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動き出すミズチ

 太陽がさんさんと降り注ぐ中、薫たちはエリーゼの道案内で歩き続ける。

 出発して、1日が経過している。

 目的地まで、もう半分はこれている計算だ。

 現在、魔力強化をしているため、誰1人息切れを起こしていない。

 だが、若干1名がなんとも物欲しそうな目線をこちらへと向けているのだ。



「なぁ、プリシラ……。その飢えた獣のような目で俺を見んでくれへんか?」

「はっ!? なんのことでしょうか? 私はそんな目でなんて見てないですよ? じゅるり……」

「いや、今じゅるりって言ったやん……。なんなんや、お前は! 中毒患者か?」



 薫に撫でてもらえないのは仕方ないが、近づくことさえできない状況にプリシラはどんどん窶れて、目が座っているのだ。

 その横で、しっかりとホールドを掛けているエリーゼのせいで、まったく近寄ることさえできていない。

 薫が目線を向けると、直ぐにそっぽを向いて知らん顔をするのである。

 これは、エルフの国に行ったら下手すると仲間から攻撃されかねない。

 薫は、なんとかエリーゼからの敵意を和らげるために、手に棒付きのキャンディを取り出す。

 それをエリーゼに向けて振ってみると、目線だけがキャンディにいくのだ。

 興味があるのか、プリシラの横からこちらをちらちらと見つめてくる。

 そっと近づけるとプリシラの拘束を解いてじわりと一歩前に踏み出す。

 これは行けるかと思ったが、そううまくはいかなかった。



「パク! はぁ~、甘くて美味しいですねぇ~♪」

「……」



 プリシラが薫の手に持つキャンディをかぶりついているのだ。

 クイッと引っ張ると、プリシラが宙に浮く。

 どんな力でかぶりついているのかと……。

 そして、エリーゼはそのキャンディがプリシラにかぶりつかれている様子を見て、絶望の表情を浮かべるのだ。

 ちょっと、面白い表情だが笑ったら完全に関係に亀裂が入りそうなので、薫はキャンディのストックをエリーゼに渡す。



「ほら、もう1個あるからそんな顔したらあかん」

「!!?」



 そうすると、先程までの表情が溶けるように表情が柔らかくなった。

 柔らかくなったというが、ほんの少し頬が上がるくらいだが……。

 美味しそうに、口に頬張ってみたり、舐めてみたりしてキャンディを味わう。

 その表情を見られて恥ずかしいのか、エリーゼはまたそっぽを向きながら口を尖らせ「ありがと」と呟く。

 薫は、それを聞いて少しは警戒心が取れたかなと思うのだ。



「んで? お前はいつまで引っ付いてんねん」

「飴さんは甘いです。でも、カオルさんは激辛です……」



 腰に引っ付くプリシラを強引に引き剥がそうとするが、中々に剥げない。

 つい先程までならば、エリーゼが止めに入るのだろうが、今はキャンディに夢中だ。

 薫はそれを見て、どうしたものかと思う。

 エリーゼを飴で釣るのは上手くいったが、それによってプリシラの拘束が解けてしまい、かなり面倒くさい。

 薫に頬を擦りつけながら、プリシラはご満悦なご様子なのだ。



「今の内にカオルニュウムを補充しておかなくては……すりすり」

「どうでもええから……。は・な・せ!」

「やっです! 今離せば絶対にもう引っ付くことができなくなりますから、やっ! です!」



 ギリギリとプリシラは薫の引き剥がそうとするのを阻止してくる。

 苛立つ薫は、プリシラの両耳を掴んで手早く結んだ。



「はうぁ!?」



 両耳を固結びに結ばれたプリシラは、焦ったように耳を解こうとする。

 ちょっと涙目のプリシラ。

 拘束していた手はそれで外れたが、恨めしそうにこちらを見てくるのだ。



「きゅ~~~!? 固結びでとれません!!」

「きっちり結んだからなぁ。まぁ、頑張れよ」

