三十四話:さしのべられた手
「じゃ、いいですよ。さっさとお願いします」
瑛士が白く柔らかなベッドの上でかたく目を閉じる。頭のてっぺんから足の先まで緊張している。ついさっきまで、まだかまだかと魔族たちに急かされながら覚悟を決めていたところだ。
「ストロ!」
ここ最近の魔法の酷使で、強化系は完全にマスターした。他の魔法も使いこなせるようになりたいところだ。
ようやくかと言いたげに不機嫌そうな表情を浮かべるシドの研究部と呼ばれる者たち。とある者はメガネをかけ、またある者はボードとペンを持った。いよいよ瑛士についての調査が始まるのだ。
謎のモニターを見ている研究員の一人が手を挙げて合図すると、瑛士の周りの三人は瑛士に手を向けた。そしてその呪文と共に一斉に魔法がかけられる。
「サルチノ!」
──何だそれ? 聞いたことない魔法だが……
「うあああぁぁああぁあああ!」
体の中を針が通って行くような痛みが、瑛士を襲う。それに耐えられず、瑛士は思わず叫んだ。本能的に瑛士の体はベッドからなんとか逃げようとする。だが、左右の手足をそれぞれ四人のシドが瑛士を押さえているためビクともしない。瑛士は泣きそうだった。
「鋭い痛みははじめだけだ、我慢しろ」
右腕を抑えるシドにそう言われた。体の中を何かが通っているという感覚は残っているが、すぐに痛みはなくなった。
こうなってしまったきっかけは、瑛士の魔法が白魔法であると判明したことだった。
試合後一度城に戻り、ウィズは研究部と呼ばれる部屋に瑛士を連れていった。研究部とは魔法について調べている部署だ。また、魔法を使った犯罪の調査をすることもあるらしい。
研究員たちは、非魔族を部屋に入れるなんてとウィズに抗議していたが、瑛士が彼らの前で魔法を披露するとその目の色はみるみるうちに変わっていった。
「な、なんなんですか、こいつは! 白魔族……ですか!?」
「つっ、つつつ、捕まえてきたのですか?」
「まさか。彼は非魔族よ。でもあなたたちの見たとおり、ちょっと特殊なのよね。この子を使って白魔法の解析をして欲しいの」
「非魔族ぅう!?」
「うるさいわよ」
なんとも賑やかな場所だ。
白魔法に対抗する手段が見つかるかもしれない。だから瑛士は半ば強引に連れていかれ、彼らに協力することになったのだ。
ちなみに風華たちは、ついて来る必要はないから、とマクーや兵団所属の魔族数人と共に闘技場を直す手伝いをしていた。そんなことさせたくないと瑛士も残ろうとしたが、ウィズには「あなたが来ないと何も始まらないじゃない」と一喝された。
魔法を受けてから一分くらい経っただろうか。慣れてきたとはいえ、やはり変な違和感はある。瑛士ははやく終われはやく終われと頭の中で繰り返していた。
「エイジくーん。余計なこと考えないでー。はい落ち着いてー」
軽いノリでそう呼びかけるのはウィズ。仕事をするシドたちの横で、何かの瓶詰めの中身を見たり、特に読みもしないくせに研究レポートをぱらぱらとめくっている。
「だから、頭ん中覗かないでくださいって! 俺もきついんですから! てか本当にこんなので白魔法の対処法とかってわかるんですか……!」
「ウチの研究部なめないで」
期待の言葉がかかったからか、研究員たちの士気が高まった気がする。瑛士の体に走る違和感が大きくなったり、小さくなったりを繰り返す。
だが、瑛士が見る限り、研究員たちの表情は変わらず、すぐれない。はじめに魔力を解放した時のわくわくした表情は見えない。本当に解析できているのか、瑛士には半信半疑だった。
「君、もっと出力あげてくれ。使う魔法も変えて」
「マジすか。……オラァァアア!」
