新しい刀
この日、ソーマが受けた依頼は大蟷螂の討伐であった。オークの討伐には興味があったものの、今の自分ではオーガの討伐は厳しいとの判断からである。開けた草原であればまたしも、木が生い茂る森の中では刀身の長い<一期一会>は扱いにくいとの考えもあった。対して、オーガの武装である棍棒は横から来るのは無いが、木と木の間では避けようがないということもあった。
ともあれ、一昨日と同じように南の街道の東側を歩き回り、大蟷螂十匹と大アリ二匹を狩ることになった。本当であれば、もう少し先まで足を延ばすべきなのだろうが、そうすると野宿ということになる。パーティでは可能であってもソロでは不可能である。そんなわけで、まだ日の高いうちにニュルンに戻ることとなった。
今回は普通のマンティスばかりで、一昨日のような亜種はいなかった。つまり、亜種はそれほど多くはないということになるだろう。もっとも、ソーマには別の意味で懸念ごとがあった。それは<脇差>についてだった。今回も森の中ということで、<一期一会>は使えず、幾度か鎌を<脇差>で受けたのだが、何か折れたような感触があったのだ。とはいうものの、刃毀れはなく、刀身にも異常はなさそうであったが。
そうして、冒険者ギルドで手続きを終えると宿に戻り、<脇差>を分解してみることにしたのである。柄のヒモを解き、貼り付けてあった薄く黒ずんでいる皮も外し、最後に木材も黒ずんでいたものを外すと、そこには一部割れた部分があった。やはり無理がかかっていたという証拠であっただろうか。そういえば、<一期一会>では柄の部分に魔石が埋め込まれており、魔力が通りやすくなっていたような気もする。<脇差>にはそれはなかった。つまり、魔法剣向きではない刀を無理やり魔法剣として使っていたのであろう。
そう考えれば思い当たる節もあるとソーマは気付く。<一期一会>と比べた場合、<脇差>を使ったほうが疲れるのである。結局、自身も剣については、というよりも、魔法剣が使えるということで、向き不向きを考えていなかったことになる。そういう意味では、新たに出来上がる刀については期待が持てるということであろう。
そうして、翌日、この日は狩りに出るのをやめ、朝から<セオドア武具工房>を尋ねることにしたのだった。三日ほどかかるといわれていたし、完成しているかどうか判らないが、折れた刀で討伐に出る危険は犯せないのも事実であった。<一期一会>は長いため、森の中では使えないということもあった。朝、十の鐘が鳴ると<セオドア武具工房>の店内に入っていく。カウンターの向こうにはセオドア本人が座っており、ソーマの顔を見るなり、来たか、という表情を浮かべる。ソーマが一礼するとカウンターに黒塗りの鞘に収まった刀を出しながらいった。
「出来とるぞ。見てもらおうか」
「では拝見させていただきます」
両手で恭しく受けとると、目の前に掲げてゆっくりと刀を鞘から抜いていく。そこに現れたのは正しく日本刀であった。刃の部分にはやや黒味を帯びた綺麗な波型の紋様が浮かび上がっていたのだ。それは<一期一会>でも見られたものだった。刃の部分以外は明るい銀色であり、これも<一期一会>と同じものであった。鞘をカウンターに置き、両手で柄を握り、正眼に構えてみる。すごく手になじむようなそんな感触であり、バランスも申し分ないものであった。ゆっくりと刀身を鞘に収める。柄の部分は黒い紐で編み上げられ、上下に二個の魔石が顔を出している。自身の中ではこれはいい、と感覚が伝えていた。
「すごいです。見事に手になじむし、自分の腕のように感じます」
「そうだろうよ。わしもここ最近にない出来だと自負しておる。では裏へ行こうか」
そういってカウンターを回って店の外に出て行く。
その後を新しい刀を持って着いていくと先日と同じく、庭に案内された。そうして、再びゆっくりと鞘から抜き、正眼に構えると魔力を込め、炎、氷、水、風と纏わせていく。<脇差>のつもりで込めると、刀身が三十cmほど伸びてしまう。それをコントロールして適正な長さにあわせる。一通り試したあと、魔力を解き、鞘に戻す。
「良さそうだな、後は店で説明する」
そういってセオドアは店へと歩いていく。
「材質はダイアミスリルという。名前こそ似ているが、銀ではない。硬度はダイアチタ鋼と同程度だが、魔力の通りは遥かに凌ぐものだ。工房の初代が手に入れたもののようだな。今となってはどうやって手に入れたのかすら判らん。今回はそれを使わせて貰った」
「貴重な材料をありがとうございます」
「まあ、インゴットのまま残しておくよりは良かろうよ。鞘はヒエキという木材を使ってみたが、それなりの強度はあろう。鍔も刀身と同じ材料を使った。柄については今の剣と同じように組み上げておる。魔石以外はな」
「ありがとうございます。それで、いかほどでしょうか?」
「十万、といいたいところだが、五万でいい」
「本当にそれでよろしいのですか?」