「鬼です! カオルさんは完全に鬼と化しました! でも、それがいいんです!」

「……」



 プリシラの言葉に、もの凄く嫌な顔をする薫は、とりあえず先に進もうと思うのだ。

 こんなの相手にしてたら、いくら時間があっても足りはしない。

 だが、薫に何度も絡んでくるため、鬱陶しいことこの上ない。



「これでは、受信ができません……。きゅー!」

「お前の耳はアンテナか!」

「や、やめてください! 二重に結ぼうとしないでください!! きゅー!」



 薫とプリシラのことを見つめながら、エリーゼは喧嘩するほど仲がいいのかと首をかしげる。

 2人の関係は、ここ数日観察している結果がそれだった。

 そんなわけ無いだろと薫はツッコミを入れたいが、それどころではない。

 余計に絡みが強くなったこのダメプリンセスラビィは、成分を補充し切るまで薫にべったりと引っ付く。

 時折、片手で鏡を取り出し自身の結ばれた耳を見て、リボンのようです♪ と頬を赤らめるのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 にぎやかな町並み。

 人々が仕事や迷宮に向かう中で、アリシアは意気揚々と歩く。

 肩には白いまんまるとした小動物を乗せて。



「ふっふふん♪ ふっふふん♪」

「きゅきゅ~♪ きゅきゅ~♪」



 そんな鼻歌まじりに大きな商会の前に来ると、そこで立ち止まる。



「さぁ、今日も頑張りましょう! ね、スノーラビィちゃん」

「きゅ~!」



 にこやかな笑顔を向けて、扉を開けようとする。

 そんなとき、扉が先に開いて頭をぶつける。



「はうぁ!?」

「きゅ!?」



 少し勢いがあったため、アリシアは額を抑えながら縮こまった。

 ぶつけた額がひりひりする。

 涙目になりながらも、注意してなかった自身も悪いと思いその扉を開けた者に謝ろうとする。

 だが、その声を発する前に謝罪の声が聞こえてきた。



「ア、アリシア様!? も、申し訳ありません」

「うぅ~、アニスさんそんなに急いでどうしたんですか?」



 アリシアは小声で「2度目のおでこごっちんです」と溜め息を漏らす。

 むくりと立ち上がったアリシアに、慌てて耳打ちするようにアニスは喋る。

 誰かに聞かれたくないようだった。



「不穏な情報が入ったんです」

「ふ、不穏な情報ですか?」



 アリシアは、回復魔法を掛けながらその話を聞く。

 すると、昨日会ったナタリアに依頼を出した患者がいるということがわかったとアリシアに告げてきたのだ。

 昨日の話だと、あとがない患者が頼ると言っていたことから深刻な状況なのだろうとアリシアは思考を走らせる。

 だが、ここで治療院を開業して時間がたっているのに、そういった患者は入ってきてない。

 どのような病状なのかもわからないので、アリシアにはどうすることもできないのだ。



「とりあえず、中でお話します」

「はい」



 アリシアは返事をしてから、店内に設置されている治療院へとアニスと一緒に入っていく。

 2人共、椅子に腰掛けてからアリシアは口を開いた。



「えっと、その患者さんはどういった病状なのですか?」

「それが……そのような病状になったのは2日前からだそうです」

「あれ? そんなに最近なのですか?」



 アリシアは首を傾げて尋ねる。

 あまりにも早い診断だと思うからだ。

 治療師がお手上げ状態となるということは、緊急の病気になる。

 たらいまわしになって、体力回復魔法などでの延命かとあてをつけてからアニスの話を聞く。



「2日前から腹痛が治らないと言っているらしいんです。この街の治療師が診察をしたところ、治せる病気ではないと判断しました。年間で何十人も亡くなっている病気に類似すると判断したためです。私たちの独自のルートでの情報ですから、信憑性は高いです」

