初めての討伐依頼
ニュルンの街の西門とそこから伸びる街道は行き先がニュルンハイム騎士爵本陣のニューロンハイムの街なので、特に整備され、安全性も高いといわれている。この街道が封鎖されれば、ニュルンの街は活動が困難となるからだろう。そんなわけで、魔物の討伐もこの西の街道沿いを指定するものが多いといえた。
ジャンピングラビットはありていに言えば白ウサギなのだが、その大きさが我々の世界のウサギとは異なる。体長七十cmと二倍以上の大きさで体重も十kg以上なのである。依頼は街の西門を出た街道沿いの草原、といっても切り株などは所々に存在する、での狩りである。この街道の街に近いところに畑が拡がり、そこの作物を守るためのようであった。
ソーマは西門を出て街道を歩いて行き、畑の途切れたところで南側の草原に入っていく。時間にして一時間ほど歩いただろうか。冒険者の歩行速度と一般の人の歩行速度には倍近い差があり、ソーマもそうしていた。普通、魔物は暖かい方を好むので、街道の北側の草原のほうがいいのだが、すでに幾人かの冒険者が北側の草原にいたので、あえて冒険者のいない南側の草原に入ったのである。
ソーマはそれほど武術に精通していたわけではないので、気配を殺したり、気配を察知するということは出来なかった。獲物を探すには、どうしても目で探してしまうのである。しかし、今日の彼は違っていたようである。走馬の記憶と経験なのか、気配を殺すことも気配を察知することもできていた。ソーマ自身でも驚くほどに。今のソーマによれば、周囲には幾つかの気配を感じることができた。目で見る限りではただの草原であったのだが、何かが潜んでいるのがわかったのである。
さらに南側に入っていくと、突然跳び上がって東に移動する耳の長い動物が確認できた。彼らは人を襲うわけではなく、逃げるときや障害物を避けるときに跳び上がるという。今の場合、ソーマを避けて東へと向かおうとしたのだと思われた。ジャンプする高さはそのときによりまちまちであるが、最大で二mほど跳びあがるという。そして、今の場合、ソーマの左側五十cm、一mの高さのところであった。
ソーマは身体を左に捻る力を利用して右手に持っていた<脇差>を振り上げ、ジャンピングラビットが身体の正面に来たときに両手でそれを振り下ろす。すでに<脇差>には氷を纏わせていたため、ジャンピングラビットの首を撥ねたが、出血は無かった。切り口が凍っているためであろう。何故氷かといえば、炎では毛皮や肉が痛むだろうと考えたからである。それに、氷だと切れ味が増すことと、魔法剣を使用しても疲れが少ないという理由もあった。
身体をかなり大きめの布袋、四m四方はある、に入れ、首は前歯を剥ぎ取るつもりで置いてあったが、今の狩りがきっかけとなったのか、あちこちで跳ねるジャンピングラビットを見て、剥ぎ取りは後で行うこととして、とりあえず、狩りを続けることにしたようだ。その後、一時間ほどで約二十匹を仕留めることとなった。これは、ソーマが気配を殺していたのが大きいといえた。相手にしてみれば、障害物だと認識されたのかもしれない。むろん、ソーマにはそんな経験は無いが、走馬の経験であったのだろう。
さらに一時間後、そろそろ昼時という時間になってソーマは今日の狩りを終えることにした。彼の成果はジャンピングラビット四六匹、プレーリーラット十五匹というものであった。プレーリーラットとはありていに言えば、はつかねずみなのだが、これも大きさが異なる。体長五十cm近い。尾を含めれば、八十cmほどになる。宙を跳ぶわけではなく、足元をすり抜けようとしていたのを仕留めたのであるが、ソーマとしてはなにか釈然としないものを感じざるを得なかった。
Eランク冒険者の狩りの成果は、腕の立つものでも一日で多くて十匹前後と聞いていたからである。いくら、気配を絶つことができていたとはいえ、成果が違いすぎると思うのである。そもそも、ジャンピングラビットもプレーリーラットも単独行動が当たり前で、群れることはまずないはずなのである。それが、一度に百匹ものジャンピングラビットが草原に出没、しかも、ソーマの見える範囲という、狭い範囲に出没するとは考えにくい。これはギルドで聞いてみる必要があるだろう、と考えている。
