第1話
プロローグ
「やっ! 」
「はあっ! 」
夜の闇を意気揚々と声を上げながら屋根から屋根へ、屋上から屋上へ、およそ常人とは思えぬ速度で飛ぶように走る二人の少女。
その出で立ちは二人共白いフリルのたくさんついたゴスロリ風で、片方は赤、もう一人は青を基調とした服を着ている。
二人の手には先端がたくさんの宝石で装飾されている杖。
走る二人の先を逃げるように飛んでいるのは、カラスぐらいの大きさで2つの小さな目を持つ黒い塊。片方はただの黒い塊だが、もう片方は岩のようにごつごつしていて見るからに硬そうだ。
「ケッちゃん! 」
青い服の少女が自分の肩の辺りに声をかけると、青毛の子猫が顔を出し、
「はい」
と冷静に答える。
「「水圧粉砕」」
シンクロする青い服の少女と子猫。
走りを止め呟き自らの杖に力を注ぐと、少女と子猫が青いオーラで包まれ、杖から無数の鞭状の水がしなり、猛スピードで2つの黒い塊を絡めとり、動きを封じる。
一方の黒い塊は絡めとられたその圧力で潰されて、鈍い声を上げながら光になって消滅したが、岩のような塊のほうは動きを封じられただけで脱出しようともがいている。
「くっ……このシャドウ……硬い!……お姉ちゃん!」
「まかせろ!オルちゃん! 」
「おうよ! 」
お姉ちゃんと呼ばれた赤い服の少女もまた、自分の肩に向かって語りかけると、赤毛の子犬が顔を出した。
「「火炎波動!! 」」
シンクロする赤い服の少女と赤毛の子犬。
少女が自らの杖に力を注ぐと、少女と子犬が赤いオーラを纏い、真紅の火炎が杖から放たれる。
しかし、岩のような塊に届く前に消滅してしまう。
「ありゃ? 」
「『こっち』はお姉ちゃん……やっぱ苦手だね? 」
「鞠真、やっぱお前修行が足りないぜ」
と子犬が笑う。
「史莉もオルちゃんもうっさい!私はやっぱ」
再び走り始め、赤い服の少女は岩のような塊に向かって跳躍する。
「こっちのほうが得意!! 」
杖を短く持ち直し、両手で頭上に振りかぶると、杖の周りに発現した真紅の炎が剣のような形になる。
「とおりゃああああ! 」
掛け声をあげながら岩のような塊を一閃すると、真っ二つになってそして、塊は光になって消えた。
「火炎剣」
「イエーイ! 」
「お疲れさま、お姉ちゃん」
ハイタッチをする二人の少女。
「ケッちゃんもオルちゃんもお疲れさま」
「いえ」クールに返す子猫。
「おうよ!」とドヤ顔の子犬。
子犬以上にドヤ顔の鞠真。
魔法少女姉妹と使い魔2匹。
こんな日々がずっと続くんだろうな。
そんなことを漠然と思っていた。
今日、この日までは。
第1話
織田切 鞠真は夢を見ていた。
妹の史莉と二人、天使からお願いをされた。
人に巣食い、悪意を増長させる『シャドウ』から人間を守って欲しいと。
魔法少女としての素質がある二人にしか出来ないと言われ、力を与えられた。
この力を『悪い事』に使ってはならないとも言われた。
使ってしまえば、必ず災いが降りかかるとも。
それは過去の記憶。
本当の物語。
「お姉ちゃ〜ん!そろそろ起きないと遅刻だよー! 」
制服の上にエプロン姿の史莉が階段の下から2階の部屋で寝ている鞠真に向かい、おたまをフライパンに何度も打ちつける。
「起こしてこようか? 」
リビングから男性の優しい声が聴こえる。
ダイニングテーブルに座り食後のコーヒーを飲みながら、眼鏡をかけ、背広を来た男性が史莉を気にかける。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。オルちゃんが起こしてくれるでしょ。ねー、ケッちゃーん」
史莉は兄・優馬の足元でくつろぐ青毛の子猫に向かって話かけるが、ケッちゃんはどこ吹く風だ。
「痛い痛い痛い! 」
頭を赤毛の子犬にかじられながら物凄い勢いで階段を駆け下りてきたパジャマの鞠真。
