回想
その日の早朝、ソーマは珍しく賊に襲われた夢を見て目覚めた。ニュルンに来て一週間ほどは毎日見ていたが、それ以降は見ない夢だっただけに、何か感じるものがあった。ソーマは身分を隠すために冒険者になり、ニュルンに滞在していたのだ。しかし、考えてみれば、オーク集団討伐、土竜討伐、と名が知られるようになり、身分を隠すという、それが怪しくなっている気がしたのだった。
ソーマはこの先ずっと冒険者を続けるつもりはなかった。かといって、サザンクロス商会会頭として活動するつもりもなかった。いずれは父の敵をとるつもりでいた。ソーマの父、フランク・ヴォル・フォレスターを毒殺という卑劣な手段を用いたゲッベルスを処断するつもりであった。そして、おそらくはその指示を出したであろうヒッター・ヴォル・シュバイク侯爵を処断するつもりでいた。また、その嫡男であるゲルハルトも許すつもりはなかった。おそらく、彼がソーマ殺害の刺客を放っていたであろう、そう推測できるからであった。
しかし、昨日、<フォースター>のヘンリーから、その三人と次男のキースを含めた四人が王国騎士団により、収監されたという噂が流れていることを聞いたのである。それで、今朝の夢を見たのかもしれない、そう考えられた。ただし、噂であって事実はわからない。今のソーマにそれを確認するすべがないからだった。むろん、フォレスター伯爵領へ戻れば判るのかもしれないが、今それをするつもりはソーマにはなかった。すでに、ソーマは自身でソーマ・ヴォル・フォレスターを名乗り、領地に戻るつもりはなかったからである。貴族殺し、しかも、上級貴族である侯爵殺しを犯した嫡男ということであれば、領民は受け入れないと考えてもいた。それに、国王ですらソーマを断罪してくるであろう、そう思われた。弟のフリッツにはその辺りのことを告げてあった。現在は妹のマルグリットと共に、死んだ母の兄である伯父のワグナー伯爵に庇護されているはずである。
元々、ソーマは冒険者になるつもりではなかった。弟妹を伯父の元へ逃がすため、自身は姉の嫁ぎ先であるガードナー伯爵領に向かうつもりであった。しかし、すでに、街道にはゲルハルトの手のものが張り付いていることがわかった。結局、南に逃れるしか選択肢はなかったのである。それでも、フォレスター伯領を出て八日目に追いつかれ、襲撃を受けたのだった。それまで襲撃されなかったのは、乗合馬車での移動であり、ソーマが決して一人になろうとしなかったことにある。しかし、乗合馬車がなくなり、仕方がなく徒歩での移動を始めた瞬間、賊に襲われ、崖から転落、かろうじて木の枝に引っかかっているところをヘンリーに助けられたのだった。そうして、ニュルンに到着したのだが、街門で衛兵に誰何されたとき、とっさに冒険者になる予定だと告げてしまっていたのである。
フォレスター伯爵領は、王国の北にあり、ニュルンからは馬車で十日、約八百kmほど離れている。北西に六日、その後、真西に四日という具合である。伯父のワグナー伯領はフォレスター伯領から真西に馬車で三日、王国北西部になる。ガードナー伯領はフォレスター伯領から真東に馬車で三日ということになる。
ちなみに、王国、フレイムアース王国はラリア大陸南部にあり、底の浅い蓋付きのおわんのような形をしており、南は海に面し、東西の距離は馬車で十三日ほど、中央部は東西は馬車で三十日、北は魔境に面し、東西は馬車で十日、海から魔境までの南北は馬車で十三日、王都フレイムはほぼ中央やや南にある。ニュルンは最東部のやや北西で、最東部はローエンハイム騎士爵領である。そして、南半球にあるため、北に行けば行くほど暖かくなる。王国の西南にはキリスタン王国、西にはドワーフ王国、北西には獣人連邦国がある。さらに、魔境を挟んだ北側にノイエラントという帝国があるらしいが詳細はソーマも知らない、というよりも王国の誰もが知らないことであった。
