二十三話:いざ異世界
「エイジ、行こか」
「……行くって、どこにさ?」
「黒魔族の世界や」
ベリドは平然とそう言った。
「えっ、えっ……は? 待てよ。今度は俺がそっちの世界行くの? なんで?」
瑛士は、ベリドの突然の提案に戸惑いを隠せない。風華もはらはらしている。
「あほう。決まっとるやろ、今度白が来た時に返り討ちにするためや。そのためにお前の魔力を安定させて、使い勝手を良くする」
「わ、私はどうすればいいですか。私も役に立てたらいいなって、思います!」
少し照れがあったが、張り切ったようにぴょこんと手をあげる風華。それに対しベリドは、「そうやなあ」と数秒考える。
「……うん、お前は別にええわ。残っとけ」
そう言ってベリドは瑛士の手を取る。
「さ、行くで」
「ちょ、待て、待て。江里さんを置いてく気かよ。俺はそんなことできないぞ」
瑛士は咄嗟に足でブレーキをかける。
「何い? なめたこと言うてんなや。お前一人連れるのにも疲れるっちゅーのに。それに、こいつは自分でバリア張れるんやろ? 話聞いてたら、お前をボコボコにした白の攻撃防いだらしいやんけ。それやったらもう十分なんや」
「いやいや。十分だとかそういうわけにはいかないんだよ。二人が移動する分の魔力は、俺から吸えばいいじゃないか」
「お前から魔力取り過ぎたら、向こうについてからお前が回復するまで待たなあかんやんか! そんな時間とれるか!」
「じゃあ、わざわざお前の世界に行かなくても、こっちで何かできることはないのか」
「ない! お前がおらんと、この世界は終わるぞ」
「あの……」
風華は二人の言い合いに割って入ってくる。
「三上くんだけで行ってきて。私は待ってるよ」
風華は瑛士たちに言う。その申し訳なさそうな顔が瑛士の心に痛む。
「……頼むよ、ベリド。こんな不気味なとこで一人にするわけにはいかない。一人も二人も変わらないだろ? な?」
瑛士はベリドにもう一度頼み込む。手を合わせ、頭を下げた。
「二人。二人……か……。まあ、無理では……ないかもしれん、けど……」
頭をかきながらボソボソと呟く。自分の魔力を考慮した上で二人、自分を入れて三人の移動ができるかどうかを考えている。なんだかんだでできる限りのことは協力してくれる。
「サンキュー、ベリド!」
「ありがとうございます。ベリドさん」
「やめろや。やっぱ無理やて言えんくなるやろが!」
「言っておいてなんだけど、本当に大丈夫なのか?」
「まあ、ギリギリやな。もしかしたら転移系使たあとぶっ倒れるかもしれん。ま、異世界間の移動に使うゲートは、全員移動が完了してから閉じるときに魔力を必要とするんや。なんかあってもそれは移動が終わった後ってことや」
随分危なげなことを言いつつも、あっけらかんとしている。
「それ、大丈夫なのかよ」
「お前が運んでくれればええだけのことやからな」
「そうか? お前、倒れたらなかなか起きないじゃないか。俺は向こうの土地のことなんて何にも知らないんだぜ」
「うるさいわ」
「痛って」
ベリドは瑛士の頭をぺしっと叩いた。
「俺が寝てもたらなんとかして起こせ。動けんくても目さえ覚めたら案内はできる」
「よし。じゃあ、やってくれよ」
「ん? 『やってくれ』やないんやけど。ここでは使えん」
ベリドはきょとんとした顔をして言った。
「は?」
「え?」
瑛士たちは、ベリドが何を言っているのか分からない、といったように固まった。
「ええか。ゲートが開きやすい場所ってのがあんねん」
ベリドは丁寧に説明をはじめた。
「開きやすい場所?」
「ああ。一回、二つの世界を繋げると、そこに魔力が残留して繋がりやすくなんねん。せやからそんなに時間経ってないときに移動したらほぼ同じ座標に着く」
「癖がつくってやつですね」
「まあ、そういうことやな。んで、その場所ってのが、お前らの学校の屋上や。何度も行き来してたやろ?」
「うーわ、学校まで行かなくちゃいけないのか」
瑛士がかったるそうに頭を抱える。
「そういうことや。行くで」
「あ、ちょっと待ってくれ」
掴まれた手を引っ張り返す。その反動でベリドが転びそうになる。すこしイラっとしたように、瑛士の方を見る。
