十五話:参上
「さあエサトフウカ。こっちにくるんだ」
リックを吹き飛ばしたあと、ゆっくりと振り向くレグナ。余裕の表情が不気味さを演出する。風華にすっと差し出された右手。
「……!!」
それに対し、無言で首を振り、拒む風華。当たり前だ。連れていかれてしまったら何をされるか分かったものではない。
「ああ、何度やってもしないんだね、心変わり」
彼はやれやれという風に笑う。風華の答えは分かりきっていた。
「じゃあ強制的に連れていくよ」
「フウカ……ちゃん……。逃げ……きゃあああああああああああ!!!」
動けないリックに追い打ちをかける。
「あ、悪魔め……!!」
「悪魔ではなく善魔だと言っただろう? ミカミエイジ。君はそこで寝ていろ」
「フウカが嫌って言ってるじゃん! あんたがほんとに”善魔”だっていうなら、聞き分けよくここで引き返しなさいっ!」
立ちふさがるアスカ。彼女は肝が座っている。親友のために白魔族の前に立った。
「ふっ、君も無茶するよねぇ。非力なのに。こうやって盾になろうとしてさぁ!」
「ゔっ……」
腹パンを貰い、前屈みになったところを払いのけられた飛鳥は、コンクリートをごろごろと転がる。
「脆い盾だよ」
「アスカちゃんっ!!」
「ほら、君のせいでお友達が酷い目に遭ってしまったよ。さあ、償いの意を込めて僕とともに白魔族界へ行こう」
今度は右手で、風華の腕をがっと掴む。さすがに痺れを切らしたのだろう。
「嫌っ! 離して、離してください!」
騒ぐ風華を無視し、レグナは空中に左手を向ける。上界へと続くゲートを作るつもりなのだ。
「いくら叫んだって無駄だ。この辺りの空気をねじ曲げて音が遠くへ響かないようになっているからね」
「やめろって! 江里さんから離れろ!」
さっきまで地面に突っ伏していた瑛士は、立ち上がってレグナに向かって行く。
「……君はまだ生きていられるのか。しつこいなあ。非魔族って、あの高さから落ちて、こんなに早く起き上がれるものなのか?」
驚きつつも、やれやれと片手間に放たれた破壊系魔法。瑛士はそれをすんでのところで避け、レグナの腹にパンチを撃った。
「うっ……」
よろけるレグナ。風華の腕を離し、二、三歩退く。魔法が強くても、鳩尾はさすがに弱い。
「避けた……のか、非魔族が……僕の魔法を?」
「ベリドが帰ってくるまで、お前に負けるわけにはいかないんだよ」
その言葉を聞いて、レグナははっとした表情をした。
「黒魔族は今いないのか。……そういえば姿が見えないな」
──しまった! こいつ、知らなかったのか。
瑛士は心の中で頭を抱えた。そして軽率に話してしまった自分を責めた。
「だっ、だからどうしたっていうんだ? ベリドがいたら勝てなかったってか? じゃあ、よかったなあ!」
「はっ。……舐めてかかるのはやめてやる。ここからは殺しにかかってやるよ。はあっ!!!」
今度は三弾の魔法が放たれた。瑛士は先ほどのように避けられない。一発が足元に来て、それを避けた瞬間にもう二発が瑛士を捉える。
「うあああああああ!! ……がっ!」
エイジは叫んだ。地面を転がり、壁で頭を打つ。そして気を失ってしまった。
「口程にもなかったか」
「三上くん!」
駆け寄ろうとするフウカを捕まえようと手を伸ばすレグナ。だが、ふとその手は止まる。その隙に風華は瑛士のもとへ急いだ。
「……センチ。何をしている?」
レグナの背に向けられたのはセンチの剣。
「いえ……私は……」
はっきりとしない返事。彼の持つ剣の先はがくがくと震えている。
「もう一度聞く。センチ、お前は何をしている?」
「私は……恩が……」
震える顎から汗が滴り落ちる。彼の目は恐怖を感じている。だが、それでも剣は下ろされない。
「いつの間に裏切り者になったのさ、お前は。恩だどうだこうだ、言うやつじゃなかっただろう?」
「はい……レグナさ……!!」
「やはり役立たずだったかな」
突如蹴りを繰り出すレグナ。センチはそれを剣で受ける。コンクリート床で滑り、数メートル後ろに移動する。
そして先ほどレグナから攻撃を受けていたリックも、遂に魔法を使い出す。何としてでもレグナの足止めをしなければならない。今は魔力の出し惜しみをする時間ではない。
「一体何のつもりだ屑天使が! 俺の邪魔をするつもりならばお前も殺す対象だ!」
レグナの罵倒。
「うあ、うあああああああ!」
センチは号泣に似た声を出しながら、レグナに斬りかかってゆく。リックも彼とともに戦う。
「二人がかりならなんとか……!!」
「なんとかなると思うのかな? 圧倒的な実力差に、目を向けないとダメさ」
リックの繰り出した拳は全てレグナが指一本で受け止めた。強化系を指だけにかけているのだ。
「黒魔族、屑天使。君たちはここで死ぬ」
レグナは四つの翼を広げた。
「三上くん、三上くん。大丈夫? 三上くんってば」
倒れたエイジに声をかけ続けるフウカ。アスカもそこにやってくる。
「三上。起きなって。ほら、早く」
それでも瑛士はまだ目を覚まそうとはしない。風華と飛鳥は最悪の事態を想像する。
「アスカちゃん……どうしよう……。私……」
「諦めちゃダメだって」
「ああ、こいつはまだ生きとる」
瑛士の顔に影がかかる。
無言のまま瑛士の胸に置かれたその左手。以前に保険として受け渡した魔力を回収したのだ。
「はあ、やっぱ非魔族界に来たら魔力足りんくなるわな」
「えっ」
見上げた風華。そこにいたのは完全回復したベリドだった。
「ベリドくん! 遅いって!」
希望が見えたリック。そして対照的に怒りに燃えるレグナ。
ベリドは周りを見渡した。怪我をしている瑛士と飛鳥。魔力が強くなったレグナ。それと戦うリックと、なぜかセンチが。
「だいぶ危なかったんちゃうか? 待たせたな、お前ら」
ベリドはふうとため息をつき、スカーフをぐっと締めた。




