強制連行
「僕の名------ッ!?」
自分の大声に驚いて目が覚めた。と同時に、誰かに左手を強くにぎられてるのがわかった。顔を向けようとしたら、激しい痛みが頭に響く。
「いったぁ……!」
「リアン様、まだ動かないでください!」
そう言って頭を優しくなでてくれたのは、見覚えのない、けれど綺麗な女の人だった。
「あの……」
誰だろう、僕の知り合いにこんな金髪碧眼の眼鏡美人さんはいないはずだ。
「……良かった、ご無事でなによりです。本当に、本当に良かった」
心底ほっとした様子の女の人は、どうして僕のことを心配してくれているのか。
「だから言ったでしょう、ただの脳震盪だから心配いらないと」
女の人とは反対側、僕を見下ろし立っていたのは白衣を着た中年男性で、保健医のスズミ先生だった。つまりここは僕が通っている学園の保健室で、そしてなぜか僕はベッドに寝かされている……。一体なにがあったんだ?
「アイゼン君、気分はどうだい」
「頭が……痛いです」
「だろうね、竹刀とはいえ防具もなしで打たれたそうだから。診たところ外傷はないが、もうしばらく安静にしていなさい」
それだけ告げると、先生は他のベッドに横たわる人達の方へ行った。
そうか、竹刀か……。今日の剣術の授業中、他の生徒達がケンカをし始めて、近くにいた僕は巻き添えの一撃を食ったんだよ。まったくツイてない。
うん、それは理解した。だとして、今も僕の手をにぎったまま付き添っているこの女の人は誰なんだろう? もしかして僕、記憶喪失にでもなったのかな、全然思い出せないんだけど。 仕方ない、ここは失礼を承知で直接本人にたずねるしかないよね。
「ええっと、訊きたいことがあるんですが」
「なんでしょうか? リアン様に危害を加えた者達ならば、すでに粛清しております。尋問の結果も背後関係について怪しい点はないようですので、ご安心ください」
「うん? シュクセイってなに? あと、者達って……、殴ったのは一人じゃなかったの?」
耳慣れない単語に不安がよぎる。
「実行犯一名と、他に騒動に加担した生徒二名、そして現場にいながら安全監督義務を怠った教師のあわせて四名それぞれ、しばらく動けないようにしておきました」
「動けないようにって、どういう……」
理解が追いつかずに問い返せば、答えたのは女の人じゃなくてその後ろ、というか左隣のベッドに横になった、全身を包帯グルグル巻きにされた人だった。
「……気絶したおまえを介抱してるところに彼女が乗り込んできてな、問答無用で投げ飛ばされた。それから肩やら足やら関節を外されてなぁ……痛さで失神する度に、指の骨を折られるのくり返しだった」
恐怖に震えながらしぼり出された声は教官のものだった。
「ま、まさか!?」
顔を上げてまわりを見れば、同様にベッドでうめき声をもらす包帯人間の姿が三つあった。
「あんた一体なにしてくれてんですか、やりすぎです!」
いくらなんでも竹刀の一撃に対して、ここまでの報復なんて常識的にありえない。なにより生徒だけならまだしも、教官にまで手を上げるとか、今後の僕の立場がない。学園から退学追放されてもおかしくないし------というより、普通に逮捕されるレベルの傷害事件だよ!
「っ……申し訳ございません! わたくしがもっと早くお迎えにあがっていさえすれば、事件を未然に防ぐことができたはず。不徳の致すところ、リアン様のお叱りはごもっともです」
いや、反省する点がズレてます。あなたが暴れさえしなけりゃ面倒なことにはならなかったんですが。「あと今さらで悪いんですけど、どちら様ですか?」
もうストレートに訊くよ。知り合いにこんな非常識な美人がいたら絶対に忘れられないはず………………いや、逆に忘れたいかもしれない。
「申し遅れました、わたくしはアイゼン家にお仕えするオウカ家の三女、ドゥミアナ・オウカと申します。この度リアン様の警護という大役を仰せつかりました。粗忽者ゆえ至らぬ点も多々あるかと存じますが、全身全霊をもって命にあたり、家名に恥じぬよう働く所存でございます。いかようにでもお使い潰しくださいませ」
この堅っ苦しいセリフを意訳すると、『私はドゥミアナ、今日からあなたのボディ・ガードなの。ちょっとそそっかしい性格だけど、実家のメンツのためにがんばるわ! 人権とか労働基準法とか気にせずに、なんでも命令してちょうだいね!』的な感じだと思う、たぶん……。
そこまで言ってくれるのなら、遠慮しなくてもいいよね。
「今すぐ帰ってください」
お引き取りください、これ以上あなたとは関わり合いになりたくありません。僕のモットーは『平穏無事』です、騒動に満ちた人生なんていりません。せめて人選を変えて出直してほしいとの気持ちをたっぷり込めて、お断りさせてもらいました。
「かしこまりました」
あっさりとOKしてくれるドゥミアナさん。にぎっていた僕の手を離して立ち上がった。意外とものわかりが良い人なのか、はたまたヤル気がないだけなのか。どちらにせよ僕としてはありがたい。
「しばし失礼致します」
言うなりドゥミアナさんは両腕で僕を軽々と抱き上げると、お姫様だっこで歩き出した。
「うわッ!? なにするんですか!」
「ご命令のとおり、今すぐ領地に向かいます」
「いやあの、そういう意味じゃなくてね!? 僕はここに残って------」
「リアン様の荷物はすでにまとめて馬車に積み込み終わっておりますので、ご心配にはおよびません」
「なに勝手なことしてんの!? せ、先生! 教官! この人を止めてくださいッ!!」
助けを求めて視線を向ければ、露骨に顔を背けられた。
「生徒の危機を見逃すんですか、あんたら!」
「私は患者の手当てで忙しい」
「そもそも俺は今動けん」
……すいません、うちの家臣がご迷惑をおかけしました。
「リアン様。わたくしの護衛では心許ないやもしれませんが、万一の際にはこの身を盾としてお守りする覚悟はできております。どうかしばらくのご辛抱を」
ドゥミアナさん勘違いしてます、僕が激しく怯えてるのはあなたに対してです!
こうしてこの日、僕の学園生活は終わりを告げた。