プリシラはお姉様!? とワトラの契約破棄
レイディルガルドの会議室。
目から火花を散らす5名の女性を薫はため息混じりに見つめていた。
横では、くつくつと大変愉快と言わんばかりに、アレスがお腹を抱えているのだ。
とりあえず、一発殴りってもいいのではないかと思う。
「うふふ、カオルさんは、モッテモテですね♪」
「……」
ディアラは、ふんわりとウエーブした金髪ロングヘアを揺らしながら、今の状況を笑顔で傍観している。
こうなることを知ってか知らずか……、いや、絶対にこうなることは予測できているはずだ。
未来予知が可能なのだから。
「どうにかしてもらえんやろか?」
「え? 私には無理よ。国の最高権力者ではないのですから」
「嘘やん……、最強のコミュニティの団長今やっとるんやろ? できると思うで? ほら、一発威圧で皆を抑えこむことくらい容易いやろ」
「ど~しよっかなぁ~」
ディアラの言葉には、あからさまにからかいが入ってる。
止めるのは簡単だということはこの言葉から推測できる。
だが、止める気はないらしい。
「はぁ~、ディアラさんそういえばこれからのことは決まったんか?」
「ええ、統一される前の領土まで返還して、今渡してある領土でもちゃんと経営できているのならそのまま存続という形にはなったわ。皆ちゃんと利益を考えて私欲に走ったりはしないから安心してもいいですよ」
「私欲に走らないねぇ……」
「今現在の会話はノーカウントですけどね」
ディアラは机に頬をつけて周りを見ながら薫に呟く。
そう、今の現在薫がどこの国に所属するのかを決めているところなのである。
「ほら、やっぱりスピカの領土の南部に拠点を作ってるんだから、私の国にカオルさんが来るのはとうぜんじゃないかな? 決まりだよね!」
「あら? 何言ってるのかしら? 未開の地で、まだちゃんと納めてないのだからあなたのところの領土ではないわよ」
スピカはユグウィの言葉にムスッとする。
そんな簡単に薫の所有権を渡してなるものかというのがありありと感じられた。
ユグウィは赤い髪の毛をかき上げて、スピカに軽い牽制パンチを繰り出す。
「なんでトルキアの南部に仮拠点かまえてるの知ってんねん……」
「あそこのピンクラビィが頑張って教えてくれたわよ?」
「……」
薫はジト目でニアとアーニャの抱きまくらと化しているピンクラビィを見つめると、ビクンと体を一瞬はねらせて両耳で目元を隠し、知らぬ存ぜぬを貫こうとする。
その行動がすべてを物語っているのだが、奴は気がついてないのだろうか。
あとでお仕置きだ。
「ん……、じゃあ私の国に所属しなさいよ。ほら、薬を作ってくれたお返しも兼ねて後ろ盾になってあげてもいいんだからね」
「えぇ~、ティルシュさんの国ってじめじめしてるから住みにくいと思うなぁ~」
ティルシュの提案にシュカが被せてくる。
おっとりした眠そうな声で、ティルシュの国のデメリットを的確に突っ込む。
「シュカの国は年から年中猛吹雪じゃないのよ! あんなの人の住むところじゃないわよ」
「えぇ……、あの寒さでふかふかのお布団にくるまってぬくぬくするのがいいのにぃ~。今なら私の添い寝付きですよぉ~、カオルさん」
「ちょ、ちょっと! 何いってんのよ! そ、そんなの不潔よ!」
「あれれ? ティルシュさんって初心~。えへへ、でもティルシュさんは抱き心地がちょっと……」
「喧嘩売ってんの? 買うわよ! この牛乳エルフ!」
バンッと机を叩き、立ち上がるティルシュ。
そして、普通よりはあるもん! と、小さな声でつぶやきこんもりと膨らむ自身の胸を見てから肩を落とす。
Bカップくらいだろうか、ほっそりとしてスレンダーな感じのティルシュは、まるでモデルのようなプロポーションなのだから、そこまで木にしなくてもいいとは思うのだが本人は胸の大きさを気にしているように見える。
「え、えーっと、話が進まないようですので、一旦保留にするのがいいんじゃないでしょうか?」
そっと手を控えめに上げて、消え入りそうな声をあげる。
すると、皆悩んだ挙句に「仕方ないか。今回は休戦」と言って一旦席につく。
「お! 話はもう終わりかな?」
