フーリの勉強と新たな動き
妖精の国の昼下がり。
フーリは、昨日薫から貰った本を一生懸命読んでいた。
お目々を点にしてじっと本を見つめるフーリ。
その途中で頭から煙があがり始める。
それもそのはず、フーリが見ているのは薫が麻酔に関して『解析』で調べあげたものを本としてある。
かなりわかりやすく書かれているはずだが、全く医学や専門用語を知らないフーリからしたら、何が書いてあるかなんてわからないでいた。
一応、そういった専門用語の説明を書いたものも渡してはいるがそれでも難しいのである。
辛うじて1つわかっても、直ぐに次の専門用語で詰まってしまう。
フーリは、綺麗に黒髪をぐちゃぐちゃと掻いてうめき声をあげる。
「ダメ……わかんない……」
そう言って、フーリは机に突っ伏す。
木でできた机に頬をつけ、オーバーヒートした頭を冷やす。
わからないところがあれば聞くようにとのことだが、初っ端から薫にきくとなると迷惑がかかってしまうのではないかと思うとなかなか言い出せないでいた。
「あぅ……はぁ……」
フーリは、溜め息が出てしまう。
医療魔法は、その構造や効果などを完全把握しないと覚えることが出来ないとされていると薫が言っていたが、フーリは早々と大きな壁にぶち当たってしまった。
眉をハの字にして、ごろごろとし始める。
そんなとき、聞き覚えのある声が聞こえて扉が開く。
現れたのは、クレハだった。
黒く綺麗な髪を結ってまとめている。
紫色の着物を少し着崩した格好であった。
フーリは、そんなクレハに見とれてしまう。
「フーリ、お茶持ってきたよ。ずっと勉強してたの?」
「うん、クレハお姉ちゃん……ありがと」
クレハはソッとカップを机に置く。
フーリは、置かれた温かいカップを両手で持ち、息をフーフーと吹きかけ少し冷ましてから口をつける。
ラックスティーの気分を落ち着かせる匂いに、フーリはちょっとほっこりとする。
熱い息を吐き、回らなかった脳が少し働くようになったように思える。
「よし、頑張る!」
そう言って、熱心に勉強をしようと文字を見つめる。
そんなフーリをクレハは微笑ましいなと思う。
しかし、直ぐにフーリの頭はオーバーヒートしてしまう。
ぐにゃりと机に額をつけて、ぷるぷる震えるのだ。
ちょっと可愛いなとクレハはフーリを観察する。
フーリは、「あー、うー、わかんない……」などと足をぶらぶらさせる。
クレハは、そんなに難しいことが書いてあるのかとちょっとフーリが持つ本を覗き込む。
すると、全く何を書いてあるのかがわからない。
クレハも完全に思考が停止する。
「フーリ、これを勉強してるの?」
「う、うん。でも、入り口で詰まってる……。どうしよう、クレハお姉ちゃん……」
涙目でクレハに訴えてくるフーリ。
うるうるとした小動物のようなフーリの眼差しに、クレハは困ったなといった表情をしてしまう。
クレハはそんなフーリに甘々なのである。
どうにかしてあげたいと思ってしまう。
しかし、クレハ自体治療などは専門外である。
専門用語のオンパレードに、クレハ自身も頭がオーバーヒートしそうなのだ。
これは薫に聞いたほうが早そうでもある。
だが、薫に聞くとなるとフーリの性格上ちょっと気が引けてしまうというのもある。
フーリは、わからないところを聞いて薫に落胆されたらと思うと怖いと。
しかし、そんなことで薫が落胆などはしないだろう。
クレハは少し悩んでからフーリに言う。
「やっぱりちゃんと聞かないと駄目よ。カオルさんの役に立ちたいんでしょ?」
「う、うん。でも……クレハお姉ちゃん、最初から聞いたらカオル様に悪いような気がして……」
「大丈夫だよ。だから、まずは一歩踏み出すようにすること。いい?」
「……うん」
