第2話
ピンポーン
ピンポーン
夜。
月明かりだけが光源の薄暗い、織田切家のリビングにインターホンのチャイムが不気味に鳴り響く。
「……」
黙ったまま玄関へ向かう織田切 鞠真。
「ちょ、ちょっと、お姉ちゃん! 」
妹の史莉が声をかけても何も言わないで行ってしまう。
「「……」」
ただ顔を見合わせる史莉と、史莉の使い魔である青毛の子猫、ケッちゃん。
『居留守使っても無駄ですよ〜天使さまからここにいるって教えられてるんで〜』
織田切家の玄関前。
二人の少女がインターホンの前に立っている。
その出で立ちは二人共白いフリルのたくさんついたゴスロリ風で、片方は緑、もう一人は黄色を基調とした服を着ている。
二人の手には先端がたくさんの宝石で装飾されている杖。
ツンツンベリーショートの黒髪を一部分だけ緑に染めている、緑の服を着た見るからに喧嘩っ早そうな少女が、イラついた態度で再びインターホンを使う。
「あの!私達は!ここぶっ壊してもいいんですけど!近所迷惑だし困りますよね?!大人しく開けてくれませんかね?! 」
今にも扉を壊そうとするような圧のある声が外に響く。
しばし待つと、ふいに開く玄関の扉。
「私達の邪魔しないで」
外にいる2人の少女に、敵意剥き出しの眼差しを向けながら言い放つ鞠真。
「いいねぇ〜!その眼!そうじゃなくちゃ! 」
緑の服を着た少女が乱暴に、そして嬉々として答える。少女の言葉に面食らう鞠真。
「……」
「ま、募る話は『あっち』でしよっか?星加? 」
緑の服を着た少女が、自分の後ろにいる黄色の服を着て、長い黒髪を大きな黄色いリボンでポニーテールに纏めた、大人しそうな少女に声をかけると、
「……キリカが自分でやればいいじゃない……」
と憮然としたか細く、抑揚のない星加の声。
「忘れちゃったのよ〜!だから、お願い! 」
「……もう……キリカはいつもそう……」
星加は服のポケットから、七色の卵みたいな不思議な物体を出した。卵を床に叩き付けるように割ると、世界を飲み込むような勢いで七色の虹が広がり、やがて虹はまるで絵の具が乾くように定着し、丁度体育館ほどの空間を作り出した。
「虹の卵、シャドウが人間と融合しきって怪物になった時に、回りに被害を出さないようにするアイテム……って、知ってるよね? 」
楽しそうに説明するキリカ。
「お姉ちゃん……」
鞠真は後ろから不安そうな妹の声を聞く。
「史莉……」
ゆっくりと近付いてくる左肩にケッちゃんを乗せた史莉。
「……大丈夫、みたいね? 」
「何が?」
キリカが鞠真達に向けて呟き、反射的に鞠真がきつい口調で返す。
「天使さまから、あんたたちがシャドウに侵されて、悪意が膨張して、こんなことをしてるんじゃないかって確認するように言われたから、まあ魔法少女である以上、天使の力で守られてるから大丈夫だとは思うけど、新種の可能性もあるからって」
「……私達を傷つけるのは、『悪い事』じゃないんですか? 」
鞠真の後ろから、怯えた史莉の声が聞こえた。
「妹さん?史莉ちゃん……だっけ?あんた大事なこと忘れてるよ」
「……」
「あんたたちをぶっ殺しても止めるように言ってきたのは、他でもない、天使さまなんだからな」
ニヤリと不気味な笑みを浮かべるキリカ。
その背後から魔力が高まっていく気配を感じる。それに気付いた鞠真、史莉、キリカ。
3人が一斉にそこを見ると、星加が自らの杖を構え、左肩には小さいおじさんのようなが乗っていて、手に持った鉈を舐めながら何やら吠えている。