「そ、そんな……」



 アリシアは、その言葉を聞いて俯く。



「そんな中、裏ルートでナタリアさんが近くにいることがわかり、依頼を出したそうです。なぜ、そんな博打にでたのか……あの人は……」



 溜め息混じりにアニスは口にする。

 だが、生にしがみつくならその選択もありだとアリシアは思う。

 薫に賭けたように、アリシアもその患者の気持ちがわからなくはないのだ。

 しかし、そんな中1つの問題が浮上する。

 昨日見た研究資料にあった麻酔だ。

 あれでは効果が薄いため、患者に痛みが走ってしまう。

 それは、おぞましいほどに怖いとアリシアは感じてしまうのだ。

 フーリの手術を見たときにも思ったことだが、人間に刃を入れるということはかなりのダメージを負う。

 薫の指導でも麻酔でそういった痛みに対しての対処法で麻酔を教わっている。

 ちくりと包丁の先が指先に刺さっただけでも痛いのに、それをざっくりといくとなると当然だ。

 患者にとっては悪夢でしかない。

 痛みに耐えれないだろう。



「ど、どうしましょう……」



 アリシアは、その治療に失敗の文字が頭を過る。

 止めるにしても、どこの患者かわからない。

 それに、勝手に出て行って余計にいざこざにもなりかねない。

 だから、アリシアは薫に相談しようとフードの中ですやすやと眠るスノーラビィを取り出し、優しく揺すって起こす。



「きゅ……きゅ~? きゅ~!?」

「眠っているところすみません……。スノーラビィちゃん、カオル様と連絡を取りたいんです。力を貸してください」

「きゅ!!」



 アリシアの真剣な目に、スノーラビィはまかせてと言わんばかりに耳をピンと立てる。

 そして、少ししてもそのピンと立ったまま返信がないのか左右にウロウロしてくる。

 アリシアは、いつもと違う様子に首を傾げた。

 焦っているのか、テーブルの上で右往左往するスノーラビィをアニスはちょっとデレッとした目線をむけていた。



「きゅ、きゅ……」



 悲しそうに鳴くスノーラビィは、どうしようと耳をへにょらせる。

 プリシラと交信ができないと言っているかのようだ。



「お忙しいのでしょうか……。どうしましょう……」

「アリシア様がどうにかできませんか? その患者さんですが……、私のお得意様でもあるんです」

「その……難しいかもしれません……。病状がわからない状況での治療は、なんの効果も発揮しませんから……」



 アリシアの言葉に、アニスが「そうですか……」と少し暗い表情になる。

 だが、アリシアはそんなアニスに笑顔を向けて口にする。



「でも、回復魔法で少しでも延命できるのでしたら、私がその役目をしたいと思います! 私の魔力保有量は多いですから」



 そう言って、アニスを見つめる。

 その笑顔にほんの少し明るくなるアニスに、アリシアは今できることをしようと思うのだ。

 薫と連絡が取れない今は、そうするしかない

 首にかけたペンドラグルをギュッと握りしめて、アリシアは患者の情報をアニスから聞くのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 草木が覆い茂っている森の中に、気配を溶け込ませるようにして移動する者たちがいる。



