにマクーが叫んだ。

 瑛士が駆け寄ると、その姿がはっきりとしてきた。マクーには包帯が巻かれており、大きな怪我をしたことが見て取れた。


「マクーさん! それ、大丈夫ですか!」

「はい。リックさんに応急処置の治癒系(クア)かけてもらったっす。……俺、自分の強さを過大評価してたんすかね。子どもの白魔族相手に、いとも簡単にやられてしまったんす……」


 マクーの肩が震える。自分が情けないやら、申し訳ないやらで感情がごちゃ混ぜになっているのだ。

 その隣で風華はなんとも言えない暗い表情を浮かべていた。そして瑛士を視界に捉えると、急に涙を溢れさせた。


「みっ、みかっ、三上、くぅん。私のことをっ、庇ってっ、アスカ、ちゃんがぁ」


 瑛士は思わず風華を抱き寄せる。彼女も瑛士の体に寄りかかり、すすり泣きをする。


「江里さん、泣かないで。俺、田口さんのこと、絶対助けるから」


 昔の瑛士と違い、周りの目なんて気にしない。泣いている顔は見たくない。安心させてあげないと、という気持ちがあった。でも、でも、と鳴き続ける風華を慰める言葉は見つからない。瑛士は彼女を抱きしめることでしか、不安を和らげることしかできなかった。


「リックさんから聞いたっす。また集まらないといけないんすよね」

「はい。もう時間がないみたいです。とにかく戻りましょう。本当はソーマも見つけなきゃいけないんですけどね」

「じゃあ、彼を探すのはここの兵団員に任せるっす。おーい、頼んでいいっすか?」


 マクーは隣で山盛りのがれきを運ぶ兵数人に尋ねた。彼らは喜んで承諾した。単調で面倒で過酷ながれき運びの仕事がいやだったのだろう。


「じゃあ、俺は戻るっす。エイジくんたちも一緒に」


 瑛士たちはマクーとともに転移系魔法で城まで戻っていった。




──すまねえ、エイジ。今回は俺がなんとかする。


 宗真は隠れてそれを見ていた。一連の様子とひどい闘技場の状態から、どうやら話は本当らしい。

 自分を探す兵団に見られるとまずい。宗真はひとまず戦士が待機するための部屋に入った。その場に転がっていた、古いが丈夫そうな椅子に座る。

 風華を必死に庇って犠牲になるのはいかにも彼女らしい。宗真は相変わらずな飛鳥のことを嬉しく思った。だが、やはり事実を突きつけられるとやはり心にくるものがある。そして彼女を襲った白魔族がかなり凶暴なことが周りから見て取れ、野蛮な白魔族に拉致された飛鳥のことが一層心配になった。そして同時に、怒りを覚えた。

 記憶に植え付けられた魔法の使い方を振り返ってみても、白魔族の世界に行く魔法なんてものはない。また白魔族が攻めてくるまで待つしかないのだろうか。宗真は自身にも怒りが湧いた。


