十七話:覚醒
なおも続く二人の魔族による攻防。レグナの力で、周りの人からは認識されないようになっているのが幸いだ。
ベリドは息が上がっていた。下界にやってくることで再度瑛士と魔力の繋がりはできたものの、それだけではレグナには対抗できない。
そしてそんなベリドに対し、レグナはまだまだ余裕だと言わんばかりの表情をしていた。一度は追い詰められた相手を圧倒できることが楽しい、と。彼は多くの人間から少しずつ魔力を奪い、エンゼリングを魔力で満たした。それによって彼の力は大幅に強化されたのだ。強化系を使ったベリドの繰り出したパンチを、片手で軽々と受け止めてしまった。
「どうやらだんだんと落ちているみたいだね、威力」
「馬鹿にすんなや」
「事実だ。君にはさっきの威勢もない。もう、僕に勝てるかどうかも疑問に思い始めているんじゃないかな」
ベリドはレグナを押し、その反動で数歩後ろに後退する。
「何も言えないか。仕方のないことだ、事実だなのだからなあ!」
レグナは半透明の翼を広げた。ベリドはやばい、と姿勢を低くする。
レグナは足に強化系をかけ、地面を蹴る。そして体全身に操作系をかけ、勢いを殺さず、ベリドに向かって猛スピードで突進する。
ベリドはバリアを張ろうとした。だがそんな一瞬でバリアを作ることは、今の彼にはできなかった。
レグナの両手の拳がベリドの顔面と腹を捉えた。ベリドは文字に表せない叫び声をあげながら吹っ飛び、図書館の壁に激突した。
「はははは。どうだ、黒魔族よ。この程度は造作もないことなんだ、僕が本気を出せばねぇ!」
壊れた壁と、そこにもたれかかって動かないベリドを確認。レグナはメガネを上げる。
「さて……」
「!!」
レグナとばちっと目が合うリック。
「くっ!」
彼女は一か八かの勝負で掌をレグナに向けた。もう一度センチと同じように魔法をかけようと試みたのだ。
だが、レグナはなんともない様子。リックは勝負に負けた。彼は半笑いでリックを見る。レグナほどの実力者になると完全に油断している時でないと魔法をかけることはできない。
「もういいかな。しつこいから静かにしてあげるよ、君も」
「んぁぁぁあああ!!」
その場で転げるリック。全身が熱い。次第に感覚は変わってゆき、次は痛みがやってきた。いや、痛いと錯覚しているのだ。彼女は逆に、レグナに精神系をかけられてしまった。
「魔法はこうやって使うんだよ」
「リックさん! 大丈夫ですかっ!」
リックを起き上がらせる飛鳥。リックはぴくぴくと痙攣しながら、気絶した。
「ほら」
再び放たれる破壊系。風華は瑛士を連れて、飛鳥はリックを連れて左右に避ける。
「起きて、三上くん。ベリドくんが。リックさんが。……!!」
瑛士にむかって語りかける風華。そして、そちらの方向にレグナの足音が近づいてきたのだ。
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「なっ、なんでおっつかねんだよぉ」
その頃瑛士は一人走りながら文句を垂れていた。何もない空間を、移動する塊を追ってひたすら走る。塊も同じ方向に移動しているため、なかなか追いつけない。
「ふう……。ぜってー捕まえてやるから」
彼が全力ダッシュをすると塊はみるみる近づいて来る。距離は五メートル、三メートル、一メートル……とみるみる縮んでゆく。
「追いついたぜ!」
遠くから見えた塊はサッカーボール程と、案外小さいものだった。瑛士はそれを手に取ってみた。
「うぇっ……。なんだ、こりゃ」
気持ちの悪い感触に寒気がする。黒と白とがまざりあったスライムのような物体だ。スライムは瑛士の手からするりと抜け、形をとりはじめる。
「なんだ? この形は……」
人型をとった二色のスライム。そして少しずつ細部も作りこまれてゆく。だんだんと色も白黒からカラーになって……。その姿には見覚えがあった。