「むぅ……、フーリお姉ちゃん早いよ!」

「あ!? ごめん……サラちゃん」



 フーリはそう言いながら、枝の上に華麗に着地する。

 ふわりと浴衣がなびくが、枝からは葉っぱが落ちることはない。

 そして、少し後れてサラマンダーもその枝に着地した。

 ドレスアーマーをひらひらとさせ、頬を膨らませてフーリを見上げてくる。

 いつも通りの勢いで移動していたため、完全にスピードではサラマンダーよりも勝っていた。



「フーリお姉ちゃんを見失うと、全く気配がつかめないんだからね!」

「うぅ……、怒り過ぎだよ、サラちゃん……」



 腕を組んだシャラマンダーに、ジト目で見られっぱなしのフーリは、苦笑いを浮かべるのである。



「お勉強は?」

「……あとで」

「侵入者なら、私とドリちゃんでなんとかなるよ?」

「……気分転換したいなぁって」



 サッと顔を逸らすフーリに、サラマンダーはボソッと「ダメダメフーリお姉ちゃん……」と口ずさむと、その場でフーリは項垂れてしまった。

 しょんぼりした表情で、小さく溜め息を吐くフーリにサラマンダーはちょっと言い過ぎたかもと思って頭をごしごしと撫でる。



「い、息抜きも必要だよね」

「そ、そうだよ! わからないところは、カオル様に聞かないと進まないし!」



 むくりと立ち上がったフーリは、グッと拳を胸元に持ってきて笑顔を作る。

 少し元気が出たようでよかったとサラマンダーは思いながら、前方を見つめる。

 すると、ゾクリと背筋が凍りつくような感覚に陥る。

 フーリも同じだ。

 即座にフーリは声をあげようとするサラマンダーの口を手で覆う。

 真剣な表情で気配を探るフーリに、サラマンダーも自身の体から漏れる魔力をゆっくりと小さくしていく。

 相手に気が付かれたら危ないと、本能的にそのような行動に出る。

 そして、フーリはポツリと言葉を呟く。



「これは……、ミズチ……?」



 フーリの額から汗が垂れる。

 相手に気が付かれていないかどうかを探りながら、その場から動かないで様子を伺う。

 フーリの感覚からして、Aランクの者が2人と辺りにまだ数人動いているのがわかる。

 気配を消すどころか、まるで自分はここにいると魔力を放出している。

 誰かに気がついて欲しいと言わんばかりに。

 薫がレイディルガルドを潰したことにより、ミズチ一族の契約も破棄された。

 そのため、クレハを探しているのだろうとフーリは思う。

 契約のない今、族長であるクレハだけが一族の混乱をまとめることができる。

 そんな昔から契約に縛られる一族に、フーリは嫌気がさす。

 ミズチの里の契約と掟は絶対。

 これを乱す者は誰であろうと罰が与えられる。



「昔と……かわらない……」

「……」



 フーリはギリッと奥歯に力が入る。

 それを不安げな表情で見つめるサラマンダー。

 サラマンダーは木の精霊に現在の状況を伝えて、ドリアードに一報を入れておく。

 2人でかかっていっても、ミズチの者たちを倒せる相手かわからないからだ。

 たまにクレハとの訓練に参加するサラマンダーは、ミズチの力の異常さに気がついている。

 現在、フーリのランクはCランクとなるが、サラマンダーとの戦闘では互角に近い戦いをする。

 戦闘テクニックや天性の勘などもあるのだろう。

 力を込めるところにだけに集中させて、無駄のない動きで相手を翻弄する。

 そして、特殊固有スキルの『傀儡人形――炎鬼』もそうだ。

 微力の力で最大限の力を発揮させ、相手の不得意な戦い方を即座に見抜いてそこをついてくる。

 サラマンダーからしたら、フーリの力はそこまで強くはない。

 ただ、全力を出さないと対処ができなくなることが多々ある。

 クレハは問題外だが、フーリと同じような芸当はもちろんできる。

 姉妹揃って末恐ろしいと言える。

 今まで外の世界に出ていなかったサラマンダーからしたら、未知の存在だ。



「――ちゃん、サラちゃん?」

「え? あ、ごめん」



 思考を走らせていたため、サラマンダーはフーリからの言葉に反応できていなかった。

 フーリは、サラマンダーがミズチの魔力に当てられて怯えているのかと思い、ギュッと抱きしめて背中をぽんぽんと優しく叩く。



「大丈夫だよ。向こうは気がついてないみたいだから、このままやり過ごそう」

「了解、フーリお姉ちゃん」



 2人は、そう作戦を決めてからは気配を溶け込ませたまま、ミズチの者たちを観察する。

 すると、小さいが声が聞こえてきた。



「クレハ様は、一体この地で何をしてらっしゃるのだ……。里が大変だというのに……」

「レイディルガルド付近で目撃したと報告があったけど……。今回の件はもしかすると族長も関係しているのでは? カトルも違和感をずっと持っているはず……」

「そ、そんなことはない! あのクレハ様だぞ! 妹すら掟で消すミズチの最高傑作と言われたお方だ! 我々が目指すもっともミズチの心を持っていらっしゃるんだ。そのようなことを言うのは、裁かれる対象だぞ! イズナ!」

