プロローグ
初めてのファンタジーものです。古典的ファンタジーを書いてみようと思ったのですが、筆力がなく書けませんでした。なので、魔物や冒険者を出すことにしました。何とか続けられればと思っています。
彼は夢を見ていた。それは彼がこれまでに見たことも経験したこともないものだった。その夢の中には馬もいないのに走り回る馬車や羽ばたいていないのに空を飛ぶ巨大な鳥、そして、二本の鉄の道を走る長大な連結馬車、見上げるばかりの高さを誇る建築物、炎を使っていないのに明るい街並みなどであった。
あるいは馬に引かれた馬車や羽ばたきながら空を飛ぶ飛竜、そして、二階建ての建築物、炎の揺らめく室内など見知った夢もあった。これらが混然一体となった夢であっただろうか。
そして、その夢の中では二つの人格、ソーマ・ヴォル・フォレスターという人格と三上走馬という人格が身体の主導権を取ろうと争っていたといえただろう。しかし、徐々にソーマという人格が主導権を取るようになり、もういっぽうの人格は薄れていくようであった。やがて、争うことで身体に生じていた震え、というよりも痙攣、が終束していった。
今、彼の身体は幌付き馬車の中の片隅に横たえられており、周囲には五人の男女が見守っていた。痙攣が終束し、呼吸が落ち着いてきたことで、五人には安堵の表情が現れていた。なぜなら、彼らにとっては、それまでの状態が死の徴候であったからだった。やがて、五人の中の一人、濃い青色のフード付きローブをまとった、燃えるような赤い色の髪と暗赤色の瞳を持っていた、女性が後は目覚めるのを待つだけだ、と宣言したことで場の空気は緊張から弛緩へと向かうことになった。
翌早朝、目覚めた若者、黒髪に金色に見間違える明るい茶色の瞳をしていた、は五人の内の一人、長大な剣を背負った男、やや暗い金色の髪を短髪にして明るい水色の瞳をしていた、から自身の状況を知ることとなった。彼が若者が谷底に突き落とされる瞬間を見ていたからであった。そうして、若者は自らの置かれた状態を完全に把握することとなった。
若者を助けてくれたのは行商人を護衛していた冒険者のパーティメンバーであった。彼らが野営地としていた場所の近くで、悲鳴と怒声が聞こえたため、件の剣士が駆けつけたところ、ちょうど街道から突き落とされる若者を見ていたのだった。彼が声をかけると、若者を突き落とした男たち、三人いたという、は一目散に逃走したという。身なりは整えられており、盗賊や山賊という感じはしなかったという。
剣士はすぐに谷底を見たところ、五mほど下の木の枝に引っかかっていた若者を発見し、仲間の手を借りて引き上げたということであった。そして、丸一夜の間、意識を失っていたことを話して聞かせたからであった。
彼らパーティメンバーは若者の素性を詳しく問うことはせず、名前とこれからどうするかを聞いただけであった。彼らの雇い主である行商人も深く追求することはなく、自身が向かう次の街までは同行しても良いといった。というのも、若者が身に着けていた服装が大層質のよいものであったこと、言葉遣いが一般の平民のそれとは違っていたからであると思われた。
若者を含めて彼らは知らなかったが、同時刻、同じ地形の別の場所で、しかも、同じ落下姿勢、落下速度で落ちたもう一人の人格、というよりも魂が若者の中に入ってきていたのである。違いは、若者が落ちてぶつかったのが木の枝であり、別の場所のそれは張出した固い岩だったことであった。むろん、別の場所で起こった被害者は即死状態であったと思われた。
その別の場所の被害者である三上走馬は四十五歳、国防を担う組織に所属していたが、負傷除隊、その後、伝を辿って農林水産省の外郭団体での職についており、山林を歩き回っていたところに脚の古傷が悪化、転落したものであった。
彼は国防を担う組織に所属していた折、剣道と合気道、居合術を修練しており、それなりの技術を身に付けていた。気合術なる眉唾な技術を習得し、気の操作もある程度はこなしていたようである。まあ、体力がなくなった折、気合によって身体に活を入れるようなものであろうか。
ともあれ、彼は彼の所属していた世界からこの世界へと魂だけ飛ばされ、同じように崖から落下し、意識を失った若者の身体に入り込んだのであろう。それは誰もが聞いたこともない、ましてや、伝承に残るものでもなかった。それがこの世界で起こったということだが、それは若者を含めて誰にもわからないことであった。ただ、この後、若者は自らの考え方が変わったことを自覚するが、それは誰に知られることもなかった。
そして若者はソーマと名乗り、フォレスター伯爵領出身で、主と問題を起こしたので、ニュルンに向かうところを何者かに襲われた、と話していた。むろん、事実ではないが、まったくの嘘でもなかった。結局のところ、彼にはそう話すしかなかったのであろう。
嘘で固めれば、再び彼らに合間見えたとき、つじつまの合わぬ可能性があったからである。彼らはニュルンハイム騎士爵の中心都市、ニューロンハイムを中心に周辺騎士爵領地やさらに北の貴族領地までを巡る行商人とその護衛であると聞いたからである。ましてや、命の恩人である彼らに嘘をつくつもりはさらさらなかったのであろう。
ソーマとしてはニュルンでしばらくの間、生活をするつもりであったが故に、知己を得た彼らとの関係を一過性のものとするつもりはなかったのであろう。行商人とはいえ、情報を得るには十分であると考えたのかもしれない。彼とて、北の貴族領地、とりわけ、北東のガードナー伯爵領の情報はほしいところであったからである。
いずれにしろ、今後五年間はフォレスター伯爵領に戻るつもりはなく、一冒険者としての生活を考えなければならず、冒険者としての経験豊富な彼らから学び取ることもあると考えたからであろうし、自らの安全を確保するには彼らの助言は有効であったからだろう。
もっとも、それとは別に一抹の不安があることも事実であった。目覚めて以降、体調が変わっていたからである。それまでのソーマは貴族ゆえに、魔法が使えていた。土魔法は中級で土ゴーレムを操ることができていたが、他は生活魔法程度、水を生成したり、着火する程度であった。しかし、目覚めてからは火と水魔法の能力が強化されていることに気付いたのである。
それは目覚めた当日の昼食休憩の折、火を起こして水を出した時点で判明していた。これまでの場合、魔法を多く使うと疲労感を感じていたが、今回はそれがなかったことにある。また、パーティメンバーの魔法使いに水晶玉による魔法適正を調べたもらった結果、四属性、つまり、火、水、風、土の適正があることが判っていた。残念ながら魔力量まで調べるには至らず、感覚としては土属性以外は初級程度であろう、と明言されたからである。
そうして、その日、まだ日の高いうちに目的地であるニュルンに到着、北門を入ったところで、行商人とは別れ、パーティメンバーとともに街の中心部へと向かったのである。
こうして、数奇な運命に翻弄された若者の新たな生活が始まることとなった。