開拓団
ソーマたちがノイエベルグへと戻ると街は出発した七日前以上に混乱していた。そんな中、冒険者ギルドに向かい、依頼達成の手続きを済ませる。そこで、ソーマは自身のランクがAランクに上がっていることを知らされる。オーク百匹切りの後の土竜討伐の評価が遅れてやってきた、そんな感じであった。いずれにしても、悪いことではないので、素直に受け止めておくこととした。
そうして、冒険者ギルドを出ようとしたときに、カウンターの受付嬢から依頼のあることを知らされる。移住希望者のうち、約半数が魔境に向かい、開拓村を興すという。それの護衛依頼で、二週間にわたる長期間の護衛依頼であった。二週間現地で護衛を行い、戻ってきたら依頼達成となり、特に何をしろ、というわけではないようだ。<サムライ>は一週間の魔境調査から戻ってきたばかりであり、しばらく考えさせてほしい、そう受付嬢に答える。
この頃の魔境開拓では、隣接する領主が資金を出し、開拓された地域は自らの領地とすることになっていた。あるいは領主の支援もなく魔境に入り、開拓された地域を購入することで自らの領地とすることが可能であった。今回の依頼は後者の例であろうと思われた。極稀であるが、開拓に入った集団の代表者が隣接する領主他二名の賛同を経て新規の領主となることもあった。三十年ほど前の北のフィレーツェン騎士爵がそれであった。とはいえ、この例はフィレーツェン騎士爵を含めて、この二百五十年、つまり、王国建国以来、一例しかない稀なケースであった。
ソーマ自身はあまり乗り気ではなかった。というのも、<サムライ>のメンバー五人のうち、三人が女性であるがためである。一ヶ月も魔境の開拓村設営依頼であれば、衛生面での問題を考慮すれば、気軽に引き受けることが出来ないと考えていたのである。これが、男性だけのメンバーであれば、迷わず受けていたであろう。いずれにしても、メンバーの意見を聞くべきであり、賛同であれば受けるということになるだろう。ちなみに、出立は十日後とのことであった。
「さすがに二週間というのは少々きついでしょうね。しかも、街に滞在するのではなく、何もない開拓村であれば」
そういうのはローズである。
「私はかまわないと思う。確かに、衛生面からは問題があるだろうけれど、季節的には寒くも暑くもないでしょうし。なにより、ローエンベルグやノイエベルグから離れられるというのはいいでしょう」
そういうのはヒルダである。よほど、ローエンハイム騎士爵領に滞在するのを避けたいようである。
「僕は男だし、特に問題はないよ。それに、もう少しでCランクに上がれるだろうし、今回の依頼で達成できると思うしね」
そういうのはブライトンである。
「私もかまわないですよ。生活魔法の浄化が使えるから、多少なら問題はないと思います。それに、当初の予定では北の塩湖の調査が組まれていましたから、それの延長上と考えればいいのではないでしょうか」
セーラがソーマを見ながらいう。
「そうですか。僕としてはどちらでもかまわないのです。皆さんの意見に従います」
ソーマは皆の顔を見てそう締めくくる。
ちなみに、今回の調査では、サザンクロス商会から、一ヶ月間の拘束で一人三千マリクの報酬が前払いとして渡されている。ニュルンに戻ればさらに千マリクが支払われることになっていた。これまでのところ、その成果は十分に上がっており、サザンクロス商会としても利は出ているといえた。さらにいえば、<サムライ>として討伐依頼も受けており、その素材売却でもそれなりの額を手にしている。
結局、<ブライトフォー>のメンバーは依頼を受ける方向で話はまとまったようである。ただし、最終的な判断は話を詳しく聞いてから、ということになったようである。ソーマとしては馬車をどうするか、という問題があったのだが、その点も含めて話を聞いてみないと判断できない、という結論に達したようである。
冒険者ギルドでの話を聞く前に、ノイエベルグ入りしたナイジェルとの話し合いも残っていた。彼は今回は<四つの明星>の護衛で、ニュルンからノイエベルグへとやってきていた。むろん、トーガシやニーニク、岩塩などの交易品を商う目的もあった。彼はまずはローエンベルグでの商いの後、ノイエベルグでソーマと合流し、これまでの調査結果を聞くことになっていたのである。
「ということで、調味料として醤油と味噌、食料としてエルフ豆が有用だと僕は判断したのですが、どう思います?」
ソーマの部屋を訪れたナイジェルに対して彼は話した。
