サザンクロス商会
サザンクロス商会を設立して三ヶ月、トーガシというこれまでにない香辛料のおかげで、新規の商会としてはそれなりに利益を上げていた。しかし、トーガシも年間を通じて採れるわけではないため、幾つかの商品も扱っていた。それがこれまでにも述べてきたように乾燥肉と腸詰肉である。特に乾燥肉はこれまでのものとはことなり、トーガシを使っているため、売れ筋は良好であった。
腸詰肉もこれまでにない物で、保存性については乾燥肉には劣るものの、それでも一週間程度は持つので、冒険者や商人には好評であったようだ。また、酒に合うことからニュルンではそれなりの値段の酒場では取り扱われている。その多くは中級以上の宿屋に限られるが、卸されている。
つまるところ、サザンクロス商会は多くの商会と違い、香辛料以外は製造直販という形であった。大店といわれるところでも製造直販というのはほとんどない状況で、これは珍しいといえただろう。とはいうものの、そのいずれも競合するものが現れれば、優位は崩れるというものでもあった。
「今はいいけど、これだけじゃこの先は不透明だよ。何か新商品が必要だと思うけど、何かアイデアはあるのかい?」
サザンクロス商会の店舗兼事務所でナイジェルはソーマに問う。
「アイデアはあるよ。ただ、製造できるかどうか難しいといえるかもしれない」
ナイジェルに問われてソーマがいう。
「そのアイデアとは何です?」
「冒険者や行商人の食事って街や宿場町を除けば夜営するよね。その際の食事って大抵は乾燥肉と黒パン、それに具の少ないスープがあればいいほうだ。乾燥野菜があれば手軽に具のあるスープができると思うんだけど」
「乾燥野菜? 塩漬け野菜じゃなく?」
「そう、キャロ、タマーラ、ガイモなんかを薄切りにして天日で干すんだ」
「なるほど。そのままスープに入れれば水で戻す必要もないのか」
「行商人なら鍋とか積めるし、水も積めるからね。徒歩の冒険者には少しきついかもしれないけど、魔法鞄があれば、持ち運べるとは思うんだ」
「作れるかな?」
「実は試してみたんだ。それがこれ」
そういってソーマがリュックサックから取り出したのはオレンジ色や茶色、黄色の塊だった。オレンジ色のものは厚さが五mm、茶色のものは厚さが一cm、黄色のものは幅が三cmほどのものだった。
「これ以外にも試してみたらいいとは思うんだけど、とりあえずこれだけ。どれも昨日一日干したものだけど」
「これが乾燥野菜か・・・」
ソーマにいわれてナイジェルがそれらを手に取る。
「硬いな、握れば割れてしまいそうだ」
「それじゃ試してみるかな?」
そういったソーマは事務所にある竈に水を入れた鍋と三種類の乾燥野菜、乾燥肉、そして赤い塊を入れる
「その赤いのはなんだい?」
「ああ、これは塩とトーガシ、小麦粉を混ぜて乾燥させたものだよ。スープの元かな」
そういってそれの説明をする。
つまり、キージという鳥の肉と骨、それに塩、トーガシを入れて煮詰め、そこに小麦粉を入れて乾燥させたものである。<金色竜翁亭>の厨房を借りて造ったのである。もちろん、塩とトーガシを入れる前に肉は取り出している。最終的には骨だけは最後まで煮詰めたのだった。これは<金色竜翁亭>の主の協力を得ており、その製法もメモを取ってきている。
そうして三十分ほど煮込むと、スープの匂いが漂ってくる。むろん、食堂や露店、屋台で出されるものほどのものではない。それでも、材料から考えれば、それなりのスープだといえた。少なくとも、匂いからすれば、その辺の屋台のそれと同じようなものであった。
「一応スープは出来たから試食してみよう」
ソーマはそういいながら木の器に取り分けるとナイジェルと自分の前に置く。
「匂いとしては悪くはないけど、味はどうだろう?」
そういいながら、ナイジェルは出来上がったスープを匙で口に運ぶ。