「なら、俺らは帰ってもいいか? 嫁が気になって今ひとつ身が入らないんだよな」
ラグアンツとアレスがゆっくりと立ち上がる。
薫争奪戦は、どうせ決まらないと最初から諦めていたのだろう。
「うーん、まぁ、決まるわけがないからそろそろ契約をまとめてしまいましょうか。それと、アレス」
「ん? ディア姉どうした」
「近いうちに、また1人囲うことになりそうだから気をつけないね。守る者が増えると動きが悪くなるわよ」
「……え? 流石にもう増やす気ないし。皆の面倒も見きれないって」
「あなたの性格上、ほっておけない子が1人現れるから頑張りなさいね」
ディアラからそう言われて、アレスはがっくりと肩を落とす。
薫は、アレスに嫁が増えるのかと苦笑いを浮かべる。
もう十分いるのに、まだ欲しいものなのだろうかという目を向けると。
誤解されていると思ったのか、アレスがなぜこんなに嫁が多いのかを教えてくれた。
簡単にいえば、後ろ盾のない元貴族や自身が救った平民の女の子たちだそうだ。
独り立ちした人たちもいるが、その過程でアレスに恋心を抱いたために嫁にとっていったところ今の数になったらしい。
全員管理なんてまず不可能だ。
薫はアレスを見て、身の丈にあった行動を心がけようと心に誓う。
クレハのこともあるし、それに新たな恋でもしていってくれたらいいかなと思うのだ。
だが、虎視眈々と薫を狙っているなどとは今の薫は知らないのであった。
その後は、ガラドラが契約書を作り契約に皆がサインをする。
その中で、ラケシスがこの国を運営するために必要なものも出資することも含まれている。
この大陸最大の商会、オルビス商会と2番目のライズでンド商会、3番目のアセッド商会が物資を各国から無理のない程度に集めてくる。
アレス曰く、オルビス商会は既に動いているという。
今回のシャルディランの民に物資の提供を惜しまなく渡していることから、完全に一歩先を読んでの行動をしているという。
本当によい人材をカインは抱えているなと思う。
支店の代表がこういった権限を持たせていると、個々がそういった決断をするときいちいち伝達をしなくてよいというのが最大の利点だろう。
信頼関係がないと今回のようなことはできない。
商会全体が危ういことになりかねないからだ。
だが、今回は最高の利益へと繋がっただろう。
国に対して恩を売れる。
これだけで相当な利益だ。
これをどう使うかはカイン次第だが、商売に関してはここまでの実績を考えると問題ないと言い切れる。
そして、薫がディアラにエリーゼのことを聞くことができたのは、サインをした後の1時間後だった。
また、どうでもいい騒動を繰り広げられたからである。
薫は時間を食われて、心身ともに疲れたと肩を落とす。
皆は渋々国での発表をするため、薫争奪戦を打ち切りアレスの空間移動でスピカ以外帰っていった。
スピカは、ぶっ飛べスピカ号での帰還のため足早に薫たちに手を振って別れた。
本当はもっといたいというのがひしひしと伝わってくるが、それを抑えてである。
皆がいなくなって、薫はようやくエリーゼのことをディアラに聞く。
「ディアラさん、エリーゼっていうエルフの国のフェルビリス王女知っとるか?」
「うーん、その子は知らないけど、フェルビリスの現王と王妃様なら知ってるわよ。あと、何をカオルさんが聞きたいかもね」
「お、なら話が早いな。その子をフェルビリスに連れて行きたいんや。なんでこのレイディルガルドにいたのかは知らへん。今現在、かなり精神的にまいってるんや。早めにどうにかしてあげたいんやけど、その場所がわからへんのんや」
薫はディアラに何か情報がほしいと言うと、薫のほしい情報をぽんぽんと出してくれた。
エリーゼのいたであろうフェルビリスは小さな国で、白亜の森エルフリルの中に存在する。
そして、その白亜の森に住むエルフは精霊王を呼び出すことができる一族だと。
薫は、ディアラに精霊王は人型なのかと聞くと、人型と人型でない者があると教えてくれた。
薫の引きつった表情に、対処法を軽く教わる。
精霊王でも、【雷】【水】【光】は人型ともう1つの姿を持っているそうだ。
