モグラのジュース屋さん
星屑による星屑のような童話です。お読みいただけると、うれしいです。
ひだまり童話館 第8回企画「とろとろな話」参加作品です。
ここ最近の真夏の陽射しで、あたりの地面は、あちらもこちらもすっかりからからに干からびてしまいました。
今年の夏は、いつもより特別に暑く、いつもより特別に雨が少なかったからです。
「こう暑くては、いくら地面の中のモグラでも、まいってしまうよ」
ほほに生えた数本の白いヒゲをぴくぴくさせながら、一匹のモグラが、ため息まじりにつぶやきました。
彼の名前は、モグさんといいました。
この辺りの地面に住むモグラ一家のお父さんで、お嫁さんのグリンさんと息子のグルム君の、三匹家族です。
穴掘りが、大の得意のモグさん。
そんじょそこらのモグラでは簡単には作れないくらいの大きな巣穴――まるで迷路みたいな洞窟――を掘ったことを、いつも自慢していました。
――それにしても、今日のお日さまは格別でした。
いつにも増して、朝から、びっかびっかのきらっきら、です。
モグさんは、穴ぐらの外がどんなことになっているのだろうかとびくびくしながら、その黒い鼻先を、地面の上にちょびっとだけ突き出してみました。
と、モグさんの鼻をついたのは、くたくたにしおれた草と乾いた土の匂い、そして、じりじりと身を焦がすような陽射し。
「うわっ、あちちっ!」
すぐに地面の下にひっこめた鼻が、ひりひりと痛みます。
今日は穴の外に出ず、ずっと家でのんびりとしていよう――なんて、モグさんが思ったときでした。
奥さんのグリンさんが、最近やっと一人でも巣の外であそべるようになった息子のグルム君をつれて、広い穴ぐらの中のお父さんの部屋にやって来たのです。
「ちょっと、お父さん。グルムが暑くて仕方ないのですって。どうにかならないかしら」
「なに、グルムが……? よし、ちょっと待ってろ。お父さんがいいものを持って来てやる」
「本当? うん、お父さん。ぼく、待ってる!」
早速、目の前の土の壁をがりがりと掘り出し、どこかへと行ってしまった、モグさん。しばらく時間がたち、待ちきれないグルムがもう泣き出してしまったそんなとき、モグさんが、やっと戻って来ました。
「お父さん、遅いよ」
「ごめんごめん……探すのに手間どっちゃってね。さあ、これをグルムにやろう」
汗でびしょぬれになったモグさんが、グルムに差し出したもの――それは、船のような形に折られた笹の葉でできたコップでした。緑色の器のその中には、とろっとした白い水みたいなものが入っています。
「飲んでごらん」
グルムは、笹舟を小さな両手で受け取ると、とろっとした白い中味を、じゅるるっと飲み干しました。
「わあ、ひんやりして、あまくておいしい! これ、なに?」
「とろろジュースさ」
「どうして、こんなにおいしいの?」
「それはね――」
モグさんが、それを言いかけたときでした。
お母さんのグリンも、相当のどがかわいていたのでしょう。しびれを切らしたグリン母さんが、笹の葉のコップをグルムからうばうようにして、ぐびぐびとその中身を飲み始めたのです。
きらり、目をかがやかせた、グリン母さん。
「お父さん、これイケるわよ。もっと作って!」
のどを鳴らして、グリン母さんはジュースをぜんぶ飲んでしまいました。
息子のグルムが半べそをかきながら、空になった笹の葉とお母さんのグルムを交互に見つめています。
それを見た、モグさんは思いました。
――グリンもグルムもこんなに喜んでくれたんだ。森で出したら、大繁盛、まちがいなしだぞ!
モグさんは、とろろジュース専門のジュース屋さんを、始めることにしました。
☆☆☆
里山の地面を掘って見つけたとろろ芋を、硬い石ころを使ってすりおろします。
そこに、人里近くの畑まで出掛けてちょっとだけいただいた、甘い味のする「砂糖ダイコン」の汁を混ぜ合わせます。
これで、ひんやりあまーい、とろろジュースの出来上がり。
「とろとろとろろ、とろろいも――
いらっしゃーい! こんな暑い日には、とろろ芋のジュースですよ!