クレハがそう言ってもやはりなかなか決心がつかないでいた。
「一緒に行ってあげようか?」
「……」
昨日のあの行動力が嘘のように萎れてしまっている。
だが、こうなるのも基礎がないから仕方がない。
1つの疑問からどんどん掘り下げていくと、なぜこうなるのかなどの疑問がどんどん増えていく。
知識がないと、永久に聞くことになる。
それがわかっているから余計に聞けない。
クレハは、そんなフーリの手を取る。
「もう、いつもの強引なフーリはどこにいったの? そんなんじゃ駄目だよ」
「クレハお姉ちゃん……」
「大丈夫、ちゃんと頑張るってフーリが決めたんだよ? だから、それに対しては頑張りなさい。カオルさんに迷惑をかけるとかそういったことは考えないで。カオルさんもフーリがこの勉強をすることを了承してくれてるんでしょ? だから、ね?」
クレハに諭されるように言われ、ようやく聞くとを決めるフーリ。
「じゃあ、今から行きましょうか」
「え? い、今から!?」
「善は急げって言うからね」
そう言って、クレハはフーリに微笑む。
最愛の妹のためなら、どんなことをしても引っ張っていってあげなくてはと。
それで、フーリが前に進めるきっかけになるならクレハは厭わない。
優しく手を引き、本を持つフーリと一緒に部屋を後にする。
クレハとフーリはそのまま薫を探す。
多分、謁見の間にいるのではないかと思う。
これからどうするかを話し合うためと言っていたからだ。
とことこと歩くクレハとフーリは、謁見の間へと着く。
中から、何やら騒がしい声が聞こえてくる。
ちょっと入るのを躊躇うくらいだった。
クレハとフーリは、ソッと扉をあけるとそこにはこの妖精の国を治めるプリシラが、折りたたみ式玉座で薫におしりを叩かれ、叫んでいるというなんとも言えない空間になっていた。
「つ、つい出来心だったんです! きゅっきゅ~! い、痛気持ちいいですって、きゅ~! あ! それ、本当に痛いだけです、カオルさん! キュッキュッキュ~!! お、お尻が……お尻が……きゅっきゅ~!」
「マジでええかげんにせえよ……! このダメプリンセスラビィが!」
「や~んって、きゅっきゅ~!!」
ぺちん! っと痛々しい音が何度も謁見の間に響く。
ピンクラビィたちは、その光景に身を寄せ合いぷるぷると震えている。
アリシアは、あたふたしていた。
クレハとフーリは、そんな中でアリシアに近づく。
「アリシアさん、何があったの?」
「あ、クレハさん。え、えっとですね……。プリシラさんが、カオル様にゲートを使いたければ撫で撫でデラックスなひとときを与えてくれないと開きませんとか言ってたんです」
「えっと、それで撫でたの?」
「はい、仕方なくでしたが……。そこからプリシラさんは味をしめたのか、もう1つ要求してきたんです……」
「あっ……何となくもうわかった……」
「ダメプリンセスラビィ……」
アリシアはちょっと困った顔で苦笑いを浮かべる。
プリシラが、約束を守らずに自身のことだけを何度も言ったため、薫の堪忍袋の緒が切れたというわけだ。
最初は、ピンクラビィたちもノリノリでプリシラのついでに撫でてもらおうとしていたが、今は完全に退避している。
いや、完全に怯えているといったほうがいい。
「カオルさん、ごめんなさい! もう、わがままは言わないですって、きゅっきゅ~! 痛いです! もっと優しくいたわるようにって、きゅっきゅ~! ごめんなさい、冗談でしたすいません許してください!」
「はぁ、ホンマにもう懲りたか?」
まるで興味のないものを見るかのような目線に、プリシラはすがりつく。
自分の欲望に負けてしまい、このようなことをうんでしまったのだから自業自得とも言えるが。
