クレハの告白とアリシアの思い
レイディルガルドの瓦礫の山を目の前にして、溜め息を吐くマリー。
日が傾いてきているにもかかわらず、一向に街の修復が進まないからである。
体に制限が加わったため、ミィシャに魔力を渡すのにちょっと手間取っているのもあいまってである。
「あ~! もうやだ! お家帰る!!」
ムスッとした表情のマリーに、笑顔のアレスがポンと肩をたたいて首だけを横にふる。
それは、逃げない方がいいと言っているのと同じ意味である。
薫に貸しがあるのなら、返さないと洒落にならないことになりかねない。
そうしなければ、最悪モーリスのようになる可能性も無きにしもあらずということなのだ。
「……」
「マ、マリー様! 補給してください!」
「ミィシャ! 無駄に魔力取ってないわよね? 進みが悪すぎるわよ!」
「わ、わふぅ……。そ、そんなことするわけないじゃないですか! あの子たちの機嫌損ねたら逆に崩壊させるんですよ!」
耳をへにょらせ、ミィシャはマリーに言うのである。
嘘はいってないようだが、かなり直しの速度が遅いのだ。
いつもなら、5分の1くらいは修復できていてもおかしくないところを未だに10分の1も修復できていない。
「でも、遅すぎない?」
「初めてのところだからだと思いますけど……。ほら、初めてトルキアをぶっ飛ばした時だってかなりかかったはずですよ?」
「……そういえばそうね」
ちょっと周りの視線が痛いと思いながら、マリーは大きな溜め息を吐いてからミィシャに魔力供給をする。
早く終わらないかなと思いながら、モーリスを椅子にして足を組むのであった。
「にしても、ユリウスの首飾りをちゃんと取り除けたんだな。すげぇな、カオルって」
「ほんとだよね……。全く」
そうアレスとナクラルは言うのである。
最悪のアーティファクトといわれるあの首飾りを、体内から取り除くことができるというだけで前代未聞の奇跡とも言える。
死ぬまで外すことの出来ないとされている代物なだけに、使うときは細心の注意を払わなければいけないのだ。
それが今では取り除かれて、ユリウスのスキルが発動しているのだ。
あとは薫からの連絡待ちという感じなのだが、いつ来るかまではわからない。
アレスはふと1つのことを思い出して、いそいそと大剣で空間を斬る。
すると、その空間がどこかへと繋がる。
「ん? アレスさん、どこ行くんだい?」
「え? いやほら……、嫁が1人ご機嫌斜めって情報が入ったからさぁ……。ちょっとお土産でも買いに行こうかなと……。それ以外にも野暮用があってね」
「まぁ、直すまでに時間かかりそうだしね……全く。ついでに食料とかもお願いしてもいいかい?」
「ああ、なんでもいいよな?」
「そこまで好き嫌いしないからいいよ」
ナクラルはそう言うと、アレスは了解と片手を上げた後に空間へと飛び込んで消えた。
その光景を見ていたマリーは、羨ましそうな表情を浮かべて閉じていく空間を見つめる。
視線をミィシャに移すと、小さな幼女にぺこぺこと低姿勢な犬っころといったなんともおかしな光景が映る。
このスキル以外、こういった街1つを直すことはまず不可能だからかなりレアなスキルだなと思う。
しかし、使い勝手の悪さから言えば、大問題と言ってもよいスキルでもあるのだが。
これは、主従関係が完全に逆転してしまっているから最悪なパターンと化しているためだ。
元々はミィシャの方が上であったが、立て続けにマリーが起こした大災害を直すことで嫌気が差して、言う事を聞かなくなったのである。
「ここもちゃんと直してよ……」
「え? 命令するの?」
「そ、そういう訳じゃないよ……」
「……」
「そ、そんな目で見ないでよ……」
ビクビクとしているミィシャは、何とも可哀想なことになっている。
