十八話:決戦
風華の方へ伸ばされたレグナの腕を掴んだのは、全身に不思議なオーラを纏う瑛士だった。
「いい加減にしろよ。江里さんにこんなことしやがって。俺はお前を許さないからな、レグナ」
「……目が覚めたんだね、ミカミエイジ」
レグナの視線が腕に移る。その顔からは微笑みが消える。
「このっ……力は……?」
風華が彼にやったように、レグナは瑛士の腕を振りほどこうとする。だが変わらず腕は掴まれたままだった。それどころか瑛士の握力はだんだん強くなってゆく。
「くそっ! 放せ、このっ!」
レグナの口調が変わる。赤い魔法を使い、瑛士の腕を殴る。痛えな、と瑛士は手を離すが、それほどダメージは受けていない表情。それに対し、レグナの額には汗が流れていた。急いで瑛士と距離をとる。
「三上くん、どうして……」
瑛士の側で風華が尋ねる。
瑛士は狼狽する彼女に優しく微笑みかけた。
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精神世界の中。瑛士は、スライムでできたもう一人の瑛士に一撃を与えるために隙を伺っていた。
「ここだあああああ!!」
近づいてくる偽物が手を後ろに振りかぶる瞬間を狙い、瑛士は飛び出した。しゃがんでいたところから立ち上がる分の威力を乗せたのだ。
「アマイ!」
振りかぶった方と逆の手で、瑛士のパンチを受け止める。偽物ながらに、瑛士のとる行動はわかるのだろう。
偽物が軽く腕を捻ると、瑛士はバランスを崩してうつ伏せに倒れた。受け身を取れずに顔面を強打する。
「ソノ程度デハ、チカラヲ得タトテ、使イコナスコトハデキナイ」
「なんでなんだよ! なんでお前にそんなこと言われなくちゃいけないんだよ! 力があるなら俺にくれよ! お前、俺なんだろ!?」
だんだんと拳で地面を叩く瑛士。偽物は彼を見下ろし、問いかける。
「本当ニソウカ? オ前ハ一体、何ノタメニチカラヲ欲スル?」
「俺は……」
瑛士ははっと気づいた。そして顔を上げる。正面に立つ自分と、バチっと目があった。
「俺は、俺は! 江里さんを守る力が欲しいんだぁぁあああ!!」
「ソレガ答エダナ」
瑛士が叫びながら突っ込んでいく。人型は満足そうな表情を浮かべ、もとの柔らかなスライムへと変わっていった。
瑛士は勢い余ってその中にどぷんと入ってしまう。
「うわっ!?」
「コノチカラハ、オ前ノモノダ」
その言葉とともに、スライムと瑛士は一つになってゆく。
──こ、これが俺の、魔力。
瑛士の──非魔族のものと、ベリドの──黒魔族の魔力。二つの魔力が混じり合って出来たイレギュラーな魔力。瑛士は、それを使いこなせるまでに進化したのだった。
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「俺の中にも魔力があったみたいなんだ。眠っている間に、それにうまく適応できた」
「じゃあ、三上くんが最近調子が悪そうにしてたのって」
「ベリドが俺に残した魔力と、俺が持っていた魔力が変な反応を起こしてたからかもしれないな。ってか、気づいてたんだ」
瑛士はもう、たじたじした話し方ではなかった。
「はあっ!」
「危ない!」
放たれる破壊系。それを瑛士は片手で受け止めた。掴まれたエネルギー弾は小さくなって消えていった。
「バカな……」
レグナは呆気にとられる。
「江里さん、離れていて。俺が、守るから」
「……!」
その言葉で風華が赤くなる。
「みっ、三上くん! 頑張って!」
親指を立てて合図する瑛士。風華は飛鳥とリックの方へ行き、成り行きを見守ることに。
「はぁ、そんなことして、いいのか? そうやって期待させて、君がやられた時の絶望感は計り知れないよ?」
レグナは余裕を装う。彼は救世主のようにやってきて、やられてしまったベリドのことを暗に言っているのだ。
「大丈夫だ──」
レグナの後ろに回り込む瑛士。
「やられねえから」
レグナの首に手を回し、ぐっと絞める。
「ぐぁっ……!!」
瑛士が思っているよりも強い力が出る。彼はレグナを半分殺すつもりでいた。体が魔力で、力で満ち溢れている。
「うあ、うあああああ!!」
レグナが暴れて瑛士を振りほどく。ぜぇぜぇと聞こえるほどに、ひどく息が切れている。
「そっ! そもそもお前は魔力を持たない非魔族だろう! なぜそんな魔力を手に入れている!」
「俺は知らない。だが、あるもんはあるんだ。お前の目の前で起こっていることが事実なんだよ」
「黙れ! お前もあの黒魔族どものように動けなくしてやる!」
レグナは叫びながら、また向かってきた。がしっと瑛士がそのパンチを受け止める。
「ベリドの魔力が俺の魔力を目覚めさせるきっかけになったのかもな!」
掴んだ拳を手前に引く。一瞬体の自由を奪われたレグナは、瑛士の拳へ吸い込まれるように前進した。そこに向かって、今度は瑛士がパンチを繰り出す。
「かっ……!!」
レグナの目が見開かれる。倒れそうになりながら、瑛士から離れなければ、と後退する。
瑛士は隙だらけのレグナに向かってもう一発パンチをしようとする。手応えはあったが、それはレグナではない。気絶したセンチを持ち、盾がわりにしたのだ。
「こいつ……仲間を」
「こ、こいつは仲間じゃないんだ。丁度良いところに落ちていた、ただの盾だ!」
レグナがセンチを瑛士の方へ投げる。予想外の動きをしたセンチを避けることができず、二人は一緒に倒れてしまった。
瑛士がセンチを払いのける隙に、レグナは風華の元にきていた。
「いやっ! いやぁああ!」
レグナは必死の表情で風華の手を掴む。
「暴れるな! ……ふう。十分だ、このくらいあるならば……!」
「お前何してやがる! これ以上江里さんに触るな!」
「くっ!」
声が聞こえた瞬間、瑛士の正面にいたレグナは消えた。と、思えば、瑛士の後ろに移動していた。
──今度は魔法か!