「かまわん。久しぶりに納得の行く仕事が出来たからな」
「ありがとうございます。ではこれで」
カウンターの上に金貨を四枚置く。そして、<脇差>を置いて続ける。
「昨日、マンティス狩りの最中に妙な手応えだったので、見てみましたが、割れていました。どうにも捨てるに忍びないので処分をお願いします。何かの材料にでもなればこいつも喜ぶでしょう」
そういって柄の部分を取り外す。
「それじゃ、どうにもならんな。一応打ち直してみるが、うまくいくとは限らん。最悪、片手剣として再生してやるから、飾っておけ。一万ほどかかる」
チラリ、とそれを見たセオドアはそういった。
「ありがとうございます。では、これでお願いします」
そういって金貨を一枚カウンターに置く。
「その剣、いや、刀か、名前を出来たら<氷風水炎>としてくれ。打っている間、それが頭から離れなかったもんでな」
「<氷風水炎>ですか? すばらしい名前ですね。では今からこの刀の名は<氷風水炎>です」
「うむ、切れ味などはここでは試せんが、保障するぞ。こいつは切れる、とな」
「はい、疑うわけではありませんが、この刀との対話のため、これから冒険者ギルドの訓練場で試してみます」
「そうしろ。打ち直しと片手剣としての再生には五日ほど時間を貰うぞ」
「はい、お願いします」
そうして、セオドアに見送られて店を出る。後日、ヘンリーに聞いたら滅多にないことで、よほど気に入られたのだろう、そう言われた。
ソーマの装備であるが、Eランクの、いや、Dランクの冒険者としては非常に良い装備であるといえた。価格や製造年は不明であるが、防具からしてワイバーンの上位亜種の革鎧であり、刀は<一期一会>と<氷風水炎>という、おそらくはダイアミスリル掣の最高峰のものである。たぶん、装備だけで言えば、Aランク冒険者の装備に匹敵するといえた。通常のDランク冒険者では、オークの革鎧に鉄の剣、もしくは鋼鉄の剣というところであろう。それに比べれば、遥かに上を行くものであった。その点に関しては、ソーマ自身、非常に幸運であったと感じていたようである。
その後はまず宿に戻り、<氷風水炎>を軽く手入れしてから昼食を取り、二の鐘が鳴るころに冒険者ギルドの訓練場へと向かった。訓練場を利用するにはいつもとは違う購買部の受付で所定の手続きを行うが、三マリクの利用料はかかる。というのも、清掃や後片付けはギルド側で行うからである。利用者に任せるとずさんなことになりかねないからであろう。そうして、この時間帯は初心者や負傷休養明けの冒険者の利用が多く、それなりに人がいる。
ソーマが訓練場を利用するとのことで、それなりに注目されることとなった。訓練場自体は周囲から隔離され、外部からは見えないが、利用者や職員には丸判りということになる。ましてや、ソーマは注目の新人という理由があったからだ。僅か六日でEランクからDランクへランクを上げ、これまで一度も依頼達成の失敗がないことが知られていたのである。特に、未成年で近く成人を迎える若い冒険者には憧れともいえた。そして、彼の使う武器が刀という、マイナーな剣であるから、なおのことであろう。実際、未成年で訓練を受けている冒険者の仲には、武器を刀にするものもいたようである。
ただし、冒険者ギルドの職員の中に、刀の使い手がおらず、ソーマに刀についてのレクチャーの依頼が一度あったのである。まだ、ジャンピングラビット狩りをしていた頃に、バチェラーにレクチャーしてもいた。そう、EランクからDランクにランクが上がったときである。ちなみに、訓練場の装備の中に刀が追加されたのもここ最近のことであったようだ。
ソーマが試したいのは<氷風水炎>の巣の切れ味と魔法を纏ったときの切れ味である。強度に関しては問題にはしていない。聞きなれない金属ではあるが、セオドアが脆い刀を作るはずがない、そう信じているからである。例によって藁束に水を含ませると、まず、素の<氷風水炎>を正眼に構え、右上段から左下へ袈裟懸けに切り下げる。<氷風水炎>はザッという音と共にたいした抵抗を感じることもなく、藁束を切断する。次いで、やや切っ先を上げ、横薙ぎに払うとこれも軽い抵抗でやすやすと切断する。
次いで、氷を纏わせて、別の藁束に向かい、右上段から袈裟懸けに切り下ろす。巣のときよりも抵抗無く藁束を切り裂く。その後はそれぞれ風、水、炎と順に纏わせて試すが、ほとんど抵抗無く、切り裂くことになった。最後に試したのが、<脇差>と同じような感覚で発動させ、間合いを計る。結局、総てにおいて、三十cmほと間合いが伸びることとなった。つまり、刀身六十cmの刀が九十cmの刀と同じ間合いになるということであった。<一期一会>とほぼ同じということになるだろうか。
そうして、総ての試験を終えたとき、ギルド職員が感嘆の声を発した。特に教官となるギルド職員は驚きを隠せないでいたようである。それもそのはず、刀身以上の間合いで藁束を切断したのだから当然といえたかもしれない。