しょんぼりとした表情を浮かべるミィシャは、早く帰りたいと本気で思う。
途方も無い瓦礫の山を目にして、涙を浮かべる。
「ねぇ……」
「な、なに?」
「最初に会った……白髪の人の魔力……美味しそうだった」
「!? え? む、無理だよ!! カオルさんの魔力欲しいとか……私が死んじゃうよ!」
「やだ! アレがほしい!」
ジト目で見てくる白い妖精に、なんとかとどまるように言うが、スッと腰を降ろしてしまいそっぽを向いてしまうのである。
白い妖精たちは、薫の魔力をくれるまで仕事はしませんとボイコットを決め込む。
そんな行動をとってしまった妖精たちを、マリーもどうしたものかと思いながら苦笑いする。
薫の魔力を欲するとは命知らずと思うが、これでちょっとした調教を施せば、ミィシャとの主従関係を改善できるのではないかと考える。
しかし、ミィシャはそんなことまで頭が回らずに、薫にそんなこと頼んだ日には吊るしあげられるのではないかと恐怖で青ざめてしまうのであった。
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妖精の国の一室。
ユリウスとガラドラがベッドで横になっている。
2人の心電図を表示して、薫は術後の変化を確認していた。
「大丈夫そうですか?」
「ああ、問題ないな」
アリシアは、2人の病状の変化がないかを聞く。
ちょっと頬が赤いのは先程抱きしめたからだろう。
嬉し恥ずかしといった感じが伺える。
「目を覚ますのは明日かな……。ちょっと俺は回復に力を入れなあかんそうや……」
そう言って、壁にもたれかかる。
顔色は、あまりよくはない。
グランパレスのときよりかは魔力を使ってはいないため、1週間まるまる眠るということはない。
しかし、回復にはそれなりの時間を用意すると思うと憂鬱でしかない薫。
そんな薫の顔をジッと見つめるアリシア。
それに気がついた薫は、ちょいちょいと手招きするとアリシアはちょこちょこ恥ずかしそうにやってくる。
アリシアは、寄りかかった薫の胸に頭をとんと置いて、目を瞑る。
「どうしたんや? 充電か?」
「そ、そのようなことはしませんよ……はふぅ~」
そう言いながら、アリシアは胸に頭を引っ付けたままぐりぐりと擦りつけてくる。
恥ずかしいと思う気持ちと、薫に引っ付いていたいという気持ちからこのような行動になっているのだろう。
薫は、そんなアリシアの頭を優しく撫でる。
すると、嬉しそうに目を細めて喉を鳴らすのである。
先程は手術の前だったため、そこまで気を抜いた行動ができなかったが、もう一段落したのでこれからゆっくりとしようと思うのだ。
薫は部屋をアリシアと一緒に後にする。
廊下に出るとアリシアに手を引かれて、2つ隣の部屋へと案内される。
中に入ると、ベッドやソファーなどの家具が置かれてある。
この部屋は、必要最低限のようだった。
壁には蔦などがはっていて、まだそこまで手入れされてはいない。
薫は白衣を脱いで、ベッドにゴロンと寝っ転がる。
ベッドシーツは、花の香がふんわりと鼻孔をくすぐる。
リラックス効果があるのだろうか、気分がよくなり眠気が襲ってくる。
そんな寝っ転がった薫に、アリシアはせっせと掛け布団を用意する。
「ありがとな……アリシア」
薫は、目を瞑ったままアリシアにそう言う。
アリシアは、その言葉に満面の笑みで応える。
「はい、ゆっくりと休んでください。そ、その……薫様、こちらへどうぞ」
アリシアはそう言って、薫の頭元へ移動して膝枕をしてあげようとしているのか、膝をぽんぽんと叩きながら言う。
薫は、ちらりとアリシアの顔を見上げるとちょっと恥ずかしそうな表情を浮かべている。
ここはお言葉に甘えるかなと思って、ゆっくりと頭を上げてアリシアの膝の上に頭を乗っける。
