開拓村の候補地
ノイエベルグを出発したソーマたち調査隊のメンバーは北の森に分け入っていた。しかし、道無き森というわけではなかった。昔に塩を輸送していたと思われる街道の一部が残っていたのである。<サムライ>のメンバー以外は単なる獣道と考えていたようであるが、ソーマたちは違っていた。北東のミッタ村に至る道もそうであったが、一度はきちんと整備されていた街道だったのが長期間放置された結果だと考えていたのである。
「ブライトン、右のオークを、ヒルダ、左のオークを頼む」
ソーマの指示がとぶ。
森に入って数時間、一行はゴブリンの集団や大蟷螂などの魔物に襲われていた。しかし、それらをこともなげに倒し、剥ぎ取りを行いながら北上を続けていた。そして、今はオークの集団、五匹と遭遇していた。隊列は前衛としてブライトンとヒルダ、中衛としてセーラとローズ、殿がソーマでフォイエルバッハ侯爵領からの調査団はソーマの前で固まっていた。
「任せて!」
「承知!」
二人はそういうと前へと飛び出していく。ヒルダは<脇差>でオークを一刀両断していき、ブライトンは大剣で切るというよりも打撃を与えて倒していく。五分もかからず、ブライトンは二匹、ヒルダは三匹のオークを倒していた。
「ソーマ殿、彼らは凄いですね。あっと言う間に魔物を倒していく」
「フーゴさん、彼らはCランク冒険者ですよ。ゴブリンやオーク程度には遅れをとることはありませんから」
「魔境とはこれほどに凄まじいものとは思いませんでした」
その言葉は改めて魔境の恐ろしさを理解したようであった。
「今はまだ晩春なのでこの程度ですが、夏になって暖かくなるともっと手ごわい魔物が現れます」
その後もゴブリンをはじめ、オークや大蟷螂、大蠍、大蟻などと遭遇するが、<サムライ>は排除し、剥ぎとりをしながら進んでいく。その間、調査隊のメンバーはほとんど戦闘に参加することなく、ただ、顔色を青くしていただけであった。彼らとて、それなりに訓練を受けているはずであるが、対人、それも生かして捕らえることに主体を置いているはずで、問答無用での戦闘はまた違っていたようであった。
それは常に魔物と戦う辺境と魔物など現れない内陸部との差であるといえた。対魔物では常に完全に倒さなければ、次は自分が襲われるのである。倒せるときに倒さなければならない。調査隊のメンバーはそれを理解しきれていないようであった。むろん、理解したところで、すぐに対応できるというものでは無いが、魔境で開拓村を興すには遅かれ早かれ対応しなければならないのである。
夜営地ではこれまで通り、ソーマの土魔法で土壁を形成して安全を確保していた。とはいえ、夜間の見張りは必要なので、<サムライ>のメンバーと調査隊の騎士と兵士で組んで行う。当初、夜間見張りは調査隊の兵士がと、言われたのであるが、何かあった時に対応できないため、<サムライ>のメンバーも各班で最低一人は加わることにしたのである。
「ソーマ殿、我々は魔境を甘く見ていたようです。今日一日を振り返ってみても、移動人数が多ければ、被害が出るといわれたことを理解しました」
「フーゴさん、魔境とはそういうものです。だから行商人は常に護衛を付けているのです。百人を移動させるにはそれを守るための護衛はそれなりの人数が必要です」
「魔物に対応できる護衛がということですか?」
「ええ、はっきり言って、領軍の騎士や兵士よりも、EランクかDランクの冒険者の方が安全でしょうね」
「そうですか・・・」
お前たちは役立たずだ、そういわれたような気がして、フーゴは言葉を切る。
「フーゴさんも慣れればすぐに対応できますよ。問題は慣れです。村が魔物に襲われることもありますから、これからは対魔物訓練も必要でしょう」
「そうですね」
翌日も北上を続けるが、昨日に比べて魔物が多くなっていた。北に向かうにつれて暖かくなるため、それなりに魔物が多いということである。その日の夕方、そろそろ夜営を考えていた頃、フーゴも襲ってきたゴブリンを倒していた。むろん、彼だけではなく、他の兵士たちも弱いとはいえ、ゴブリンを倒していた。ソーマはそこに彼らの覚悟を見る思いだったようである。
