再会
二人の女性パーティと連れ立ってニュルンの街に戻る。道中、いろいろと話しをしたが、この七日で、他人とこれほど長く話すのはずいぶん久しぶりだと思い出すソーマだった。西門の顔なじみの衛兵に今日の成果を聞かれたので、ゴブリンの討伐を達成した、とだけ答える。この衛兵は元々西門担当だったらしく、ソーマが初めてニュルンに来た日は、応援で北門にいたらしい。どういうわけか、ソーマのことは衛兵には知られており、いつも声をかけてくるのだった。ウサギは? と聞かれたので、今日は狩っていないと答える。
要するに、ソーマのことは一部の人間、冒険者ギルドの職員、そして、門兵の間でそれなりに知られていたのである。むろん、冒険者の中でも徐々に名前が売れていたといえる。しかし、それは同ランク、あるいはひとつ上のランクの冒険者であり、広くというわけではない。その多くは依頼成功率が異常に高く、依頼達成数も急激に伸ばしているからであった。
衛兵に知られている理由は街を出るとき、入るときにいつも声をかけるからであろう。普通の冒険者は衛兵とあまり親しげに話すものはいない。そのため、衛兵の間ではそれなりに名前が知られていたのである。あるいは、衛兵に対して丁寧な口調で話すから、ということもあった。冒険者とは今も昔も乱暴者が多いというのが共通の認識であり、一部は事実であった。もっとも、ランクが上がれば、大商人や貴族との接触もあるため、高ランク冒険者ではそれなりに穏やかな冒険者が多い。逆に言えば、乱暴者では上に上がることが出来ないということである。いずれにしろ、名前が売れ始めているのは事実であった。
直接冒険者ギルドに向かうという二人と別れ、一度宿に向かう。狩った二匹のジャンピングラビットを手渡すためである。討伐の初日、余分な一匹を手土産に渡したところ、夕食代がただになったが、それにもまして、その肉を使った美味い夕食にありついていたので、また頼みます、というと、材料が手に入れば、と返されたのである。というわけで、今回もそれが目当てで手土産としてジャンピングラビット二匹を狩ってきていたのである。プレーリーラットの肉も美味かったが、ソーマとしてはやはりウサギの肉料理が合うのだった。
冒険者ギルドに着くと、チラホラと査定を受ける冒険者の姿が目に付く。まだ、四時前だが、ソーマとしては初めての時間帯だといえた。これまでは昼一時とか二時という時間帯に来ていたからである。いつものように、セイシェルの窓口に並ぶ。彼女の席は高ランクの冒険者や超初心者が並ぶことで知られているそうだ。ソーマとしては最初に世話になった職員なので彼女がいないとき以外は他の職員の席には並ばないようにしていた。今日を含めて七度来ているが、内、一度だけ彼女がいないときがあったのである。
しばらく待つと、ソーマの番がやってきた。すでに右奥の査定カウンターには幾人かの職員が待機しているようだ。昨日もそうだったのだが、今日はジャンピングラビット狩りではなく、ゴブリン討伐を受けているのだけど、と考えつつ、椅子に座ると、沈痛な表情で三枚の金属製カードをカウンターに載せていう。
「まずこれを引き取ってください。ゴブリンが持っていたものです」
「これは・・・ 冒険者カードですね。どこで手に入れられたのでしょう?」
手にとって確認しながら顔色を変えてセイシェルがいう。
「西の街道の南側の森の中、街道から歩いて一時間半のところです。そこにゴブリンの集落がありました。その中で他にもいろいろとありましたが、それはあちらで」
右奥のカウンターを指差していう。
「冒険者カード回収の報酬は五百マリクなので合計千五百マリクになります。ではあちらのほうへ」
集落という言葉で、ソーマが何をしたのか理解したのだろう。信じられない、という表情を浮かべながら指示してくる。
査定カウンターの前でソーマはまず、三十九本の角を出し、三十七本は森の中で、残り二本は街道沿いの草原で狩ったことを伝え、後はいつものように布袋ではなく、ゴブリンの集落で見つけた魔法鞄を差し出す。いつもと違う成り行きに査定カウンターの職員もやや緊張を募らせる。周囲にいた冒険者も三十九本のゴブリンの角を差し出したソーマの話を聞こうと寄ってくる。
「魔石が多いですね。査定に時間がかかるかもしれません」
魔法鞄から今回の鑑定品を出して床に並べながら担当職員がいう。