「早くあいつらをミンチにしちまおうぜぇ〜!フェフェフェ! 」
「……ドワちゃん、うるさい……」
杖から魔法が放たれようとしたその時、キリカが止めに入る。
「……なに?……」
憮然とした星加の声を無視するかのように、キリカが鞠真に声をかける。
「変身しろよ」
「……? 」
「妹ちゃんはもう変身してるし、あんただけ生身って不公平だろ」
まったくもう……という表情の星加。
「あんたには2つしか選択肢がない、オレらに黙って殺されるか、その力でオレらに贖うか、だ」
「……あたしは、必ず、お兄ちゃんの仇を取る」
鞠真の瞳に、力が宿る。
「邪魔をするなら、あんたたちも、天使も、ぶっ殺してやる! 」
鞠真が掲げた杖から光が迸る。
「そうこなくっちゃな!シャドウとの追いかけっこなんてもううんざりなんだよ! 」
キリカが喜びで打ち震える。
鞠真の持つ杖の先から赤い光のリボンが出現し、体を包んでいく。
やがてリボンが纏まり、ハートの形を作り、弾ける。
無数のハートの中から、真っ赤なゴスロリ風の服を着た鞠真が現れる。
突然鞠真が感じたのは、まるで地震のような揺れ。
地面が鞠真に向かって一直線に割れる。
その割れ目から巨大な岩が突き出し、鞠真の目前に迫る。
「……地割岩槍……」
星加から放たれた魔法。
「くっ……! 」
「お姉ちゃん!……ケッちゃん!水流防壁! 」
鞠真の足元が一直線に割れ、そこから水の壁が吹き出し迫る岩から鞠真を守る。
「史莉、サンキュ!」
「水の壁か!妹ちゃん…あんた器用だな!」
楽しそうなキリカの後ろで歯軋りの星加。
杖を構え直し戦闘モードになる鞠真の後ろで史莉が叫ぶ。
「お姉ちゃん……!私戦えないよ!……相手がシャドウでもないのに、人となんて……戦えないよ!」
「史莉……」
再びの地響き。
鞠真の思考を遮るように、今度は史莉に向かって地割れが迫る。
今度は史莉の足元に自ら水の壁を作り、鋭い岩の矢を防ぐ。
「まずは、器用な妹ちゃんからだなぁ〜」
杖をまるで剣を持つかのように短く持ち替えたキリカが史莉に近づく。
「史莉!」
鞠真も杖を剣を持つように短く持ち替えながら史莉の前に立つ。
「ドラちゃん」
「ほいほ〜い」
キリカが自分の左肩辺りに声をかけると、とぐろを巻いた小さなドラゴンが突き抜けた明るい声と共に出現する。
「「台風剣」」
キリカの杖の周りがまるで竜巻に巻かれたようになり、剣を形作る。
それこそ大きさは杖を1回り大きくしたぐらいだが、風の勢いは触れた瞬間に切り刻まれそうなほど強く感じる。
思わず鞠真も杖を剣のように構える。
「ケルち……!……火炎剣!」
刹那、鞠真の杖から黒い炎が暴れ狂うように吹き出し、鞠真の右手ごと焼く。
「うわあああああ!! 」すぐに魔法をキャンセルする鞠真。
辺りに広まる焦げ臭い匂い。
杖が持てなくなり、カランカランと乾いた音を立てて杖が床に落ちる。
「キャッハハハッ!!お姉ちゃんなのに知らないのかよ?!使い魔がいないと、お前の魔法力とエレメントのバランスが取れなくて暴走するんだよ!! 」
知らないはずなかった。
ただ、この力は自分の力だ。と思い込み過ぎていた。
鞠真の頭に過ぎる、自分の使い魔との記憶。
自分の使い魔が焼けた時の、焦げた匂い。
「うっ! 」
激しい嘔吐。
気持ち悪い。
動かない右手。
左手で口を押さえる。
「うわっ!こいつ汚ねえ! 」
オーバーなリアクションで避けるキリカ。
気持ち悪い。
ただ、気持ち悪い。
『ケルちゃん……ごめん……! 』
そうしている間にも星加の魔法は連続で史莉を攻め立てる。