ともあれ、これだけの数から剥ぎ取りを行うのは相当な労力を必要とするだろうし、時間もかかるため、そのまま冒険者ギルドに持ち込むことにしたようだ。元々の予定では、昼には街に戻って昼食を取る予定であった。要するに、一日という時間をかけてゆっくりと目標数、ジャンピングラビット五匹を狩ること、を達成するつもりでいたため、昼食の用意はしてきていなかったのだ。
街の西門を通るとき、門を守る衛兵に早いな、と声をかけられたので、ついでに聞いてみることにした。
「ええ、目標を超えることができたので。ところで、最近、街道の南側でジャンピングラビットやプレーリーラットが多数目撃された、という話は聞いていませんか?」
「いや、そんな話は聞いていないぞ。何かあったのか?」
やや驚いたような顔で逆に尋ねてくる。
「ええ、狩りをしている間、百匹近いジャンピングラビットを見たもので。街道の北側ならともかく、南側ですから」
「ほう、それを全部狩ったのか?」
からかうような調子で尋ねてくる。
「まさか、僕の見える範囲でそれだけの数のジャンピングラビットが跳ねていたので、不思議に思っただけですよ」
「ふむ、確かに狭い範囲でそれだけ一度に目撃されるとな。よし、他の冒険者にも聞いておこう。冒険者ギルドへの報告はしておいてくれるか?」
「判りました」
そう答えて街に入る。そういえば、今の衛兵は昨日の入市の際の担当者だったな、昨日は北門、今日は西門、衛兵も大変そうだ、そう考えつつ歩いていく。
すでに、昼の一時だったので、まず、腹ごしらえのため、<金色竜翁亭>に戻り、そこで昼食をとることにした。<フォースター>のメンバーが勧めるだけあって、食事も結構美味いのである。朝食と夕食は宿泊客が、昼食は街の人たちにというのが宿の常識だという。そのため、昼食は定食で五十ペリクと安い。入っていくとカウンターにいた女将、名前はソフィアといった、に声をかけられた。
「おや、お帰り。早かったね」
「ええ、予定以上に狩れましたから、早めに戻ってきました。これから冒険者ギルドに行くけれど、先に昼食を」
「そうかい、今日はエビーラのフライだよ。宿泊客だから四十ペリクでいいよ」
「ありがとう、それと、これを夕食に使ってください」
そういって黄銅貨四枚、ジャンピングラビットを一匹分手渡す。
「おや、いいのかい? うちとしては助かるけどさ」
驚いた顔をしていう。
「ええ、端数なんですよ。使ってください」
「そうかい、じゃあいただいておこう。今日の夕食代はいらないからね」
「はい」
昼食は白パンとエビーラのフライ、それに野菜サラダとスープだった。ふんわり焼き上げられた白パンは柔らかく、エビーラのフライもプリプリしていたし、サラダも新鮮で、塩味のスープの中には卵とネギが浮いていた。ちなみに、エビーラとは鋏を持ったブラックタイガーエビのような甲殻類である。街の北にある周囲五kmほどの池で採れるという。
揚げ物料理はかなり昔からあったようである。一節によれば、六百年ほど前に現れた剣士が晩年に自ら料理して振舞った、ということらしい。その時はオーク肉を衣で包んで揚げたものだったらしい。その話を聞いたとき、走馬の記憶でトンカツかと思ったソーマである。事実、昨日の夕食がそれだったのである。ただし、塩で味付けしたオーク肉を揚げたもので、走馬的にはもの足りなかったりするようである。なにしろ、この世界にはトンカツソースなどないからである。
白パンとはいうものの、走馬の知る食パンには及ばないが、黒パンよりは遥かに柔らかいということである。これは多くの街では普通に売られているが、街や店によってまちまちであり、味も異なる。これは使われている酵母が違うからであろう。
黒パンは乾パンに似ているかもしれない。基本的に保存の利くものであるから、そうなるのかもしれない。冒険者や行商人などは移動中あるいは狩りの途中は保存食になるため、街では美味いものを食べさせる店を良く知っているといえた。とはいうものの、ほとんどの店では、味付けは塩のみであった。香辛料は流通しておらず、マスタード程度しかないようである。いずれにしろ、街の飲食店や露店ではそれなりの食事ができる世界であった。