商会設立
「あれ、ナイジェルさん、こんにちは。こっちに来る予定だったっけ? 十日前に会ったときはなにも言ってなかったと思いますが」
「こんにちは、ソーマさん。いや、来る予定はなかったんだけど、商人ギルドの方から、リント村の岩塩購入依頼を聞いて急遽受けたんだよ。ソーマさんが討伐に入っているなら安全だろうと思ってね」
「なるほど。それで新しい護衛を雇ったんですか?」
「いや、臨時でね。いつものメンバーは例のマンティス襲来のときに二人ほど怪我をして、まだ活動できないから。あのとき同行していた二人のパーティが動けると知って依頼したんだよ」
「まあ、僕もまんざら知らない人たちではないので、びっくりしてますよ」
「知っているのかい?」
「そっちの魔法使いのローズさん、巫女のセーラさんは知っていました。あとはあのときの人たちでしょう? お名前は存じませんが」
ソーマがいうとローズが軽く手を挙げてくる。
「そうなんだ。彼らは<ブライトフォー>というパーティでね。まだEランクなんだが、能力は高いほうだよ」
「そうなんだ。ソロで活動しているので、パーティについてはあまり・・・」
「そうだね。護衛を頼むにはパーティでないと駄目なんで、商人はその辺をいろいろとね。ところで、リント村はこんな街壁には囲まれていなかったはずなんだが、何か知っている?」
西門とその土壁を見ていう。
「ええ、十日前にはありませんでしたよ。ただ、調べたら東西南北で魔物の侵入を防ぐことができれば、村や岩塩採掘場の安全性が増すことが判ったんで、五日かけて造りました」
「造った? ソーマさんが?」
驚いたような表情でいう。後ろのローズとセーラも驚いているようだ。
「ああ、言ってませんでしたか。僕は本来土メイジなんですよ。土メイジではソロ冒険者として活動できないので、剣士を目指しています」
「ええ! 土メイジだったんだ。これを一人でってことは初級じゃないよね?」
「一応中級ですよ。土ゴーレムは作れますし」
「そうなんだね。ところで、村までの間はもう魔物狩りを終えたのかな?」
「狩り漏らしがあるかもしれませんが、この四日間で相当狩りましたから。ああ、ちょっと先のことでお話があるんです。今夜は泊まりでしょうから、食事の前に僕のいる家を訪ねてくれませんか? 食事をご馳走しますよ」
「先のこと?」
「ええ、商売です。かなり大きい話です」
「そうなのか? わかったよ、家は村長に聞けば判るかな?」
「はい、お待ちしています」
そうして、ナイジェルたちは村を目指して去っていったが、ソーマはその後も狩りを続けた。とはいえ、さすがに獲物も少なくなってきていた。少なくとも、ゴブリンはほぼ討伐しつくしたと思えるし。昆虫系もほぼ狩りつくしたといえるだろう。ゴブリン程度なら村の自警団でも十分対応可能だろうし、昆虫系は今の村の中には入ってくることも難しいだろう。
今回の依頼はリント村周辺の魔物狩りということで、魔物の数が報酬に影響するわけではない。これだけ狩りましたよ、という証明でしかない。ただし、ゴブリンの持っていた魔石などは素材買取で収入になる。マンティスの鎌なども素材買取の対象になる。それに、村長が書いてくれる書類により、ランクが上がる場合もあるらしい。ソーマとしても適当に狩ってお茶を濁すなどとは考えてもいなかった。それはトーガシの実にある。収穫が滞れば、商売として成り立たないからである。だからこそ、村の中の安全は出来るだけ確保しておきたかったのだ。
約束どおり、ナイジェルは夕食前にやってきた。<ブライトフォー>のメンバーも一緒である。家に招き入れ、食事を振舞うことにした。ちなみに、ソーマにあてがわれた家は竈のある台所と三部屋がある家だった。村には一軒だけ宿があるが、それは商人のためのもので、常に営業しているわけではなかった。商人は一ヶ月に一度、今では三ヶ月に一度しか来ないからである。しかし、トーガシの商売がうまく行けば、常時営業でも十分利益が出るだろうと思われた。逆に宿不足が懸念されるかもしれない。
振舞ったのは普通にプレーリーラットの肉を使ったステーキと野菜サラダ、それに具沢山のスープ、柔らかいとはいえないが、黒パンよりは柔らかいパンである。部屋のひとつには大きめのテーブルがあったのでそこで食事をすることとした。この家は魔物討伐のパーティが来たときにあてがうことになっている家らしい。
「これらの料理にはこれまで使われていなかった調味料が使ってあります。おそらく、今のところはこの村でしか採れないものです。僕はこれを商売にしたいと思っています」
「使われていない調味料?」
なんだろうかという表情でナイジェルが答える。
「ええ、食べてもらえば判ります。美味しいかそうでないかは個人の差が出るところですが」