「これは……俺か?」
瑛士と瓜二つの人型が出来上がった。ゆっくりと開けた目には、光はなかった。
「ソノトオリ」
「喋っ……!」
「俺ハ、オ前ダ」
相手の声は瑛士と同じ。自分の声を聞くのは変な感じがする。
「オ前ガ望ムモノハナンダ……?」
ハイライトの無い目が瑛士を見つめる。抑揚のない声は一つの質問をした。
「俺は力が欲しい。魔法を使う力が欲しい……。レグナに勝たなくちゃいけないんだ」
「ソウカ」
「……ぶっ!! な、なにすんだよ!」
突如瑛士に殴りかかってくる人型。普通に痛い。瑛士も負けじとそれを殴り返す。スライムは倒れた。
「オット……」
スライムのようにどろりと形が崩れたりはしなかった。まるで本当に人と殴り合っているような感覚。それはもうスライムではなく、まさに人だった。
人型は再び立ち上がり、瑛士の正面にやってきた。
「やる、のか」
瑛士とスライム人間は同時にパンチを繰り出した。
瑛士がスライムの頬を殴ればスライムも瑛士の頬を。腹を殴れば相手も同じく腹を殴ってくる。
──こっちには痛みが残るが、向こうはまるで痛みがないみたいだな。
人型は攻撃を受けても、その慣性で後ろに下がっているだけだった。つまり瑛士の読み通り、ダメージ自体は無い。
度重なる攻撃の結果、ついに瑛士は膝をついてしまう。相手の姿を確認しようとした瞬間に飛んでくるキック。避けるために横に倒れることでことなきを得た。
──こいつ、容赦ないな。それにしても何がしたいんだ? 俺が望むものって……。
瑛士が距離をとってもスライムは距離を詰めてくる。瑛士は逃げながらチャンスを待つことにした。
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「君を守ろうとする二人の黒魔族はいなくなった、そちらの子も動けない。ミカミエイジも眠っている。さあ、ようやくだね、エサトフウカ」
レグナがひゅんと風華に近寄る。もう誰も抵抗しようとはしなかった。
「さあ、共に白の世界に行こう」
「……」
「フウカ──」
黙ったまま立ち上がった風華。飛鳥が声をかけようとするが、レグナの手を取ってしまう。
「うっ、ああぁぁあああああ!?」
突如悲鳴をあげる風華。
「こっ、これは!? レグナ! あんたフウカに何をして……!!」
「ゲートを開くには相当の魔力が必要になるからね。君の魔力を使うために、先ずは君が持っている力を引き出す必要があるのさ。僕の魔力を受けることでね!」
レグナの魔力がフウカに注ぎ込まれてゆく。レグナの手を振りほどこうとするが、力が強く、逃げられない。
「ちょっと! もうやめたげて! フウカ死んじゃう!」
飛鳥がレグナに頼み込む。
「この程度なら問題ない。それに彼女も随分と多い魔力を持っている。君も見ただろう? だからエサトフウカは死ぬわけがない……がっ!!」
レグナによる注ぎ込みは途切れた。よろめく風華を飛鳥が受け止める。
レグナは後ろを振り返った。彼の翼は消え、服の背中の部分は焼けていた。
「これは……!!」
倒れているはずのベリドを確認する。そこには先ほどと違うポーズをとるベリドが。こちらに向けていた震える手を下ろす。今度こそ、全てを出し切ったようにこうべを垂れた。
「ふん、最後の抵抗か? バカめ」
もう一度風華の手を掴もうとするレグナ。そしてそれは一つの手に遮られた。
「な!?」
第三の手に腕を掴まれて驚いたレグナの視線の先には、全身に不思議なオーラを纏う人間がいた。
「いい加減にしろよ。江里さんにこんなことしやがって」
そこには、眠りから目覚めた一人の非魔族が立っていた。溢れんばかりの魔力を手に入れた、三上瑛士が。
「俺はお前を許さないからな、レグナ」




