二十四話:廃材片手に
瑛士たちは大小様々な建物が重なった『超密集住宅地跡』なる場所を歩いていた。まるで積み木のように、考えなしに増築されたような見た目は、いささか不気味であった。
「誰もいないのかな」
瑛士の左腕にくっついたまま、風華は怯えた声で言う。もう正式に交際しているとはいえ、風華と密着することに瑛士はまだ緊張していた。
「そ、そうみたいだね」
「これじゃあ、時間が止まった私たちの世界と一緒じゃない?」
──いや、一緒ではないな。向こうは俺たち以外に動けるものはない、という不気味さ。だけどこっちは、何かが潜んでるかもしれない、という不気味さがある。
瑛士は口には出さなかったが、未だ踏み入れたことのない異世界の雰囲気を掴むために、神経を研ぎ澄ましていた。
「こういうお化けが出そうなとこって苦手なんだ、私」
「あはは、僕もあんまり得意じゃないかも」
瑛士は周りに集中したまま、少し先を歩くベリドの背中を見ていた。
「なあベリドー、また登るのかー?」
そして彼は階段を上るベリドに声をかけた。少し距離ができてしまったため、大声で呼びかける。さっきからいろんなところを登っては下り、登っては下りの繰り返しだ。ずっと周りを警戒している瑛士は、疲れていた。
「安心せえ、ここをこえたとこや! せやからもうほぼ歩くことはないぞー!」
「そうか。ならよかった」
ベリドは先に言っとくぞ、と言うように手を上げた。そして彼の姿は、階段の先に消えた。
「ごめんね、三上くん。私のせいで遅れてるんだよね。やっぱり私残っていた方がよかったかもしれない」
「そ、そんなこと言っちゃだめだよ! 連れてくって言ったのは僕の方だし……」
瑛士は風華ににこやかに笑いかけた。瑛士は、ペースが落ちているのは風華のせいではなく自分のせいであると気づきはじめていた。だからこそ責任を感じる風華に対しての罪悪感が大きい。
──明らかにおかしい。疲れ方が尋常じゃない。なんで? 江里さんに気使わせちゃったし。本当になんで?
その時、瑛士たちの近くでバキンと音がした。二人は驚き、飛び上がった。
横の廃屋のドアが蹴破られたのだ。板が組み合わさってできたボロいドアはいとも簡単に壊れ、瑛士たちの方に破片を飛ばした。
何事かとドアがあった場所に目をやると、中から若い男が出でくるのが見えた。ラフすぎる格好、一部だけ剃り上げた変な頭、そして片手には金属の棒。その奇怪で暴力的な風貌は完全に……
「ヤンキー、じゃねぇか……」
瑛士がそう呟くと、男は金属棒をガン!と地面に叩きつけた。
「お前ら! なかなかキレーな格好してんな! どーしてこんなとこにいるかは聞かねーがな、ここにいるってことは……分かってんだろーな! あ?」
見た目の割にドスの聞いた声だ。
瑛士は、生まれてこのかたこういった不良に絡まれたことはなかったが、雑誌やドラマでよくみられる不良像としてこれを認識していた。そして、自分のような何の力もない人間は、こういった輩に敵わないということも知っていた。
「おうおう! 突っ立ってるだけじゃダメだろォー? さっさと金置いていけよ。痛い目に遭いてーのかよ!」
男はまたガンガンと金属棒を鳴らす。
「かっ、金は、ないです」
できる限り声を張って返事をした。口の中がひどく渇いている。
実際のところ、男を無視して逃げればよかった。だが、瑛士と風華は突然の出来事に、冷静であることを忘れてしまっていた。
「あー、そーかよ!」
男はガンガンガンと三度金属棒を鳴らした。
それを合図に待ってましたとばかりに別の建物から出てくる男。隣から、またその隣から、逆側の建物から、その上の建物から。さながら喧嘩ものの映画のワンシーンだ。
「こんなに潜んで……!」
気づけば瑛士たちは取り囲まれていた。大小の武器を、というか廃材を持っている。皆、瑛士たちに視線を向け、隙をうかがっている。
「男一人に女一人か!」
「こんなところでデエトとは、趣味がわりーなー!」
「頭もな!」
そういった会話を交わし、彼らは下品に笑った。
「本当に何も持ってねーのか、確かめてやるぜ! 強化!」
最初に出てきた男が強化系魔法を使って瑛士たちに向かって飛んできた。振り下ろされる金属棒。
「危ない!」
瑛士は、咄嗟に左腕にしがみつく風華を後ろにやり、棒を右腕で防御しようとする。
「うっ……ああああ……!」
「三上くん! 腕が!」
「どーしたどーした。怯むヒマなんてねぇぞー?」
今度はバットのように金属棒を振る。瑛士はそれを腹に受けた。思わず地面に膝をつく。
「うっ、あっ……」
「ほらもう終わりだ!」
最後の一発は頭に向かっていく。瑛士はもう避けることもできなかった。
「……! ……ん?」
おかしいな、と思うと、近くでカランカランと金属の音がした。
「こ、これはっ」
「……なんだ? てめえは」