そういってソーマはスープに手を出す。玉ねぎに似たタマーラ、ジャガイモに似たガイモ、ニンジンに似たキャロ、そして細切れにした肉が入っている。味付けは塩とトーガシの粉末で、ピリ辛風味である。サラダはキャベとタマーラで菜種油に塩とトーガシが入ったドレッシング。ステーキにも塩とやや荒めのトーガシで味付けをしている。ソーマ的には、というよりも走馬的にはやや控えめ、というところである。
「これは辛い。しかし、美味い。食が進む」
そういったのはナイジェルである。おそらく、マスタードを使った料理を食べたことがあるからこその言葉であろう。ナイジェルは未だ二十歳であるせいかガツガツ食べている。
「なんか汗が出てくるわ。身体が温まる」
そういうのはローズとセーラである。
「口の中が痛い」
そういったのはブロンドの髪にグレーの瞳を持つ、盾持ちのブライトン、セーラの弟である。
「美味しい」
それだけ言ったのは赤みのある銀髪に濃いブルーの瞳を持つ、剣士のヒルダである。五人とも食は進んでいるようである。多少多めに用意したが、ソーマ自身も含めて総て食べ終えた。
食後のお茶を飲みながらソーマとナイジェルが話していた。<ブライトフォー>のメンバーには後片付けを頼んでいるのでこの場にはいない。
「ナイジェルさん、どうでしたか?」
「うん、これまでにない新鮮な味だったし、美味かったよ」
「ニュルンや他の街でも売れると思いますか?」
「新しいものが受け入れられるまでは時間がかかるだろう」
「確かに、でも、商売の仕方次第では広まるのも早いかもしれません。今、僕がやって見せたように」
「そうだね、それに定着すれば継続的に売れるだろう」
「ええ、この実がそうなんですが・・・」
そういって幾つかのトーガシの実をみせる。
「使い方は実を乾燥させてすり鉢とすりこ木で砕くのが基本です。乾燥させた状態の中の種は植えても発芽することはないです。乾燥させる前の実から取り出した種は発芽します」
「なるほど、この村で乾燥させたものだけを出荷すると?」
「ええ、それにここよりも寒いところではあまり生育は良くないでしょう。暖かい北の領地であれば育つ可能性はありますが・・・」
「ふむ、それを我がマンセロール商会が独占できると?」
「いいえ、僕とあなたで新たな商会を立ち上げます。そこにのみ独占供給ということで、村長とは話がついています。僕がいなくならない限り、村長は他の商人には売らないでしょう」
「ああ、ソーマさんがあの街壁を作り、村の安全性を非常に高めたからですか?」
「それが理由かどうかは判りませんが、村長は確約してくれましたよ」
「なるほど・・・」
「たぶん、ナイジェルさんは行商に出ることはあまりないでしょう。ニュルンもしくはニューロンハイムの商館で行商人なり他の商人なりにトーガシの実を使った料理を振る舞い、卸すだけでよいのではないでしょうか。むろん、この村へは仕入れに来なければなりませんが」
「しかし、僕はマンセロール商会の人間です。そのままでは難しいでしょう」
「ええ、ですから、ハロルドさんには僕からも話してみます。一定期間を過ぎれば、マンセロール商会でも扱えるような条件を付ければ、否とは言わないと思います」
「それにしても、商会を立ち上げるにはそれなりの費用がかかりますよ」
「いくらくらいですか?」
「商人ギルドに登録するのに二千、商館を構えるのに、さすがに、最初は賃貸で、それでも年間三千、あとは馬車や何人か人を雇う必要があるから年間一万五千、それに、損害補填のために三万程度の資金が必要だと思います」
「収益を上げる自信はありますか?」
「ある。父、いや、マンセロール商会を使えば必ず利益は出るでしょう」
「一応、考えて置いてください。資金は用意できます。五万くらいならすぐにでも。僕は明日にはニュルンに戻ります。ナイジェルさんはいつ?」
「明後日になるだろうな、明日は荷積みで潰れるでしょうから」
「では商会を立ち上げるのを手伝ってもらえるなら三日後に返事をください。そうでなくても、この村を害することはしないでほしいです」
「判りました」
翌日の昼食後にソーマはニュルンに向かって出発した。しかも、一日遅れる予定だったナイジェル一行も間に合ったようである。これまでのように村にあったものではなく、採掘地から直接荷受したからだろう。それに、村の安全が一応とはいえ、確保されたので、村人の表情も明るく、魔物に震えることもなくなったので、効率が上がったともいえた。
そうして、ナイジェルはソーマとの共同での商会立ち上げを決めたと伝えてきた。むろん、実際には父親であるハロルドに断りを入れてからということであったが。ナイジェルも若いから、それなりの目的は持っていたのかもしれない。彼はハロルドの二男であった、という理由もあったかもしれない。