なので、完全カウンタースキルは人型でない場合は不発する。
攻撃に対しては、純粋な魔力で押し返すことは可能だがあまりおすすめはしないと言われた。
精霊王は、大気の魔力を使用するため半永久的に動きまわる。
なので、薫が先に魔力を使い果たすことがありえるからだとか。
それに、全種の精霊王を呼びだされた日には、形すら残らないとも。
薫は、戦闘だけはさけたいと思いながらもエリーゼをどう運ぶか悩む。
そんなとき、アレスから白亜の森の手前の街までならいけることを聞いて安堵する。
準備ができ次第、薫はこちらへまた来ることを伝えると、軽く了承してくれた。
アリシアはとりあえずスパニックで治療院を引き続きしてもらう。
落ち着くまでにはまだまだ時間がかかる。
それまでは、アリシアに頑張ってもらうしかない。
皆、それぞれ役割を分担していかないとけないが、落ち着くまでの間はしかたがないかと思う。
「それじゃあ、一旦戻るからあと頼むわ」
「おう、任された」
アレスは、軽く手を上げながら薫を見送る。
薫が、ピンクラビィが開いたゲートをくぐるって消えると、アレスはディアラに話しかける。
「なぁ、ディア姉。カオルはディア姉の魔眼の予知で追えるのか?」
「……うん、まぁ、今のところはイレギュラーだけどなんとかなってるわよ。でも、簡単に未来を変えてしまうから困ってるのよ。エリーゼは本当は助からなかったはずだからね」
「!? おい、それって予知がはずれてるってことじゃないか!」
「うふふ、そうでないと困るわ。私たち、時を操る者としてはそれくらいできる人じゃないと未来は変えれないもの」
アレスは、ディアラの言葉に不安を持ちながらも1つ溜め息を吐いたあと頭をガシガシと掻く。
「まぁ、いい方向に動いてるんだったらいいってことにしとくよ。でも、ディア姉の計画が狂うようだったら、俺も少しは手伝うよ。それに、もう1匹も動き出すだろうからね」
「ありがと、アレス。でも、あまり無理はさせないわよ。あなたを失ったら団長が悲しむからね」
「へいへい、まぁ、適当なくらいで動くさ」
アレスは、困った表情を作りながらも嬉しそうな雰囲気を醸し出す。
ディアラの団長が悲しむとの言葉が嬉しいのだろう。
「さて、カオルが帰ってくるまでマリーでもからかうかな」
「あら、他の女の子にちょっかい掛けるなんて……、もっとお嫁さん増やしたいの?」
「ちょっ! ちげーよ! いつもの感じでツッコんでくるなよ……。ディア姉」
焦り顔で言い返しながらもどこか楽しげなアレスに、ディアラは大いに笑う。
久しぶりの元団員同士で、昔を思い出しながらゆっくりとその時間を楽しむのであった。
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妖精の国へ帰還した薫は、一旦皆を集める。
アリシア、フーリ、クレハ、プリシラにサラマンダー、ウンディーネ、ドリアードだ。
謁見の間の中心にカーペットを敷いて座りこむ。
なぜか、大量のピンクラビィがおしくらまんじゅうをしながら集まっているが気にしないで進めよう。
薫は、レイディルガルドで決まったことを話した。
そして、エリーゼの住んでいた国のこともである。
「そういえば、アリシア。スパニックの冬吸熱の患者の急患はおらへんか?」
「はい、ピンクラビィちゃんをオルビス商会スパニック支店にあずけてますが、そういった情報は入ってきてませんよ」
「ならルルちゃんの病状が落ち着いたら、こっちに合流でもよさそうやな。緊急時はこっちからスパニックに送ることもできるしな」
薫のその言葉にアリシアはパァーッと表情が明るくなる。
長い間、薫と離れてしまっていたからようやくこれで目一杯甘えれると思うのである。
そんなアリシアを微笑ましそうに見つめる薫は、アリシアの頭をくしゃくしゃと撫でる。
すると、目を細めて嬉しそうに喉を鳴らすのである。
「そしたら、アリシアは一旦スパニックへ。それでええか?」
「はい、頑張ってきます♪」
元気よく返事をするアリシアに薫も笑顔になる。
「続いて何やけど……、フーリとクレハさんやなぁ。どないする?」