さっさとしろよ、その怒りとともに瑛士はさらに魔力量をあげた。その後ウィズに考えを読まれたのはいうまでもない。
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その頃宗真は、一人城の中をウロついていた。
遠くの方に気配を感じると、すぐに道を曲がる。先日ジェムに城内を案内された時、シドたちにはあまりいい顔をされなかった。
宗真は、その顔がどうしても嫌だった。自意識過剰であると分かっていながら、どこまでもその目でみられている気がするのだ。瑛士がいないと引っ込み思案になりがちな彼は、無視されるなら構わないが、変に絡まれるのはごめんだった。
──会議はもう終わったのかな。俺、余計なことしちまったかな。
やるせない気持ちを溢れさせるように、城の壁を叩く。意外と大きく響いてしまったため、慌ててその場から離れる。
会議の邪魔をしてしまった。自分のせいで非魔族に対するイメージがきつくなったらどうしよう。宗真はただそれが心配だった。
足音を殺し、行くあてもなくさまよい続ける。今朝まで使わせてもらった部屋に戻ろうとしても場所が分からない。そのうち誰かが迎えに来るまで、宗真は身を潜めるつもりでいた。
丁度よい場所があった。誰も使っていないような階段の裏。なにやら謎の機材が埃をかぶっているところを見ると、ここ最近は誰もここを通っていないはずだ。
「サダソウマくんだね?」
聞いた覚えのない声だった。
急に名前を呼ばれ、宗真は飛び上がった。低い天井に頭をぶつけてしまい、その場でしゃがみこむ。
慌てて周りを見渡すと、柱の陰に一人、全身を真っ黒な服で隠した謎の存在がいた。変な高級感があり、正直言って宗真の趣味とは合わない。
「……あ、あんたは?」
「ただの魔族さ」
そう言って、自称ただの魔族は宗真に近づいてきた。近くで見て初めて気づいたが、顔にシンプルな造形の仮面をつけている。どう見てもただの魔族には見えない。
そもそも城内にいるのはシドもしくはカッゾ。その内、自由な服装をしているのはカッゾだ。シドは何かしら自分たちの部署の制服を着ている。だが、ただの魔族は異端も異端な服装。明らかに周りから浮いている。
しゃがんだままの宗真の前に立つ魔族は、目の前の非魔族を観察しているようだ。仮面の穴から目が動いているのが見える。
「ほら、立ちなよ」
そう言って、魔族は宗真に手を貸した。ありがとうございます、と宗真はその手をとり、立ち上がった。魔族の身長は宗真よりも高かった。
「あんた、さっきはいなかっただろ?」
とりあえず自分に世話を焼いてくれた。それだけで話しやすくなるものだ。警戒が少し薄れた宗真は、魔族にそう質問した。
「……さっき?」
「カッゾの会議だよ。俺の記憶によると、あんたみたいな奴はいなかったはずだ」
「よく見てるね」
「周りが気になるタイプなんでね」
宗真が一歩前に出ると、ただの魔族は消え、宗真の後ろに現れた。そして宗真の肩にそっと手を置いた。
「だが、僕は彼らよりも十分に強いんだ。僕なら君の助けになれると思うんだけどな」
「やめろ!」
肩から首、そして頬まで手を滑らせたところで、宗真はその手を払いのけた。
「助けだァ? 何のだ」
「ふふ。僕は気づいているよ、君の気持ちにね。悔しいんだろう? 自分が無力なことが」
その言葉は宗真の耳にするりと入り、頭の中に蛇のように絡みつく。
「別に」
宗真はそれをなんとか振り払おうとする。
「君にはできないことがエイジくんにはできる。だけど、エイジくんにできないことは、君にもできない。羨ましいんだろう? 魔法を使えるエイジくんが。憎いんだろう? そんな力を持っていながら、黒魔族たちに助けを求めて、自分の世界のことに自分ほど必死にならず悠長に構えているだけの彼が」
