南西の森の異変
ソーマは宿へと向かいながら、今後のことを考えていた。一日、いや、実質半日で稼いだ三千二百四十マリクで、これまで実家から持ち出した分から支払っていた分を差し引いても黒字となったことで、精神的には達成感が感じられた。それと同時に明日以降はどうしようか、とも考える。その原因はギルドでの対話にあった。思い返すと依頼の選択肢が限られてくるからだった。
「実は今回、僕は西の街道の南側の草原、畑が途切れてすぐのところです、で狩りをしていたのですが、その最中、百匹以上のジャンピングラビットが跳ねているのを確認しています。それに、ジャンピングラビットもプレーリーラットも群れを成す魔物ではない、と小冊子に書いています。それと狩りの最中、森が騒がしかったように思います。門の衛兵にも確認しましたが、多数のジャンピングラビットやプレーリーラットの目撃例は報告を受けていないと」
「そうですね、もう少し暑くなってくると魔物は涼しい南に移動することが知られています。今の時期ですと、まだ暖かい北側にいるのが普通です」
「森で何か異変が起きている可能性はありませんか?」
「難しいですね、明確な情報が無ければギルドは動くことができません。私どもとしては、これまで通りに活動していただくようお願いする他ございません」
申し訳なさそうにセイシェルがいう。
「そうですか。判りました。明日はまた今日と同じ依頼を受ける予定です」
「はい、期待しております。それと、ソーマさんには明日以降も今日と同じ対応をさせていただきます」
考えるような表情でセイシェルがいう。
次の日からもソーマはジャンピングラビットの討伐を受け続けることにした。そうして、結構な数を討伐していた。数字を挙げるなら、二日目はジャンピングラビット五十匹、プレーリーラット二十匹で三千八百マリク、三日目はジャンピングラビット四五匹、プレーリーラットが二十五匹で三千八百マリク、四日目はジャンピングラビット五十匹、プレーリーラットが十五匹で三千五百十マリクといった具合である。五日目には冒険者ギルドの職員であるバチェラーという男に見学させて欲しいと言われ、同行していたが、ジャンピングラビット四十匹、プレーリーラット十五匹で二千九百七十マリクを狩ることになった。
この五日目の冒険者ギルドで討伐成功が五十回を越えたとのことで、冒険者ランクがDランクに昇格することとなった。ちなみに、DからCに上がるには百回、CからBに上がるには二百回、BからAに上がるには四百回の依頼を成功させなければならないといわれる。さらに、それ以外にも人格面の審査が必要だということであった。バチェラーは冒険者ギルドの職員であるが、元冒険者でBランクまで上がっていたそうで、現在は冒険者の育成部門にいるということであった。体よく、ソーマは実力チェックされていたわけである。ただし、Dランクの依頼の魔物を一度も討伐していないことで、一部では異論もあったようである。
そうして六日目、ソーマは森の中に入ることを決定した。依頼はゴブリン討伐である。いつも狩りをする場所はすでに二人ほど冒険者がいたが、気にせずにそこから森の中へと入っていくことにした。二人のうち、一人は女性というか少女で、明るいブルーの髪で、今一人はそれより少し上で、やや濃い茶色の髪の少女であった。ひょっとしたらパーティを組んでいるのかもしれない。
森の中に入って一時間ほど、まっすぐ南に向かって歩いていると、ある大木を回り込んだところで、出会い頭に五匹のゴブリンと遭遇することになった。
(やはり、森の中での気配察知がうまくいかないな)
そう思うソーマであった。向こうも気付いたようで粗末な短剣、ではなく、錆びてはいたが、れっきとした剣で奇声を発しながら襲い掛かってきた。<脇差>を抜いていつものように氷を纏わせる。この五日間でソーマはもっとも疲労度の少ない氷剣を使うことが多くなっていたのだ。それに、氷剣で切った場合、出血がないという理由もあった。
ゴブリンは二足歩行してはいるが、その体躯、身長の四分の一が脚ということで、動きそのものは鈍いものだった。余裕を持って各固撃破していくことができた。一匹目は振り下ろされる剣を避けて横薙ぎに、二匹目は脇をすり抜けながら左下から右上へと切り上げ、三匹目は擦れ違いざまに首を撥ね、四匹目は袈裟懸けに切り下げ、五匹目は逃げ出したため、背中から首を撥ねた。倒したゴブリンの角を剥ぎ取り、ゴブリンが腰に吊るしていた皮袋の中を改める。なにやら光る黒い石、魔石だろうと思われた、も回収する。
