二十九話:やべーやつ
無事に黒魔族界に辿り着くことができた瑛士たち。息を切らせながらも、四人に黒魔族界の説明をするジェム。そしてとある女の登場に、ジェムの説明がぴたりと止まった。
「あっ……ウィズ……さん」
「丁度良かったわ。おしゃべりのあの子から、そこの坊やより強い子がいるって聞いていたんだけど」
坊や、というのはどうやらベリドのことらしい。言われた途端に舌打ちをしたのが、瑛士には聞こえた。
「あの、ウィズさん、今はそういうのは──」
「どの子かしら?」
そう言って彼女はジェムを無視して、かつんかつんと靴の音を響かせながらこちらに歩いてきた。そして、宗真たちを一人一人順番に指差していく。
「あなたかしら? ……あら、固まっちゃってるわね。もっと力抜いて。……じゃあ、あなた? んー、元気そうだけど、流石に女の子じゃあね。こんなに可愛い子たちが暴力的だとは思いたくはないわ。……あなた? ……あなたからは魔力も感じられないし、とってもか弱い。違うみたいね」
宗真は初対面でかつ歳上の女性に対して緊張でガチガチになっている。飛鳥と風華はそれぞれ突然のことに困惑していて、勝手にウィズが「あなたじゃないわね」と興味を他に向けるのを見ているだけだった。
最後に彼女は、一番遠くの瑛士を指差してにっこり笑顔になった。瑛士は思わず頰をひきつらせる。
「うん、あなたね」
「はい、何がですか」
「とぼける必要はないわ。あなたが強いということはわかってる」
「はあ」
彼女は瑛士の正面に立った。
背が高く、いかにもモデル体型といった容姿。胸を強調した上着は、肌の露出が多くなるデザイン。ロングスカートにはスリットが入っている。そして、長く明るい色の髪には宝石がどんと乗った黒い髪飾りがつけられていた。
それにしても自分のペースで話す人だ、と瑛士は思った。歳上のくせにあまり大人らしくはない。自分たちとほぼ年齢に差がないと思われるジェムの方がしっかりしているくらいだ。
「私はウィズ・パドロユーティ。戦うことに関して、色々と研究しているわ。どう? 私と戦ってくれない?」
「……っ!」
ウィズは瑛士の両肩に手をぽんと置いた。魔力の概念を知り、それを感じることができるようになった瑛士は、彼女の中の魔力量が手に取るように分かった。わざと分かるように魔力をさらけ出しているのだろうか。どちらにせよ、相手が自分に交渉の余地を与えていないことを示していた。
「お、お断りします」
それでもそれをのむわけにはいかない。瑛士は一呼吸置いて返事をした。なぜか心臓の鼓動はどくんどくんとはやくなっている。
──よし、よく言った、俺。……冗談じゃないぞ。戦うのはもう十分なんだよ。第一、そんなことしてる暇があるのか。
「あぁら、私の精神系程度じゃうんと言わせられなかったわ。でもごめんなさい。あなたに拒否権はないの」
──魔法使ってやがったよ。
瑛士の手を引いていくウィズ。瑛士は必死で抵抗しようとする。
「俺はこんなことしてる場合じゃないんです。一刻も早く作戦を立てないといけないんです。俺の世界が危ないんです」
「ふーん」
瑛士は柱にしがみついて更に説得を試みる。瑛士の主張にそうだそうだ、と宗真が外野から参戦する。それでもウィズは聞き入れようとしない。さっきよりも強い力で引っぱる。痛い、服が伸びるからやめろ、と瑛士も負けじと抵抗する。
「ねえ、ベリドくん。三上くん、大丈夫かなあ……?」
「しゃあない。あのおば、ねーちゃんは『戦い』が好きやからな。噂聞いて一回やりあいたくたくなったんやろ」
「あーなっちゃうとウィズさんは止まらないですからねー。勝負つくまで解放してもらえないかもですよ」
「はあ⁉︎ それじゃあ時間が……!」
宗真は慌てて瑛士たちのところへ走っていった。
「てか、研究てなんやねん。王城勤務の兵隊相手に喧嘩するだけやろうが。頑固戦闘狂ババア、やな」
「ちょっ。ベリド、あんたそれ言っていいの? あの人、あんたより偉いんじゃないの」
「階級だけ見ればベリドくんどころか、ぼくよりも上だったりします……」
おろおろする風華の横で、二人の魔族は呆れていた。悪口を言ってもウィズは聞こえていないようだ。
いつのまにか瑛士とウィズは口論をしていた。
「一旦話を聞いてください! 僕はあなたと戦うために来たんじゃないんです!」
「そんなの知らないわよ」
「僕らの世界が壊されちゃうかもしれないんです!」