何とか子犬を払い除ける鞠真。
回転しながら綺麗に着地する子犬。
「何すんのよ!オルちゃん!! 」
「ワンワンワン!『鞠真!お前が起きねーのがわるいんじゃねーか! 』」
「起こし方ってもんがあるでしょ!まったく昨日はあんな時間から出るし、あたしだってあんまり寝てないんだから」
「お姉ちゃん! 」
ハッと自分の失言に気付く鞠真。
「鞠真」
優馬の声。
「な、なあに?お、お兄ちゃん…」
冷や汗タラタラの鞠真。
「……鞠真は凄いな」
「「は? 」」
シンクロする鞠真と史莉。
「いや、オルちゃんの言葉が解るとかやっぱり凄くないか?鞠真はそういう才能があるのかもな」
「あ、ははははは、ま、まあ何となくね〜あはははは」
ホッと胸を撫で下ろす史莉とオルちゃん。
「はあ」と深い溜息をつくケッちゃん。
「じゃあそろそろ行くな」
「行ってらっしゃい」
とハグをする優馬と史莉。
「なっ……! 」と顔を赤らめる鞠真。
「ほら、鞠真も、おいで? 」
両手を鞠真に向かって広げる優馬。
鞠真は自分の顔を見られないようにうつむきながら、小さく「行ってらっしゃい…」というのがやっとだ。
「最近冷たいぞー鞠真ぁ」
いたずらっぽく優馬が言う。
「こ、高校生になって、そ、そんなことやってられないの〜!まだ中学生の史莉とは違うの〜! 」
「私はもっとぎゅーってしてほしいな! 」
優馬に甘えるように抱きつく史莉。
「なっ、なっ……! 」
更に顔を赤らめる鞠真を見て優馬がふふっと笑う。
「な、なによぉ」
「まあ、鞠真のそういう所がかわいいんだけどな」
鞠真に微笑む優馬。
「う、うっさいわね! 」と更に顔を赤らめながら、鞠真はそう返すのがやっとだ。
ニヤニヤするオルちゃん。
「じゃあ、鞠真、史莉、行ってくるね。今日は早く帰れると思うから」
「行ってらっしゃい! 」
「い、行ってらっしゃい……」
優しく二人に微笑む優馬。
「に、しても危なかったあ」
鞠真をジト目で見ながら史莉がぼやく。
制服の鞠真と史莉、学校までの道を二人で歩いている。
「いいじゃない、何とかごまかしたんだし」
あっけらかんと鞠真が答える。
「全然ごまかしてはないけど……いい、解ってると思うけど、私達が魔法少女っていうのはお兄ちゃんにも秘密の秘密なんだからね! 」
「解ってるわよ……わかったわかった、これから気を付ける!……それにしても史莉ちゃんの能力凄いよね〜シャドウの気配だけは私も解るけど、ちゃんとした場所まではわからないもん、やっぱ占い得意なのも関係あるのかな? 」
「えへへ……」
「私が財布無くした時も探してくれたし、人も探せるんでしょ?凄いよね〜」
「えへへへへ〜って、話変えてもダメ! 」
「史莉ちゃんキビシイっす……」
「今日はお兄ちゃん早く帰ってくるって行ってたから、ご飯たくさん作っておかないとね〜」
「私も手伝う! 」
「いいよ〜お姉ちゃんに手伝ってもらっても時間かかるだけだもん」
「え〜手伝うって言ったら手伝う〜! 」
「もう〜一度言ったらきかないんだから……」
困った顔をしながらも楽しそうな史莉。
妹にねだる鞠真。
その日の夜。やっぱり時間が余計にかかりながらも、二人で優馬の大好きな唐揚げを二人で作った。
たくさんたくさん作った。
しかし、どれだけ待っても、兄は帰ってこなかった。
そして知らない男性から電話がかかってきた。
電話に出た鞠真も詳しくは覚えていない。
「優馬さんが、事故で亡くなりました」
そう言われた事以外は。
史莉はいつまでも泣いていた。
優馬が運ばれた病院でも。
お通夜の時も。
出棺の時も。
鞠真は他に家族もいない為、ひとりで兄の葬式をしきった。周りの大人たちも手伝ってくれたが、誰よりも動いた。
そうしていないと、負けてしまいそうだった。
信号無視の車に引かれて、即死だった。