その問いは瑛士に対してではない。階段奥から魔法を飛ばし、瑛士への攻撃を邪魔したベリドに向けての言葉だった。
「気づいたら誰もついて来てないんやもん。まさかと思たらこんななってて……」
「助かったぜ、ベリド!」
「おいこらエイジ! 面倒ごと起こすな言うたやろが!」
ベリドはそう言いながら、一人一人狙い撃ちをしてこちらに歩いてくる。
「こいつ、無詠唱で!」
「お前ら、この辺の反乱者やな? やったら心置きなく潰せるわ。被害届も来てるらしいしなあ!」
今度は接近戦で一人一人どついていく。
「こ、こいつ魔法使いやがるぞ!」
「いつの間に唱えた!?」
「ストロっ! ストロっ!」
ヤンキーたちの中の三人がそう叫ぶ。
「三人に勝てるわけないだろォ!」
正面から、後ろから、そして上から、ベリドにかかっていく。それに加えて周りからの破壊系魔法の援護射撃。ベリドはその一撃一撃をいなし、かわし、反撃を繰り出した。とはいってもやはり多対一。圧倒できるわけではない。
「おい、こっちは貧弱だ! こっちを狙え!」
ベリドの登場に荒れた場は、すぐに落ち着きを取り戻した。三人と複数の後衛でベリドを攻め、残った奴らは瑛士たちを目標にした。
「江里さん! 逃げよう!」
風華の手を掴んで反対側に走り出す。事が済んだら、ベリドが自分の魔力を追って探しに来てくれるはずだとふんだのだ。
「何逃げよーとしてんだ? 通さねーぜ?」
「うわっ! こっちに──」
「無理だっての。大人しくしろよ」
逃げ道はなかった。気づけば後ろは行き止まり。前に三人、上に二人。
「……魔法が使えなくても、俺だって!」
「待って! 無茶はだめだよ!」
「でももう逃げられないじゃん!」
ごくりと唾を飲み、勇気を振り絞る。近くに落ちていた木の棒を拾い、走り出す。
「うおおおお!」
「甘い!」
──折れたッ!?
全力で振った枝は、乾いた音とともにいとも簡単に折れた。やっぱり金属には負けてしまう。
「うっ、ぐはあ!」
カウンターの蹴りを受けた瑛士は、その場に倒れ、他の男に上に座られた。重くて立ち上がる事ができない。風華が瑛士の名前を呼ぶが、聞こえない。
「男はいい。女は連れてくぞ」
「待てよ!」
真横を通った脚を、手で思い切り引っ張る。バランスを崩した体はそのまま頭から地面に突っ込んだ。
「このヤロォが!」
「トロイぃ!」
男は瑛士の襟を掴み、持ち上げた。抵抗しても無駄であった。瑛士はパンチを顔面に食らい、背中から魔法を受ける。
「はっはあ! 俺の魔法を食らったなあ! はははははは!」
「騒ぐな。女を連れていくぞ」
「やっと当たってよかったな! 動かねえ的相手じゃあ、当たり前だがな」
「ああ、こいつも俺の初獲物となって嬉しいだろ……」
「ん? どうした?」
瑛士は起き上がった。シャツの背中は黒く焦げ、薄く煙を上げている。
「こいつ、まだ動けるのか?」
「死ぬまでやるか?」
「ごちゃごちゃうるせえんだよ」
「な!?」
「挑発かぁ? てめえ、死にてーよーだなぁ!」
「やっちまえ!」
「さっきはよくもやってくれたな。お返しをしてやる」
ダンと地面を踏む音。男の顎にストレートをかます。そして気を失ったそれを押し、反動でスピードをつけて別のチンピラに向かう。
「おっらっ!」
あっという間に五人を倒した。
「こいつもか! 大人数でなら負けるわけがねーだろ!」
一部始終を見ていただけの奴らも瑛士に向かって来た。だが、それらはもう敵ではなかった。
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終わってみると、瑛士は自分が気絶させた人の数を見て驚愕した。
「これを全部、僕がやったのか?」
「うん。あの感じで、ぼこぼこぼこって」
「はは、ぼこぼこぼこ、か……」
はじめにいた場所に戻ってみるとらベリドもすでに全員を倒した後だった。階段に座って退屈そうにしている。風華が手を振ると、手を振り返した。
「終わってたなら、こっちも助けてくれよ」
「こっから見てたわ。あれが覚醒したエイジってやつか?」
立ち上がり、階段を上っていく。瑛士たちはそれについていく。
「あっそっか。ベリドは見たことないんだっけ」
「どうでした? 三上くん、すごく強いですよね!」
「ま、不完全やな。身体能力が上がっとるのは分かる。全身に弱く強化系を纏ってる感じやな。一番簡単に使える魔法やから、納得できるわ。やからまずは使える魔法を増やして、んでそっから全体の魔力を。いや、魔力の概念を持つのが先か……?」
説明だったはずが、途中から独り言になる。
「は、はあ」
瑛士と風華は、ベリドが言うことがよく分からなかった。
「ま、その辺は今から分かるわ」
ベリドが瓦礫を蹴り飛ばす。
超密集住宅地跡に隠されるように建つ店。ベリドが瑛士の力の底上げのために連れて来たかった場所、それがこの喫茶店だった。




