三十話:猶予と乱れ
瑛士たちは、城の一階と二階を繋ぐ階段を下っていた。先導するジェム、それについていく四人、そして最後にベリドが来る。
学校の階段とは比べ物にならない、触ることも躊躇うような豪華な装飾が施された手摺。踊り場一つにも手が込んでおり、真ん中を歩いていくジェムやベリドに対して、瑛士たちは端をちょろちょろと移動するかたちになった。
正直ここまで豪華になると趣味が悪い、というのが瑛士の意見だ。ほかの三人も心なしか病んだ顔をしていた。
「──ここまで大丈夫です? 今のが城内勤務の階級シドの説明になります。じゃ、最後、階級カッゾの説明いきますよ」
ジェムは瑛士たちを見ずにそう言った。
城の中を紹介すると言ったが、ほとんどが長い廊下で話すことがない。そのため黒魔族界における階級制度の説明をしているのだ。
「この世界の階級ってのは使える魔法によって分けられてるです。魔法は全部で八種類あるって言いましたよね。……ソウマくん覚えてます?」
「えっ! あ、えっと、強化、転移、変化、破壊、転移、治癒……今六個か。あとは、なんだったかな……」
「あんた、転移二回言ってる。精神、操作、創造でしょ」
取り乱した宗真を飛鳥がフォローする。宗真は小声でお礼を言うと、飛鳥はこんなの当たり前でしょ、とでも言いたげに冷たい目を向けた。
「うん。その通りですよ。んで、そのうち四つ以上の魔法が使えたらシドになれます」
「半分でいいんすか! それでさっきの人たちみたいにここで偉い仕事できると。楽なもんですねー」
「ふふ、そう思うですか?」
そう言った宗真をジェムは意地悪く笑う。瑛士がベリドの方を振り向くと、彼はやれやれという風に首を振り呆れた顔を瑛士に見せた。
「あの。魔法四種類って、難しいものなんですか?」
風華が小さく手をあげて質問する。相手方の常識であることをわざわざ質問するのに気がひけるのか、少し小声である。そんな風華の問いに、ふふんと得意げにジェムはこう答えた。
「そりゃ、そうなんですね。なんたって、黒魔族約6200万人の内、シドは約3500人しかいないですから」
「そっ!」
「そんなに少ないんですか。魔法四種類使える人って!」
言葉を失う風華に代わり、瑛士が更に質問する。
──いや、だって、俺……。強化系、変化系、破壊系、んであと転移系……四種類じゃねーか!
そう。タールに教えてもらった通りに練習をした瑛士は今や四種類の魔法が使えるのだ。それこそ習得には時間がかかり、それぞれ完全に使いこなせるわけではないが、基礎的なことはできるつもりだ。
そんな自分がほとんどの黒魔族よりも魔法をたくさん使えると知り、瑛士は優越感よりもむしろ恐怖感を覚えた。
「ん、いや、中には城内勤務を断られた人も、城で働きたくないって人もいるですからね。ノーガのままでいる人も含めて……実際の数はもうちっと多いかもです」
ノーガというのはシドの一つ下の階級である。魔法が二種類使える上で特別な試験を受け、合格することでそれを得られるらしい。
「で、話をカッゾに戻しますよ。さっきシドの数でだいぶびっくりしてたですけど、ぼくたちカッゾの数はたったの十人です」
「じゅ……」
驚きを通り越したような声が出た。目の前にいる二人がそのカッゾなのだから。黒魔族の頂点に立つ者の一部。
「その割にベリドって偉い感じがしないよな」
「あ? なんやとこら」
宗真がベリドの方を振り向き言う。瑛士は手が出そうになったベリドをどうどうとなだめる。
「ま、そうですね。カッゾは八つの魔法の内、六種類以上使える者であればどんな人物でも選ばれますから。試験を通って、厳しい審査があって、やっとこさなれるシドとは完全に別物です。……ぼくも試験受けないままカッゾになっちゃいました」
「つまり六種類使えりゃ問答無用でカッゾの仲間入りってことなんすかね」
「そういうことです」
つまり六種類以上の魔法が使える黒魔族は十人しかいないことになる。タールのいた潰れた店までの道のりを歩いていた時にも思ったが、この黒魔族界というのは想像していたような魔法と不思議の国というわけではないようだ。
「っと。着きましたよ。ここが正面玄関です。で、ここから見えるあれが城門です」
ジェムが指差した先に、城門が口を開けていた。遠くからでもはっきりと見えるところから、これも無駄に大きいのだろう。瑛士の隣では風華たち、特に宗真が感心の声をあげていた。
「これで一通り説明が終わったです。だから、今日は自由にするといいです。でも明日、カッゾの皆が集まるようにすると言っとりましたですから、それに間に合うようにして戻ってきてください」
「俺たちもですか?」
「はい。君たちは重要人物ですよ」
「あの、それっていつになりますか」
「んー。明日になってからベリドくんに聞けばいいです。今の時点ではわからないですから」
「はあ⁉︎ 俺かい!」
宗真と風華の質問に答える。そしてベリドを無視してジェムは「お疲れ様でした」とその場を去っていった。
瑛士たちには自由時間が与えられたのだ。
瑛士はふと空を見上げた。太陽はほぼ真上に位置している。
黒魔族の世界にも当たり前だが太陽がある。夏休み前、ベリドが三上家にいた頃に瑛士が彼から聞いた話によると、時間的な概念は黒魔族界と非魔族界で全く変わらないらしい。
「つまり今は……まだ午後の……一時か二時かってとこか?」
「さっき飯食ったとこだろ、エイジ。まだまだ昼だよ」
「そうか……」
瑛士たちは城の中ですでに食事をとっていた。
「見たことのない料理だったけど、美味しかったよね」
「そうね。やっぱり美味しいものってどの世界でも共通なわけね。ソーマはなかなか手つけなかったわよね」