「そんなことはない! 俺はエイジを憎んでなんかいない! 勝手なことを言うな!」
城の広い廊下に声が響く。もはや目立たず行動するという目標は忘れていた。それを上回るほど、目の前の魔族の言動にカッとなった。
「だが、エイジくんではなく君が魔法を使えるようになっていたら? きっと君はこんな回りくどいことをしなかったんじゃないかな?」
「仮に魔法を使えたとしても……強くなれるとは限らないから……」
「そこでだ」
魔族は宗真の両肩をポーンと叩いた。
「僕の手で君の魔力を解放させてあげよう。ミカミエイジくんに負けないほどの力が手に入る」
「……! そんなことができるのか!?」
「ああ、任せなよ。僕にできないことはないんだ」
ただの魔族はにやりと笑った。
「リラックスしな」
「お、おう」
宗真の肩に手をかけ、すっと息を止めた。刹那、とてつもなく巨大な魔力が宗真に流し込まれた。
研究部の部屋には、警報が流れていた。巨大すぎる魔力は暴発する危険があるため、すぐに知らせられるように魔力を感じる器具があちこちに設置しているのだ。たった今、それがじりりりと鳴り出したのだった。
慌てふためく研究員たちだったが、ウィズだけは何かに取り憑かれたように冷静だった。いや、動けなかったのだ。
「……!」
「ん? どうしたんすかウィズさん、研究部の皆さん? もしかしてもう調査終わったんですか?」
「そんなわけないじゃない。エイジくんは何も感じなかったの?」
「え?」
彼女は一つの方向を見ている。数秒もたたないうちに、彼女は疲れ果てたように息を切らしはじめた。
「ちょっ、ど、どうしたんですか!? 何かあったんすか!」
「今……城の中に一瞬……すごい魔力が現れた。もちろん……まだまだエイジくんの調査は……続行するから安心して。まだ寝ていていいわよ」
「えぇ……」
瑛士はもう一度横になった。
ウィズたちはひそひそと何かを話している。
「何事でしょうか、ウィズ様」
「装置の誤作動ですかね?」
「知らないわ……こんなの。一体、何が起こってるの……?」
「こ、これは……!」
「君の魔力さ」
魔力の概念を知った宗真は、自分の魔力を感じられるようになった。その力は凄まじく、宗真に全能感を与えた。
魔族は宗真の周りをまわり、その力を確認するかのようにところどころに手をかざした。
「やはりこれはいい力だね。こうして見ていると少し懐かしい気もする。君に魔力の使い方を教えておくよ」
次に魔族は自分の頭を指差し、そのまま空中にスライドした。すると、もやっとした半透明の物体が頭の中からするりと現れた。
「これは僕の『魔法を使う記憶』さ。口で説明するよりも手っ取り早くていいだろう? さ、そのまま使ってみてくれよ」
そう言って、半透明の物体を宗真の頭に埋め込んだ。
「んぐ……うぅ……むぐぐぐ……!」
急な記憶の追加に、宗真の頭は悲鳴をあげる。目をぎゅっとつむり、歯を食いしばる。彼は苦しみながら、それでもそれを受け入れようと頭を抱えながら耐える。
「これからの魔族と非魔族のために、どうか精一杯励んでくれ」
宗真の耳元で囁き、魔族は魔族はその場から去ろうとした。
「あ、そうだ、僕のことは秘密にしておいてくれ。もし知られてしまうと君の魔力を取られてしまうだろうから」
「あんた……一体誰なんだよ」
宗真は苦しみながら魔族に問う。痛みははやくも和らいできている。
「僕か? 僕は……そうだな……」
魔族は少し考え「そうだ」と思いついたように口を開いた。
「僕は、真黒魔王とでもしておこうか」
「真……黒魔王……!?」
宗真が目を開けた時、魔族はもうそこにはいなかった。




