十六話:瑛士の見たもの
ベリドがやってきたことによって、レグナは怒っていた。風華を回収する上での最大の邪魔者、それがベリドだからだ。過去二度に渡って苦戦を強いられている。
だがそれでも彼は焦ることや逃げ腰になることはなかった。約二ヶ月間、ずっと下界で魔力を貯めていたのだから。完全な状態になった彼はベリドにも負けることはないという自信があった。むしろベリドを倒すことが楽しみで仕方がなかった。
「来たか黒魔族……」
その瞳は真っ直ぐベリドを見つめていた。
「れっ、レグナざぁ──」
不意にレグナ思考を途切れさせたセンチの声。剣を振りかぶりながら、二対の翼を広げて飛んでくる。空を飛ぶしくみは橙色の光が見えるように、操作系だ。
「れっ!! が……!」
一瞬で全身に赤い光を纏ったレグナは、センチの剣を弾きとばし、頭をつかんで地面に打ち付けた。
「屑天使は黙っていろ」
センチの頭がぶつかったコンクリートの地面は割れ、その頭は出血していた。彼の体はがくがくと痙攣し、動かなくなった。
「おい、それお前の仲間ちゃうんか」
「いらなくなったのさ、ついさっきな。恩がどうだとよく分からないことを言っていたところをみると、そちらの黒魔族に操られたといったところかな」
レグナの視線はリックに移る。リックは目が合いそうになって、反射的に下を向いた。
レグナの言った通り、リックはセンチの心に一瞬の揺らぎを見つけ、精神系をかけていた。彼女が得意とする魔法だ。
「分かってたんか」
「まあ、ほとんど見抜けていたね」
「せやったら、リックを気絶させるかなんかして、かかった魔法を解いたったらよかったんちゃうんか」
「わざわざ僕が? はっ、馬鹿なことを言うね、黒魔族。そんなの自己責任に決まっているじゃないか。手間のかかる奴は、いらないんだよ」
その言葉を聞いて、ベリドは拳をぎゅっと握った。リックに強く出ている彼も、彼女は同じ黒魔族の仲間だという意識はあった。仲間を簡単に切り捨てるレグナに怒りが湧いたのだ。
「……嫌なやつやな。お前も強なったみたいやけど、俺もだいぶ強なったと思うで。ほら、さっさとやろうや」
「向こうのお友達が傷つけられて怒っているのかい?」
レグナが指差したのは気絶している瑛士と、それを囲む風華と飛鳥。それを見てベリドはふっと笑った。
「アホなこと言うな。あいつらは俺の魔力庫と、それについてくるおまけや。俺とあいつらはそんな関係とちゃうわ。お前を倒すっちゅうのは、俺の仕事やからや」
「ああそうかい」
刹那、響き渡る破裂音。ベリドとレグナの拳がぶつかり合ったのだ。
「らあああっ!!!」
ベリドの蹴りをかわすレグナ。
「はっ!」
レグナの破壊系をかわすベリド。
壁を蹴って攻撃を避ける。避けた先に転移系を設置する。その上にさらに魔法を上書きして打ち消す。
二人の攻防は一進一退。どちらの攻撃もまともに当たることはない。
「す……すごい」
リックは風華たちのところまで移動し、共に二人の戦いを見ていた。風華が声をかけ続ける瑛士は、風華の膝の上で、まだ眠ったままだった。
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──あれ。
──なんだろ、ここは。
──心地いいような……そんな場所……
──上も下もなく……何も見えない、聞こえない……。
気がつくと瑛士は、どこか知らない場所に立っていた。何も見えなかったのは、目を閉じていたからだ。
「……ここは」
今までの経験はおろか、写真や動画ですら見たことがないような景色。何もない、ただの真っ白い空間だった。
「確か俺は……レグナと戦っていたんだっけ……? そうだ、江里さんは? 田口さん、リックさん、ソーマも」
瑛士ははっとした。
「俺……あいつの魔法にやられたんだっけか。それで……いつの間にかこんなとこに……?」
見れば見るほど不気味な世界だ。空と陸の境がわからない。足の裏の感覚から、地面に多少の凹凸はあるがあるのはわかる。が、得られる情報はそれくらいだ。瑛士は気が狂いそうになった。
ずっと同じ場所にいても何も始まらない、と彼は歩きだした。何もない世界ではそれしかなかったのだ。
歩きはじめて気づいたことだが、自分の服には陰がある。だが頭上をさがしても光源らしきものはなく、地面にも影は落ちていない。そして太陽がないからなのか、もとの世界ほど暑くはない。瑛士は、都合の良い世界に一人、苦笑いをした。
「ん?」
しばらく歩いた瑛士の前方に、なにかの塊が見えた。不自然に真っ白な空間では、何か異質なものがあると気づきやすい。
塊は動いているように見える。瑛士が歩いていた方向にゆっくりと進んでいた。
「なんなんだ、あれ……」
瑛士は塊に向かって走り出した。