「鎧や剣、鞄などの装備品はどうされますか? こちらで買取ることも可能ですが?」
別の職員が尋ねてくる。どうやら、魔石担当と素材担当、その他の担当と分かれて鑑定していたようである。最初の職員が魔石の鑑定には時間がかかるといっていたように、時間短縮のためなのだろう。
「鞄のひとつが魔法鞄でしょう。中身は買取をお願いします。僕はソロで活動しているので、必要ありませんし、まだ、この街に来て七日なので売却するにも当てがないので。魔法鞄だけは僕が持ちます」
「判りました。もしも、遺族が譲渡を求めてきた場合はどうされますか? 極稀にですが、そのような場合もありますので」
「その場合は無償で渡してあげてください。売却には及びません」
「判りました。ではそのように・・・ うぉっ、これはダイアチタ鋼の鎧に剣だな」
その他の担当者がそういうのが聞こえてきた。
「ではソーマさん、後ほどお呼びいたしますので、それまであちらでお待ちください」
セイシェルはそういって入り口の右にある休憩所のような場所を指差しながらいう。
ちなみに、どこの冒険者ギルドでも、一階は受付カウンターおよび購買部、裏手には訓練場と倉庫、カウンターの対面には広めの休憩場があるという。ニュルンでは隣接する建物に、宿があり、その一階は食堂兼酒場ということになる。なお、基本的に冒険者ギルドは酒気帯厳禁だそうである。購買部では武器など装備の他に、各種ポーションが扱われているが、酒は売っていないのが普通だという。昔は、といっても百年以上前は休憩場で普通に酒が飲まれていたそうであるが、今は廃止されているという。
ソーマがそこに置かれている椅子に座ると、街道から街まで一緒だったパーティが話しかけてきた。
「一人でゴブリンの集落を壊滅させるなんて、ソーマさんは凄いんだ」
そう話しかけてきたのはブルーの髪と同系色の瞳を持つ、ローズという十六歳の少女だった。自己紹介によれば、火魔法を使う魔法使いだという。ゴブリンに背を向けて逃げ出したのも、あの時は短剣しか所持していなかったためらしい。魔法を使えば、草原が焼けてしまうから使わなかったという。
「どうなんだろうな、まあ、剣には多少自信があるけどね。今回は数が少なかったし」
「うーん、それでも凄いですね。聞けば、ジャンピングラビットも短時間で五十匹も狩るんでしょう?」
そういってきたのは茶色の髪と明るいブルーの瞳を持つ、十八歳で巫女のセーラだった。回復魔法を使えるという。
「それはそうだけど毎回というわけではないですよ」
「それより、ありがとうでした。おかげで二人とも無事に依頼が達成できました。本当に助かりました」
声を潜めてローズがいう。聞けば、ソーマが仕留めた二匹のおかげで二人とも依頼を達成できたということである。
「いや、僕の今回の依頼はゴブリン討伐だったからね。気にしなくていいよ」
街に戻るときに聞いた話では、彼女たちは四人組のパーティだという。後の二人は盾役の男と前衛を勤める剣士の女性だといっていた。今回は他の二人は臨時に他のパーティに加わり、依頼を受けているという。パーティとしては駆け出しなので、護衛の依頼が少ないのだといっていた。なので、別々に依頼を受けることもあるといっていた。
低ランクパーティの場合、よくあることだという。商人専属護衛のパーティに怪我人が出た場合、その怪我人の穴埋めのため、他のパーティから引き抜くという。多くは臨時ということになる。なぜ、ソロではなく、パーティからなのかといえば、ソロでは連携がとりづらいが、パーティメンバーなら連携が比較的取りやすいということが理由らしい。ただ、Cランク以上のパーティであれば、ほとんどないという。
「今回は盾役と剣士の充実が目的だったから、私やローズは外れたのよ」
「なるほど」
「とにかく、ソーマさんのおかげで依頼達成できたから、私たちとしても良かったです」
とローズ。
「機会があれば共同で仕事をしたいですね」
とセーラ。
「そうですね。考えておきましょう」
そんな話をしていると、ソーマの前に一人の男がやってきて声をかけてきた。
「聞いたぞ、ソーマ、すでにDランクになったそうだな」
その声を聞いてソーマは声の主が誰かを察した。
「ヘンリーさん、皆さんもご無沙汰しています。お変わりないですか?」
ソーマに声をかけてきたのは<フォースター>のヘンリーだった。その後にはマルコムやマゴット、キャロルもいた。