「ふむ、確かに醤油は有用だろうと思う。エルフ豆も同様だと考えられるが、味噌に関しては少々疑問が残る。特にこの匂いは敬遠されるかもしれない」
ナイジェルはソーマがサンプルとしてマリカ村から貰ってきた醤油と味噌を試食しながらいう。
「確かに、なかなか受け入れられないかもしれないですね。僕としては乾燥肉の製造に利用できると思っていました。それこそ、必要な野菜と煮込むだけでそれなりのシチューが出来ると考えたのですが、言われてみれば抵抗はあるでしょうね」
「とりあえず、ミッタ村やマリカ村への行商ルートは確保すべきでしょう。ただ、魔境の中の村なので、護衛依頼を受ける高ランクのパーティがいるかどうかです。それに、行商人がいるかどうかという問題もあります」
「それについてはひとつ案があります。今、この街には多くの移住希望者が集まっているようですから、その中に行商の経験者がいれば雇うというのはどうかな、と」
「うーん、それはいいのだけど、サザンクロス商会をいきなり任せるというのもね・・・」
「ヨッヘンさんなんか支部長にすえるのはどうなんです? ニュルンでは新しい人を雇うということで」
「うーん、とりあえず、本人の希望は聞いてみよう。駄目ならそのときはまた考えればいいでしょう」
「それで、<サムライ>として開拓団護衛の依頼を受ける方向でまとまっています。ギルドで詳しい話を聞いてから最終的に決めることになりますが」
「それはソーマさんの担当ですからかまいませんが、安全には十分留意してください。サザンクロス商会の代表者はソーマさんなんですからね」
「それなんですが、設立一年ということでニュルンに帰ってからナイジェルさんに変更しようと考えています。結局、僕は商会の運営にはあまり関与していませんから」
「それは・・・ 問題でしょう。やはり、ソーマさんが続けるべきではないでしょうか?」
「先ほどの話でもわかるように、僕には商人として向いていなさそうなので、商会の今後を考えればナイジェルさんにお任せするのがいいと思います」
「判りました。それももう少し考えてもらってから結論を出しましょう。急ぐ必要もないでしょう」
「そうですね」
その翌日、<サムライ>のメンバーは冒険者ギルドで詳しい依頼内容を確認することとなった。
「今回の依頼はフォイエルバッハ侯爵領からの移住者の依頼で、約百人の護衛依頼になります。希望はDランク以上のパーティひとつで、二週間の護衛で報酬は一万マリクとなっています」
フォイエルバッハ侯爵とは四侯爵のひとつで、シュバイク侯爵との関係が深いとされる人物である。保守派の筆頭といわれるほどの人物である。ソーマも名前だけは知っているが、その人と成りについては知らない。領地内に銀山があり、裕福な地域だといわれている。
「百人を一パーティで護衛ですか?」
ソーマが驚いたようにいう。
「はい、この中には元領主軍騎士五人、元衛兵が十人いるとのことで、彼らと共同での護衛になります」
「指揮系統はどうなっていますか? 魔境での護衛です。素人の指揮下に入るのは無謀です」
「指揮権はパーティリーダーにあるとされています。実際に面談後に決定されるようですね」
「なるほど、我々<サムライ>は二十歳以下のメンバーです。彼らが受け入れるかどうかも怪しいでしょう。そういうわけですから、依頼を受けるかどうかは面談後に決めたいのですが、それでよろしいですか?」
「判りました。先方にはそうお伝えしておきます」
「ところで、ノイエベルグを拠点にしている冒険者パーティはいないのですか?」
「今年はまだ戻っていないようです。とはいっても、最高でDランクなのですが」
「フォイエルバッハ侯爵領からの移住者なんてありえるんだろうか? 裕福な領地で人口も多いし、そんなところからの移住者なんて」
ソーマのその問いに答えたのはブライトンだった。
「保守派貴族だというし、この際、革新的な考えをする人材を放り出したのでは?」
「そうかもしれませんね。しかし、王国内で何が起こっているのだろうね。何故、放り出された人々がローエンハイム騎士爵領に集まるのか・・・」
「魔境に接しているからかもしれない。他の貴族の領地に流れるくらいなら、魔境の開拓でもしてくれたら、そう考えているのではないかな」
ソーマに答えたのはヒルダだった。
「それにしても、他にも魔境に接している貴族領はあるはずなのだけどね」
「ローエンハイム騎士爵は開拓民を欲していると判断したのでは?」
セーラが答える。
「とりあえず、ギルドからの連絡待ちだろう。相手にもよるけれど、理由はそのときにわかるだろう」
 