幸い顔は傷ついておらず、柩の中の兄は綺麗な顔をしていた。
初七日を迎えても、犯人は未だ見つからなかった。
その夜。
鞠真たちの家。
仏壇には両親の写真と、優馬の写真。
「仇を打とう? 」
優馬の写真から目を逸らさず鞠真が呟く。
「えっ? 」
壁際で塞ぎ込んでいた史莉が顔を上げる。
「史莉の能力を使えば、犯人を見つけられる」
「そ、それはそうだけど、でも……」
「史莉は見つけるだけでいい。見つけてくれれば、私の炎で焼き殺」
「それは駄目だ! 」
オルちゃんが鞠真の言葉を切り、叫ぶ。
姉妹の視線が子犬に集まる。
「天使さまにも言われただろ!魔法少女の力を『悪い事』に使っちゃいけないって!使ったら災いが降りかかるって! 」
「……復讐って『悪い事』なの? 」
「えっ?」
「仇を討つ。ってそんなに悪い事なの? 」
鞠真の瞳から静かに悲しみが溢れる。
「鞠真…… 」
「お姉ちゃん……」
「……」
ケッちゃんも黙って鞠真を見ている。
「で、でも、駄目だ!やっぱり人殺しは」
「五月蝿い」
オルちゃんのことばを
いつの間にか杖を手にしていた鞠真がオルちゃんに向かって杖を突きつける。
刹那オルちゃんが黒い炎に包まれ、焼かれる。
「ま、まさか炎の魔犬として生まれたオレが炎に……やかれる……なん……」
真っ黒な消し炭になってオルちゃんは消えた。
「……」
俯いたままの鞠真に、史莉が話かける。
「お、お姉ちゃん……? 」
「ぶっ殺そう? 」
「お姉ちゃん? 」
「二人で、お兄ちゃん殺した犯人、ぶっ殺そう?」
その表情から姉にどんな感情があったのか、史莉には全て読み取ることは出来なかった。
『お姉ちゃん……』
「……わかった。私も手伝う。お兄ちゃんの仇を討つ」
「史莉……! 」
「ケッちゃん、ケッちゃんはどうする?」
史莉の声に交じる冷たさを使い魔の子猫は感じる。
「わ、私も手伝う。私も、優馬にはやさしくしてもらった。それに……」
「それに?」
「天使さまがこのまま黙っているとは思えない」
天界。
真っ白な雲一面の世界。
沢山の天使たちが、人間たちが笑顔で行き交う。
その奥、格式高き神殿の更に最深部。
6つの翼を持つ天使がその身ほどに大きな鏡に向かって話しかけている。誰かと通信をしているようだが、テレビ電話のように相手の姿が見える訳ではなく、波打つように動く鏡の表面から相手の声だけが聴こえる。
「というわけで、二人の魔法少女を止めてほしいのです」
『ケッ!天使さまに逆らうなんて、罪深いヤツらだなあ』
静かに、それでいて諭すような声の天使と話しているは少女なのだが、その声は少女とは思えない程荒々しい。少女は続ける。
『んで、当然……』
「はい。魔法少女の力を『悪い事』に使わせる訳には行きません。その為なら方法も問いません」
『そいつらがどうなろうとも? 』
「……」
『よっしゃ!それが聞きたかったぜ! 』
『……天使さま、私達に任せて。どんな手を使っても止めてみせます』
最後にまた違う少女の声が聞こえ、それで通信は途絶えた。
「ふぅ……」
疲れたように椅子に深く腰掛ける六翼の天使。
「……」
その視線は下界に向けられていた。
「……探索方矢」
魔法少女に変身した史莉が杖を地面に立てると、魔法陣が浮かび上がり、やがて杖が静かに水平に浮き、ルーレットのように回り、一つの方角を示し止まった。
「こっちなんだね?史莉? 」
「……う、うん……」
「じゃあ行こう」
「……」
鞠真を見つめる史莉。
「……? 」
鞠真を見ている史莉のその表情に、違和感を覚えるケッちゃん。
ピン…………ポーン
ピン…………ポーン
ふいに家の呼び鈴が静寂を切り裂く。
「……? 」
疑問に思いながらも、インターホンに出る鞠真。
「はい? 」
『天使さまからの使いです〜!あなたたちをぶっ殺してでも止めるよう言い使ってきました〜! 』
つづく