十三話:ミスはつきもの
瑛士は驚いていた。ギリギリの状況でベリドが助けにきてくれたのはよかったが、てっきりこの前のように倒されてしまうものだと思っていたからだ。
瑛士の予想を裏切り、実際は違っていた。前回あれだけ余裕綽々だったレグナは、今回は押され気味。そしてむしろベリドが若干優勢のように見えた。
それはなぜなのか。前回と違いベリドは宗真の傘を武器として使っているが、それだけではなさそうである。レグナは傘での攻撃を創造系バリアで凌ぐのが精一杯だ。
その謎はベリドから予想という形で語られた。
「は! 予想通りや! お前が今回、なんでいきなりあの魔法に目覚めた女(風華のこと)を取りに行かんと、囮使ってでも瑛士を殺しにきたんか。それは単純やな。今度攻めた時、完全に俺に勝てる自信がなかったからや。
少なくともこの前、お前が謎に魔力失ぉて逃げた時より前、つまりは俺らとの戦いの時点でお前はそうとうなダメージを追ってたはずや。そうやろ?」
「……知らないなぁ。言わないでくれよ、そんなでたらめを」
「でたらめなもんかい。ぅらっ!」
今度は傘を使わず、ベリドは回し蹴りを繰り出した。レグナの腕に衝撃が加わる。
「……!!」
少し痛そうな表情を浮かべる。だが彼は声は上げることなく、ふうっと息を吐いただけだった。
その間に、瑛士は壁を使って立ち上がっていた。もう少し遠くにいなければ巻き込まれてしまいそうだ。眺めている場合では無い。
「はぁ。もうバリアははらんのか?」
「はる必要がないのさ、この程度の攻撃にねぇ!」
レグナが人差し指と中指を立て、ベリドに突き刺そうとした。だが、今度はベリドが創造系の魔法のバリアを使っていた。急にどっと力が抜けるような感覚を受けて、瑛士は倒れそうになったが、なんとか耐えた。意外そうな顔のレグナに、ベリドはさらに言う。
「なるほど、魔力消費がでかいみたいやな、これ。特にこういう衝撃を受けた時。お前、前回使いすぎやったからなぁ。それでまた魔力が切れることを恐れた訳やな?」
「違うね。」
「何が違う? ほら、こういうことやろが」
ベリドがレグナの顔面に向けた拳。ベリドは、相手がバリアを張らないものだと思っていた。もし仮に張られたとしても、次の動きを考えていた。
「どういうことなのかな」
そしてレグナの顔の前に現れた青い膜。それは彼のの後頭部につながる転移系だった。ベリドの攻撃は外れた。勢いはそのままで、レグナに突っ込んでいってしまった。
「なっ!?」
「すべての魔法のパターンを覚えておかないとダメさ」
レグナが魔力を溜めて、全力でベリドの左肩から腕にかけてを打ち砕いた。
「うがぁぁああああ!!」
叫ぶベリド。
「ふふ、せっかくの武器、使っておけばよかったのかもしれないね」
のたうちまわるベリドを尻目に、レグナは窓をがらっと開けて、外へ飛び出した。
「ぐ、くそ、また、逃げられたか」
今の攻撃はベリドに隙を作るためだけの不意打ちとしての腕破壊だったようだ。直ぐに逃げなければ反撃がくると思っていたのだろうか。左腕に動きは無く、だらんと垂れているが、ベリド本体はもう落ち着いている。
瑛士はベリドに大丈夫かと声をかけるくらいしかできなかった。
「ベリド、これ、大丈夫かよ。リックさんに直してもらうか?」
「いいや、こいつは無理や。もうぼろぼろやんか、この腕。治すには一回帰らなあかん。誰にもばれんようにせなあかんな……」
そう言いながらベリドはゲートを作った。
「……ぐぇええ」
瑛士は吐きそうになった。頭が揺れる。目の前がぐるぐると歪む。ゲートをつくるだけの魔力は大きいのだ。
「あの白魔族は、また多分今後しばらく来ぉへんやろ。あ、せや、これ、預かっとけ」
青い顔の瑛士の腹に手を当てる。その途端、瑛士は回復したような気がした。ベリドが魔力を受け渡したのだ。