そこからやや東寄りに三十分ほど歩いたとき、粗末な木材を使ったゴブリンの集落に出くわすこととなった。とっさに身を隠したものの、見つかっていたようだ。引き返すかどうか迷ったが、見えている範囲で三十匹ほどだったので、戦うことに決めたようである。そして、念のため、と背中に背負っていた<一期一会>を抜く。森の中ではその長さが災いして使えなかったが、そこは開けているため、十分使えそうだったからである。
そうして、集落の中に飛び込む。余計なことは考えず、ただ目の前のゴブリンを斬り捨てることに集中した。ソーマとしては一人で大軍を相手にしたことはなかっただろうが、走馬はそれなりの訓練をしていたようで、身体は考えるよりも早く動いていたといえる。やがて、目の前に現れるゴブリンがいなくなり、周囲を見渡す。周囲には薄っすらと霜が降りたように白かった。腕を軽く振り、<一期一会>に纏わせていたやや赤みを帯びた氷を払う。今の戦いでも刃こぼれどころか曇りすら見当たらないそれを鞘に戻して右腰のナイフを抜き、剥ぎ取りにかかる。
氷を纏わせていたためか、あたりには出血は見られない。この状況、ソーマなら平気でも走馬には堪えるかもしれないが、サクサクと剥ぎ取りを済ませていく。腰の袋も総て改め、価値のありそうなものは総て回収していく。総て終えてみれば、集落には三十二匹のゴブリンがいたようである。そうして今度は<脇差>を抜いて集落を見ていく。ゴブリンはお宝を集める習性があり、意外なものがあると、ギルドから初心者に配布される小冊子に書いてあったのだ。
ここでソーマは意外なものを発見することとなった。集落のほぼ中央、もっとも大きな小屋の中にそれはあった。一番多いのは魔石であろうか。他にも宝玉やらガラスの欠片などがあった。しかし、ソーマが目を留めたのは三枚の金属板だった。それはソーマも胸にぶら下げているものと同じものだった。冒険者カード、である。少なくとも三人がゴブリンに殺されていることになる。残念ながら誰のものかはわからない。カードに表示させるには本人の親指かギルドでの処理でなければ見ることができない。これは登録時に登録者の指紋と魔力を登録しているからだろう。ソーマとしてはこれをギルドに提出する義務を果たすだけであった。
お宝の多くはガラクタのようであったが、重要なものもあった。先の冒険者カードもそうだが、冒険者が持っていたのであろう品である。特に目を引いたのは鞄であり、未だに錆すら浮かせていないセミプレートメイルや剣の類であろうか。基本的に亡くなった冒険者の遺品は発見者のものであるとされるが、大抵の場合、売却されるという。ソーマとて自身で使用するつもりはない。鞄のうち、ひとつは魔法鞄のようなので、それだけは確保しておくつもりである。容量は二十倍のようで、中身を改め、今回確保したものをずべて入れる。幸いにして、総て収めることが出来た。
その日は当初から森の中に入ると決めていたので、昼食は持参していた。多くの冒険者の場合、保存食である干し肉と硬い黒パン、そして水というものらしい。しかし、ソーマは魔法鞄を持っているため、宿である<金色竜翁亭>の主人に頼んで弁当を作って貰っている。ちなみにこれもキャロルに教えてもらったものだったりする。しかし、ゴブリンの村で食事をするつもりは毛頭ないので、帰路の適当な場所で済ませることにした。
途中で見かけたジャンピングラビット二匹を狩り、街道沿いの草原まで戻ってきたのは昼の二時ごろだっただろうか。草原では未だ狩りを続ける二人がいた。やはりパーティを汲んでいるのか、二人で組んで狩りをしているようである。それを横目で見ながら草原を横切っていると少女のほうが悲鳴を上げた。
悲鳴の響いた方を見ると、森との境目から二匹のゴブリンが出てきたのが判った。次いでなので狩ることにする。<脇差>を抜いて氷を纏わせつつそちらに駆け寄る。少女のほうはゴブリンに背を向けて駆け出していた。この場合、良い行動とはいえないだろう。ゴブリンに限らず、多くの魔物は逃げる人を見れば必ず襲い掛かるといわれているからだ。
ゴブリンと少女の間に割って入り、一呼吸置いてゴブリンに駆け寄る。擦れ違いざまに<脇差>を一閃、一匹目の首を撥ね、返す刀でもう一匹の胴を薙ぎ払う。ゴブリンは落ち着いて対応すれば、それほど危険ではないと思われるが、そうでなければ、危険はあるだろう。少なくとも、このあたりに現れるゴブリンは短剣ではなく、まがりなりにも剣を持っているからだ。
二人に断り、ゴブリンの剥ぎ取りをを行う。角と腰の袋である。剥ぎ取りを終えて街道に戻ろうとすると、二匹のジャンピングラビットが跳ねて横を通り過ぎようとしたので、つい反応して首を撥ねてしまう。このときは氷を纏わせていないため、切断部から出血があった。ギルドに持ち込むには一匹足りないし、宿に渡す分は二匹で十分なので、これは彼女たちに提供することにした。後二匹で依頼達成なのに、という少女の声が聞こえたからである。