「るせー。人の勝手だろ」
他愛のないやりとりをする宗真たちを見ながら、瑛士は先のことを考えていた。白魔族との戦いのことだ。
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ジェムに案内をしてもらっていた時、瑛士たちはとある人物と出会っていた。
「おやぁ? ジェムさん、こちらの方々は?」
通路の先でふと呼び止められた。
その辺を行き交うシドとは少し雰囲気が違う男だった。羽織ったローブは綺麗で、外面だけでも忙しそうにしているシドとは違い、謎の余裕感を漂わせている。
ベリドは彼が嫌いというより苦手らしく、すっと瑛士の後ろに隠れた。瑛士自身もなにやら不気味な感じがして、気分はよくなかった。二人だけではない。周りのシドたちも嫌な顔をして離れていった。
「非魔族の子たちですよ。今、ちょっと城の中を案内してるです」
「ふむ。はじめまぁして。私は王代理のルシル。カッゾの皆さんには伝達役と呼ばれておりまぁす」
以後お見知り置きをと軽く腰を曲げるが、張り付いた笑顔はこちらを向き続ける。それがかなりの不気味さを醸し出していた。
「時にジェムさん、どうして非魔族がこちらに来ているのですか。……ベリドさんの雑な報告書によると非魔族界での出来事は解決したはずですよ」
「いえ、それが解決してなかったですよ」
雑なは余計やろ、とベリドがぼやいたように聞こえた。瑛士は彼のすぐ前にいるのだがはっきりと聞こえない。だが、ルシルの目はベリドがなにかを言った瞬間にこちらをちらりと見た。とんでもない耳してやがる、と瑛士は身震いした。
そんな水面下のやりとりは知らず、ジェムは新たに起こったことについてルシルに説明した。
「──だから、このことを王に伝えて欲しいです。最悪の場合こちらに来る可能性もある、ということで」
「分かりました。ですが、あなたたちはどうして焦っているのでぇすか? 私にはぁ、そう感じますよ」
「というと?」
「白が来るまでには時間がかかぁるでしょう。白は魔力はあれど一度に多人数を送るなどという高度な技術は使えなあい。そう……文献にはそうありましたよ」
「文献……?」
ジェムは首を傾げる。そんなものがあるのは知らなかったようだ。
「とにかく明日、明後日に来るようなものではない、ということを覚えておいてくださいね。こちらが対策を立てる余裕はありまぁす。……ふむ、明日、カッゾの皆さんに召集をかけまぁすね。その子たちのことで、ね」
「えっ、あ、はい。分かりましたです」
そう言い残すと、ルシルは消えてしまった。王に伝達に行ったか、もしくは他のカッゾに召集のことを伝えにいったか、というところだろう。
ジェムは「さ、次行きますよ」と、案内を続けた。
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自分たちが会議に参加することを知って、瑛士はさまざまなことを考えていた。
ベリドと知り合い、魔法というものを認識したこと。センチに初めて魔法を使って攻撃されたこと。セルと戦い、死ぬかもしれないほど痛めつけられたこと。タールに魔法の使い方を伝授してもらったこと。
──色々起こりすぎだろ。
瑛士はふうと息をはく。
自分の魔力のことや、これから世界のために戦わなくてはならないことなどはいまいちピンとこない。だが、こうして何気なく過ごしている日常を守るために必要なことなのだ。自分がやらなくてはならない。仕方ない。
だが。
瑛士には不安があった。ある程度は対応できたと思っていたが、セルの最後の魔法にはどうすることもできなかった。ジェムたちはなんとかその仕組みを理解して、瑛士たちにかかった魔法を解くことに成功したが、それでも時間はかかった。
自分の力は──
「ほんまにいるんやろか」
「……え?」
「そんな顔しとったで」
ベリドは呆然とする瑛士の横に立った。
「よく分かったな。顔に出てたか?」
「……精神系や。お前もあいつらみたいにはしゃがへんのか?」
「いや……。なんかそういう気分になれないんだよね。なんかよくわかんないけど、これから大変なことになるんだろうなって」
するとベリドはわざとらしく大きなためいきをつき、首を振った。
「あかんあかん。そういうとこやぞお前の悪いとこ。今日はなんもせんでええ。考えんでええわ。カノジョ連れて街の方散歩しときや。ええ気分転換になるやろ」
「いや、それは──」
「俺に精神系使わせたん、お前のカノジョやぞ」
えっ、と思った瑛士は風華の方を見る。目が合った。彼女は心配そうに瑛士を見ていたのだ。
「伝達役のあいつと会うてから、お前が元気なくなっとるって俺に言うてきたんや。自分で行けやって話やろ」
瑛士は何も言わなかった。
「不安なんはお前だけとちゃうわ。あっちの男はいつにも増してビビっとるし、女の方もいつもの生意気さが薄れとる」
「ベリド……お前」
「余裕持て。そういうことや。俺はやることがあるから戻る。お前らが今日泊まる部屋はジェムから聞いとるはずや」
そういうとベリドは転移系でその場から消えていった。消える直前、彼は瑛士に向かって笑いかけた。瑛士はそれに気づき、さっきのベリドの言葉を噛み締めた。
──今はまだ、悩む必要はない。
瑛士は三人の方へ歩いていった。
黒魔城の最上階最奥部。小さな椅子に座った黒魔族は四枚の紙に書かれた文字を読んでいた。
「これで四人分。うん、いい情報だ、えらいえらい。さてと、これから上手く回してやるには……どうしようかなァ……」
魔族はにやりと笑った。




