十二話:間一髪
瑛士はもう走れなくなっていた。壁にもたれかかり、一歩ずつゆっくりと進んだ。幸い、逃げている間は誰にも会うことはなかった。先生たちは会議中であり、生徒たちはそれぞれの部活動に励んでいたからだ。
校舎内、廊下は狭く、瑛士は次々と角を曲がって逃げるため、レグナはそれほどスピードを出すことはできなかった。
──よし、このまま逃げて……。
そう思った途端に、背後でドンと胸に響く音がした。
振り返って見てみると、廊下の真ん中から煙が出ている。レグナが遂に攻撃を仕掛けてきたのだ。廊下が破壊されることはなかったが、誰が見てもおかしなへこみ方をしていることは明らかだった。
「さっさと死んでしまえ、ミカミエイジ」
「ぐっ……!!」
レグナの攻撃はヒートアップしてゆく。今までの殴る蹴るだけでなく、破壊系を使い始める。以前魔力を失ってしまったことで、今回もそうなってしまうことを恐れていたのだ。だがもうそれも終わり。温存する必要がないと判断した。
──それはまずいっ……!!
黒いオーラを持った魔法が瑛士の背中に直撃した。じゅうといって制服が焦げる。
「うあああ……!!」
あまりの痛み悶える瑛士。燃えるような熱さの中に刺さるような痛みが来る。息をしたいがそちらに意識が回らない。
レグナは瑛士に近づく。
「はははは、苦しいかい? もう、いいだろう、逃げるのは?」
眼鏡をくいっと上げた右手。瑛士に向けてすっと構えた左手。そしてレグナの背後に二対の翼が現れる。
「絶えろ」
「させへん」
刹那、別の右手によって弾かれた左手。放たれた魔法は天井にあたり、蛍光灯が割れた。
「うあああ……!」
瑛士は四つん這いになったまま急いでガラス片を避けた。落ちてきた蛍光灯の破片の奥に、その右手の主が見えた。ベリドだ。
「おいお前、何してんねん。一体何回来るつもりや」
「お前……もう来たのか! センチは、どうした……!」
「あいつならもう倒したったで。そんな強なかったわ」
「……!! あの役立たずめがっ!!!」
レグナの怒りの叫びを合図に、レグナとベリドの二度目の戦いがはじまった。
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宗真は、気を失ったセンチを近くに落ちていたビニールひもでぐるぐる巻きにしていた。手は後ろに組ませて手首を巻き、そのあと腕と胸を巻く。周到な行動だった。
「あの、こいつ、寝てる間にどうにかしてトドメさしちゃダメ、なのか?」
もちろん自分で殺す気はない。宗真は何気なくリックに聞いた。
「絶対にダメよ。私は、誰も殺したくないの。今は対立していても、いつか分かり合える日が来ると信じてるから」
「そうは言っても、こいつ、俺たちを殺しに来てただろ。リックさん楽観的すぎる気がする。それは幻想に過ぎないと思う」
今度は足を巻きながら宗真は言った。
「ね、ソーマ。あたし、見てたんだけど、白い魔族ってこの天使の輪っかから魔力取るみたいなんだ」
飛鳥が宗真の後ろに来て言った。宗真はそんなことにも気づいていなかった。それに対して彼女は観察力が高い。
「まじか。じゃあ、さっさと取らねーと」
「この前のやつ、魔力が切れた時に輪っかを掴んで見てたでしょ?」
「……すまん、覚えてねえ」
「まあいいわ。しかも、魔法を使う時に輪っかが光るの。多分ソウマはそれも見てなかったと思うけど」
その通りだ。宗真は何も言い返せない。
センチの頭上に浮いているエンゼリングは蛍光灯のように見えるということで、なんとか割ってしまおうとしたが無理だった。
謎の力で頭の上に固定されたエンゼリングは、宗真がセンチを、飛鳥が輪っかをそれぞれ引っ張ることで何とか剥がれた。
二人はまだセンチを恐れ、テープを巻いている。そして輪っかは風華に渡された。輪っかは少し光っていたが、陽の光でそれは誰にも分からなかった。
ふと風華に聞こえたのは何かが衝突する音。聞こえてきたのは校舎の教室がある方角。
「……あの、三上くんは大丈夫、ですよね」
そうリックに話すことが、今の風華の精一杯だった。




