貴族墜落作戦!
まだ朝日が登らない薄暗い中で、二人の影が動いていた。
「む、無理ですよ~。カリンそのような事はできませんよ」
「アリシアお嬢様、ただ薫様を起こしに行くだけですよ? 何をそんなに怯えてるのですか?」
涙目になりながら訴える。
だがカリンには、効かないようだ。
「わ、私がか、薫様を好きなのを知っていて、からかうような事を言うのでしょ……」
「私はアリシアお嬢様が、幸せになれると思っての行動です。でなければ、このようなこと言いませんよ。それに男の人は、恋愛感情があろうがなかろうが、意識さえしてしまえば気になるのですよ」
カリンは、アリシアの幸せのために言っている。
だが半分は、アリシアの反応が面白いからでもあった。
弄るとすぐに顔に出てしまうアリシアの表情が、愛おしくてならないのである。
「では、アリシアお嬢様は、もう少ししたら薫様を起こしに行って下さいね」
「はい……わかりました」
「そのまま、寝こみを襲ってもいいのですよ? 寝ている隙に、唇を奪っちゃってもOKです」
親指を立てながら、アリシアに向かってグッと出す。
顔を真赤にさせながら俯いてしまう。
アリシアは、何やらぼそぼそと言っていたが、カリンには聞こえなかった。
「お、起こしに行くだけです」
「はい。頑張ってくださいね」
アリシアが立ち上がろうとした時に、ドアが開いた。
「あらあら、楽しそうなことしてますねぇ」
「げ、サラ様……な、なんの事でしょうか」
口をパクパクさせながら、真っ赤になって何も言えないアリシア。
カリンは、冷や汗を掻きながら目が泳ぐ。
「カリン、あまりアリシアをからかちゃ駄目ですよ」
「からかってなどおりません! 大真面目でございます」
アリシアの為なら、なんだってしてやると言わんばかりの目でサラを見る。
その表情を見てサラは言う。
「ならいいのよ。うふふ」
「え? あの……サラ様は、止めないのですか?」
「あら? なぜ止めなければいけないのかしら」
きょとんとした顔でサラは、カリンに言う。
カリンは、貴族と一介の治療師などの恋愛は、駄目だと言われると思っていた。
だから、カインとサラにバレないように、こっそりアリシアと薫を引っ付けてやろうとしていたのだ。
もちろん、薫の気持ちは配慮されてはいない。
「だって、私とカインはそういう壁があったのよ。だから、別にアリシアもそうしたいのならそうすればいいのよ。あ! でも止める人がいないから私の時よりは楽ね」
「え? お母様もそのような事があったのですか?」
「あら? そういえば、アリシアとカリンには言ってなかったかしらね。私は、元々が貴族でね。カインは、ただの貿易商人だったのよ。もう周りは、総反対よ。うふふ」
この言葉にアリシアとカリンは、ビックリした。
じゃあ、どうやってカインとサラは、結婚できたのかが気になった。
「お母様は、どうやってお父様との結婚が許されたのですか?」
「そんなの簡単よ。みんな黙らせたんだから」
「ふぇっ? な、なにしたんですかお母様」
「カインは、これから大きな事をなすから見てなさい! って啖呵切って黙らせたの」
「そんな、簡単に黙るのでしょうか?」
ちょっと不安げな顔をするアリシアに、サラは言う。
「まぁ、出来なくても結婚する気だったからね。それに、周りからとやかく言われようが関係ないわよ。アリシアは、周りから駄目って言われて引き下がれるの?」
「で、出来ないと思います」
真っ赤な顔のまま言うと、サラは笑いながらアリシアの頭を撫でながら言うのであった。
「好きになったらしかたないわよ。薫様は、どうかわからないけど気持ちを伝えるのは、良い事よ。言わないとわからないんだから当たって砕けろよアリシア」
「そうです。サラ様も応援して下さってます。気持ちを伝えるのは、タダなのですからいきましょう」
「が、頑張ります。少しでも多く薫様と過ごす時間を手に入れてみせます」
意気込んでアリシアは、部屋を後にする。
その後姿を二人は、見つめながら笑うのであった。
「うまく行けばいいのですが」
