<金色竜翁亭>にて
早く書きあがったので、登校します。
今回で貨幣制度が判ると思います。
宿に戻り、夕食と風呂を済ませたソーマは自室に篭ることとなった。ヘンリーたちパーティメンバーは雇い主である行商人のハロルドと共に夕食をとるということで、まだ宿に戻っていない。明日の朝食時に顔を合わせられるかどうか判らないが、今夜にでも挨拶をしておくべきだろう、とソーマは考えていた。
さて、今、ソーマの目の前には何故か剣一振りと刀が二振り、そしてナイフが一振りあった。魔法の鞄と化したリュックサックの中からもう一本の刀が出てきたのである。その他にも、金貨二十枚、銀貨三十枚、銅貨五十枚、五枚の手拭、手入れ用の油の入った高さが二十cmほどの壷、同じく手入れ用の布切れ五枚、着替え用と思われる二着の服、下着二枚である。宿に着く前に、頭の中に魔法鞄と化したリュックサックの中身が浮かんできていたのである。出してみると、その通りのものが入っていたというわけであった。
おそらく元の所有者が魔力切れか何かで魔法鞄が機能しなくなったため、取り出すことができなかったのだろうと思われた。しかし、後にキャロルに聞いたところ、魔法鞄は効力を失うと、普通の鞄に戻り、中のものは総て出てくるという。ところが、このリュックサックはそうではなかったということで、ソーマは不思議に思いつつも、気にしないことにしたようだ。
もっとも、リュックサックから出てきた硬貨類の内、銀貨と銅貨の半分はデザインが若干異なり、ニュルンでは使用できない可能性があった。ソーマは知らなかったが、それはフレイムアース王国とは魔境を挟んだ北にあるノイエランド帝国のものであった。ちなみに、現在王国で流通している貨幣は上から順に白金貨一枚十万マリク、金貨一枚一万マリク、銀貨一枚千マリク、赤銀貨一枚百マリク、白銅貨一枚十マリク、銅貨一枚一マリク、黄銅貨一枚十ペリク、青銅貨一枚一ペリクという貨幣である。走馬の価値的には一マリク百円相当といえた。一般的な住民の月収は銀貨二枚二千マリク前後であり、金貨五枚五万マリクでそこそこのグレードの木造一戸建てを購入できるといわれている。むろん、街によって異なるが、ニュルンではそうらしい。
何はともあれ、新しく出てきた刀を見てみよう。全長百三十cm、刀身一m、根元の幅三cm強、峯の厚さ六mm、反りが四cm、柄が三十cm弱といったところである。なによりも、刀身の刃の部分には綺麗な波型の紋様が浮かんでいた。鍔はかなり細長い楕円形である。大刀といえる大きさであろう。こちらは十分手入れされていたのか、魔法鞄の中にあったためなのか、刀身も鞘も一点の曇りも傷もない状態であった。柄の部分に埋め込まれていた二つの魔石だろうか、それもきれいなものであった。ただ、刀身の材質は購入した刀よりも、ナイフに似ていた。だからこそ、ソーマはダイアチタ鋼でできているのだろうと判断していた。実際は違うのであるが、ソーマは気付くことはなかった。ともあれ、いちおう、一緒に入っていた油を薄く引き、布切れで丁寧に拭っておく。鞘も同様に行う。
次いで、購入した刀だが、鞘に塗られていた黒い塗料を削ぎ落とし、本来の材質の地の色、薄茶色にし、金具を外して鞘を二つに割り、その内部を綺麗に拭き取り、薄く油を引いて丁寧に拭い、再び組み立てる。その際、鞘全体にも油を引き、丁寧に抜っておく。いずれ、何らかの塗料を塗る必要があるだろうが、それはまたの機会ということになる。そして、柄に巻かれていた革を剥ぎ取り、その下の薄い木材と宝玉を外すと鍔も取り去り、油を引いては拭うという作業を三度繰り返す。しかし、やはり、霞のような曇りは取れない。そうして、再び組み立てると、木材の上から新しい革を巻いていく。工房の奥さんの話によれば、サンドシャークという魔物の革で、表面が鮫肌のようにざらざらしているため、滑らないのだということであった。さらにその上から貰ってきた紐で丁寧に巻いていく。組みあがれば、柄は日本刀のそれと同じように巻かれていた。ソーマ自身にはそのようなことをしたことがないし、知識もないのであるが、走馬の記憶として残っていたため、可能だったのであろうと思われた。
ナイフは製造後二百年経過してはいたが、新品同様であり、何もする必要はなかったが、いちおう、油を薄く引いて丁寧に拭っておいた。そして、自らが所持していた剣にも同様の作業を行っておく。一連の作業で、もっとも気を使ったのが、刃の部分に油を残さないように丁寧に拭うことであった。おそらく、この油は植物性なのであろうが、刃の部分に油が残ると切れ味に影響するだろうからである。
次いで取り掛かったのが、ナイフの鞘と所持していた剣の鞘である。どちらも革製であるが故に、十分に油を塗り、時間を置いてから拭うこととした。当然ながら、内部にも油を塗り、十分になじませてから拭う。ソーマとしては所持していた剣は使うつもりはなく、いずれは弟に渡すつもりであったから、見栄えを良くしておく必要があったのだ。