「ちゃんとします! ちゃんとするんで許してください!」
ピンクラビィの耳をぴょこぴょこさせて薫に熱い眼差しを向ける。
はっきり言って、絶対にこいつは懲りてないだろと薫は思う。
プリシラの再犯は確実にある。
喉元過ぎればなんとやらだ。
だが、今ここでそのようなことを言及しても無駄だ。
なら、さっさとゲートを開いてもらったほうがいい。
「そしたらスパニックへ繋いでくれ」
「お任せください!」
プリシラがそう言ってぴょこんと耳を立てる。
両手は叩かれたおしりをいたわるかのように優しく触っている。
すると、空間がぐにゃっとねじ曲がるのである。
「そしたら、ちょっとスパニックでアリシアが見た患者の経過とか見てくるから、終わり次第連絡入れるわ」
「了解です!」
ビシっと敬礼をするプリシラ。
小さな声で、「おしり痛いです……カオル様のせいでおしりが2つに割れちゃいました」などとツッコミ待ちなことを言っていたが気にしない。
軽くひと睨みで、ビクンっとはねるプリシラは目線をそらして口笛を吹いてしまった。
これ以上はいけないと悟ったのだろう。
「あの、カオルさんちょっといい?」
「ん? クレハさんとフーリどないしたんや」
「い、今忙しそうだから……後でいいよ、クレハお姉ちゃん」
「問題の先延ばしは駄目。あのね、フーリの勉強を見てほしいの」
フーリはあたふたとしているが、クレハがそれを許さない。
ちゃんと、今来た目的をちゃんと伝える。
その言葉に、薫は笑顔で答える。
「ああ、かまわへんよ。理解するのに1人ではどうしようもないからな。スパニックから帰ってきてからでええか?」
「大丈夫よね? フーリ」
「う、うん、カオル様お願いします」
フーリは、ペコリと頭を下げる。
今まで不安だった表情は消えていた。
クレハはよかったと思いながらそっと胸を撫で下ろす。
薫との約束を取り付けれたので、フーリもこれで安心して勉強が出来るだろう。
薫とアリシアは、そのままゲートに進入する。
そんな2人をクレハとフーリは見送るであった。
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スパニックの宿屋。
ベッドメイクも綺麗にされており、小さなゴミ1つない。
高級な赤い絨毯のひかれた部屋。
窓も大きく、ソファーとテーブル、リラクゼーションチェアが置かれてある。
「はぁ、久々にここに帰ってきたなぁ……」
「カオル様と一緒は本当に久しぶりですよ」
そう言いながら、アリシアは笑顔を向ける。
薫は、そんなアリシアの頬を突く。
憎たらしいほどに可愛らしい笑顔を向けるためだ。
「は、はぅ……にゃにするんですか!?」
「いや、すまんつい……」
薫は、そういいながら苦笑いを浮かべる。
「い、1日言うこと聞く券の効力はもうなんですからね!」
「いや、なりふり構わず襲ったりはせえへんし」
「……」
薫の言葉に、アリシアはジトッとした目線を送る。
昨日のアレのどこがなりふり構わず襲ったりしないのか小一時間問い詰めたくなる。
あれは、もう人を駄目にするものだ。
屈したりしないと思いながらも流されてしまったが……。
いや、壊れるといったほうがいいのかもしれない。
そんなことを考えていたら、アリシアは顔がりんごのように真っ赤になってしまっていた。
薫は、そんなアリシアをいじりがいのあるといった表情で見つめる。
「さて、それじゃあアリシア治療院へ行こうか」
「カ、カオル様、アリシア治療院とか言うのやめて下さいよ」
「アリシアの開業1店舗目やろ? さぞかし大層な治療院なんやろうなぁ」
薫にいいようにいじられるアリシア。
心地良くもあるし、こういった時間がまた楽しいと思ってしまっていた。