「そうかしら……、私には族長は違う目的で動いているように見えてしまいます……」



 着物姿に能面の仮面。

 額に独特の2つの角が生えた容姿の2人は、睨み合ったまま意見の対立で揉めていた。

 そして、2人の威圧がぶつかり合う。

 一斉に辺りにいた魔物たちが蜘蛛の子散らすように、逃げ惑う。

 ミズチの力は、最低がBランクである。

 必ず、一個小隊にはAランクの者がいる。

 今回の2人は、両方ともがAランクの力の持ち主だ。



「イズナちゃんにカトルくん……」



 ポツリと呟くフーリ。

 声に聞き覚えがあり、昔の思い出が蘇る。

 だが、それも直ぐになくなる。

 フーリの癇に障る言葉を口ずさんだからだ。

 抱きしめられたままのサラマンダーは、その変化に気が付き飛び出さないように強くフーリを抱きしめる。

 ここで出ていったら確実に勝てない。

 それに、フーリの昔話を聞いているサラマンダーは、ミズチの者に見つかるとフーリは殺されることが明白だからだ。

 生きていてはいけない者とフーリが言っていたからだ。



「サラちゃん……離して……」

「ダメ!」

「お願い……お姉ちゃんを物扱いする奴らは、絶対に許せない……」

「……」



 フーリの怒りに、どうすればいいかわからなくなるサラマンダー。

 ふと、抱きしめていた力がほんの少し緩んだ隙を狙って、フーリはするりとサラマンダーの拘束から抜け出す。

 そして、申し訳なさそうな表情を作ってから、体に魔力を凝縮させる。

 大気が揺らめき、



「特殊固有スキル……「傀儡人形――炎鬼」



 目を瞑り、フーリがそう呟いた。

 すると、カトルとイズナの前に死を運ぶ炎を纏った化身が姿を表わす。

 吹き出す炎で大気を揺らし、紅蓮に光る眼はその者に恐怖を植え付ける。

 味方として現れればどれほど頼もしいかがわかるが、その逆の立場になるとその脅威をまじまじと体感する。

 その化身は、死を簡単に連想できるからだ。



「え、炎鬼!? クレハ様ですか!? な、なんで……」



 カトルは、炎鬼の姿を見て膝が笑い始める。

 ミズチ始まって以来の最強の傀儡人形。

 目を離せば、死が襲いかかるそんな感覚が里の者たちはぬけないのだ。

 ゆらりと動き出す炎鬼に、カトルはどうすることもできなかった。

 炎鬼の流れるような動きに、カトルは自身の防御に全力を注いだ。

 完全に握手な行動を条件反射でしてしまった。

 クレハが操る炎鬼は、相手の分厚い守りでも一点集中で叩き壊すことができる。

 判断を見誤ったカトルは舌打ちをするが、もう遅かった。

 迫りくる炎鬼の拳が目の前に来たとき、横からの衝撃で一瞬意識が揺らぎ、炎鬼の攻撃の車線上から外れる。



「カトル! 何してるのよ!!」

「ゲホ……ゲホ、ゲホ。イズナ……助かった」



 カトルは、虚ろな目のままゆらりと立ち上がる。

 なぜクレハが自分たちに攻撃してきたのかがわからないからだ。

 思考が追いついておらず、行動に迷いが生まれる。



「族長……何を考えておられるのですか!? 仲間への攻撃は一族の掟で禁じられているはずです!」



 静寂とする森の中で、イズナの言葉が響く。

 炎鬼を操るフーリは、クレハと勘違いした2人の隙を突いて、一瞬で終わらせようとしたが失敗に終わったことに舌打ちをしていた。

 上手くいけばカトルを戦闘不能にできたが、イズルのせいで回避されてしまった。

 炎鬼と睨み合う2人は、ほんの少しの違和感を持ちながらも対峙するのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 幻想的な森と泉に面した妖精の国。