「なんで俺に?」
「これは、ちょっと保険かけとくだけや」
「保険?」
「こっちの話や」
彼は振り返ることなく、廊下のその場で上界に帰ってゆく。
──俺も、戻んなきゃな。
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「──ておい、なんだこいつはぁ!」
「ベリドが言ってなかったか?」
荷物を持ってやって来た瑛士はセンチを見て驚いた。それに対して落ち着いた様子で聞く宗真。今は、この白魔族をどうすればいいのかを悩んでいる。
「ね、ねぇ、三上くん、大丈夫だった?」
「は、うん。なんとか、大丈夫だよ! 江里さんこそ、大丈夫だった? また白魔族が来たけど……」
「今回は私も大丈夫だったよ」
心配してくる風華に怯む瑛士。疲れているが、風華と話すときには笑顔を意識する。だんだん話すのも慣れて来たようで、普通に会話ができる。敬語だった口調も、宗真や飛鳥にダメ出しされて直した。
「くそ、お前らァ! 何を……!! え、エンゼリングをどこにやったんだぁ!」
玄関に叫び声が響き渡った。センチが目覚めたのだ。イモムシのような姿になったセンチはうねうねと動く。
「だが今に見ていろ……! レグナさんがお前らを殺しにやって来──」
ふと瑛士の存在に気づくセンチ。辺りが急に静かになる。
「なぜ……なぜお前が。レグナさんは……!?」
「あいつはベリドに負けてどっか行っちまったよ」
「嘘だ!」
「嘘じゃない。……あいつはレグナって言うんだな? んで、お前がセンチか。お前もベリドに負けたんだろ? レグナに役立たずっていわれてたぜ?」
瑛士が追い討ちのように知らせる。
「嘘だ!!」
「自分だけ逃げたのがその証拠なんじゃない?」
今度は飛鳥が言う。
「嘘だ!!!」
「捨てられたんだな。」
「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! でたらめを言うなッ!!」
ぐるぐる巻きのままもがき続けるセンチ。さんを付けるほど慕っていたレグナに見放されたという事実が、センチに大きな傷を残した。
瑛士たちの後ろから、リックがセンチに歩み寄る。
「な、なんなんだ! 黒魔族が何の用なんだ! 殺すか? 俺を! さあやれよ。なあ!」
そんな言葉を無視し、リックは紐を解きはじめる。センチは抵抗することはなく、おとなしく体の自由を待っていた。
「何やってんだリックさん、そいつは!」
焦る宗真。
「そうだよ、ベリドがいないし、あたしたち全員やられちゃうよ!」
リックを心配する飛鳥。それでもリックは聞き入れない。
ビニールテープを切るなどして解きながら、リックは呟く。それは小さな声で、まるで心の声が漏れたかのようだった。
「黒魔族と白魔族はなぜ互いを憎み合い、戦うのか。それが私には分からないの。同じ魔族同士、仲良くは出来ないのかな……って」
「……なんの罰だ、これは。黒魔族に情けをかけられるとは」
そう言ったセンチ。手を伸ばすと宗真が隠していたエンゼリングが彼の手元に飛んで来た。
「情けないがこれは借りだ。だが、お前の思想に賛同した訳ではない」
彼はエンゼリングを頭につけて、走って外に出て飛翔し、去っていった。
その姿を見届け、リックは言う。
「彼の心は、不安定になっている。だから、助けてあげたいと、思ったの」
「あ、心読めるんだっけか」
彼女が黙っていたのは集中してセンチの心を覗いていたから。魔力を持つものに対しては、それが邪魔をして簡単に心を覗くことができない。
「ごめんね。これ、ベリドくんには黙っておいて」
悲しそうな彼女の笑顔に、瑛士たちは黙って頷くしかなかった。
「……っ」