そうして、次に手を付けたのが、革鎧であった。油を塗っては拭う作業を五度繰り返した後、綺麗な布で油を丁寧に拭っていく。その結果かどうかわからないが、赤銅色の輝きを取り戻すこととなった。そうして、購入した時点でははっきりとしていなかったが、表面全体に鱗状の紋様がはっきりと浮かび上がることとなった。そうして裏側にも同様の作業を繰り返せば、新品同様の鎧へと変わる。ソーマは知らなかったが、それはワイバーンの上位亜種の背中の革を使ったものであった。ワイバーンの革鎧は新規で購入すれば、金貨の何枚か、あるいは白金貨が必要なものであった。それの上位亜種とのことであれば、価値はそれ以上のものであったかもしれない。とはいえ、今も造られているのかどうかはソーマの知るところではなかった。
最後に手を付けたのが、リュックサックである。こちらは汚れを落とすのが目的であるから油をたっぷりと塗り、時間を置いてから油を拭う作業を二度繰り返す。あまり油を拭いすぎると革を痛めることになるので、ある程度は油を残すような拭い方をしたようだ。乾燥していたためか、ゴワゴワしていたからそれを解消するためにも、油分をある程度残す必要があったのだ。これも何の革かはソーマはわかっていないが、実はオークキングという魔物の革を二層重ねて出来ていた。
このとき、ソーマが気付いたのがリュックサックの腹側、つまり、背中に密着する部分の上部に10000という数字が刻まれていたことだった。これがどういう意味なのかは判らないが、容量が一万倍という意味なのか、または重量一万kgなのか、それはこれから試してみないといけない、ということであった。いずれにしろ、重い荷物を持ち運びする必要もなく、宿に置いておき、盗難を恐れる必要もなくなった、というのは今後のことを考えれば喜ばしいことであった。
ちなみに、魔法鞄には二種類あるという。ひとつは魔法使いが使うもので、鞄というよりはポーチで、容量は使用者の魔力量によるとされている。そして、製造はオーダーメイドとなる。というのも、本人の魔力登録が必要だからである。もうひとつは汎用品で、誰にでも使えるようになっているもので、大き目の鞄が使われるようである。魔法鞄の製造は現在も行われているが、汎用品では最大でも容量が百倍程度であり、価格も最低で五万マリクはするといわれている。キャロルの持っていたのは汎用品で容量が二十倍のもので、二万マリクという値段であったそうである。
いずれにしろ、ソーマにとっては運が良かったといえた。下手をすれば、一昨日に命を落としていた可能性もあったのだ。パーティメンバー、名を<フォースター>という、には感謝してもしきれなかっただろう。
「この剣はいただけないなぁ、もっと良いのはなかったのかい?」
ソーマの買ってきた防具や刀を見た後のヘンリーの言葉である。彼はソーマのことを気にしていたのか、宿に戻るなり、部屋を訪ねてきたのである。
「店主がいませんでしたし。それにヘンリーさんもご存知のように、僕は片刃の剣を両手で持つスタイルですから、すぐに手に入るものではこれしかなかったのです」
そうヘンリーに答えるソーマだが、もう一振りの刀については口を噤んでいた。あえて教える必要もないと判断したからである。
「そうだなぁ、両刃の剣が主流だし、特殊な剣は特注でないと手に入らないからなぁ。現に俺のだって特注だしな」
そういって、ヘンリーは自分の剣を撫でた。
彼の愛剣は両刃の両手剣だが、サイズが標準に比べて大きいのである。全長百十五cm、刀身九十cm、最大幅八cmという大剣なのである。ちなみに、この世界で一般的に流通している両手剣は全長七十~八十cm、刀身五十~六十cm、最大幅五~六cmというサイズだとされている。
ちなみに、この世界では、全長が八十cm以上、多くは一m以上の剣をロングソード、標準的な剣をソード、全長七十cm以下、多くは六十cm前後をショートソードという大まかな分類をしている。その中で、片手剣や両手剣、両刃や片刃など細かく分類されているようである。所有者の間では。レイピアやシミター、ダガー、刀などということのほうが多いが。
「ええ、店主がいれば、シミターの柄を両手用にしてもらえたと思うのですが、それは今後のことですね。とにかく、稼がないと・・・」
そう話を合わせておく。
「うん、だが、あまり無茶はしないようにな。冒険者はコツコツ結果を積み上げていくのが大事なんだよ。俺の知り合いには早くランクを上げようとして無理な依頼を受け、その依頼を達成できず、あまつさえ、命を落としたものが多い。徐々に難易度を上げていくようにな」
少し顔をしかめつつヘンリーはそう言った。
「はい、ありがとうございます。肝に命じておきます」
翌朝、<フォースター>は予定よりも遅く街を出て行ったが、ソーマはそれを見送っている。この街まで連れてきてくれた行商人のハロルドにも挨拶をしておきたかったからだった。