「そんなもの私には関係ないわ」
「そうかもしれませんが……! でも、ホーマーさんが言ってました! いずれこっちの世界も危なくなるって」
「あの慎重すぎるおじさんの話なんてまじめに聞くものじゃない。それに私たちの世界は非魔族の世界ほど脆くないわ。一緒にしないでくれる?」
「それでも、万が一ってことがあります! それを阻止するために、まず僕らの世界を救いたいんです! そのための力がほしいんです」
「何それ。他人をあてにするってわけ?」
「無理にとは言いません。その時は僕らだけでなんとかします。……できるとは思えませんが」
「ふふ、その通り。あなたには力が足りないの。この世は力が全てよ。力を持っていない非魔族なんて、滅ぼされても文句は言えないでしょう?」
「馬鹿にしないでください! それは、非魔族が滅んでもいいと⁉︎ 世界が無くなってもいいと⁉︎」
「死んで当然?」
「な──」
ふとその場に流れるぴりっとした空気。ベリドとジェム、そしてウィズは一斉にそれに気づいた。辺りを見回す三人。そんな中声を発したのは、あの男だった。
「あんた、いい加減にしてくれよ……!」
さっきまでの気の抜けたような声と硬くなった表情から予想されるものとは全く違う。普段の彼を知る風華やベリドは「え? 誰?」と言いたげだ。
だが瑛士は知っていた。
宗真はキレると本当にヤバいやつだ、と。
「あぁら、こわぁい」
ウィズの手が緩む。その隙を突いて、瑛士は彼女から逃げた。
「あっ、ちょっと待って」
「待つのはあんただろ」
一歩一歩進む足音が大きい。宗真は、瑛士を追いかけようとしたウィズの前に立ちはだかる。その目は真っ直ぐウィズを睨んでいた。ボディータッチであたふたしていた彼はいない。
すると、二人の間にジェムが割って入ってきた。
「ソウマくん、おさえて。アスカちゃん、フウカちゃん、手伝ってください。……ほら、ベリドくんも!」
ジェムはなんとか騒ぎにしないように、周りに指示を出す。それでも瑛士に目を向けて、彼を追おうとしたウィズに対しては「もうよしてください!」と怒鳴った。彼女は残念そうに廊下の向こうに去っていった。
「ソーマっ! あんた、落ち着きなさい!」
「佐田くん、元に戻って!」
飛鳥と風華が宗真の両腕を抱きかかえるようにして持つと、だんだんと宗真はおとなしくなっていった。
「……あれ? 俺は……」
どうやら自分が暴走したことに気づいていないらしい。それどころか、両腕に女子がくっついていることに気づき、うひゃあと情けない声を上げた。
「なんやこいつ。急に人変わったように」
「多分、魔力に慣れてないからだと思う。あたしと、フウカも知ってると思うけど、はじめて三上が魔法使った時もこんな感じだったから」
「み、三上くんはもうちょっと冷静だったでしょ」
「あっそ」
ベリドは飛鳥の考察に興味がないようにそっぽを向いた。飛鳥は、なによ、と不機嫌になったが、風華になだめられた。
「さて、君たち」
ジェムが改めて話を切り出す。
「さっきはすみませんです。こちらの人が余計なことしちゃいまして」
「いや、別にジェムさんが謝る必要はないですって」
「いいや、それでええ。きっちり頭下げろや」
「って、お前も黒魔族側だろ! お前はもっと謙虚になれよ!」
「あんなやつと同じにすんな!」
瑛士とベリドは口喧嘩をはじめた。いつも屋上で繰り広げられていた他愛のないこと。風華たちにとっては慣れたものだった。
それを見たジェムは嬉しそうに頬を緩めた。
「はは、やっぱ何か変わったんですかねー。……君たちが変えてくれたですかね」
「え?」
「いろいろあるんです。いろいろ。……っと。では案内の続きしますね。……君は別についてこなくてもいいですよ。最後にはここに戻ってくるつもりです」
ジェムはベリドに言った。もともとこの場所を知っているため、案内に参加する必要はない。
だがベリドは首を振り、参加の意思を示した。なぜかとジェムが尋ねると、彼はこう言った。
「またなんかあったらあかんやろ。ほら、城の中まわるんやったらいろいろ言われるし、ちょっかい出してくるアホもおるやろ、こいつら連れてたら」
「……ふふ」
「何がおかしいんや、こら」
「別に。変わりましたねって、思ったですよ」
行きますよ、とジェムが声をかける。瑛士は首をかしげるベリドの手を引き、ジェムたちの後をついていった。




