三十五話:最下階級
黒魔城のほぼ最上階に位置するのは小さな闘技場。サイズこそ外のものと比べて小ぶりだが、それでも数人が戦うことは決して不可能ではない。
兵団がここを使わないのには理由があった。その理由というのは、今闘技場にいる黒魔族である。体に密着したアンダーウェアのみを身につけ、髪を結んだ紐についている自分の階級を示す紋は大きな傷がついている。
一人武器を持ち、昼夜問わずここで戦っている。彼がいつ寝ているのか、彼がいつ食事をとっているのか、誰も知らない。……一人の魔族を除いて。
彼は出入り口の外に気配を感じ、戦いを中断した。
「失礼します。オズマ様ぁ。……あぁ! またそのような傷だらけのお姿に!」
「……要件は」
「はっ! す、すみません! なにやらオズマ様に会いたいと申す者がおります」
甘い声を撒き、たわわな胸を揺らしながら、魔族が走ってきた。
彼女がオズマのことを誰よりも知る魔族、ゴースィである。オズマに心酔しており、彼につきまとっている。が、彼女のことはオズマ本人は意識しておらず、いつもから回っている。
「あんたがオズマさんか。シドの人たちに聞いたら、ここにいるって聞いてな」
「こら! 軽々しく声をかけてはなりません!」
彼女が連れてきたのは宗真だった。彼女を押しのけ、闘技場にずかずかと入っていく。
「……なんだ、お前。会議に来ていた……非魔族か。何の……用だ」
「あんたを負かしに来た」
「なにを言ってるの!? オズマ様があなたなんかに付き合うとでも思ったのですか!? 非魔族が、恥を知りなさい!」
オズマは武器をぐっと握り、目つきが鋭くなった。魔力を少し放出したのだ。ゴースィはきゃっと悲鳴をあげ、後ずさりする。それ以降は二人の会話に水を差すことはなくなった。
だが、宗真は顔色ひとつ変えずに、得たばかりの魔力を見せつける。オズマはハッとしたような顔をして、魔力を落ち着かせた。
「なるほど……さっきの魔力は……お前か。それで……俺に……勝てると」
「ああ、もちろん」
「……舐められたものだ」
オズマは武器をさらに強く握った。金属でできたそれにはヒビが走った。
「一番強いやつを倒せば、全員俺たちの世界を守ることに協力的になるだろって思ったんだ」
「それで……俺にか」
……オズマがまたやってるぞ。
……あーあ、全く。城を壊さないでくれよ。
……ニネのくせに……なんなんだあいつは。
オズマは大きく深呼吸をし、宗真に武器を向けた。
「来たけりゃこい……相手をしてやる。たまには自分以外と戦いたいからな……」
「よくわかんねーけど、負かしてやるよ!」
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研究室は、珍しく扉が解放されていた。それは、疲れ切った研究員たちが涼しい風を求めたからだった。熱気が外に漏れ、たまたま通りかかったシドは、なんだなんだと不審がる。
瑛士の白魔法の解析は失敗に終わった。そして研究員たちは暗い表情を浮かべながら、後片付けをしていた。
「はー。結局ダメだったわね」
「ダメだったわねーじゃないですよ! 俺だってだいぶ疲れちゃいましたし!?」
相変わらずウィズは読みもしない資料をぱらぱらとめくっている。ここにいる理由が見つからない。
瑛士が机に身を乗りだすと、天井の方からどーんと大きな破壊音がした。机がぐらぐらと揺れてしまい、倒れそうになった。
「おっとっと……。なんなんですか、これ。ここにきてから度々起こってる気がするんですけど。地震ですか?」
「……オズマよ」
ウィズはバツが悪そうに小声でそう言った。周りの研究員たちも気まずそうにしている。聞くのはまずかったのだろうか。だが、気になることは質問すべきだろう、と瑛士は質問を続けた。
「オズマ? なんすかそれ?」
「カッゾの会議にいたでしょ。一番奥にいたやつ」
「えー、いましたっけ? 自己紹介の時間とかなかったんで、覚えてない──いや、そもそも知らないですね……」