やっとの思いで水の壁で防ぐ史莉。
「ねぇ!なんで私達にこんなことするの! 」
叫ぶ史莉に対し、静かな苛立ちを込めて星加が返す。
「……天使様に逆らうなんて、愚かなで哀れ……あなた達は、私達が……消す……」
「星加に何言ってもダメだよ。そいつんちは教会で、親もねーちゃんも生まれながらの信仰者だ。そいつにとって天使様は絶対なのさ。さて……もう飽きたし、そろそろ終わりにしようか。お姉ちゃん」
小型の台風を纏った剣が鞠真に迫る。
「……! 」
「お姉ちゃん!! 」
史莉は考える。
「……そうだ……! 」
ケッちゃんとシンクロし、魔法力を高める史莉。
その間、水の壁が消えている。
「……そろそろ死んで……」
無数の岩の矢が下から前から史莉に迫る。
「「水流防壁!!! 」)
さっきまでは人ひとり守るぐらいの大きさだった水の壁が体育館ぐらいのこの空間を切断するように、鞠真と史莉、キリカと星加を分断する。
「……! 」
「妹ちゃん、やりおる」
「お姉ちゃん!! 」
右手を痛そうに抑える鞠真を壁際まで連れてくると、史莉は切れそうな魔法力を高めて、圧縮し、唱える。
「「水圧銃!! 」」
杖の先から放たれた圧縮された水のレーザーがくすんだ虹色の壁を縦一直線に切り裂き、空間に裂け目が出来る。
『方角はこっちであってるはず……』
「お姉ちゃん、行って! 」
「し、史莉も一緒に…… 」
「私はあの二人を止めておくから早く行って! 」
グチュグチュと音を立てて少しづつ壁が元に戻りつつある。
「でも……」
「いいから早く!! 」
無理矢理に壁の切れ目に鞠真を押し込む史莉。
逆らいたいのに腕の痛みが酷く逆らえない。
「し、史莉!! 」
「大丈夫だから……ね」
優しく笑う史莉。
「史莉……」
ポンと切れ目の外に鞠真を押し出す史莉。
「しえ……」
鞠真と鞠真の言葉を飲み込んだ切れ目が完全に元に戻る。
『さっき魔法で見た方角はあっちであってるはず……お願い、私の魔法、お姉ちゃんを……』
バッシャア!
空間を分断していた水の壁がただの水に戻る。
「おい、妹、お姉ちゃんをどうした」
「……妹ォ……」
「さあ?どこいっちゃったのか……いつも勝手にどっかいなくなっちゃうんで」
♦️ ♦️ ♦️
「ここ……どこなんだろう……あの空間は異次元だから、違う街に出たのかな……」
変身が解けて制服姿の鞠真は焼けた右腕を押さえながら、夜の住宅街を歩いていた。
「うっ……!」
痛みに耐えかねてその場に倒れ込む鞠真。
『史莉……無事でいて……史莉……! 』
「こんな所にいたのかよ、『お姉ちゃん』」
「……いた……」
倒れている鞠真を夜の空に浮かびながら見下ろしているキリカと星加。
鞠真に見つけ、近づき介抱する女性の影。
「チッ!一般人に見つかっちまったか……どうする星加ぁ? 」
「……大丈夫……」
「へっ? 」
「……あの女の人……シャドウに心を蝕われてる……怪物になるのも時間の問題……」
朝。
「う、う……」
ベッドの上で目覚める鞠真。
腕は包帯を巻かれ、治療されている。
見知らぬ部屋。
ピンクのカーテン、タンスの上のぬいぐるみ。
ここが女性の部屋であることはかろうじて分かる。
「あ、目が覚めた? 」
となりの部屋から聞こえてくるどこかで聞き覚えのある声。
タッタッと軽い足取りで大人の女性が現れる。
「びっくりしたよ。鞠真ちゃん腕怪我して家の前で倒れてるんだもん」
美恵さん……
怜李美恵さん。
お兄ちゃんの、彼女だった女……。
続く