「や、やめてください! そ、そんな大層な治療院ではありません!」
アリシアは、あたふたしながら薫に言う。
しかし、オルビス商会スパニック店に着いて、アリシア治療院を見るとそれは立派な治療院が設置されていた。
おまけにスノーラビィの絵まで添えられている。
薫は、視線をアリシアに向けるとサッと目線を逸らされた。
アリシアは、目が泳いでいるのを隠すためだった。
その行動で隠せてないが。
そんなことをしていたら、アニスがこちらへとやってきた。
相変わらず仕事ができるオーラ全開なのである。
まぁ、本当に出来る人だから仕方がない。
「おや? カオル様ではないですか! お帰りになられたのですね」
「ああ、やっと一段落したからちょっとこっちの方を見に来たんや。何か冬吸風邪以外の病気はあったか?」
「いえ、数人を除いて冬吸風邪でしたよ。アリシア様がいらっしゃらなかった日に来られた方で、腹痛と擦り傷程度でした。アリシア様目当てと言ったらよいでしょうか」
アニスがそのように言うと、一瞬空気がピシッという軋む音を立てたてる。
アニスはカオルを見て、一礼をしてから一言添える。
「そういった者達は、ちゃんとこちらで排除しましたのでご安心下さい」
物凄くいい笑顔でアニスは言うのである。
「仕事が早くて助かるわ」
「いえ、これくらいわけないですよ。アリシア様がこちらにいるときに、そのような事件でも起きれば私の首が飛びかねませんし」
「そんなこと……あるかもしれへんなぁ……。カインさんならやりかねん」
親バカカインの顔が手に取るようにわかるだけに。
「はい、ですから私どもは細心の注意を払っております」
薫とアニスは、アリシアを置いてけぼりにして話を進める。
いや、アリシアにも関係あるが当の本人はどこから突っ込んでいいのかわからないでいた。
そんな話を薫とアニスがしていると、アリシアのフードからスノーラビィがお昼寝から起床してきた。
小さく伸びをした後、アリシアに起きたことを伝えるように頬ずりをする。
ほわほわと柔らかい毛並みにアリシアの口角が緩む。
アリシアは、ここに楽園がありましたと言わんばかりのよい表情をする。
そして、薫とアリシアは治療室へと入る。
アリシアは、いつも通り棚からカルテを出して、居なかったときの患者さんの症状などに目を通す。
顎に手を置き、1枚ずつ丁寧に読んでいく。
薫は、そんなアリシアを見て格好だけは医者っぽいなと思う。
まだまだ覚えることが膨大にある。
それをアリシアは全て覚えて、同時進行で技術も叩きこまなければならない。
それでも、一人前になるまでそこから相当かかる。
道は険しく長い。
途中で折れたりしないように、薫はアリシアを支えねばならない。
そんなことを考えていたら、アリシアが薫の方を向き言うのである。
「冬吸風邪以外で、冬ツツガムシ病に罹った患者さんはいないようです」
「そうか……。そこら辺も調べて書物にでもしてオルビス商会から流すとしようか」
「はい、オルビス商会の流通を使えば、大都市と中都市にはほとんど届くと思います。レイディルガルドが絡まなければ、迷宮熱の特効薬をもっと早く流通させることが出来たのですが……」
アリシアはそう言いながら、申し訳無さそうに言う。
迷宮熱の申請が手間取り、流通が遅れてしまったのだ。
流通が遅れれば、その分重病患者が出てしまう。
それを防ぐことの出来る薬があったとしてもだ。
今年の迷宮熱の死者は、前年度よりもかなり低い数字を叩き出した。
薬の届いた地域、作り方などを流通させたのがその数字と成果を出していたのである。
一番成果が出たのは大迷宮都市グランパレス周辺地域だ。
迷宮熱での死者はほとんどゼロに等しかった。