フーリとクレハは一度見つめ合ってから口を開く。
「カオル様についていく! カオル様の役に立ちたいから」
「私もフーリが行くなら行く」
「わかった。ほしたら2人もついてく形にしよか……。あと、精霊王の対処法なんやけど大丈夫か?」
薫はちょっと心配そうにクレハ達を見つめると、クレハはにっこりと笑ってカオルに言う。
「私は平気……。それより、カオルさんのほうが心配」
「まぁ、戦闘にはならんようにはするわ。魔力がすっからかんになる可能性がありそうやからな」
「ん……、そうしてほしい。何かあってからじゃ遅いから……」
そう言いながら、悲しそうな表情で笑う。
薫は、心配はかけないようにしようと思う。
まだ、クレハの症状も治りきってはないし、無理もさせたくはない。
最悪な事にはならないが、長引く可能性が出てくることだけはさけた。
早く完治して、フーリと気ままに生活するのもいいのではないかと思うのだ。
「よし、そしたら俺ら4人で白亜の森へエリーゼを連れて行くわ」
「はい、早く帰ってきてくださいねぇ~」
耳をぴょこぴょこさせるプリシラに薫は苦笑いになる。
「なの! いってらっしゃいなの。頑張ってなの!」
「カオルさん、お気をつけて」
「いってらっしゃ~い、お見上げ楽しみにしてるねぇ~」
3人が3人、違ったお見送りに薫は苦笑いになる。
皆笑顔で送り出してくれるのはありがたい。
そして、ここが帰ってこれる場所でもあるのがちょっと嬉しくもある。
「それじゃあ、まずは3人で行ってくる。アリシアは途中から合流な」
「はい、わかりました! また、あとでカオル様」
そう言った後、アリシアは先にルルの下へとゲートをくぐる。
姿が消えてから、ぴょこりと向こう側にいたピンクラビィがほっこりした表情で帰ってくる。
いっぱい遊んだのだろう。
満足気に仲間たちの中へと合流していった。
「それじゃあ、こっちもエリーゼを連れて行くか」
「はい」
「ん……」
薫達は一旦謁見の間からエリーゼが眠っている部屋へと移動した。
プリシラもゲートを開けるために、一緒である。
部屋を開けると、すやすやと眠っているエリーゼを薫はお姫様だっこして、プリシラにプリシラにゲートを開いてもらうように言う。
すると、エリーゼがふと目を覚ます。
薫を見て、暴れだすのだ。
「あかん、ちょっと一旦下ろすで」
「う~~~~! いやぁああああ!!!」
エリーゼは、ジタバタしながら薫から逃げるようにプリシラの方へと四つん這いで向かう。
そして、プリシラの膝に抱きついて、身を隠そうとするのである。
「へ?」
その状況がよくわからないプリシラは、間抜けな声を出して目を点にし、薫に助けを乞う。
薫もなぜプリシラに向かって行って、あのように隠れているのかすらわからない。
「プリシラ……、その子知っとる子か?」
「え、えっと……、記憶にはなんとなくあるようなないような……。よくわかりません」
「助けて……、プリ姉様」
「いや、絶対に知り合いやろ!」
「きゅっきゅ~!? わ、わかりませんけど、この子は私の妹のようです! 生き別れた姉妹かもしれません?」
本気で言っているのかわからないが、突っ込みどころ満載な言動に薫は大きく溜め息を吐く。
とりあえず、落ち着かないと脳天にチョップをかましそうだ。
それに頭がいたい。
「プリシラ、数日やけど妖精の国を結界なしでも大丈夫か?」
「うーん、大丈夫だとは思いますが……、Sランクの方の制約って切れてますよね?」
「ああ、そうやな」
「だったらちょっと不安が残ります……。今まではよかったのですが、これからだと私なしでは厳しいかもしれません」
真剣な表情で語るプリシラはちゃんとこの国の女王としての威厳があった。
だが、これがいつまで続くかが問題だ。
多分、一分ももたないだろう。
「Sランク同士でしたらどうにかなるかと……」
そう言って、プリシラは目線をクレハに向ける。。
すると、ムスッと一瞬クレハの頬が膨れてふぅ~っと息を吐く。
「ん、じゃあ、私は残る」
「え? いいの? お姉ちゃん」
「ん……、フーリはカオルさんといってらっしゃい」
