掟破りの代償1
「クレハ様……」
肩を掴まれたフーリの額に汗が滲む。
この一瞬の時間が、フーリにはあまりにも長く感じてしまう。
振り返るだけですべてがバレる。
生きていてはならない自分が生きているのは、実の姉であるクレハの裏切りを意味する。
遠くでサラマンダーが叫んでいるが、その言葉もフーリの耳に入ることはない。
肩を掴まれた手に力が入り、フーリはカトルの方へと振り向かされる。
「なっ……!? ま、まさか、お前……フーリか?」
カトルは、目を見開きフーリの顔を見つめる。
昔の面影のある顔立ち。
クレハとは違い、ほんの少し幼さが残るフーリの顔。
カトル自身も幼少のころに1度は憧れた存在。
飛び抜けた成長力を持った突然変異型の固有スキルを持つフーリに。
だが、一つの事件以来、その輝かしい成長を見ることはなくなった。
クレハがフーリを療養などといろいろなことを盾に、表に出ることがなくなったからだ。
その後は、フーリ以上の能力を開花させたクレハに憧れを抱くようになった。
カトルはいろんな感情が目まぐるしく自身の心をかき乱す。
その一瞬の隙ができたことで、フーリは唇を噛み諦めていた心を奮い立たせる。
瞬時に足に魔力を凝縮させ、足場の枝をへし折る。
そして、そのままフーリは前方へと飛び出し、カトルと距離をとる。
動揺の隠せないカトルは、バランスを崩しながら地面に着地する。
その様子を目視できたイズナは声を大きく張って叫ぶ。
「カトル! またあなたはボーッとして……隙きをみせるなと……」
イズナは苛立ちながらカトルを睨むが、あまりにも様子がおかしい。
「どうなっているんだ……」
口元を抑えたカトルは、未だに動揺を隠せずに言葉が詰まらせる。
カトルの異常事態を察したイズナは、サラを鉄鬼で軽々と吹き飛ばし、そのままカトルの下へと降り立つ。
背後をとられないようにとカトルと背中合わせとなって。
「一体どうしたのよ……」
イズナは溜め息混じりにカトルへ言葉をかける。
「驚くな……よ」
「いいから、結果を教えて」
「フーリが……生きていた」
「なっ!?」
ありえないと言わんばかりにカトルの方を向くイズナ。
ミズチ一族の掟は絶対と言い聞かされてきた2人。
それも、2人にも兄弟姉妹がいた。
だが、2人のように強くなれずに里の掟で消された。
それが当たり前だと……。
クレハがそうしたのなら、自分たちもそうしなければならなかった。
そう言い聞かせなければ、精神がどうにかなりそうだった。
今までともに一族のために強くなることを競い、どのような苦難も乗り越えた。
だが、その裏でクレハの妹であるフーリは生きていた。
クレハはそれをひた隠し、今まで自分たちに嘘をついてきたことになる。
どうしようもない感情が2人を襲い、2人の魔力が禍々しく視認できるくらいに濃くなる。
「いたたた……。うぅ、簡単にふっ飛ばされちゃったよ。って、あれはちょっと……相手にするのは無理なレベル……」
草むらからカトルたちの様子を見たサラは、背筋が凍りつくような感覚におちいる。
頬が引きつり、苦笑いがこぼれた。
そのとき、横にフーリが降り立つ。
「サラちゃん、大丈夫?」
「フーリお姉ちゃん、大丈夫だよ。それより、あの2人の魔力が跳ね上がってる」
「うん……、多分だけど私たちだけじゃもう手に負えないと思う……」
サラはフーリに逃げることを提案するが、それは叶いそうにない。
カトルとイズナの行動で状況が更に悪くなる。
イズナもフーリの姿を確認した瞬間、言葉を紡いだ。
「全てを消し去り……、修羅の化身となれ……完全固有スキル――『傀儡人形――鋼鉄鬼神・羅刹』」
「全てを消し去り、殺戮の化身となれ……完全固有スキル――『傀儡人形――鉄鋼鬼神・刹那』」
2体の3メートルを超える真っ黒な鬼。
額に2本の角を生やし、どす黒い小手を両手にはめている。
腕の太さは人間と比べ物にならないほど太く、一撃でも喰らえばミンチになってしまうことが容易にわかる。
「フーリお姉ちゃん、逃げて……私が囮になるから」
「!? そ、そんなのできない!」
「フーリお姉ちゃんなら、一瞬の隙きを突けば気配を完全にわからなくできるよね」
「できると……思うけど、サラちゃんを置いてなんていけない!」
「もう! フーリお姉ちゃん、わがまま! いいの! 私が決めたんだから!」
