宝の里
冒険者ギルドの訓練場での<氷風水炎>の試験を終え、使用を終えたことの報告と使用料を支払うため、購買部の受付カウンターで手続きをしていると、セイシェルから、お話があるので終わったら私のところに来てください、との言伝を渡された。何事だろうか、といぶかしみながらもセイシェルの待つカウンターへと向かう。このような経験は始めてである。A、Bランクの冒険者には依頼書が張り出されていないので、直接ギルド職員から依頼を受けるため、カウンターに直行することは聞いていたが、ソーマはまだDランクである。
セイシェルの待つカウンターの前の椅子に腰を下ろすと、彼女はやや厳しい顔で言った。
「ソーマさん、お呼び立てして申し訳ありません。実は折り入ってソーマさんにお願いしたい依頼がありまして」
「そうなんですか? 僕はまだDランクなのですが?」
「いえ、カード上のランクは確かにそうなんですが、実力はすでにそれ以上だとギルドでは考えております。今後もこのようなお話があるかと思います」
「はあ・・・ では今回の話というのは依頼についてなのですか?」
なんとなく納得のいかないソーマではあるが、とりあえず話を聞いてみることにした。
「はい。今までの街の外での討伐ではありません。少し遠いのですが、よろしいですか?」
「一応、話だけは聞いてみたいです」
「はい、ありがとうございます。この街から北東に馬車で半日ほど行ったところにリントという村があります。この村から周辺に出没する魔物の討伐依頼が来ております」
馬車で半日ということはおおよそ四十kmほど、徒歩では一日離れていることになる。移動は徒歩では難しいだろう。馬車を用意する必要があるかもしれない。
「なるほど。確かに遠いですね」
「リントは岩塩の産出で知られています。村から少し離れたところに産出地があるため、魔物が増えると採取も難しくなります。そのため、村に数日滞在してもらい、周囲の魔物を狩ってほしいとのことです」
「数日? 期間ははっきりしていないのですか?」
「はい、なるべく長く滞在してもらい、魔物を狩りつくしてほしいようですね。以前、ギルドの職員によるパーティで受けたときは十日ほどでした」
「十日ですか? ちょっと長すぎかもしれませんね」
「その代わりというか、家と食事は用意するそうです」
「要するに、産出地までのある程度の安全が確保されれば良い訳ですか?」
「そういうことになります。ちなみに報酬は一日五百マリクになります」
「期間は村との話し合いで決めるということですか?」
「そうですね。一応、最長で十日間という依頼になるかと思います」
「そうなんですか」
「昨年までは行商人が一ヶ月に一度は訪れていたので、その際に討伐も行っていたようですが、魔物が増えて産出量も減ったため、今では三ヶ月に一度、しかも、周辺の討伐は行わなくなりました。それで依頼を受けているのです」
「なるほど、採取は危険で採掘量が減る。採掘量が少ないから行商人が寄り付かない・・・ 悪循環ですね」
「そういうことです。丘に囲まれた盆地のようなところだそうで、柵を整備して、村の中の魔物を狩ればよいということのようです。前回、ギルドの職員パーティはそうしたようです」
「ソロでは難しいのではありませんか?」
といいながら、ソーマは自身が中級土メイジであることで達成は容易ではないかと判断したようだ。
「Eランクパーティを派遣するよりも実力的に遥かに上のソーマさん一人のほうがよいのではないか、との上の判断です」
「判りました。お受けしましょう」
「ありがとうございます。移動手段はどうされますか?」
セイシェルは笑顔をみせて問う。
「荷馬車でも借ります。今から手続きをして明日の昼前には出発します」
「はい、判りました。明日出発前にもう一度お越しください。書類は準備しておきます」
冒険者ギルドを出たソーマはまず、馬屋に行き、一頭引きの荷馬車を明日から十日間借りる手配をし、九の鐘が鳴るときに受け取りに来ることを告げ、<金色竜翁亭>へと戻る。そして、明日の夜から十日ほど留守にすることを告げ、弁当を頼んでおく。
そうして、翌日、ギルドに顔を出して依頼を受ける処理をしてもらい、十の鐘が鳴るころニュルンを後にしたのであった。ルートは北の街道を三十kmほど北上し、そこからあまり整備されていない東へ向かう道に入り、十五kmほど進めばリントの村に着くはずであった。荷馬車には行商人のナイジェルから仕入れた小麦粉と幾種類かの野菜が積まれている。村人のため、というよりも、自身の食事のためである。ギルドで聞いたところ、食料は不足気味だろうということだったからである。道中は特に問題も無かった。馬がいるため、襲われない限りは狩りをすることもなかった。