「困っているようだね」

「!?」


 真黒魔王が現れた。本当に神出鬼没だ。いつ部屋に入ってきたかも分からなかった。宗真は椅子から転げ落ちそうになった。


「君は何をしたいのかな」

「真黒魔王……さん。俺は……アスカを助けにいきたいです、白魔族の世界まで」


 彼の力を知ってしまった宗真は、つい敬語になる。


「ふーん。こんなところにいるということは一人で行くつもりなのかな。エイジくんたちには話さないのかい?」

「エイジは今、指示を待ってるだけだからです。それじゃダメだ。俺は一刻も早く助けに行きたいので」

「君の力を持っていたとしても、危険なことがあるかもしれないよ? カッゾたちの協力を待った方がいいと思うけどなあ?」

「あり得ません。危険でも、構いません」


 すると真黒魔王はふっと笑い、宗真から視線を外した。


「空間を破いて穴を無理やり繋げる。それが異なる世界を行き来する魔法のイメージだ」


 そう言うと、彼はノーモーションでゲートをやすやすと開けた。今まで見たゲートよりも形が綺麗で、見るからに安定していた。


「すごい……。ベリドやホーマーさんとは比べ物にならないくらいだ」

「……でしょ? 僕にとっては、こんなの簡単なものだけどね」

「ありがとうございます。では、行ってきます!」


 ゲートに飛び込んでいく宗真を、真黒魔王は手を振って見送った。


「そろそろぶつけてみてもいいかもしれないよね。……さて、そこの君はどう思う? 隠れても無駄だからね。さっき名前呼ばれたとき、心乱れたんじゃないかなあ」


 真黒魔王は隠れて話を聞く男に声をかけた。その男の正体はホーマー。彼は城から宗真を追っていた。そして宗真の発言や行動、一部始終を見ていた。

 正体まで見破られてしまってはここにはいられない。彼は逃げようとした。だがダメだった。真黒魔王に押し倒され、魔法で金縛りを受け、動きを制限された。


「なぁーにやってんのさ。覗き見なんてさぁ。焦ってるからかな。発動までが遅いし、隙が大きすぎる」


 大した感情を込めずに真黒魔王はため息をつく。それに対してホーマーは、苦しそうに声を発した。


「ま、まさか貴様のような魔族がいるとはな。王を名乗るとは不届きなやつだ。今までどこに隠れていた?」

「僕は、真黒魔王だよ」

「嘘をつくな! 私は王の顔を見たことがある。実際に見たことはないが、写真でな! 貴様は誰だ!」

「だから真黒魔王(・・・・)なんだろ。聞くならちゃんと全部聞いておいてくれないかなぁ。それに、隠れるとか人聞きの悪いこと言うなよ。君たちが見つけられなかっただけだろ?」

「なんだとっ!!」


 ホーマーが抵抗する。金縛りは解け、あたりに余波が飛ぶ。部屋全体から歪んだ音がした。


「あの非魔族の少年は本当に白魔族の世界へ行ったのか?」

「そうさ。僕が行かせてやった」

「……今回の、白魔族襲撃の騒動もお前がやったのではないか?」

「そうさ」

「このっ……!!」


 ホーマーはこれ以上ない怒りを感じた。だが、攻撃しようとはしなかった。とにかく今は一対一で戦うことよりも、カッゾ全員に伝えることが優先だと思ったのだ。彼は震える拳をゆっくりとおろした。

 だが、この場から逃げようにも隙がない。自分の魔法に自信がないわけではない。ただ、この魔族には何をしても無駄に終わってしまう気がしてならないのだ。


「な……なぜ貴様のような魔族が私たちカッゾのことを知っている……? 黒魔族の最上階級であり特別階級、一般には公表されないはずだ」


 質問をしてなんとかしようとする。だが、真黒魔王はその小馬鹿にしたような表情で、じっとホーマーを視界に捉えたままだ。


「だってぇ、カッゾなんてのを作ったのも、公表しないように設定したのも僕だからね? 君……ホーマー・エホヌットくんは初期メンバーではなかったよね」

「な……そこまで……! 貴様一体……!!」


 その時、ホーマーはとある男を思い出した。自分がカッゾに入った時にはすでに存在していた男。カッゾではないがその階級のことをよく知る男。


「まさか……!!」

「はーい、そこまで。さっき逃げようとしてたよね。でももう今はすっかり話に夢中になっちゃってそんな気は起きないのかな? 両足固定しちゃったけど気づいてないんだもんね」

「!?」


 その通り、ホーマーの足は地面に吸い付くように固定されていた。

 結局一歩も動けなかった。徒歩で近づいてきた真黒魔王相手に、ホーマーはなすすべなく立ち尽くすのみだった。


「一旦寝てもらおうか。次に起きた時には君は僕のことだけを忘れているようにするからね」

「な……なぜお前は……」


 真黒魔王は鋭い手刀でホーマーの頭を貫く。そしてホーマーは死体のようにその場に倒れた。


#


「ソーマはまだ見つからねーのかよ。ホント、どこ行ったんだあいつは」


 薄暗いカッゾ集合の大広間で、瑛士は焦っていた。兵団員に捜索を頼んだマクーは、こればかりはどうしようもないと割り切っている。


「ねえ三上くん、もしかして佐田くんも連れ去られたりなんてことは?」

「……あるわけない、と思うんだけど」


 と言いつつ瑛士は少し不安になる。風華の言う通り、宗真も白魔族の世界に連れ去られてしまったのだろうか。彼のことだ、会議中に追い出され、その辺をうろついていたに違いない。ならば、むしろその可能性の方が高いかもしれない。