クレハの言葉に、フーリは薫とクレハを交互に見て、一度俯いてからここに残ると薫に告げた。
クレハを1人にできないと判断したのだろう。
薫は、そんなフーリにぽんぽんと優しく頭を軽く叩く。
姉思いの優しい妹だと。
「じゃあ、ちょっと変更があるけど、終わればすぐ戻るからな」
「今回もお留守番だけど、次は一緒にいく!」
「はいはい、帰ってきたらまたスパニックからの旅やからな。フーリは戦闘訓練もちゃんとしとくんやで?」
「うん、了解」
ニッと笑顔で答えるフーリは、なんとも頼もしかった。
「プリシラ、今回は一緒に行ってもらうけどええか?」
「はぁ~い! きゅっきゅ~♪ 楽しみですよぉ~」
エリーゼが背後に隠れているのも気にせずに、ぴょこぴょこ跳びはねるプリシラ。
本当に大丈夫だろうかと、薫は心底不安になるが、エリーゼを運ぶだけだからそこまで心配はないだろうと自身に何度も言い聞かせる。
でないと、このダメプリンセスラビィと一緒というのは、正直不安でしかない。
アリシアが早くこっちに来てくれないかと本気で思い始める薫は、プリシラが作ったゲートをくぐりながら胃痛も発症し始める。
エリーゼは、プリシラと手を繋いでゆっくりと後ろをついてくる。
「うへへ、カオルさん! 私がいるからには幸福の船に乗ったつもりでいてください! きゅっきゅ~♪」
「……」
薫は泥船の間違いではと思うが、絶対に口には出してはいけないと思うのであった。
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温泉の町ニーグリルの高級な宿屋の一室。
「はぁ~……、あぁ~……」
「カ、カール、ちょっと落ち込みすぎだって……」
獣耳をぺたんとへたれたカールは、部屋の隅っこで体育座りをし、膝に顔を埋めてぐったりしていた。
今にも消えたいと言わんばかりにマイナスオーラをどんよりと醸し出す。
「どうせ……、俺は独りよがりの大馬鹿者だよ……。テクニックがあると思ってたのに、実は何に持ってなかった駄目な犬っころだよ……。ワトラは痛がるし……サイテーだな」
「そ、そんなことないって! そ、その……ちょっと気持ちよかったし……」
ワトラは、真っ赤な顔でカールを励ますように言うと、パァーッと表情が明るくなった。
「ほ、本当か?」
「は、初めてで……、その、痛かっただけだと思うし。ティストがそう言ってたから!」
「そ、そうだよな! は、初めてだから仕方ないよな!」
「き、きっとそうだよ」
ワトラは、ぷしゅ~っと音がするくらい真っ赤になり俯く。
そんなワトラをカールは見つめる。
栗色の癖の強い髪。
そこからちょこんと亜人特有の耳が出ている。
カールの目の前で女の子座りをしているため、艶めかしい太もものラインが目に飛び込んでくる。
浴衣が帯で締め付けられ、胸の膨らみが綺麗に浮き上がっていた。
生唾をごくりと飲み干し、へたれていた耳がぴこーんと立ち上がる。
「ワトラ……、その……すごく綺麗だな」
「ッ……!」
そっと、頬に手を当てられたワトラは、ピクンと体を強張らせてしまう。
ごつごつしたカールの手が、ゆっくりと頬を伝い首元へと降りると目を細めてカールを見つめる。
少し冷たくて気持ちがいいのか、ワトラはカールの手に頬を擦り付けるように動かす。
頬を染めて、ゆっくりと動かしていると、ワトラの尻尾がせわしなく動いているのがわかる。
時折、熱い息が漏れてしまうワトラに、カールの目が血走る。
「ワトラ! しんぼうたまらん」
「ふぇ?」
そう言いながら、カールはきょとんとしたワトラへと飛びかかるが、軽く躱され床に頭から突っ込む。
床に突っ伏し、カールは涙目でワトラを見つめる。
「どぼじでかわずの……ワトラさん……」
「へ、変態カール! お昼から盛るとか! そういうことは夜にするってティストが言ってたもん! カールの年中発情期!」
「どこからどう見ても……ワトラから誘ってたじゃん……。あんなエロエロな目で見られたら、俺はいちころにきまってんじゃん……」
「なっ!? 僕は誘ってないし! 言いがかりだよそんなの! ていうか……エロエロな目ってなんだよ! そんな目でカール見てないし」