 妖精と精霊が楽しげに宙を舞っている光景を溜め息混じりに見つめる者がいる。

 黒く長い髪の毛を綺麗にまとめて、三つ編みにして肩から下ろしている。

 黒の着物に、真っ白な肌。

 額に人間にはない角が2本はえている。

 そして、歩く度にカランコロンと下駄が心地よい音を奏でる。



「なの!? クレハさん、居たなの!」

「ん?」



 声のする方にクレハは視線を向ける。

 すると、ドレスアーマーを着込んだ金髪ロングヘアの少女がいる。

 眠たそうなじっとりとした目は、いつ瞑ってしまうのかわからないほどだ。



「ドリアード、どうしたの?」



 何かあったのかといった感じで、クレハはドリアードに尋ねる。

 すると、胸の前に手を当てたドリアードは、今の現状を報告する。



「なの……。変な気配を放つ者たちが国の周りをうろついているの。結構面倒な雰囲気だと森が教えてくれるの!」

「私が出ればいいの?」



 こくりと首を傾げながらクレハは尋ねると、ドリアードは新たに入った情報を口にする。



「頼みたいの! サラちゃんとフーリちゃんが近くにいるの……。でも、気配を消してジッとしてるの……。相手がミズチの者って言ってたの!」

「っ!?」



 ドリアードの言葉に、クレハは一瞬眉間に皺が寄る。

 フーリの戦闘力では敵わないと判断したのかと心配な表情を浮かべた。

 ただ、サラマンダーがいるから大丈夫ではないかと思うが、静観していることから複数の強敵だと当たりをつける。

 クレハは一度頷いてからドリアードを見つめる。



「すぐに案内できる?」

「任せてなの! 森がフーリちゃんたちのところまで一直線に誘導するの!」

「お願い」



 クレハはそうつぶやくと、一瞬で大気を揺らす量の魔力を体に纏わせる。

 熱く、力強いオーラにドリアードは生唾を飲み込む。

 サラマンダーとは格が違う火の質量に、ほんの少し後ずさりしてしまう。



「ん? あ、ごめんなさい」

「いいの、その力が今の妖精の国を守ってくれてるの! だから平気なの」

「じゃあ、行ってくるね」



 ドリアードの言葉を聞いて頷いた瞬間、クレハの体が忽然と姿が消える。

 まるでそこに居なかったかのように、禍々しい魔力と一緒にだ。

 金色の髪の毛がほんのりと揺れるドリアードは、その場で森に耳を傾ける。

 クレハの移動に合わせて、侵入者へと導くための手助けをするためだ。

 毎度のことながら、クレハの潜在能力の高さに唸る。

 森の導きに対しての手助けをしないと、処理が追いつかないためだ。

 ドリアードは、その場でちょこんと座って意識を集中するのであった。



 森を異常な速度で移動するクレハ。

 森が侵入者の場所に誘導するように、邪魔にならないように空間を作っていく。

 クレハが通った場所は、なぎ倒されたりはしない。

 ただ、何も通っていなかったかのような静けさに包まれる。



「フーリ!? バカなことを……」



 フーリの魔力が肥大化したことに軽く舌打ちをしたクレハは、着物の袖から能面の仮面を取り出し装着する。

 なぜミズチの者たちがこの地にやってきたのかを考えるクレハは、フーリがいろいろと妖精の国の防衛などをしていたことを思い出す。

 その情報がミズチ一族に入ったことで、この地にやってきたのかと推測するのが妥当だろうと完結させる。

 ただ、その情報はフーリのことを探しているのではなく、クレハがここにいるのでは? という間違ったものであるが。



「ほんと……何1つ自分たちで決められないのね……」



 苛立ちで魔力の質量が上がる。

 それに敏感に反応する妖精や精霊たちは、いそいそと退散していく。

 それを見たクレハは、気持ちを落ち着かせてからフーリの下へと向かう。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 炎鬼と対峙したカトルとイズナは、炎鬼に違和感を覚える。

