二十七話:敗北
木曜日になってしまいましたが。
「さあ元に戻して貰おうか、この世界を!」
「……ふう。誰に向かってそんな口を聞いている?」
瑛士が決め台詞を言い終わった頃には、セルの調子は元に戻っていた。うずくまっていた体は、何もなかったかのように起き上がっている。彼は右回りに首を回し、肩周りの衣服を整えた。瑛士は結構な力を入れて首を絞めたが、全く効いてない様子だった。
──いやそんなばかな。さっきのはなんだよ、苦しんだ演技かよ。
そんな瑛士の心境は、精神系を使わなくともセルに伝わったようで、彼は薄く髭の生えた口元をぐわっと歪ませ、不気味な笑みを浮かべた。
「死んだと思ったのか? 残念だが、俺はレグナほど弱くはない」
「……はっ」
レグナが弱い、か。笑えてしまう。
「今まで奴が三番の席にいられたことが謎だ。なあ? ミカミエイジよ」
「そんなの知らねえな。殺し合いの途中で余計な会話挟むんじゃねぇ」
「まあそう言うな。奴はお前たちを回収することで二番の俺を追い越すつもりでいたのさ。席の変更は、我々の世界では力関係を大きく変えるからな」
「黙ってろって」
イライラが募る。今度口を開いたら転移系であいつの近くに出て、一発叩き込んでやる。そう瑛士は思った。
「実際、奴の実力は最下位まで落ちていたがな」
「転──」
──ぱしゅん
「うがああああああ!」
叫び声をあげたのは瑛士の方だった。彼が一歩踏み出した時には、左腕から血が流れ出していたのだ。
「三上くん!」
思わず駆け寄る風華。出血した腕を押さえる瑛士に、自分のハンカチで止血をした。
「ぐ、ごめん、ありがとう……江里さん」
「不意打ちとか……恥ずかしくないんか。……がっ、あああああああ!」
メガによって拘束されたままのベリドは、また体を痛めつけられている。彼女が手を軽く動かすだけで、上空で不思議なもやに捕らえられたベリドに攻撃がいくわけだ。
彼女は手を動かしながら、退屈そうにセルと瑛士の方を見ていた。もはやベリドには興味がなかった。
「実力をはかったまでだ、俺が全力を出す必要があるかどうかのな。そして俺が責められる道理はない。なぜならミカミエイジもこちらに攻撃をするつもりだったのだからな」
「!」
ばれていた。だからこそ瑛士が動いた瞬間に攻撃が当たったのだろう。
「レグナと拮抗する程度の実力……。それを鍛え上げた結果、これっぽっちの魔力。全く、予想の範疇を越えてくれないな。正直がっかりだ」
「バカにして……くれるな。じゃあさっさと勝負つけてやるよ」
瑛士は立ち上がった。そして左手をかばうフリをして、右手に魔力を込めはじめた。
「はっ、現実を見ろ。ここから先、お前は俺に手も足も出ない」
「『手も足も』なんて、そんな手間いらないよ。一発あたれば十分なのさ」
「例え奥の手があったとしても、俺とお前の圧倒的な差は埋まることはない。それは明らか。お前もよくわかっているはずだぞ?」
「いいや、勝てるね。俺はまだ負けていないと言える」
『君の強みはその魔力量だ。それを一点に集中させることができれば、かなりの強度を持つことになる』
これはタールの言葉だ。だが、それ以降しばらく魔法は使えなくなってしまうという弱点があるとも、彼は言っていた。
「戯言を。足が震えているぞ」
「あんたが勝つ気でいるから、可笑しくてね」
「もういい」
セルが瑛士に殴りかかる。だが、当たらない。挑発されて冷静さを欠き、なおかつ決着を焦るがために、セルは動きがおお振りになっていたのだ。瑛士は避けに避け、重心がずれたセルを蹴った。バランスを崩したセルは簡単に地面に倒れた。
「いけ! エイジ! 構わん! 殺すつもりでいけ……」
ふとベリドは違和感を覚えた。いつもなら叫んだ瞬間に身体が締め付けられるはずだ。だが今は逆に身体に纏わりつくモヤが消えかかっている。
どういうことかと、モヤの発生源であるメガを見た。だが彼の視線の先にはその姿はなかった。もう一度ベリドが瑛士に視線を移すと、もう最後の一撃を繰り出そうとする時だった。
「うおおおおおおお! 強化系ォォオオオ!!!」
セルに向けたパンチ。立ちあがろうとしたセルに丁度当たる軌道。
「素晴らしい」
──えっ
急な上からの衝撃に、瑛士は倒れた。ありったけの魔力も、消えてしまった。
「がっ、は! 一体、どこから……!!」
急に地面に叩きつけられる瑛士。そして顔の傷にふとひりっとした痛みが走った。
「か、風……?」
見上げると雲が動いていた。止まっていた世界が、動き出したのだ。
「ミカミエイジィ! とっておきの秘策は無くなったようだな! 次は俺の番だ……」
「セル。もう彼らを狙う必要はありません。私が彼から回収した魔力量で十分です。こちらでやるべきことは終わりました。戻りますよ」
メガは白魔族の世界へと戻るゲートをつくった。ゲートが開きやすい場所でなかったのか、不安定な形をしている。
「少し、長生きすることになったな」
「おい待てや」
ゲートに入ろうとする白魔族を呼び止めたのはベリド。
「お前らの目的はなんなんや。なんでずうっとエイジらの魔力を狙って……」
「……ふ。どうせもう手遅れだから教えてやるよ。近いうちに我らの王が復活する。そしてこの非魔族の世界にやってくるのさ、我ら白魔族の新しい世界を作るために」
「あ、アホなこと言うなっ!」
「安心しなさい。あなたたちは痛みを感じずに消えることができるのです」
メガが手を掲げた。
「何を……!」
瑛士とベリドが同時に走り出した。
だが二人がメガに辿り着くことはなかった。彼女が指を鳴らした途端、辺り一面の時間が止まった。今度は、瑛士やベリドも一緒に。
「じゃあな、非魔族よ」
セルとメガは、止まった世界を背に、自分たちの世界に戻っていった。