だが、それ以外の地域は、間に合わずに亡くなってしまった人たちがいるのも事実。
そういったことが、これからなくなるようにしていきたいとアリシアは思うのである。
1人でも多くの患者を救いたいと。
「アリシアが気に病むことやないからな。リースが契約した内容に、新たな薬を作ったとき、レイディルガルドを通さなければ流通してはならないとか、訳の分からない文章にサインしてたのにはビックリしたけどな……。まぁ、表向きはそんな文章が見えないから詐欺まがいの契約やったしなぁ……。ほんまにあの国は胸糞悪いわ」
薫は、そう言いながら頭を掻く。
レイディルガルドが薬に関しての全てを掌握するための条件でしか無い。
たぶん、エクリクスに対抗するためのものなのだろう。
だが、そのせいで薬の価値が跳ね上がり、お金をそこまで持ってない者には手の出せない代物になってしまう。
金や名誉を手に入れるためのそんな契約などいらない。
「でも、カオル様がそれも破棄したんですよね?」
「まぁ、当たり前やん。そのせいで支障が出るのはあかんやろ」
薫は、当然と言わんばかりに答える。
そんな薫をアリシアは、くすくす笑いながら見つめる。
「あ! そうでした!」
「な、なんや? いきなり大きな声出して」
アリシアは、くすくすと笑っていた表情が一瞬で崩れて慌て出す。
「あ、あの……、ルルちゃんの診察をしに行かないといけません」
「あのときの薬が必要って言った子か?」
「はい、薬は渡してますが……。その後の経過をまだ見れてないんです……。ど、どうしましょう……」
「慌てんでええよ。今から行ってちゃんと診察したらええ」
「は、はい……」
アリシアは、あたふたとしながらルルのカルテを持ってから治療室をあとにする。
薫もその後ろから付いて行くのであった。
ルルのいる屋敷へと薫とアリシアは着く。
門番の人に話しかけると、笑顔で通された。
薫は、その光景を見て笑顔を作る。
「あ、あの……なぜカオル様は笑ってるのですか?」
「ん? いや、信頼されてるんやなぁって思ってな」
「はぅ……。は、恥ずかしいです……」
「ええことやで? アリシアが頑張ったからこその対応なんやろうからな」
薫に褒められ擽ったそうに体をもじもじとする。
いちいち可愛い反応しやがって。
そんなことを思っていたら、出迎えてくれる1人の女性に会う。
「アリシアさん、いらっしゃい」
「あ、パナンさん、診察にきました」
「えっと、そちらの方は……」
パナン夫人は、薫を見てちょっと不安そうな表情をする。
悪人面だからかな?
「はい、私の夫です。今回の薬を作った人でもあります」
パナン夫人は、それを聞いて丁寧に頭を下げる。
薫もそれに合わせて頭を下げ自己紹介を済ませる。
「あれから、娘の体調が見る見るよくなったんですよ。あの薬のおかげです。カオルさん、薬を作っていただき本当にありがとうございます」
「いやいや、ええよ。それに、その病気がわからんかったら薬すら作ることができんかったんやから、そういうのは病気を見つけたアリシアに言ったって」
薫はパナン夫人にそう言う。
アリシアは、その言葉にあわあわと慌てふためく。
実に楽しい反応だ。
「では、ルルの診察をよろしくお願いします。もうすっかり元気になって、御飯もちゃんと食べてるんですよ」
「よかったです。ちゃんと完治するまではお薬を飲むことをやめないでください。あとで薬はお渡ししますので」
「はい、ではゆっくりしていってくださいね」
そう言って、パナン夫人と別れてルルの部屋へと向かう。
ルルの部屋をノックして入ると、薫の第一声がどっかで見たことあるとのこと。
それは、私の部屋でしょうねとアリシアは心の中でツッコミを入れる。
ピンクラビィと同じ色の部屋は最高ですよ?
