先住民の遺産
その後、ソーマたちは北に向かうこととなった。集落、ミッタ村という、の村長から聞いた北の集落、マリカ村というらしい、を目指したのである。村長によれば、ミッタ村から北西に馬車で半日のところに、東西四十km、南北二十km程の湖があるという。別段、魔物がすんでいるわけではないらしく、水質も綺麗だという。そこまでは道はないので、今回は確認しないで、北上する。何らかの交流があるのか、ミッタ村から北に細い道が続いていた。むろん、馬車がギリギリ通れるような道である。
「ソーマさんも人が良いですね。あの村で食料を仕入れても売る先がないのではないですか? ローエンハイム騎士爵領で質の良いものが仕入れられるでしょう」
セーラが御者台からいう。
「いや、ノイエベルグの移住者たちが領地外、つまり、魔境に移住した場合、良質で高いものよりも、質が悪くても安価なものを選ぶのじゃないか、そう考えたんですよ。もちろん、時間が過ぎて落ち着けば、良質な食料を求めるだろうけれどね」
御者台に並んで座りながらソーマがいう。
「なるほど、仮にバルト卿が受け入れても、自領の高価な食料よりも、安価な食料を購入すると考えているのですね」
後からブライトンがいう。
「そういうこともあると考えています。それに、恩を売っておけば、何かのときに役立つだろうとの判断もあります」
やはり、暖かくなってきたためか、魔物が多いようで、幾度も襲撃を受けるが、集団ではなく、単独での襲撃なので、それほど問題なく撃退している。食料となりそうなものはヒルダやブライトンが、蟲系はローズが火魔法で撃退している。今回はマリカ村まで行き、渡りを付けてから、ノイエベルグに戻る予定である。むろん、時間があれば、西に足を伸ばすことも考えてはいるが、それでも、塩湖まではいけないだろう、そう判断していた。ちなみに、今も四十km、徒歩で一日の距離、おきに土壁による夜営地を設置している。
幾つかの障害物や魔物に襲撃を受けたため、マリカ村まで行けるかどうか危ぶまれるころ、前方に集落が見えてきた。規模としてはミッタ村と同程度だろうか、やはり、木柵により、集落の周囲が囲われている。ただし、木柵の北の外側は草刈をしたように草原になっているのが異なるところだろう。東側は大森林に近いため、少し小高い山のようになっている。北はおおよそ十mほどの山地が東西に走っていて、魔境とを隔てていた。
ここでも、ミッタ村と同じような接触が出来た。その日は村の北のはずれの広場で夜営することとなったが、その外側には澄んだ小川が流れており、その水を利用して、二日ぶりに風呂に入ることとなった。むろん、小川を掘るのはソーマとブライトンの役目で、湯を沸かすのはローズである。ただ、ソーマはモウ~、という牛の鳴き声に似た、というよりも、牛そのものの鳴き声を聞いて大層驚いていた。この日の夕食はダークラットのステーキとミッタ村で分けてもらった生野菜炒め、そして具沢山のスープである。やはり、野菜は生が美味しい、とは他のメンバーの言である。ソーマもそう思っている。
翌日、ソーマは昨夜の鳴き声の主を確認することとなった。村の周囲の北側は一面芝狩りでもしたように草原で、遠くにそれはいた。ソーマ自身は知らなかったが、走馬の記憶にある赤毛和牛そのものであった。もっとも、大きさは一回り大きく、千kg以上はありそうであった。それが見える範囲で百頭ほど確認できた。村長がいうには、人を恐れないので集落に寄ってくることも多いという。
それ以外にソーマの目を引いたのは大豆、ここではエルフ豆というらしい、が栽培されていることと、それを利用した調味料、いうまでもなく、醤油と味噌の存在であった。
「我らの先祖はその昔、エルフ族と交流があったということです。六十年ほど前まではこの集落にも来ていたようですが、私が生を受けてからは見かけません」
「そうなんですか? この調味料はどれくらいの量がありますか?」
「村で消費する分だけしか作っておらんのでな。望むなら量は今の三倍ほどは作れるだろう。豆の耕作地を増やせば、もっと増えるだろう」
「これはぜひともサザンクロス商会で取り扱いたいものです。今回は調査のためですが、もう少し時間がたてば多量に必要になるでしょう」