ムスッと頬を膨らませて不機嫌になるワトラ。
カールは、先ほどのワトラの行動は天然なのかと驚愕する。
ワトラは小悪魔なのかと何度も自問自答するのである。
いや、可愛いからいいかと最終的に落ち着いたあと、カールはご機嫌斜めなワトラに平謝りをするのであった。
「なんか、もう尻にしかれてる気がする……」
「なんか言った?」
「いや、別に……」
じろりと睨まれ、たじたじになるカール。
とっとと話題を変えようと試みるのである。
「そういや、もう少しでビスタ島だけど、帰ったらどうすんだ? まだ、エクリクスのダニエラさんとの連絡が取れない状態なんだろ?」
「うん、でもレイディルガルドで手紙を一度出したから2週間くらいで届くとは思うけど、そこからいろいろとしないといけないことがあるんだ。大変だけど、カオルさんに負けたくないから頑張るんだ」
ワトラは、目標ができて嬉しそうに笑う。
今回のレイディルガルドへ行ったことにより、爵位まで貰った。
一番下の男爵を授かっていた。
領土などはないが、新貴族となったことにより虐げられることはない。
「ねぇ、カール……。これ夢じゃないよね?」
「ああ、夢じゃねーよ。ワトラが手で掴んだもんだからな」
「うーん、でも、カオルさんの力が大きいよ。僕の研究を遥かに凌駕して詳しく書かれてあるんだもん……。それに、病気の治療法もセットのおまけ付きだよ。天才っているんだね……。僕じゃ、あそこまで追いつこうとするのは難しそうだよ」
「時間は沢山とあるんだ。ワトラはワトラのペースでやっていけばいいよ。焦らず確実にな。そのなんだ……、俺もついてるんだから安心しろよ」
照れくさそうにカールは頭を掻きながらワトラに言うと、ワトラは自然と笑顔になった。
尻尾までふりふりするあたり、まんざらでもないようだ。
いつもは、白衣で隠れている尻尾だが、浴衣に亜人専用の穴が開いているのでそこからちょっと癖のあるふわっとした尻尾がのぞいている。
嬉しいのか嬉しくないのかは、それを見れば一発でわかってしまう。
カールもそうだが……。
「えへへ、そうだ。カール、契約書出してよ契約書」
「またか……、もういいだろそんなに見なくても嘘なんて書いてないって」
「いいんだよ、見るのが楽しいから。ていうか、カールがここ最近没収したせいで嘘かもしれないって思えてきたの! 4日も見なかったから心配なの!」
ワトラは、契約書をカールから出してもらう。
カールは物凄く嫌そうな表情をする。
それは、毎度のように見せびらかして嘘じゃないよね! と何度も何度も確認してくるからだ。
だんだん契約書に嫉妬心が湧いてしまい、ワトラから没収したのである。
自分を見て欲しいというちょっとした嫉妬心からくるものである。
「ほら」
ぶっきらぼうに手渡すと、ワトラはジッとそれを見つめる。
多大な貢献をしたとして、豪華な用紙に貢献内容と爵位の授与がかかれてあり、その最後に自身の名前が入っている。
「え?」
「ん? どうした?」
「何か文字が浮かび上がって……。えええええええ!?」
ワトラの驚きの声にカールも契約書を覗き込む。
すると、そこには黒い字の上に真っ赤に燃えるような赤い字で、制約の契約の文字が綴られていた。
ワトラは、その文字を見て驚愕する。
・1、この研究の成果は、レイディルガルドの一任がなければ世の中には出してはいけない。
・2、新たな研究も然り、ワトラ・シュリークが今後何かしらの偉業は、すべてレイディルガルドを主体とする。
・3、エクリクスとの提携は禁ずる。(資料の公開も禁ずる)
・4、契約に伴い、喋ることができないがそれに違和感などは持たない。
以上が赤い文字で浮かび上がっていた。
それを見たワトラは、涙目になりながらカールを見る。
折角これからうまくいくと思っていたことが、これによって進められなくなると思ったからだ。
掌から契約書が溢れ落ちる。
カールはそんなワトラを優しく抱きしめ、背中を擦る。
「カール、どうしよう……。これじゃあ研究を広めることができないよ……」