 姿形は同じなのだが、圧倒的な魔力質量ではないのだ。



「クレハ様……、私たちを試しているのですか?」



 イズナはそう口にする。

 莫大な魔力量を持ったクレハが、ここまで節約した炎鬼を出して戦うなどありえない。

 何かがおかしいと気が付き始めるが、何がおかしいかがわからない。

 違和感だらけの炎鬼に、より一層警戒を強める。

 カトルとイズナも固有スキル『傀儡人形――鉄鬼てっき』を使い、炎鬼よりも少し小さい真っ黒な鬼が姿を表す。

 4対1になり、形勢はかなり悪い。

 それに、鉄鬼の纏う魔力量はフーリの使う炎鬼よりも遥かに多い。

 まともにやり合えば、確実に負けるのは目に見えている。



「クレハ様……行きますよ!」

「参ります!」



 カトルとイズナがそう言うと、2体の鉄鬼が一瞬で炎鬼を挟むように動く。

 そして、その勢いを殺さずに片足を軸にして回し蹴りを放つ。

 だが、それを軽やかに回避して、カウンターを合わせるようにする炎鬼。

 動きにキレもあり、クレハと同じように返してくる。

 だが、威力が異常なまでに弱い。

 普通ならば、今のカウンターで2体の鉄鬼は葬られているからだ。

 あまりにもおかしすぎることから、目線をイズナへと向けて合図を送る。

 それに直ぐに反応するイズナは、目を凝らして炎鬼に信号を送る魔糸を見る。



「カトル! そこから右45度の大木の上よ!」



 そうイズナが叫んだ瞬間、フーリが焦る。

 探知できないように、永続的に魔糸を隠すことができないでいた。

 動かすときだけ、一瞬見えてしまっていたのだ。

 迂闊だったと思うがもう遅い。

 自分の居場所がバレてしまったからには、姿を隠し続けることはできない。

 そんなとき、フーリの横でVサインを出したサラマンダーが枝から飛び降りる。



「え!? サ、サラちゃん?」

「あっちの人はまかせて!」



 そう言って、イズナが操る鉄鬼にドロップキックを食らわし、後方へと吹っ飛ばす。

 新たな者の出現に苛立ちを覚えるカトルとイズナ。



「お前は、クレハ様の従者か?」



 カトルは睨みつけるようにサラマンダーを見る。

 見てくれは少女のような容姿だが、纏うオーラは完全に2人と同等の持ち主なのは直ぐにわかる。

 そのため、警戒を怠らずに直ぐに対処できるように、魔糸を引く。



「教えないよぉ~だ」

「「っ」」



 にへらと笑ったサラマンダーに、苛立つ2人は即座に鉄鬼をサラマンダーへと向ける。

 後方に飛ばされた鉄鬼も直ぐに戻ってきて、サラマンダーに襲いかかる。

 だが、2対1にはならない。

 炎鬼も参戦して、場を引っ掻き回す。

 翻弄して、フーリたちの思うままに状況は動くのだが、それは直ぐに勘違いだと気がつく。

 徐々にサラマンダーも押され始めていく。



「くぅ……、強い……」



 ぽつりとサラマンダーは言葉が漏れる。

 だが、状況は悪化していく。

 相手の魔力を削るように、カトルとイズナは避けれないようなギリギリの攻撃を仕掛けて、魔力を使わせるようにしているのだ。

 フーリも、この攻撃に息をきらせていた。

 そして、一瞬の隙を突かれた。



「見つけましたよ……クレハ様!」

「!?」



 フーリの背後からカトルの声が聞こえて、肩を掴まれる。

 ビクンと体がはねて、冷や汗がだらだらと背中から垂れる。

 振り向けば、クレハではないことはバレる。

 どうすることもできない。

 ただ動くこともできず、フーリは炎鬼に供給していた魔力を切るのであった。


はい、読んでくださった皆様! 長々と更新遅れてしまい……本当に申し訳ありませんでしたm(_ _)m

どう動かそうか悩んだりしてたのもありますが、なかなかに書けないときってあるんだなと(´・ω・`)

次回は、早めにいけるのではと思います……たぶん。

いろいろと締め切りが迫ってますけど……。


はい、というわけで『天才外科医が異世界で闇医者を始めました。③』が11月30日に発売が延期になりました。

完全書き下ろしで、薫とアリシアがグランパレスを旅立ってからビスタ島までにあった出来事です。

書籍化するのなら、これは絶対書きたいと思ってたので……。

あとは、薫の過去などもありますね。

書きたかったことをまるっと詰め込んだ物となってます。

よろしければ、見ていただけると嬉しいですね(*´∀`)

原作を見てる方でも楽しめるのではと思っております。


この作品は完結までもっていきますので、最後まで読んでいただけたら幸いです。

更新遅いですけど(´・ω・`)

これからも頑張りますのでよろしくお願いしますm(_ _)m


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