暦であるが、王国は建国時に王国暦を採用しており、今年は王国暦二百五十二年ということになる。それ以前はラリア暦というものを採用していたようで、今年は千七百五十二年ということになるらしい。らしい、というのは建国以前は各地の領主がその暦を使っていたが、若干の年のずれがあったから、信憑性が低いのだということである。
王国には八十の貴族がいるが、うち、三十は伝統貴族といわれ、王国建国に貢献した家臣たちに与えられたといわれる。元々、フレイムアースは南の一領主に過ぎなかったが、時の領主が南部を統一、建国を宣言したのである。二公爵、四侯爵、四伯爵、四子爵、六男爵、十騎士爵がそれに当たる。残りの五十貴族は王国に従う形で貴族に序されている。シュバイク侯爵は伝統貴族のひとつであり、フォレスター伯爵、ワグナー伯爵、ガードナー伯爵はそうではないということである。ちなみに、ニュルンハイムおよびローエンハイム両騎士爵は伝統貴族に含まれるという。
五十の内訳は、六伯爵、六子爵、十男爵、二十騎士爵ということになる。いずれも、王国建国時に平和的に合流した領主のため、貴族として序されたのは前に述べた。ただし、これら領地は隣接することはなく、分散されるよう、転封など行われている。それ以外の八貴族の内の七貴族はいずれも騎士爵で建国以後、殊勲を立てたため、序されている。残りの一貴族は領地を治め、隣接貴族の推薦を受け、国王が貴族に序したものである。騎士爵は原則として、魔境に接する地域になるが、建国から二百五十年の今、必ずしもそうとはいえなくなってきている。というのも、新しく開拓された地域に騎士爵が配置されることが多く、隣接する場合も多いからだった。
現国王は十代目であり、賢君として知られているが、家臣や伝統貴族の中には国王の治世に異を唱えるものも多いと聞いている。改革が進むことを由、としない保守派が伝統貴族に多く、それ以外の貴族の中にも少数存在するためである。その改革の中で、冒険者に関係するものといえば、魔境に接する地域とそれに隣接する地域では冒険者ギルドが手厚い支援があるが、それ以外の地域では冒険者ギルドの廃止などというものがある。これは、冒険者ギルドに絡む補助金を巡ってのものであろう、と考えられている。もっとも、王都には冒険者ギルド本部があるため、廃止されることは無いが。
つまり、現国王は改革派で、数々の改革案を実行し、伝統貴族の多くが反対しているという。自らの利権が失われる、あるいは自らの地位の低下が懸念されるからであろう。むろん、新興貴族の中にも反対意見があるのは事実である。その多くは、王国からの支援がなければ、領地経営がままならぬ、そういう理由からであったらしい。
いずれにしろ、今はまだ動くときではないな、そう考えるソーマである。父と国王の間に何があったのかは知る由もないが、今は静観のときだ、そう思うのである。あと四年、いや、フリッツが成人するまで二年、それからでも遅くはない、そう考え直すソーマであった。それに、ローエンハイム騎士爵バルト卿に会えば何かわかるかもしれない。
ともあれ、明後日からは<サムライ>として各地を訪れることになる。何らかの情報を得ることが出来るかもしれない。それに、ニュルンを離れることが多くなるのも良いことであろうし、しばらくすれば、ソーマの名前を聞いてもそう騒がれることもないだろう。
それにしても、ヒルダだ。王立アカデミー中等部で二つ上にいたグレイス王女殿下にそっくりだが、何か関係があるのだろうか。ローエンハイムに行くのもあまり気が進まないようで、何かあるのかもしれない。だが、それも、おいおい判るだろう。シュバイク侯爵のことも今は考えるべきではないし、ヒルダのことも突っ込むべきではないだろう。
二年後、うまく行けば、サザンクロス商会もそれなりに拡大しているだろうし、ナイジェルに訪ねてもらい、手紙を渡すのもありだろう。それでいい。とにかく五年は戻らないと決めたのだから、その間にできるだけのことはしておこう。
そう結論付けたソーマは少し早いが、食事を取るため、着替えて食堂に降りていった。
 