「まあいいわ。彼はカッゾ階級一位。つまり一番強い男」
ウィズはその辺をうろうろと歩き出した。これから話すことにじっとしていられなくなったのだ。
「そして彼は……ニネでもある」
その場が静まり返る。
「……なんすか、それは?」
沈黙を破った瑛士の一言に、皆がずっこけそうになる。
「知らなかったのね……。じゃあ、まずは階級の話からするわ」
「あ、それ、俺知ってますよ? カッゾ、シド、ノーガ、コロウ、ショワ、ですよね? ジェムさんに聞いたんですよ。でもその、今聞いたのは知らないです」
「あの子、端折ったわね」
ウィズはため息をつく。そして瑛士を脅すようにこう言った。
「これから話すことは心の内に置いておきなさい。外でニネの話をすると間違いなく変な目で見られるし、何かあるかもしれないから」
真面目に話す彼女はいつも恐ろしい。瑛士がこくこくと頷くと、ウィズはよろしい、と口元を緩めた。そして彼女は話し出した。ニネについて、オズマについて。
「ニネは……最下階級。罪を犯した者たちの総称で、人として扱われることは、ない」
かつて彼は将来を約束された身分だった。大きな魔力を持つ、非常に優秀な家系に生まれたのだ。両親も城で働くシドであり、周りにいた友も優秀な家柄の集まりだった。
はじめに異変が起きたのは彼が高等学校を卒業した時のことだ。周りの人間は魔法を使い始めていたのに、オズマにはいつまでたっても魔力が現れなかった。
これはおかしいことではない。なぜなら、魔力は完全に遺伝するとは限らないからだ。その事実は、オズマには酷な話だった。もちろん彼の周りから人は離れていった。
そしてついにオズマは親からも見放された。彼が通るはずだった道は兄弟に譲られ、世間から彼という存在が忘れさられるように仕向けた。彼はいつしか誰の前にも現れることはなくなった。
そしてある時、事件が起きた。突然オズマに魔力が宿った。屋敷にいた者は全員皆殺し。ずっと憎悪が募っていたのか、皆残虐な殺され方をしていた。止めに入った近所の人も、突入した兵も見境なく。当時のカッゾが向かい、うち一人が殺された。
当然彼は大犯罪者として世間に知らされた。あまりに有名になりすぎた。
だが、王の決定で彼の記憶はノーガ以下から消し去られ、彼はカッゾになった。
ウィズの話は以上だった。
「そんなことが……!?」
「ええ、だが彼は超優秀な家系らしく、魔法に目覚めた瞬間すごかった。彼を止めるのも大変だったんだから」
「ウィズさんも止めに入ったうちの一人だったんですか」
「……そうよ」
ウィズはしまった、というように顔を伏せた。瑛士は気にしなかったが、彼女は自分がどれほど昔から活動しているのかを知られるのが嫌だったようだ。
「何人で止めたんです? オズマって人はだいぶ強かったんですよね」
「六人よ。これ以上私の精神を追い詰めないで。その辺りを詳しく聞きたかったらまた今度聞きにきて」
説明を打ち切るほどえげつない出来事だったのだろうというのは容易に想像できた。ウィズは話を続ける。
「カッゾは特別な階級だから、表向きの職業をみんな持ってるものなの。私は兵団の強化係だからあんまり変わらないけどね。例えば、ジェムなんかは表向きは魔法を教える非常勤講師よ」
「うわあ」
なんか生々しい。瑛士はつい声を出してしまった。そして瑛士はベリドのことが気になり、彼のことを質問した。ウィズの回答は、よくわからないがまだ定職には就いてないはず、とのこと。田舎者ということで相手にされないことも多いらしい。
「でもニネは別。職は持てない。だからオズマは四六時中修行してるわけね」
「はえー。詳しいですね」
「ま、事件が起きた当時に私は彼について調べたから。とにかく、心配なのがひとつ。あのオズマがずっとエイジくんたちの方を見ていたの」
「そんなの、みんなっすよ。居心地悪かったです」
「いいや、『彼が』見ていたことが重要なの。一度も他人に関わろうとしなかったのよ。会議に出てもただいるだけ。常に戦い続けているの。目的は誰もわかっていないわ」