アリシアは、「カオル様にもこのよさを理解していただきたい」と思うのであった。
「あ! おねえちゃんだ! あと、おとこのひと?」
「こんにちは、ルルちゃん。こちらは私の夫です。ルルちゃんの薬を作ってくださった方ですよ」
「そうなんだ! ありがと」
ルルは、満面の笑顔を薫に向ける。
薫もルルに自己紹介をして、一歩下がる。
ここからは、アリシアの仕事だからだ。
薫は、ステータスを開き確認作業を行う。
妖精の国にもう1人患者がいるからである。
まだ、目を覚まさないエルフの女性。
今のところ、体力回復魔法と点滴で覚醒を待っている状況だ。
ドリアードの部隊の1人に気がついたら連絡をくれと言ってある。
現在、その子の容体は安定はしている。
しかし、まだ目を覚まさないでいる。
どうするかなと薫は頭をひねるのであった。
「きょうは、どうしたの?」
ルルは、手に【ピンクラビィと世界の冒険記】を持ちながら言う。
読書中だったようだ。
「すみません。遅くなりましたが、診察に来ました」
「もうげんきだよ?」
「はい、ですがまだ体の中に病気の原因が残ってる可能性がありますから、しっかりそれを倒してからじゃないといけませんよ。6話の子供の中に潜む敵さんのように、ちゃんとピンクラビィちゃんがやった倒し方と同じです」
「うん、きせきのちからでたおすんだよね? すっごくかっこいいの」
「はい、カッコイイんですよ」
アリシアは、【ピンクラビィと世界の冒険記】の話を使って説明している。
薫は、それを見ていないので何のことやらわからないが、それで通じているのだからいいかなと思う。
「きゅ……」
むくりとスノーラビィがアリシアのフードから顔を出す。
自身の噂を聞きつけたのか定かではない。
スノーラビィの姿を見たルルは、頬を赤らめ興奮し始める。
「すのーらびぃちゃん!」
「きゅ?」
スノーラビィは、呼んだ? と言わんばかりにルルの方をまんまるなお目々で見つめる。
こいつは確信犯だ。
などと、薫はスノーラビィにツッコミを入れそうになる。
「診察が終わったら、スノーラビィちゃんと少し遊びますか?」
「い、いいの?」
「はい、あまり騒いだりはダメですよ? まだ完治してないのですからね」
「うん」
元気のよい返事をするルルは、アリシアの診察を受ける。
結果は、もう大丈夫な域まで回復していた。
病原菌の消滅を最後の薬で行うくらいだった。
アリシアは、薫にもう1日分の薬を頼んだ。
ルルは、スノーラビィと遊びたくてもううずうずしているのがわかる。
アリシアと変わらず、ピンクラビィ愛の強いこのようだった。
そっと、アリシアは肩に乗るスノーラビィに手を伸ばすとぴょこんと乗っかる。
少し遊んであげますかといった表情をしているようにも見える。
アリシアの掌に乗っかるスノーラビィをルルの前に出すと、ジッと観察するようにルルは角度を変えながら見つめる。
表情はとろけている。
「かわいい……かわいすぎ」
「きゅ~」
あまり見つめないでと言わんばかりに、スノーラビィは耳で器用に目を隠す。
そんなスノーラビィにルルはそっと手を伸ばして頬を突く。
ふわふわとした毛並みにうっとりとしてしまう。
「すごい……ふわふわ」
「はい、最高ですよね」
2人は、目を合わせてくすくすと笑ってしまうのである。
アリシアは、そのままルルの頭の上にスノーラビィを置く。
するとスノーラビィは、もじもじと一番座り心地の良い場所を探し始める。
ルルは、硬直して口をパクパクさせる。
あまりにも刺激が強すぎたのか、良い反応をしてしまうのである。
「すのーらびぃちゃんが……あたまのうえに……」
「もじもじしてます……。あ! 丁度いいところを発見したようです」
ルルの頭の上でベストポジションを見つけ、くてぇっと脱力したスノーラビィ。
ルルは、なんとも言えない表情のまま固まる。
貴族の家でもピンクラビィを持つことは、今の御時世はなかなか出来ない。
裏ルート以外入手は困難とされているからだ。
だから、新たにピンクラビィを飼っているところは、あまり良い顔をされない。
裏の取引をしたと思われ、商人ならば信用を失ったりする。
それに、そういったピンクラビィたちは、必ず魔封具を取り付けられている。
そうしないと飼えないからだ。
それに属さないアリシアと共にいるこのスノーラビィは、平然と人になついく。
今まで魔封具を使わないで飼われているなどありえない。