転移系を使ったレグナは、先ほど瑛士が彼にしたように、首を絞めた。瑛士に振り払われないよう、強化系を使ってガチガチに固めている。
「ぐ……ぐふっ!」
苦しい声を上げるエイジ。
「三上くん!」
目の前の瑛士のピンチに声をかける風華。
「ふふ……ははははは!! 流石にこれは対処できなかったみたいだなぁ、ミカミエイジぃ! これがお前と僕の実力の差だ! たとえ君がどれ程の魔力をもっていようが、使えなければ意味がないんだ! ははははは!!」
「うぐぐ……!」
「形勢逆転というやつだ。君のおかげで魔力を持つ非魔族の存在は一層明らかになった。十分な情報だ。このまま君を殺して、僕は自分の世界に帰るとするよ」
「なんだと……!!」
ちらりと見るエイジのその先。心配そうに瑛士を見つめる風華がいる。
「手土産にエサトフウカをつれてねぇ!」
その瞬間、瑛士の中で何かが弾けた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
瑛士を中心に衝撃波が走る。風が起こる。そして瑛士と接していたレグナが吹き飛ばされる。風華や飛鳥も瑛士の近くにいたが、瑛士との間にはいつの間にかバリアが張られていた。
「アスカちゃん、これって、魔法だよね」
「うん。でもリックさんは気絶してるし、ベリドもあそこで気絶してる……」
「じゃあこれは誰の……? きゃっ!」
風華の言葉の途中で、バリアにヒビが入る。薄い板は粉々に割れ、消えてしまった。
「くそ! こいつも最後の足掻きか……!! 無駄だと──」
レグナの言葉がふつと途切れる。
「な……なぜ、だ。」
レグナの足が震えている。
「まさかお前の魔力は……」
その目には恐怖の色が浮かぶ。
「その姿は……!!」
レグナの目の前、そこには白魔族と同じく、半透明の大きな翼を広げた瑛士の姿があった。それだけでない。彼の翼はレグナより二つ多く、六つあったのだ。
「……? この力は? 白くなった」
瑛士は自分の姿をぐるり見渡し確認する。ふと風華と目が合った。
「あわわわわ……」
風華は驚いていた。瑛士の髪の毛は脱色したように白がかり、背中には翼の形のオーラが生えた。まるで白魔族になってしまったかのようだ。
瑛士はもう一度レグナを見る。彼は戦意を失っていた。
「俺は、お前がおとなしく帰ると思っていた。余裕なかったみたいだったからな。だが、それは間違いだったみたいだ。だから、俺はもう容赦しない。お前をこの場で潰す!」
「あっ……あっ……!」
その場にへたり込んでしまうレグナ。瑛士は彼の襟を掴んで持ち上げる。
「どうした!」
「うぎゃぁあっ!」
レグナの頬を思い切り殴る。眼鏡はその場で落ち、レグナ本人はは情けない声をあげて少し先の地面に飛んでゆく。
「何か言ってみろ!」
「うぁぁぁあっ!」
「お前のために命を取られた人だってたくさん居んだぞ!」
「うあああ!」
瑛士はレグナを持ち上げては殴り、持ち上げては殴りを繰り返した。やがてレグナは動かなくなった。
「今度は、お前が──」
「三上くん!やめて!」
その声に、瑛士は我にかえる。掴んでいた手を離し、レグナが地面に落ちる。彼は割れた眼鏡を必死に探す。
「やめて! これ以上、三上くんが、ひどいことしないで……」
「え、江里さ──」
その隙にレグナは自分の残った魔力を使い切り、ゲートを作った。風華から回収していた魔力があったため、歪であったがなんとかゲートは形になった。
「うあ、うあああ……」
レグナはゲートに這いながら逃げ込んだ。そして、不完全なゲートは消えた。
「……帰った、のか?」
瑛士の髪の色は徐々に元に戻り、姿もいつもと同じものに戻っていった。風華が彼に近づき、申し訳なさそうに話しかける。
「ごめんなさい、三上くん。でも、私、怖かったの。あの時三上くんが三上くんじゃなくなっちゃったように見えて。だから──」
「いやっ、ぼっ、僕はもう大丈夫だから、さ。そんな、顔、しないでよ。レグナが帰ったから、やってくることはないだろうしさ。もう安全っていうか、ね」
瑛士はすっかりいつもの調子に戻った。いつもより距離が近い風華にどぎまぎしている。
「うん。ありがとう、三上くん」
二人は顔を伏せた。
「ねぇ、邪魔して悪いけど、お二人さん? ベリドやリックさんの手当てとか、必要じゃないの?」
飛鳥が二人に話しかける。
「そ、そういえばそうだ! じゃあ連れて帰る準備しなくちゃ!」
「あのさ三上、ところでソーマはどこ行ったか知ってる? あいつの姿見てないんだけど」
図書館に戻ろうとした瑛士に、飛鳥が尋ねる。
「あっ、あいつは僕らの荷物をみてるよ……」
「はぁー?」
すっかり宗真の存在を忘れていた瑛士。ことが終わると色々なことが頭を埋め尽くす。
──とりあえず今は、これでよかったのかな。
瑛士は一旦、問題解決に安堵することにした。