「ごめん……。俺にはどうすることもできない……」
悔しそうに奥歯を噛み、必死に怒りを押さえる。
レイディルガルドに殴り込みに行きたいが、カールの力ではどうすることもできない。
今は、優しくワトラを宥めることしかできないでいる。
不甲斐ないと思うが故に、強くワトラを抱きしめる。
ふぅ~と、少し苦しそうに息を吐くワトラだが、今はそれが安心できた。
「ん?」
抱きしめていたカールは、床に落ちた契約書の文字が歪んでいくのが見える。
訝しげに見つめながら、状況を見守っているとその文字は燃え尽きるように、ゆっくりと灰に変換された。
「へ? 破棄された? どうなってんだ!?」
「えぐ、カール、カール」
「ちょ、ちょっと、ワトラさん? ねぇ、ちょっと聞いてもらえます?」
「やだよぉ、えぐ……、カールぅ」
まったく話を聞く気配のないワトラ。
カールは、どうにかしてワトラに伝えたいが、取り乱しているのだから仕方がない。
じっと契約書を見つめるカール。
契約破棄のときに文字が燃えて灰になるのはこの世界では一般常識となっている。
宿泊施設の受付でも契約したあと、それを破棄するときは、本人を目の前にしたときのみそれは見られる。
なので、今現在灰となっている現象は、破棄されている現象ということになる。
「かーるぅ……かーるぅ……」
「あの~、ワトラさんや? 聞いて、ねぇ、聞いて?」
「どうしよう……どうしよう……かーるぅ」
ワトラは悲しげにそう言いながら、カールの肩に顎を置きすすり泣く。
カールの胸板には、柔らかいワトラの胸がギュッとあたり、心臓がバクバクと音を奏でる。
「これはまたなんとも……。ごくり」
伝えたいけど、今はこの状況を楽しみたいという欲望との葛藤に天秤がグラグラと動く。
だが、伝えれないのだから仕方がないともとれてしまう。
カールは脳内で、理性を保つためにワトラを羊にたとえて数えるが、それは悪手であった。
今現在の弱りきったワトラが脳内で増えていき、どうしようもないほどに愛おしくなる。
癖の強い髪の毛を優しく指で梳く。
時折、犬耳に指があたりピクンと擽ったそうに動く。
取り乱しているワトラの背中もゆっくりと撫でられる。
「だ、大丈夫だ。ワトラ、お、俺がついてる」
「ほんとに……?」
潰れてしまいそうな心の支えに、カールはなってくれるのだろうかとワトラは上目遣いで見つめると、カールはどこか幸せそうな表情をして笑う。
そんなカールにワトラは、熱い息を吐きゆっくりと自分からカールの唇にそっとくちづけをする。
今は、もう何も考えたくなかったから。
震える体は、たったその一度のキスでやんでしまう。
頭が真っ白になる。
ふれあう唇を離してワトラはカールを見つめると、見開いたカールはそのまま体が棒になったかのようにガチガチに固まる。
ワトラからのキスは、これが初めてであったからだ。
「か、かーるぅ?」
目を見開いたまま固まるカールだが、両手だけはゆっくりと機械的にワトラを撫でる。
少しして、やっと思考が追いついたのかカールはワトラを見つめる。
目は野獣のようにキリリとして、今にも襲いかかろうとしている。
ワトラは、そのまま受け入れるように腕をカールの首にかけ、ギュッと抱きしめた。
カールにワトラはゆっくりと押し倒されて、カーペットの上に寝っ転がったとき、ふと横を見ると先ほどの契約書が目に入った。
涙で揺れる視界に、浮き出た赤い文字が灰に変わるのが映る。
「ん? んん? あれ? ねぇ、ちょっとカールどいて! って、ど、どこに顔うずめてんだよ! ちょっと、どいてったら、こら! 駄犬! 聞いてったら!」
ペシペシとカールの頭を叩いて正気に戻そうとするが、ギュッと抱きしめられて離れるような素振りを見せない。
カールは、ワトラの胸に顔を埋めて自身の尻尾をフリフリしているのである。
その間にも契約書に浮かび上がっている赤い文字がゆっくりと灰になる。
「うへへ、ワトラ……、柔らかいい匂い……って、へぶんんんん!?」
「マジで邪魔ぁ!!」
ベチンと魔力強化したビンタで、カールの側頭部を強打する。
すると、悶えながらカールは床を転げまわる。