瑛士が妙な恐ろしさを感じたところで、天井がまた大きな音をたてた。
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オズマと宗真はともに地面に倒れていた。だがはっきりと意識があるのは宗真のみ。オズマは気絶していた。
「お……オズマ様ぁあ!! お気を確かに! 目を開けてください! うわあぁぁ〜!!」
ゴースィは倒れたオズマを揺さぶる。だが目は開かなかった。
「へへっ、どうだよ。これが俺の力だっての。これで俺も戦える。……エイジにも見せてやんなきゃな」
宗真は立ちあがった。
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「止みましたね。いきなりうるさくなったと思ったら、急に」
「ええ。今回はなにかもっと激しい特訓でもしなのかしら。それで疲れて休憩、とか?」
ずっと耳についていた騒音がなくなると辺りが静かに感じる。
「大変ですっ!」
研究室の中央に青い光が走ったかと思うと、そこに魔族がぽんと現れた。
「わっ、ポートか!?」
飛んできたのはリックだった。
「あっ。お久しぶりです、リックさん」
「エイジくん!? どうしてウィズさんと一緒に……」
色々あったのだが、話している暇はなさそうだった。リックの息は切れて、汗をかいていた。どうやら急ぎの用事らしい。
「なあに? リックちゃん」
「あ、はい。あのですね! 街を歩いていたら、白魔族が……! 三人で……! 魔力はかなり低かったですが……!」
途切れ途切れの箇条書きのような説明だが、言いたいことは分かる。となりのウィズの顔色はみるみる変わっていった。
「嘘よ! なぜ壁が発動しないの。そもそもこちらとあちらを繋ぐことは不可能なはずよ」
「ですが……! 今、管理室まで行って確認をとったところ、壁担当の兵は倒れていて……!」
「それで、被害は。あなた、撃退したんでしょうね」
「ま、街には一切被害なしです。崩れた建物もありませんし、怪我人もいません。ですが……」
リックがちらりと瑛士を見た気がした。
──ですが、なんなんだ?
瑛士は嫌な予感がした。冷や汗が流れる。動悸がおさまらない。その先が気になって仕方がない。
「追っていくと、奴らは闘技場に真っ直ぐに向かっていったんです。確実にフウカちゃんを狙っていました。一人倒しても、残りが……」
「江里さんは! 江里さんはどうなったんだよ!」
「落ち着きなさい」
瑛士がリックに飛びかかろうとすると、ウィズに打ち落とされた。そして瑛士の背中をぐっと踏みつけて動けないようにする。
「続けて」
「フウカちゃんは大丈夫です。ですが……」
「ですが……?」
「代わりに庇ったアスカちゃんが、白魔族に連れ去られてしまったんです」
瑛士たちは驚きと絶望に包まれた。風華が大丈夫だろうが、その代わりに飛鳥がいなくなってしまっては同じことだ。
「危なくなってきたわね。どうやったのかはわからないけど、奴らはこっちに来るすべを見つけたみたい。決断を待ってばかりじゃいけない」
「ちなみにベリドくんからは、『非魔族界は異常なし』とのことです! とにかく、このまま王の決定に従うとすると奴らに先手を取られますよ!」
「そうね。知らせる必要があるわ。皆に、出来るだけ早く」
「このことをソーマに話すのはやめた方がいいです! あいつ、田口さんまで危険にさらされたと知ったら……!」
「分かりました。では私は引き続きカッゾの皆さんに報告して回ります!」
「じゃあ私はルシルに」
「俺は江里さんとソーマを見つけて城に戻ってきます」
二人の魔族は転移系を使い、瑛士は部屋の外へと駆け出した。
廊下の柱のかげで絶望する非魔族がいた。
「なん……だと」
宗真は扉の外で全て聞いていた。頭を抱えた手はわなわなと震える。
「アスカ……」
宗真はそう呟き、ふらふらと外の闘技場に向かった。