「思ったよりも美味いですね。まあ、味の好みは人それぞれですが・・・」
「これは美味い。少し味が薄いけど、それでもただの塩味のスープに比べれば雲泥の差だね。それに、野菜も乾燥野菜とは思えないほどに美味い。これを夜営のときに食べられるなら売れると思う」
「そうだね。もっとも、鍋を持ち運びできる冒険者はそうそういないと思うけど、行商人ならその点は問題ないだろうし」
冒険者パーティが護衛につく場合、徒歩の場合がほとんどで、高ランクパーティや商人によっては馬車を用意することがある。食料は商人持ちであればいいが、冒険者持ちの場合、大抵の場合、干し肉と黒パンということが多い。それは護衛依頼に限らず、討伐依頼を受ける冒険者でも変わらない。というよりも、討伐依頼の場合、ほとんどがそうであり、スープなど用意する冒険者はいないといっていい。
そういうこともあり、乾燥野菜やスープの元というのは冒険者にはあまり喜ばれないかもしれない。理由は荷物が増えるからである。対して、商人や行商人にとっては鍋ひとつで済むなら用意するだろう、そう考えることが出来た。それはナイジェルが行商人であったということによるだろう。
こうして、サザンクロス商会で商う商品がまた増えることとなった。香辛料のトーガシ、乾燥肉、腸詰肉、乾燥野菜、スープの元というラインアップである。トーガシを独占している今、乾燥肉や腸詰肉と他とは異なるものであった。むろん、いつまでも独占するわけには行かないだろうが、この先、四~五年は十分収益を上げることが出来るだろう、そう思われる。
ナイジェルにはまだいってはいないが、ソーマにはもう一つのアイデアがあった。それは走馬の記憶にある乾燥麺であった。この世界にも、麺料理は存在する。とはいっても、小麦粉と塩、水で練られたものであり、地球でいうところのパスタではない。どちらかといえば、うどんに近いものであったかもしれない。ソーマはそれを油で揚げることを試していたのである。これも、<金色竜翁亭>の主に頼んで幾つか試作も終えている。
ソーマの感触としては悪くはなかった。ただ、先にも述べたようにスープを作る余裕がなければ、調理できない、そう考えていたからこそ、ナイジェルにはいわなかったのである。もっとも、今では乾燥麺に味を付けてそのまま食べる方法も考えていたようだ。走馬もよく食べていたお湯を注いで三分というあの麺である。
いずれにしろ、製造直販であるから、乾燥肉や腸詰肉、乾燥野菜にしても製造しなければならない。乾燥肉に関しては多くの肉屋が造っていたこともあり、それほど問題はなかった。腸詰肉にしても、同じ肉屋で作らせればよいことであった。しかし、乾燥野菜についてはまだ手付かずでこれからである。ただし、端的にいえば、野菜を切って天日で干すだけなので、それほど難しいものではない。しかし、スープの元に関しては手間がかかる上、ある程度の調理の腕も必要であるため、すぐにというわけには行かないと思われた。
「とりあえず、乾燥肉と腸詰肉は製造先は決まっているからいいとして、乾燥野菜はどうするかな?」
思案顔でナイジェルがいう。
「農家に頼めばいいんじゃないか。野菜を購入して新たに行うよりも、農家であれば、これまで捨てていた屑野菜も利用できるかもしれないし」
ソーマがそうナイジェルに提案する。
「そうだな。そうするのがいいかも知れない。スープの元はどうするかな?」
「必要な材料を考えるとリント村で作るのがいいかもしれないね」
「なるほど、それはいいかもしれない」
「ただ、北東の森の異変が長引けば厳しいのだけれど」
その後、リント村への街道はトーガシを気に入った領主であるニュルンハイム騎士爵が命じ、整備を行ったことで、対魔物という問題を除けば、改善されることとなったのはサザンクロス商会にとっては幸運なことであったかもしれない。