「アリシア次第ね。うふふ、昔を思い出すわ。でも、いい感じになればアリシアは、もっと毎日が楽しくなるでしょうね。今まで、ずっと恋愛とかなんて、考えてもいなかったでしょうからね。見てて楽しいわ」
「そういえば奥様は、何時頃から気付いてたのですか?」
「食事の時にコソコソ話ししてたの聞こえちゃってねぇ。うふふ」
「じ、地獄耳ですね……ニコニコしてるだけかと思ってました」
「あら? よく観察してるって言ってほしいわね」
サラは、満面の笑みでカリンに向けて微笑む。
二人は、若干ワクワクしながら、アリシアの報告を楽しみにしながら時間を潰すのであった。
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薫の部屋の前に到着したアリシア。
呼吸を整えて、ドアノブに手をかける。
とくんとくんと、心音が耳に響く。
心地よくもあり心がちくちくとして不安にもなる。
ドアノブを捻り、ドアを開けて中へと入っていく。
「お、お邪魔します。か、薫様あ、朝ですよ~」
ちいさなか細い声でアリシアは言うが、そのような声量で起きるわけもなく、薫は寝たまま動かない。
ゆっくりと音を立てずに、薫のベッドに近づいていく。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、薄っすらと薫の顔を照らす。
「薫様、髪の毛下ろしてる方が格好いいですって私は、何を言ってるんですか!」
自分自身に、ツッコミを入れてしまうアリシア。
ジッと、見つめていても飽きない。
好きになるという事は、こう言うことなのかと思ってしまっていた。
ぽーっと見つめて、薫の顔を手で触れてみる。
「ドキドキしちゃいます。何か悪いことをしてるような気分です……」
当初の目的を忘れかけているアリシアは、いけないと思い薫を起しにかかる。
「とりあえず揺すってみますか。薫様、朝ですよ。起きて下さい」
「……」
小さな手で薫を「うんしょ!」と揺すって声をかける。
だが起きる気配がない。
若干不安になるアリシア。
もう少し、力を入れて揺すってみようと思い、ベッドの上に乗り膝を突き、薫の肩を両手で掴み揺する。
「朝ですよ! 薫様起きて下さい~~~」
「……」
何度も揺すってみるが、駄目。
しょぼんっとした表情になり、若干涙目になりながらオロオロとする。
一向に薫は、起きる気配がない。
「お、起きないと……す、すごいことしちゃうんですからね」
アリシアは、薫の耳元でそう言うと言った本人が、顔を真っ赤にさせてあわあわと恥ずかしがっていた。
端から見ると、かなり面白い動きになっていた。
その瞬間、薫が寝返りを打つ。
それにアリシアは、巻き込まれて薫の抱き枕状態になってしまった。
「あwん@ds^3だkhg!」
声にならないか細い悲鳴が出た。
ぴくりとも動けず。
薫の抱き枕と化したアリシア。
パクパクと口を開きながら、状況判断ができずに頭が沸騰していく。
大好きな薫の顔が目の前にある。
心音の鼓動が先ほどのとは、比べ物にならないくらい喜びの悲鳴を上げる。
抱きしめられて、幸せ死する勢いでアリシアの脳は、蕩けていく。
そんな中アリシアは、薫の異変に気づく。
「あ、あれ? か、薫様は、過剰に魔力を使ったのでしょうか……」
薫の放つ魔力と顔色にアリシアは、昔自分がなったことのある魔力不足の症状と似ていると思い少し不安になる。
魔力を大量に消費するとなる症状で、強制的に魔力を回復するように体が防衛反応を起こす。
人によって様々だが、基本的には睡眠などで体を十分に休ませ、MPの回復に努めるといったのが殆どである。
「薫様が起きたら報告してみましょう。今は……無理です。もうちょっとだけこのままで……もうすこしだけ」
そう言いながら薫の胸に顔を埋めて、頬を擦り付けるアリシア。
そんな時、薫の部屋の扉を叩く音がする。
その音にビクッと反応する。
またしてもパニック状態になる。
そして、ゆっくりと扉が開いて行き声が聞こえてくる。
「アリシアお嬢様、薫様をおこせましたk……おっとごめんなさいね。ごゆっくり」