「なんや! まだなんかあんのか!」
「買い物の帰りだったんだ、俺たち。邪魔だし、とりあえず家に置いて来ていいよな?」
瑛士と風華の手にはスーパーの袋があった。なんやかんやあったが、中身は無事だった。
「なら、さっさと行ってこい!」
ベリドは呆れたようにため息をつき、怒鳴った。
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「ここやな」
ベリドが位置を考えて手を動かしはじめた。一番消費魔力が少ない場所を選びたいところだ。
「なんか学校に忍び込むのって、変な感じだよね」
「そうだね。音もしなくて、廃校みたいだったな」
「補修受けてる人たちも、全員固まっちゃってた」
「なんとかして元に戻さなきゃならないな」
「おいお前ら、いくぞ。準備できたわ」
ベリドの前には、もはやおなじみのゲートが。
「はいはい……うおっ!」
「きゃっ!」
ベリドが瑛士と風華の背中をどんと押すと、二人は同時にゲートに入っていった。
「っ……!」
「まっ、眩し……!」
瑛士の視界は青い光に包まれた。あまりにも眩しく、瑛士と風華は反射的に目を閉じた。
ふと、風の匂いがする。そして長い間寂しかった耳にも、音が取り戻される。
──ついに、来たのか。
「目ぇ開けろや。別にゲート通る時に目ぇ閉じる必要ないんやで?」
「あははは、そうなんだ」
ベリドのその言葉を聞き、瑛士は愛想笑いをしながらゆっくりと目を開けた。
──!?
愛想笑いをしていられなくなった。瑛士は黒魔族の世界を、三百六十度ぐるりと見わたす。
「こ、これって……!」
風華も驚きを隠せない様子だ。
瑛士たちが現れた場所は、黒魔族の世界・中央区 (第一区とも言う)の超密集住宅の中の、一際高い場所。遠くには城が見え、その周りには大小様々な建物が存在していた。
空はちゃんと青く、雲もちゃんと白い。瑛士が思う、創作の中の悪魔の世界とはまるで違う世界だった。
──ここが、黒魔族の世界。ベリドやリックさんがいた世界。
「同じなんだ。俺たちの世界と」
瑛士はそうこぼす。
「ふあ〜。なんとか大丈夫やったわ。あー良かった」
最後に来たベリドは、脱力したようにだらんとその場に寝転がる。
「それにしても目立つ建物だな。ベリド、あれはなんだ?」
「あれは黒魔城や。この世界の王がおるんや。あとは、国の役人がおったりするな。お前らの世界で言う……そう、国会?やな」
ベリドはそう答える。横になると声が張り辛いのか、少し小声だった。
「つまりはこっちの心臓部ってわけか」
「三上くん! 車! 車が走ってるよ!」
風華が指差した方向を見ると、確かに車らしきものが走っている。
「本当だ。車が……」
そして瑛士は気づいた。遠くの方にうっすら見える巨大なクレーン、走る車の先にある信号機、そして立っている場所の近くにある、しばらく使われていないと見られる室外機。
「魔法があるのに……科学まで発展してるのか!」
「ああ。そっちとほぼ同じ水準やな」
ベリドが答える。多少形式は違っているのだろうが、瑛士たちといる中で特に何にも興味を示さなかったのは、自分たちの世界にすでに物があったからなのだろう。
「魔法があるんだからそっち使えばいいじゃんか」
「魔法はあくまで日常の補助や。俺みたいにいくつも魔法使えるやつなんてそんなおらん。普通に暮らしてる奴らが使える魔法はせいぜい一つか二つ。一つも使えん奴やって結構おるんやで」
「『魔族』なのに?」
「個人差があんのや。言わば才能の有る無しやな。──っと、この辺で話はやめよか。俺も疲れ取れたし、目的の場所に行くで」
ベリドは立ち上がり、その場所から降りるための階段に向かった。それを瑛士と風華は追いかける。
「ベリド、待てって!」
「あ、せや。この辺の『超密集住宅地跡』は色々と物騒なんや。普通のやつは誰も立ち入ろうとはせん。迷わんように気いつけや」
「物騒……?」
瑛士は風華と顔を見合わせた。
「なんかあったら俺が済ませたるから。くれぐれも騒ぎになるようなことはせんといてくれよ」