「どちらにしても、豆から造るので一年は必要だし、豆自体の収穫を増やすにもそれと同じだけの時間がかかるだろう」
ソーマ以外のメンバーは二つの調味料、とりわけ、味噌の匂いに顔をしかめていたので、その日の昼食に利用して試食してもらった。ステーキは照り焼きに、野菜炒めには塩を使わず、醤油だけで炒め、スープは味噌汁を造って見せたのである。むろん、ステーキはニーニクとトーガシたっぷりのピリ辛味で野菜炒めにも使ってみた。スープの味は賛否両輪であったが、ステーキと野菜炒めは好評であった。
「私はこのスープには抵抗感はないですね。こればかりというのは困るが、そうでなければ大丈夫でしょう」
味見をしたあとにそういったのはヒルダである。セーラも同様だが、ローズとブライトンは駄目なようである。
「このステーキは美味しいです。ピリ辛というのですか、食が進みます」
「それもいいけど、野菜炒めはもっといいな」
ローズとブライトンはスープ以外は美味いといっていた。
そのほか、果物ではアプリ、グレーツがあった。名前から判るように、アプリは林檎そのもので、グレーツはグレープフルーツそのものであった。ただ、こちらの果物類はあまり広範囲には輸送できそうにもなかった。ちなみに、この世界では、鮮魚や生鮮食品は生産地限定の食品であり、食べるためには、その場所まで行くのが普通なのである。
ここでも村が魔物に襲われる、というので、ミッタ村と同じように丘陵を利用した土壁を設置することにした。規模は若干大きく周囲十二kmほどである。高さは三m、幅は二mにした。規模が大きくなったのは、村の周囲が草原であったためである。ミッタ村と同じく、東西南北に門を設置し、大通りも整備した。むろん、エルフ豆や調味料の独占供給を確約してもらっている。ソーマとて、この先も常に独占したいわけではない。最初の何年かは独占したいと考えているだけであり、いずれは開放するつもりである。
醤油や味噌を作るにはそれなりに塩が必要であり、この村には岩塩など産出しない。村長にどうやって塩を入手しているのか確認したところ、村から西に徒歩で二日ほど行くと、塩湖があり、そこから取ってくるという。そこに住むものはなく、村になくなれば採取のために人員を派遣するというのである。三十年くらい前までは人が住んでいたようだが、今では廃村となり、住居跡が少し、それ以外はなくなっているということであった。
「魔物の少ない冬に採りに行くということだ。そうすれば、人員の安全性が高くなるからな」
「なるほど。魔物は多いのでしょうか?」
「いや、塩湖周辺にはほとんど魔物はいないのだが、その道程で魔物に襲われるのだ」
「ああ、塩湖周辺には魔物はいなくて、採取中はそれほど気にしなくてもいい、そういうことですか?」
「そうだ、魔物は塩が苦手なのだろうよ。安全が保障されるなら案内してやっても良い」
「ありがとうございます。今回は調査だけですから、今度は準備をしてきます。出来れば、村を作れればいいのですが・・・」
「石壁でも作れれば安全な村になるだろう。造ってもらって悪いが、この程度の土壁では簡単に壊されてしまうだろう。オーガとか上級魔物が来るのだ」
「判りました」
次に採取に向かう際には案内役を用意してもらう、ということで約定を取り付けることが出来たのは幸いだった。このとき、ソーマの頭の中には、ノイエベルグに集まっている移住民というか、難民を利用できないか、そう考えていたのは誰も知らないことであった。ちなみに、塩であるが、現在、王国に出回っている塩はその総てが岩塩であり、産出地は南部に六箇所、北部に五箇所、東部ではリント村一箇所、西部では三箇所というところである。つまり、塩は金貨並の価値があるといわれるゆえんである。
もし、塩湖から多量に塩を採取できるなら、コスト的にも岩塩よりも安価に供給できるはずなのである。ただ、救って持っていくだけなのである。山を掘り下げて岩塩を採取している場合に比べて、コスト的に見ればどちらが有利なのかわかるだろう。もっとも、塩湖から取ってきたという塩を味見したソーマ自身は、岩塩のほうが美味いと感じていたのだが。




