5話
遙斗の心情は穏やかではなかった。定期は持っていなかったがICカードを持っていたため、交通費の方ではなんの問題もなかった。ではなぜか。それは、今遙斗の隣を歩いている風琴に関してのことだ。遙斗は風琴に好意を持っている。幸斗にはそれを気づかれており、そのことでたまにからかわれるのだがそれはまだかわいい方で。今、風琴をわざわざ電車に乗り、送る、ということに幸斗にされてしまった。もちろん一緒に帰れるのは嬉しい。だがこれは少しハードルが高すぎではないか、と遙斗は思うのだった。
「風宮君、わざわざ送ってもらって…ごめんね」
風琴のボブくらいまでの黒髪が揺れる。あまり表情の変わらない風琴だが、今は申し訳なさそうな顔をし、目を少し下げ、遙斗を見るのだった。身長差的に遙斗から見たら上目遣いで見られているように錯覚する。それにまた顔に熱が上ってくるのが遙斗にはわかった。
「いや、別に…大丈夫だし、ちょっとこっちの駅にも用があったからいい」
顔が赤くなっているのをバレないようにそっぽを向き、少し無愛想に話してしまった。だが風琴はそんなことは気にはしなかった。送ってくれるだけで有難いと感じているのだろう。
「そうなの…?それならいいんだけど…」
少し声が明るくなったように聞こえた。遙斗はその様子に安堵し、会話を始めようとする。
「おう。こっちの駅の近くに自転車専門店があるだろ?そこに行きたくってさ〜」
遙斗の趣味の1つは自転車だ。それもかなりの専門的な用語もかなり知っており、物知りである。
「あぁ、あそこか〜。兄さんがこの前行ってたよ」
風琴の兄も自転車好きで、よく遙斗と話しているらしい。風琴自身はそこまで自転車には詳しくないが、デザイン関係よりはパーツの一つ一つの性能を知りたい方らしく、よく話を聞いている。
「そうなの!?また今度話さないと…」
ちなみに、遙斗は風琴の兄に風琴に好意を持っていることがバレている。知られたときの遙斗は数十分固まっていたらしいが。
「兄さんも風宮君と話すの楽しみにしてると思う」
クスクスと笑いながら風琴が言う。好きなことの話をするときの風琴の表情は本当に穏やかで、楽しそうだ。
「よっしゃ!…あ、着いたな」
話しているうちに風琴の家に着いた。遙斗は心の中でもっと一緒にいたいと思ってしまった。
「うん、送ってくれてありがとう。また学校でね」
風琴は笑顔で遙斗に言う。遙斗はその笑顔を見てまた、自分が赤くなっていくのがわかった。
「じゃあね〜、気をつけてね」
「おう。んじゃな」
赤くなったのがバレないように、逃げるようにして遙斗は元来た道を走っていった。
その日、全員が家に帰り、ほとんどの人々が寝静まったであろう時間に、幸斗は伊緒里と遙斗に連絡したのだった。
今日の帰り、どうだった?と…
そして2人からの返事は、なかったのだった…
次の日幸斗は、伊緒里からはたくさん話したという嬉しい報告を。遙斗からは、この策士め!と、言われるのであった。
ありがとうございました!
次話もよかったらどうぞ!