とろとろとろろ、とろろいも――
ひんやり甘くて美味しい、とろろジュースはいかがですか?」
大きな森の中の、大きな木の下で開かれた、ジュース屋さん。
モグさんの楽しそうな掛け声に、たくさんの昆虫や動物たちが集まって来ました。
「やあ、モグラのモグさん! 甘くて美味しいジュースって、どれだい?」
それは、茶色くて大きな体をした、ヒグマのクマ次郎さんでした。
食意地の張ったクマ次郎さんは、その大きな体でのっしのっしと近づいて来ると、自分が一番先に飲むのだとばかり、ほかの動物たちをするどくにらみつける眼で横に追いやって、モグさんの目の前に立ちました。
「や、やあ、クマ次郎さん。これですよ、とろろジュースです」
モグさんが、白いとろとろの入った笹舟のコップを、クマ次郎さんに渡します。
ちらり、その中をのぞき見したクマ次郎さんでしたが、見た目が気に入らなかったのか、ちょっとだけ顔をしかめました。そしてその大きな鼻を近づけて、くんくんとにおいをかぎ出したのです。
「うーん……どうやらこれは、ボクの好みではないね。また今度にしとくよ」
クマ次郎さんは、口もつけずにコップをモグさんに返すと、もと来た道を引き返すように、どっすんどっすん、歩いて帰って行きました。
と、それを見ていた虫や動物たちが、ざわつき始めます。
「あの、食いしんぼのクマ次郎さんが、口に入れなかったぞ」
「きっと、おいしくないんだよ。いや、もしかしたら、すごくまずいのかも」
「きっとそうよ……。なら、わたしは遠慮しておくわ」
まだ誰もモグさんのジュースを飲んでいないのに、集まったほとんどの動物たちは、「じゃあ、また今度」と言って、帰ってしまいました。
「そ、そんなあ……」
がっくりと肩を落とした、モグさん。
でも、まだお店の前には、アリとハチと野ネズミの三匹だけ、残っていました。
「えーと……私にジュースをいただけますか」
おそるおそる、そう言い出したのは、黒アリの有子さんでした。
アリですから、ジュースからほんのりと香る甘い匂いを、もうすでに嗅ぎつけているにちがいありません。
モグさんが笹舟のコップを道の上に置くと、有子さんは葉っぱの壁をゆっくりと登り、へりからぽとりと中へ落ちて、ジュースを飲みだしました。
モグさんにはそれが、どうにも溺れているようにしか見えませんでしたが、プールにでも入っているかのように楽しそうな声を出して泳ぐ有子さんが、その小さなのどをごくごくと鳴らし始めたので、ほっと胸をなでおろしました。
「うん……まあまあね。でも私には、ねばねばが多すぎるみたい」
それでも、まさに浴びるほどジュースを飲んで満足したらしい有子さんは、もそもそとコップから出てくると、パンパンになったお腹を苦しそうにさすりました。
それを見ていた、ミツバチの八五郎さん。
今度はぼくの番とばかり、「有子さんがそう言うのなら、ジュースのとろとろを少しうすくしたものを、ぼくにおくれよ」と言いました。
「うん、わかった」
モグさんはこっくりとうなづくと、今度はとろろ芋の量をちょっとだけ少なくして笹舟にジュースを入れ、八五郎さんの前にそれを置きました。
八五郎さんは、透明な羽根をブンブンとふるわせながら、飛びあがってコップのへりにとまり、ジュースをごくりごくり、飲み始めました。
「うん……まずまずだね。でも、ぼくには、甘さが足りないや」
自分の体の大きさよりもたくさんのジュースを飲み干した八五郎さんは、ぽんぽこりんにふくらんだお腹をかかえ、あお向けにごろりと転がりました。
有子さんと同じように、甘い香りに引き寄せられたらしい、ミツバチの八五郎さん。
ジュースの甘みが足りなかったことに、ちょっと残念そうです。
そんなやりとりを見ていたヤチネズミのネズ吉さんが、「八五郎さんがそう言うのなら、今度はもっと甘いジュースにしておくれよ」と言いました。
「うん、わかった……」
ただでさえ少ないお客さんの望みなので、仕方ありません。
モグさんは、とろろ芋の量がちょっとだけ少ない、そして、甘みがたくさん入ったジュースを作り、ネズ吉さんに渡しました。
「なんだ、こんなものか。私には、もっとねばねばしてて、甘さひかえめなほうが、美味しいのに」
笹の葉のコップの中味を飲み干したネズ吉さんは、一度舌なめずりした後、顔をしかめてそう言いました。
モグさんにはもう、何が何だかわかりません。
――いったい、どんなジュースが森のみんなに美味しいと言ってもらえるのだろう?
と、そこへやって来たのはモグさんの息子、子モグラのグルムでした。
「お父さん、どうしたの? ジュース屋さん、うまくいってないの?」
「うん……それがね……」
グルムの心配そうな顔を見たモグさんが、とつぜん、その小さな目をぐっと見開きました。何やら、ひらめいたようなのです。
――そうか、そうだったんだ!
モグさんは急に目をばちっとつむると、ぶつぶつと呪文のような言葉をつぶやきながら、ジュースを作り始めました。
不思議そうにモグさんを見守る、有子さん、八五郎さん、ネズ吉さんの三匹。
「モグさん、一体どうしたの?」 有子さんがききました。
「ああ……大事なもの、入れ忘れてたんですよ」 カラッとした笑顔で答える、モグさん。
「大事なもの?」 声を合わせた三匹が、そろって首をかしげます。
「はい」 モグさんの笑顔が、更にはじけました。
と、それを見ていたグルムが、モグさんにたずねます。
「大事なものって?」
「グルム……お前は、どうしてこのジュースが美味しいのかって、きいただろ? あのときには答えられなかったけど――まさに、その答えがそれだよ」
「お父さん、よくわからないや」
「家族のために作ったジュースにはたくさん入れてたのに、お店に並べるためのジュースには入れ忘れてたもの――それは『気持ち』さ」
「きもち? そんな目に見えないもので、おいしくなるの?」
「そうだよ。飲んでみたらわかるさ……。さあ、できた。どうぞ皆さん、私の『気持ち』がたっぷり入ったジュースを召し上がれ!」
「では、いただきまーす」
皆、それぞれの飲み方で、のどをごくごく鳴らしながら、笹舟の中のジュースをあっという間に飲み干しました。
そして、目を丸くしたヤチネズミのネズ吉さんが、言いました。
「ホントだ、美味しい! 『気持ち』って、最高のうまみだったんですね!」
「ええ。そうでしょう?」
「こりゃ、本当にうまいや」
まるで、森にきれいな花が咲き乱れたかのような、そんな楽しげな話声が、辺りにひびき渡りました。
そして再び、その笑い声を聞いたたくさんの動物たちが、モグラのジュース屋さんのところにわさわさと集まって来たのです。
「なんだ……。飲んでみたら、すごく美味しいじゃないか!」
そこかしこにあふれる、動物たちのとびきりの笑顔。
その日、モグラのジュース屋さんは、店じまいの時間まで、たくさんのお客さんでにぎわったのでした。
(おしまい)
お読みいただき、ありがとうございました。