瑛士は荷物を降ろしてその場に座り込んだ。無意識的に頭を押さえる。
「三上くん?」
「ごめん、ちょっと、疲れた、だけだから」
瑛士は、さっきの戦いの分、ベリドに魔力を使われていた分、疲れていた。
「こんなとこで座ってんじゃねえ。家で寝ろ。帰るぞ」
そう言ったのは宗真。五人はそれぞれ帰った。
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上界に戻ったベリド。ゲートが繋がったのは黒魔城の廊下。廊下にいると、暇を持て余して城の中をうろつく上級階級・シドに見つかってしまいそうになる。自分がこっそり戻っていることは秘密にすべきだ。
──やっぱ魔力が充満してんな。もうええわっちゅうほど入ってくるわ。
長らく非魔族界にいたベリドにとって、そこら中に溢れかえる魔力は過多に思えた。瑛士という制限がなくなり、清々したような、そうでもないような、そんな変な気持ちだった。
城がある第一区には、城を中心にしてぐるりと店や家が集まっている。建物の上に建物が造られ、使われなくなった建物は壊されてまた新しい建物になる。
ベリドが向かっているのは城から少し離れたところにある小さな家。造られ壊されのエンドレスなループの中、ついに他の建物によって隠れてしまった喫茶店である。
そこの流行ってない酒場に住み着く男は、多少治癒系が使える。かつ、昔は城の救護室で働いていたこともあるらしい。ベリドが初めて第一区に来た時に偶然店を見つけたことがきっかけで出会い、随分と親交が深くなった。
──さっさとおっさんに診てもらわんとな。
ドゴォと響く上の階。何かが壊れた音のようだ。ベリドは、城にいた時にこの音が聞き慣れていたので、特に反応はしない。
「オズマはまた一人で戦っているみたいだなあ。何度訓練しても飽きねえみたいだ。つまらねぇよなあ、せっかくのカッゾ一位だってのにやることがあれだけってよ」
後ろから聞こえた声。ベリドが、ばっと振り向く。
「よお、第八位」
「……テト」
──よりによって一番会いたないやつに……。
「『テトさん』だろ? 俺は第三位だぜ? ……なんだその顔は」
大柄な中年、テトが現れた。本人が言う通り、彼はカッゾ第三位。分かり切っていたことではあったが、ベリドが選ばれた時にはあんなに祝福していたのに、今ではすっかり元に戻ってこの態度である。
「仕事はどうした。第三街関連の仕事が山積みだったんやないんか?」
「はん。俺はお前と違ってしっかりと仕事をする男だ。元第三ホール取り壊し中に変なものを見つけてな。それに関する資料を探しに来たのさ」
「そうかい」
「おい待ちな」
テトの横を通って歩き出したベリドの左肩を掴んだテト。痛みでベリドがうっと声をあげる。肩をおさえてテトを睨みつける。
「それはそうとお前、何で戻ってきてるんだ? もしかして非魔族界の仕事が辛くて帰ってきたのか?」
「仕事を終わらすために戻ってきとるんや……」
「おいおい、お前の仕事だぞ。第十位も呼んだみたいじゃねぇか。それで? お前だけ帰ってくる? そりゃあ、無いよなあ」
「ぐ!?」
テトの腹パンがベリドにクリーンヒットする。ベリドはその場に崩れ落ちた。彼は動かないベリドから手を戻した。
「ははっ……ちょっと少なすぎやしねぇか? ま、ペナルティーだ。てめえの魔力、没収だな」
「ちょっ、待て」
顔を上げた時にはテトは消えていた。
「……くそが」
テトは嫌な奴として有名だった。常に人に厳しく、自分には甘い。何かあればペナルティーとして魔力を奪う。自分が疲れるのを嫌って人の魔力を使うのだ。
──ま、保険かけといてよかったわ。ひとまず、おっさんのとこにいかんと……あいつらがまた白魔族に……やられてまう。
ベリドはよろよろと歩きながら、城を降り始めた。