薫に抱きまくらとされているアリシアの姿を見るや、「おじゃまでしたね」といった感じでスッと扉を締めていく。
そんなカリンの行動にアリシアは、「ご、誤解なんですぅ」と言うが、「もう、大胆ですねぇ」と言った声が返ってくるだけだった。
真っ赤な顔でわたわたと動こうとするが、薫に抱きしめられているため何も出来ずにくた~っとし、じっとしていることしか出来なかった。
このあと薫が起きるまで、開放されず嬉しいのやら恥ずかしいのやらと言った感情が、ぐるぐるとアリシアの脳内を回るのであった。
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日差しが気持よく仄かに暖かい。
そして、腕の中に丁度抱きやすい枕がある。
その枕は、柔らかく少し力を入れると自分に擦り寄ってくる。
香りもよく、ずっと抱きしめていたくなるような感覚がした。
時折、艶かしい小さな声が聞これる。
少しずつ薫の脳が覚醒していく。
「え?」
目の前の光景が、何やら大変よろしくない状況ということは、理解できた。
そう自身が、抱き枕のように抱きついてるのが、アリシアだという事が問題なのだ。
「何しとんねん……夜這いか?」
「……」
アリシアは、薫の声にビクッと反応する。
少しオチャラケた感じで言う。
耳まで真っ赤にしながら薫の胸に、顔を埋めて動こうとも返事もしないアリシア。
「言わんと分からへんぞ?」
「お、おはようございます」
「うん、おはよ。で?」
笑顔で薫は、何故アリシアが、自分のベッドの中で抱き枕と化してるのか聞くのであった。
私は、悪く無いですと言わんばかりにアリシアは、答えた。
「薫様を起こしに来たんです。その時に、揺すって起こしてたら寝返りに巻き込まれて、今の状態に……」
「……!? あれ? それやったら俺のせいやん」
「身動きも取れなくて、声をかけても起きてくれませんでした」
ほんとですよ! と言わんばかりの必死さが、薫に伝わり苦笑いしながら頭を掻くことしか出来なかった。
「すまんな。まさか、こんな風になってるとか分からんやったわ」
「いえ……大丈夫です」
「そういえば、今何時や?」
「10時ですよ」
「やっぱおかしいよな……今までこんなんなかったし」
ここ数日の間、薫は疲労が抜けない状態がずっと続いていた。
ただ疲れてるからと思っていたが、毎日12時間も寝るということは今までなかった。
元の世界だと睡眠時間30分で、色々動きまわってる時もあったのだ。
こっちに来てから、精神的に疲れているのかと思っていたが、そういうわけでもなさそうだった。
何かしらの原因が、あると薫は思うのであった。
「あの……薫様、寝てる時に気付いてたのですか。薫様は、昨日大量にMPを消費とかしましたか?」
「ん? いや、昨日は、そんなんした覚えが無いな。どうしたんや? 急に」
「あの薫様の寝てる時の症状が、私が昔になったMPを大量に消費した時の症状に似てましたので」
「そんなもんもあるんか? MPを大量にねぇ。使ったとしたら……あ! あったわ」
薫は、大量に消費した原因が異空間手術室であることがすぐに分かった。
一回に100万ものMPを消費し、維持のために1分間に100も消費する。
ハイコスト固有スキルだ。
MPが無限にあるから、デメリットが無いと思っていたが、まさかの落とし穴であった。
それに、いつまでこの脱力感と強制睡眠が続くかも確認しなければ、今後使い勝手が悪くなる。
これから簡単には、使えそうにないと思う薫なのである。
「あ、あのそ、そろそろ離して貰えると……嬉しいのですが。さすがに恥ずかしくなってきました」
今まで話している最中、ずっとアリシアを抱き枕にしていた。
抱き心地が良くて薫は、忘れていたのであった。
「あ、すまんすまん。あまりにもフィット感が、丁度よかったから忘れとったわ」
「じゃあ、もう少しこのままでも……あっ」
薫は、優しく頭を撫でてやり体を起こしていく。
「今日は、色々せないけない事があるからな」
「お仕事ですか?」
「まぁ、そんなところや」