 その場合、何が何でも白魔族界に行かなくてはならない。瑛士は一層焦燥感が湧いた。


「また緊急の用事ってのはなんなんだ!」


 大男テトが不機嫌そうに床をがんと踏みならす。その場の全員がそちらを注目する。ルシルだけは床を壊さないでくださいねと注意する。

 仕事場に戻ったと思えば、すぐにまた集められたのだ。テトでなくても不機嫌になるのは仕方がないのかもしれない。


「ボクなんて午後からの仕事キャンセルしちゃったんだけどー!?」


 テトの正面にいる少女も愚痴を吐く。


「それはみんな同じよ」

「はあ?よく見ろ、ここに集まったのはたったの六人じゃねえか!」


 その通り、リックは全員に報告したらしいが、大広間に集合したのは約半分だった。


「オズマさん、ゴースィさん、ホーマーさんとは連絡がとれませぇん。ベリドさんには非魔族界の魔力の流れを見てもらってまぁす」


──オズマ、いないのか。どんなやつか今一度見ておきたかったんだけどな。


 瑛士は少し残念に思った。


 ルシルが言いおわると、テトは「田舎もんや罪人にゃハナから期待してねぇが、六位まで来ねえとはな」と呟いた。それをジェムが拾い、指摘する。


「それです。何かあったに違いないですね。ホーマーさんが欠席はありえないです。リックちゃん、ちゃんと全員に伝えたんですよね」

「はい。当たり前じゃないですか」

「それで? 何かおっしゃってませんでした?」


 そういえば、とリックはその時の光景を思い出そうとした。それを手伝うように、ジェムは精神系(ミンド)の魔法をかける。


「えっと……集まる時間はいつだって聞いて」

「それです、きっとホーマーさんは現場を見に行ったです」

「い、いや、それって何時頃っすか。リックさんが俺のことに来たのが最後っす。で、そのあとエイジくんと合流して、転移系(ポート)でこっちに来てすぐに会議始まったっす。そんな時間なんてなかったっすよ」


 ジェムの意見に、マクーが異を唱える。


「入れ違いになっただけじゃないかしら?」

「ふむ。とりあえず闘技場に行ってみようじゃないですか。八人で探すと、きっと見つかりますよ」

「俺たちも行くのかよ」

「もちろんですよ」


 ジェムによると、白魔族の世界に行くためにはホーマーが不可欠らしい。以前瑛士たちが非魔族界で時間に閉じ込められた際、その魔法を解いたうちの一人が彼だったのだ。白魔族界へのゲートを開く魔法を生成するためにも、魔法に精通している彼が必要になるだろう、ということだ。

 はじめは文句を言っていたテトも、精密な魔法が苦手なこともあり、その説得に負け、渋々ホーマーを探しに行くことにした。



 皆が大広間から去った直後、ルシルは妙な気配を感じていた。彼だけはカッゾではなく、王の伝達役としてその場に残っていた。


──……なんだ。王の魔力が……?


 ルシルは身震いした。恐れていた時が来るのは、もはや目の前なのかもしれない。


「ソーマくんに与えた、あの魔力に当てられたのかな」


 そしてそこに現れる真黒魔王。ルシルは彼に深々と頭を下げた。そのルシルの頭に手を重ね、真黒魔王はふんふんと頷く。


「いかがいたしましょう。目覚めるのも時間の問題かと……」

「構わないね。もう黒魔族界でやることはやったしね。これから向こうに行かなきゃ。じゃ、あとは全部引き受けてくれ」

「はい……」


 ルシルは無機質な声で返事をした。壁の灯りは不気味に揺れた。

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