そうして村に着いたのはまだ日の高い三時ごろである。周囲三kmほどの木の柵に囲まれたのが村で、柵の外側には畑が広がっていた。住民は千人ほどであろうか。出迎えてくれた村長に討伐は明日から行うと告げ、自身は村の周囲を見て回った。結果、北側二百m、東側二百m、南西側百m、西側三百mほど以外は二十mほどの高さの丘に囲まれていた。村からは北と西は一km、南と東は五百mほど離れていた。特に、北側は岩塩の採掘地の外側となっていた。
さらに、ソーマは南東側の丘の麓にある作物の成る木を見つけていた。赤や緑、黄といった色とりどりの小さな実をつけていた。この世界ではほとんど塩味だけで香辛料の類はマスタード程度しか無いようであった。<金色竜翁亭>での食事も塩味ばかりで、稀にマスタードがある程度である。走馬は農林水産省の外郭団体職員として山を歩き回り、それなりの知識があった。ソーマが見つけたのは唐辛子である。村長に聞いてみると、トーガシという名前で、魔物よけや虫除けなどに使われるということであった。
翌日の朝の打ち合わせで、ソーマは昨日調べた東西南北の丘の狭部に土壁を作ることを提案、自分は土メイジであることも話した。ただ、一日でどれだけ出来るかわからないので、時間が必要だと告げる。そして、村人には長さ三mほどの太い丸太を十六本用意してもらい、さらに、門を作るための長さニmほどの細い丸太を多数用意してもらうことにした。その日は村の周囲で魔物狩りをして過ごし、翌日から作業にかかることにした。その日はゴブリン十匹、大蟷螂五匹、大蠍二匹を狩ることに成功している。
それから五日をかけて高さ三m、厚さニmの土壁が出来上がった。土壁とはいえ、表面は硬化されており、岩ほどではないにしても、煉瓦程度の強度はあった。門も設置され、幅三mの木製の観音開きの扉も付けられていた。ただし、蝶番が手に入らないため、開閉は非常に難しいものであった。これで、北東の丘にある岩塩産出地での採掘もより安全に行えるようになるはずである。南側だけは小川が流れているため、門の位置を一mほど掘り下げて水が溜まる堀のようにし、渡ってこれないようにしている。門はその西側に設置している。堀の上には木材を用いた柵を設けているが、こちらは数年ごとの更新が必要であろう。むろん、土壁の上には木材を使った柵が一mほど乗せられている。
そうして、ソーマは残りの期間を村中の魔物討伐に当てた。広い分、狩り零しがあるかもしれないが、可能な限り狩り続けた。むろん、村人の協力を得てのことである。ゴブリンや大アリ、大蠍、大蟷螂などかなりの数を狩ることになった。新規の流入を避けるため、各門には村の自警団から必ず複数人を派遣して警戒に当たってもらう。オーガや大蜂などは無理でも、低級魔物や空を飛ばない昆虫系魔物は防げるはずである。
そして、ソーマが力を入れたのはトーガシの商品化であった。自ら料理して試食してもらい、その価値を知ってもらったのである。取り扱う商人もあてがあるとして、日当たりのよい南東や南の土地を開墾して栽培するようにしてもらったのである。安全な耕作地が増えたことで、これまで不足気味であった小麦などの栽培も増加するだろうと思われた。
土壁に対してはできるだけ維持し、折を見て外側には岩を積み上げ、土壁が万一崩落しても村の安全を確保するよう村長に言ってある。セロから造るわけではないので、管理さえきちんとすれば、今よりも良くなることはあっても悪くなることはないだろう。門扉については、行商人を通じて蝶番を手に入れ、開閉が楽になるようにしてもらう。少なくとも、西門だけでもそうすれば、行商人を受け入れる際に楽になるだろうと伝えている。
そうして明日がニュルンへ出発というとき、西門方向から行商人がやってきた。たまたま、西門付近にいたソーマはその行商人を見ることが出来たのだが、知った顔であった。ナイジェルとその護衛であった。そして、護衛には先日知り合ったローズとセーラがいたし、大蟷螂の襲来のときにナイジェルについていた男性が一人と女性がいた。確か、盾をもっていた男性と剣を持っていた女性であった。