その日はゴブリン襲撃場所から一時間ほど歩いたところ、小高い丘の手前で夜営する。魔物を倒した場所は危険だからである。魔物の血の匂いにひかれて腐肉喰らいや大蟻などが集まってくるからである。魔境に限らず、魔物の出る森では魔物の骨が残ることはあっても、死体がそのまま残ることはまずないのである。それは腐肉喰らいや大蟻などが魔物の肉を喰らうからであった。場合によっては骨すら残らない場合もある。
そうして三日目の昼前、小高い丘を越えた先にあったのは、ソーマから見ても、移住予定地として適した場所であった。ノイエベルグから北に徒歩で二日強、馬車では一日のところに、低い丘陵に囲まれた周囲十kmほどの広さの草原、あちこちに木が生えてはいるが、草原といえる、があったのだ。さらに、今立っている丘は木々に覆われているが内側の丘の周囲を囲んでいた。二重に丘に囲まれている状態であり、移住地として問題のない場所であった。
さらに周囲を調べると、外側の丘から東に徒歩一時間のところにかなり広い湖があり、内側の丘から西に徒歩一時間のところに南北に川が流れる、そういうところであった。東にある湖は、ミッタ村の村長が言っていた湖だろうと考えられた。川があるということは農業を行う上で干ばつに苦しむことはないと思われるからである。
「ここはいいですね。魔物の侵入さえ防げれば、移住地としても、耕作地として最適ではないでしょうか」
とフーゴがいう。
「家屋の建築に必要な木々もあるし、当分はこの周辺だけで補えるだろう」
そういうのは文官のフェルディナントであった。他の調査隊のメンバーもここが良いと思ったようである。
「開墾すれば十分な広さの耕作地が確保できるでしょうし、僕も賛成ですね」
ソーマもそういう。小麦以外にも野菜などが栽培が出来そうだった。彼としては、リント村のような条件を望んでいたのだが、それ以上のすばらしいものであった。
「街道さえ整備できれば、行商人も頻繁に訪れることが出来そうですね」
セーラがいう。
「あの湖では何か魚介類が捕れるかもしれませんし、食料の確保にも問題はなさそうです」
そういうのはヒルダであった。
「ノイエベルグから馬車で一日というのもいいかも」
と、ローズ。
「安全さえ確保できて、冒険者ギルドが出来れば、絶好の狩場になるかもしれません」
そういったのはブライトンである。
ただし、難点も多くあった。まず、ここに来るまでのルートが森の中を突っ切るしかないため、移住が困難であること、今でさえ魔物が多く、夏になればもっと上位のランクの魔物が現れるだろう、ということであった。特にルートが森の中を通ることで、移動中に魔物に襲われる確立が高いことが問題であった。時機がもう少し早ければ、魔物の出現も少ないため、移住は多少なりとも安全であったかもしれない。
いずれにしろ、移住初期にはそれなりに犠牲者も出る可能性が高かった。開拓が進めば、二重に丘に囲まれていることから、安全性は高くなるだろう。それを凌げるかどうかは移住者の覚悟によるところが大きいといえた。それが何年先かはわからないが、それなりに発展すれば、新しい領主の誕生ということもありえるだろう。それほどに素晴らしいといえる場所であった。
結局、調査隊のメンバーも<サムライ>のメンバーもここがいいだろう、そう意見が一致した。そのため、ここを新たな開拓村とすることとなった。これだけの広さがあれば、フォイエルバッハ領からの移住者だけではなく、他の領地からの移住者も受け入れられるからである。移住者が多ければ多いほど、開拓が進むということもあった。
もっとも、ソーマとしては別の考えもあったようである。そこからなら、北の塩湖があるという場所までも、馬車で一日の距離内であろうと思われたからである。いわば、中継地として最適の場所だと判断したのである。そして、ここなら、東のミッタ村、北東のマリカ村共に馬車で一日の距離であろうと考えられたのだ。開拓村にとっても、中継地として発展する可能性があったし、規模が大きくなれば、より安全性が増すだろう、との考えもあった。