互いにこの状況をどうにかしようと思うが、なかなか噛み合うことはない。
どちらかが犠牲になるほかないからだ。
それがわかっているからこそ、双方頷くことができない。
だが、時間は待ってくれない。
「掟を守った……俺たちが馬鹿みたいじゃないか……」
「私の弟を……返せ!!」
羅刹と刹那が動いた瞬間、大地が揺れる。
フーリとサラは、その動きに対処するとこができずに、ただ立ち尽くすことしかできない。
絶対的な力の前では、自身が小さく見える。
唯一できたことは、震えるサラをかばって一歩前に出ることくらいだった。
迫りくる羅刹と刹那から目をそらさずに、フーリは心の中で『クレハ』の名前を叫ぶ。
もう会えないという悲しみから、その心の声は悲痛な叫びとなる。
「紅蓮の焔の化身よ……我の前に現れろ……完全固有スキル『傀儡人形――炎皇王・鬼神童子』」
風を切る音などが聞こえる中、詠唱のこの言葉がその場にいる者たちの耳にはっきりと聞こえた。
フーリは、目の前にいきなり現れた鬼神に目を奪われる。
羅刹と刹那の攻撃を相殺して、蝶のような火の粉を辺りに振りまく。
4メートル級の焔の鎧を纏った黒い肌の鬼神。
真っ赤な鬣があり、2本の角が真っ白でそこだけなにか異質に感じる。
「間に合った……ようね」
間一髪と酷く焦った表情でクレハが現れ、フーリの下へと降り立つ。
その姿を見たカトルたちは、一瞬たじろぐ。
現ミズチ一族の族長でミズチの頂点に君臨する者。
弱肉強食の一族の中で、絶対的な強者だ。
「クレハ……お姉ちゃん……」
「ごめんね……フーリ。助けに来るのが遅れて……」
サラをかばって抱きしめていた上から、クレハは抱きしめる。
あと少し遅ければ思うと肝が冷える。
そして、カトルとイズナへと目線を向ける。
それだけで、足がすくんでしまう2人だが、フーリの件で言いたいことが山ほどある。
2人は震える体を気持ちでねじ伏せる。
「クレハ様……、説明をしていただきたい……。なぜ、フーリが生きているんです!」
「そうです! 私たちの……私の弟は……掟で処分されたのに!」
悲痛な叫びで涙を流しながら2人はクレハに問う。
クレハはその問いかけに、どう答えてよいかと眉間に皺がよる。
それを見た2人は、
「何も……答えてはくれないのですね……」
「それが……答えということよ。カトル……」
そう呟いた2人は、指先を動かし羅刹と刹那を操作する。
勝てない戦いとわかっていても心は矛盾する。
これで死んでもよいと。
口を開こうとして、クレハはやめる。
2人の目は、覚悟を決めた目であったからだ。
だから、鬼神童子を羅刹と刹那に対峙させる。
本気の2人に手加減などしてはならない。
2人に言えないもう1つの秘め事。
クレハは胸の奥にしまったまま戦いに身を投げるのであった。
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白亜の森の湖の前。
薫は、目の前の奇妙な現象に頬を引きつらせていた。
クッションのように空中に浮く水球に足を組んで座る水の精霊。
神々しく輝く水の精霊は、湖の水を全て使って大きな水球を浮かべてこちらを見ているのだ。
水の羽衣を着ており、見た目はウンディーネの姿を成人にした感じだ。
そして、その精霊からは敵対心の目を向けられているのが厄介過ぎる。
もう嫌な予感しかしない。
ダメプリンセスラビィことプリシラは、そんな大人ウンディーネに大きく手を振っている。
「あれぇ~、大精霊のニンフェルじゃないですかぁ。お久しぶりです! きゅっきゅ~!!」
プリシラの見知った者とわかり、一旦安心した薫であったが、それは直ぐに転げ落ちることになる。
ニンフェルはそのどデカい水球を変化させ、数百の槍にしてエリーゼ以外にぶん投げてきたのだ。
「おい! お前知り合いじゃないんか!」
「きゅっきゅ~!! なんで攻撃すんでしょうねぇ!! わかんないです! きゅっきゅ~!!」
薫とプリシラはあたふたとしていると、エリーゼが飛んでくる槍の前に立ちはだかってプリシラを守る。
すると、数百の槍が空中でピタリと止まる。
「ニンフェル様! この方はプリシラ姉様です! 攻撃したらダメ!」
「!?」
首を傾げて、ニンフェルはプリシラを下から上まで何度も見る。
何度も見るのだが、何か足りないといった感じだ。
プリシラはぴょんぴょん跳ねながら、何度も自身がプリンセスラビィのプリシラだとアピールする。