近いため、ほとんど掌底になってしまっていた。
開放されたワトラは、四つん這いで契約書に近づいて確認する。
「契約が……、破棄されてる」
「うぉおおおお、いってぇええええ!!!!」
ワトラは、すべてが消滅するのを見送る。
「カール、見て! 契約がなくなったよ!」
「ふんぎゃあああ、マジでくっそいてぇええええ」
「ああ、もううるさいなぁ……『治癒』」
ワトラは転げまわるカールを止めてから治療魔法をかける。
すると、痛みがおさまったのか、ムクリと膝立ちになる。
「くそ……、あとちょっとだったのに……」
「は?」
「何でもねーよ……」
「うん、まぁ、いいや。それよりカール、見てよこれ! 契約が消えたんだ!」
知っているが、ここは今初めて見た感じで驚くとワトラは目をキラキラさせながらカールに抱きつく。
「やったよ。これでなんにも縛られることなく研究ができる」
「お、おう、よかったなワトラ」
あまりにも眩しい笑顔に、先ほどのカールの邪念が消し飛んでいく。
浅ましいことはできないと思いながら、抱きついてるワトラの髪を梳くように撫でる。
すると、ちょっと恥ずかしそうに一度俯いてからワトラはカールを見つめる。
「その……、さっきはありがと……。取り乱してごめん」
「な、なんかこっぱずかしな……。でもほら、俺たち一応恋人同士だし、パ、パートナーでもあるんだから……。ワトラが悲しい時とかは支えてあげたいっていうかよぉ……」
「う、うん……そうだよね。こ、恋人だもんね。そ、そうかそうか……」
「「……」」
言葉にして、なんとも言えない雰囲気になる2人。
はたから見たら、何いちゃついてんだよとツッコミが入りそうな状況である。
「カール……、ドキドキしてる」
「こら! 俺の心音聞くんじゃない! こ、こんな真っ昼間からいけないでしょ!」
「いつもと逆だね。あはは」
先ほどやっと邪念を捨てたというのに、このワトラはカールを天然で煽ってくる。
それに、どうせまた思わせぶりで夜にとか言うに決まっていると思いながら、無欲無心で愛でるようにワトラの頭を撫でることに徹する。
しかし、ここでカールは思いもしない言葉をワトラから聞くことになる。
「その……いいよ」
「は?」
「だ、だから、カールが……そのしたいなら……いいよ」
「えっと、ワトラさんの言ってる意味が、ちょっと俺にはわからないんだが……え? まじ!? どうしたんだ? 熱でもあるのか! 今すぐ治療師呼んできてやるから待ってろ!」
先ほど切り捨てた思わせぶりだろうと思っていたことが現実になっているのに、カールは無欲無心でいたため、本気でワトラが熱でも出したのではないかと思い部屋を出て行く。
1人残されたワトラは額に青筋を立て大きな声で叫ぶのである。
「カ、カールのばぁ~~~かぁ!」
治療師を連れてきたカールは、そのあとワトラにこっぴどく叱られた後、怒りのおさまったデレたワトラと甘いひとときを過ごすのであった。
読んで下さった方、ブックマークしてくださった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、本当に有難うございます。
はい! 『天才外科医が異世界で闇医者を始めました。』の2巻が発売されましたぁ~♪
新キャラあり! 新たに書き下ろしたページ数はちゃんと数えましたところ……80pでした。
文字にして約4万文字ですね……。
はい、アホですねb
えーっと、楽しんでいただけたら幸いですm(_ _)m
あと、本業の都合で投稿日が3日ほど遅くなりましたことをお詫びします。
申し訳ないです。
イケると思ったが、無理だったよ……。
それと報告がもうひとつ、電子書籍版の『天才外科医が異世界で闇医者を始めました。』の2巻は1か月後の6月末の発売になります。
1巻目のとき言いのがしてましたので、こちらで報告します。
それと、3巻が出る場合は前々から言ってましたが、旅立ってからビスタ島までの空白の約1か月半を書きたいなと思ってます。
出せるかはわかりませんが、できるんなら頑張りたいと思います。
では、次回の更新でおあいしましょう!ノシ