逃げたりするからでもあるが。
「もこもこできもちいい」
「きゅ~♪」
「えへへ、毎日私が毛並みを整えてますからね」
「いいなぁ……。わたしも飼ってみたい」
羨ましそうにアリシアを見つめてしまう。
それは叶わないとわかっているが、ここまで人懐っこいスノーラビィも珍しい。
アリシアは、その言葉にちょっと困った顔をしてしまう。
ルルは、アリシアの表情を見て、わがままを言ってしまったなと思う。
そんなことを考えていたルルの頭の上から、するりと肩に移動するスノーラビィ。
ルルの頬に頬ずりをしたあと、ころころと肩の上で動きまわる。
スノーラビィも気を利かせての行動だろう。
ルルは、今この幸せを存分に堪能する。
そして、いつかルル自身でピンクラビィと友達になりたいなと思う。
ほんの少しの間だが、ルルは幸せなひとときを過ごすのであった。
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妖精の国の一室。
フーリとクレハは同じ部屋にいた。
「クレハお姉ちゃん、今日はありがと」
「ん? いいのよそれくらい。フーリはお姉ちゃんに一杯頼ってもいいんだからね」
「うん、えへへ」
そう言って、ベッドに座っているクレハにフーリは飛びつく。
嬉しいと言う表現でそのようにしているのだろう。
クレハは、フーリを抱きしめたが勢いに負けてベッドに倒れこんでしまう。
ちゃんと食事を取らないといけないと思うのである
「クレハお姉ちゃんの負け~」
「え!? 勝負してたの?」
「勝った~!」
そう言いながらフーリはギュッとクレハを抱きしめて離さない。
「クレハお姉ちゃんのおかげだよ。やっぱりクレハお姉ちゃんは頼りになる」
「もう、そんなにおだてても何も出ないわよ」
「ほんとに?」
「でません」
「えー」
「はぁ、今度は何を私にお願いするの?」
満面の笑みでフーリはクレハを見る。
なぜかクレハは嫌な予感しかしないのである。
なぜだろう?
「クレハお姉ちゃんも一緒に勉強しよ?」
「む、無理よ。私が見てもあんな難しいものを覚えれる自身はないし」
「一緒だと……教え合ったりできるし……だめ?」
うるうるした小動物のように、またクレハを見てくるフーリ。
この表情には勝てない。
だが、戦いしか教えてもらってないクレハもまた、文字の読み書き程度しか知識はない。
2人も薫は勉強を見てくれないとも思うし。
アリシアだけでもかなり苦戦しているように見える。
「やっぱり、むr………」
「クレハおねぇちゃん……」
「そ、そんな可愛く言っても駄目! 私は……」
フーリは、甘ったるい声でクレハを誘う。
クレハはどうにか逃げようとするが、うんと了承するまで離さない気のフーリ。
頑固なフーリの前になすすべなく了承しなければいけないのかと思う。
だが、そんなときだった。
「大変なの! カオルさんいるの?」
ばたん! とドアを開けるドリアードがいた。
金髪のロングヘアで、頭の上に花と葉っぱを編み込んだサークレットのようなものが付いている。
腰に長剣をさし、ドレスアーマーを着て、ちょっと胸が邪魔と言わんばかりにたゆんとさせる。
「ど、どうしたのドリちゃん?」
フーリは、そんなドリアードを見つめる。
いつもボーッとした表情で、何を考えてるかちょっとわからない子だが、今回はあまりにも焦っている。
「カオルさんが連れてきたエルフの子が大変なの! 直ぐにカオルさんに知らせないといけないの! 私にはどうすることもできないの!」
このドリアードの焦りようから、ただ事ではないとわかりクレハとフーリは急いでエルフの女性の下へと向かうのであった。
読んで下さった方、ブックマークしてくださった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、本当に有難うございます。
えーっと、1日遅れていしまい申し訳ない。
次回も遅れそうです……。
仕事が忙しいというだけですね。
あと、この前の仰天ニュースでプリシラの治療の話で使った卵円孔閉鎖手術が紹介されてました。
なんかちょっと興奮しました。
最新治療としてですよ!
なんか凄く嬉しかったですb
はい、書籍が発売されて早もうすぐで二週間です。
意外と売れてるらしいですよ。
買って頂き有難うございます。
これからも頑張っていきますのでよろしくお願いしますm(_ _)m