かなり必死でだ。
ニンフェルにジト目で見られながら、なぜわからないのかとプリシラ自身も首を傾げてしまう。
薫はもしやと思い、堅結びしたうさ耳を解いてみる。
すると、ニンフェルはプリシラだと認識した。
お前の本体は耳だったのかとツッコミを入れたくなる薫だったが、今は話がややこしくなるため自重した。
「なんじゃ……プリシラだったか」
「きゅっきゅ~♪ やっとわかりましたか。ニンフェル、お久しぶりですね」
「久しいものじゃなぁ。数百年ぶり……くらいじゃなぁ。それにしても、昔から変わらず騒がしいだけのダメラビィじゃなぁ」
「きゅ!!? 心外ですよ! これでもまだあの妖精の国を守ってるんですよ!」
「そうじゃったかなぁ……お主のことだから、あの国に引きこもって毎日好物のチョコでも摘んで、ぐうたらとしてたんじゃないのか? お主なら、契約した仲間の下へ直ぐに転移できるであろう? それを使って、好きなことをしていたのではないか?」
「きゅっ……」
ニンフェルの言葉に、ピンッと立っていた耳がオドオドとしだす。
まるで見られていたかのような的確なツッコミに、プリシラの余裕が消えてしまう。
それと薫の目線に気がついて、どんどんうさ耳も萎れていく。
このダメプリンセスラビィは生粋のダメラビィのようだ。
ニンフェルは、1つ溜め息を小さく吐いてから薫の方を向く。
「いきなり攻撃をしてすまない。こちらも契約上そうせざるおえないのでなぁ。それに、変な者が混ざり込んでいるから、余計になぁ」
ニンフェルは地面に転がっているモーリスを見て言う。
体に犯罪者の刻印の呪印が出ているからだ。
「それで、エリーゼがいるということは、向こうでの契約はすんだのか?」
「すまん、そこのことは俺から話をさせてもらえへんやろうか?」
薫は、ニンフェルにそう言うと。
じっくりと薫を見つめてから、
「ほう、よいオーラじゃな……。それと……そのゴミのようなオーラを出している奴のことも話をしてくれるのであろうな? 悪しき欲深いオーラ……大罪人と見て取れるが……」
「詳しく話はする。こいつの始末はその話を聞いてからしてもらう感じや」
水球の上に乗り、頬杖を突いたまま溜め息を吐いたニンフェルは、かなり面倒なことがあったのだろうとあたりをつける。
エリーゼもそうだが、この森を出て行くときとの変化が大きい。
色々聞かなければならないが、一度エルフの国まで帰ったほうがいいだろうと結論を出した。
「少し息苦しいと思うが、許してくれ。この方が運びやすいんじゃ。固有水精霊魔法――『水鏡・写し鏡』」
そう唱えた瞬間、ニンフェルは薫たちを突如現れた水の鏡に吸い込ませる。
いきなり異次元に放り込まれたため、焦る薫。
それに乗じて、プリシラはカオルニュウムを補充とばかりに抱きついてくる。
数度、脳天をチョップでしばかれ、プリシラはぐったりとその場で突っ伏した。
油断も隙もない奴だと思いながらも、薫は目まぐるしく景色が変わる内部を観察する。
水中をもの凄いスピードで移動しているのだと理解できる。
そして、数十分もすると目の前には森と一体なった大きな国へと着くのであった。
はい、見てくださっている皆様……お待たせしましたm(_ _)m
最新話やっとこさ書けました。
ボリュームが……ないやん!! ってのはすいません。
今までよく数日で、一話一万二千文字以上の文章を書いてやってたなと自身の奇行っぷりに脱帽。
今はなかなか時間が取れない状況です。
あと、宣伝もできてなかったですよ……。
本当に申し訳ないです。
はい、ちゅーことで、明日ですね。
天才外科医が異世界で闇医者を始めました。四巻の発売となります。
とらのあなさんで毎度お馴染みの特典もありますね。
表紙はドヤ顔ヒロインのアリシア&ピンクラビィと、もう一人いるんです。
まぁ、知ってる人は知っている。あの子ですよ。
いろいろと書き足しやら変更やらとでてんやわんやでした。
これからも更新が不定期になりますが、五千文字くらいで一話ならなんとか区切ってやっていけそうなかんじです。
それでも……いいですかね(´・ω・`)
更新しないよりかはマシかと思ってたりしてます。
そんなこんなで、これからも書籍版、ウェブ版ともどもよろしくお願いします。
次回は、アリシアの部分の続きを書いて……フーリの方を進める感じです。