「頑張ってください。帰りをお待ちしてますね」
自然な流れで、アリシアは優しく微笑む。
その表情に、一瞬薫は心を奪われた。
「たまに見せるそういうのは、反則やな」
「ふぇ?」
「いや、なんでもないわ」
小さな声で返し、少し顔が赤くなる薫。
仕事モードになると恋愛などそういうものは、脳が患者として見ているので、なんとも思わない。
仕事モードではない時は、色々と回らないことも回ってしまう。
アリシアの気持ちもわかっているだけに、薫も意識してしまうのである。
鈍感でありたいと思うが、気づいてしまってる以上、向き合わなければ相手に失礼だと思ってしまうのであった。
「アリシアは、部屋に戻っとき。朝食食べとらんのやろ?」
「は、はい」
「送ろうか?」
「だ、大丈夫です」
「じゃあ、また後でな」
アリシアと別れ薫は、着替えてリースの下へと行く準備をするのであった。
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リース治療院に着き挨拶をしながら入っていく。
「リース居らんのか?」
「あんたねぇ、いきなり居なくなったり出てきたり何なのよ」
溜息を吐きながら薫を見る。
薫は、満面の笑みで、すまんすまんと言いながら「ちょっと耳寄りな話があるんやけど」と言いながら二人共ソファに座る。
「で、何よ。こっちは、色々大変なのよ」
「ああ、それに関係あることやから、聞いてみるだけ聞いてみたらええんやないの?」
「ん? どういう事よ」
「嫌がらせにあっとるんやろ?」
「っ!? 何処で聞いたのよ」
リースは、顔色が変わり薫を睨んでいた。
どうどうといった感じで、リースを落ち着かせる。
「ちょっとな。それでなんやけど、その嫌がらせしとる奴を一泡吹かせれるとしたらやってみたいか?」
「で、できるのならしたいけど……無理よ」
表情は、暗く俯きながら答える。
相手が貴族で今の自分では、何も出来ないことは理解していた。
そんなリースに薫は、ちょっと悪い顔をしながら言う。
「一泡吹かせるっていうよりは、貴族から墜落するって言ったほうがええかな」
「はい?」
きょとんとした表情で、薫を見る。
貴族を処罰するということは、相応の悪事を働かなければならない。
しかもそれを証明出来なければ、何もなかったかのように処罰されない。
金と権力で、全て握りつぶされてしまうからだ。
それに、自分のために何故そこまでしてくれるのかも気になった。
「な、何でそこまでしてくれるのよ」
「ん? 簡単や。女の子が、困っとたら助けとうなるやん」
「そんな理由なの?」
「それ以外に何があんねん。それに、色々と教えてもらったりもしたからな。そのお返しも兼ねとる」
薫は、笑いながらリースに言う。
俯きながらブツブツ言いながらも、リースは今の現状を打開できるという事が嬉しかった。
貴族の嫌がらせで、今の現状なのだ。
「そ、それでどうやって貴族をギャフンと言わせるのよ」
「それはやな」
ニヤニヤしながら薫は、リースに作戦を話す。
それを聞いてリースは、「バッカじゃないの!」と言う大きな声が治療院をこだまするのであった。
「簡単に特効薬が作れるわけ無いでしょ! 話を聞いた私が、馬鹿だったわ」
「まぁ、皆そう言うわな。病気の大体見当は、付いとるからな」
「どっから来るのよ。その自信は」
「そっち側のスペシャリストやし」
リースは、呆れながら言うが薫は、大真面目だった。
薫の目を見て嘘は、ついてないようにも見えた。
溜息を吐きながら薫と話をしていく。
詳しく聞いてくと薫の新しい魔法で、解決できると言う事がわかりこの後どうするかを詰めていく。
「とりあえずあなたが、薬を作らないと話にならないじゃない。まずは、それからよね。こっちも一応準備しといてあげるから、やる事やってきなさいよ」
「そうやな。じゃあ頑張ってくるわ。そっちも頼むで」
薫は、そう言って治療院を出て行った。
向う先は、迷宮熱の患者のいる場所であった。
まとまった時間がとれました。
次回もまた更新が不定期です。
時間が取れれば早く更新したいと思います。