温かくふわふわして気持ちが良い。
安心してそのまま睡魔に意識が飲み込まれていく。
薫はそのまま寝息を立て始めた。
「薫様、お疲れ様でした……」
アリシアはハニカミながら、ゆっくりと薫の頭を撫でるのであった。
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妖精の国の泉の前。
クレハとフーリは寄り添うように座っていた。
「その……フーリ、ごめんなさい」
「クレハお姉ちゃん、さっきから謝ってばっかり!」
「……」
フーリは頬を膨らませて、それ以上謝るのなら怒るぞといった表情をするのだ。
それでも、クレハはその言葉が最初に出てしまう。
自分がフーリにしてしまったことは消えない。
綺麗なフーリの肌を優しくクレハは撫でる。
今は傷一つないが、クレハの目には焼けただれてしまったフーリの腕の傷が、鮮明に脳に焼き付いて離れないでいた。
大切な妹にそのような傷を負わせてしまった負い目は、簡単に取れるかといえばそれは時間が必要だと思う。
フーリはクレハの行動に、傷を負わせてしまったことを思い出しているのだろうと思い、悲しそうな表情をする。
「クレハお姉ちゃん……」
「ご、ごめんなさい。あっ! その……」
「ゆ、ゆっくりでいいから。さっきも言ったけど、嫌って言っても絶対に一緒にいるんだからね!」
「うん……あっ」
フーリは、クレハの頭を優しく抱き寄せ自分の胸に押し付ける。
苦しくないように、そっと緩めてクレハの頭を撫でてあげるのだ。
もう大丈夫だよと言わんばかりに落ち着くまで。
すると、クレハは目を瞑り涙を流す。
「ほら、大丈夫。世界で一番強い私の自慢のお姉ちゃんは、こんなことで簡単に弱ったりしないんだよ」
「……強くないもん」
「えへへ、知ってるよ。本当は泣き虫なんだもん」
「うぅ……、フーリがいじめる……。ひどいよ、フーリ」
「やっと、普通に返してくれた。いつものクレハお姉ちゃんだ」
そう言って、屈託のない笑顔を浮かべる。
そんなフーリをクレハは、目を赤くしながら見上げる。
心配ばかりかけて、今もフーリに気を使わせてしまっている。
お姉ちゃん失格だと思いながらも、フーリのその気持ちだけが温かく心を満たしてくれる。
「フーリがお姉ちゃんをからかってくる……。反抗期だ……」
「いつもからかわれてたもん。これで、おあいこだよ」
「そんなフーリには、お姉ちゃんスペシャルを受けてもらわないといけないのよ」
「やーだー♪」
「嬉しそうなやだって聞いたことないわよ……。でも、フーリ……ありがと」
クレハの言葉に、フーリは「うん」と返事を返す。
やっとその言葉が聞けたといった感じで、綺麗なクレハの黒髪を優しく撫でる。
「カオルさんにお礼を言わなきゃね……」
「うん、クレハお姉ちゃん」
ユリウスの制限も復活していることから、薫の治療が終わったこと感じ取っていた。
今はモーリスのスキルは解かれているため、ただ能力に制限がかかるのみとなっている。
「クレハお姉ちゃん……これからずっと一緒だよ」
「うん」
フーリは、幸せそうに目を細めるクレハを優しい表情で見つめる。
そして、先ほど薫の名前を出したとき、クレハは胸が締め付けられるような感覚に陥っていた。
嫌な締め付けではない。
名前を出しただけで、体の奥底がぽかぽかとしてくる。
始めはこれが何なのか見当もつかなかった。
今まで知らなかった感情の変化に戸惑ったりもしたが、今ならわかる。
これは好きという感情だ。
恋というものを初めてクレハは知った。
精神的に辛いとき、薫は側でずっと支えてくれた。
嫌な顔一つしないで、心が落ち着くまで。
薫に返せるものは何もないのに、ただ笑ってそんなものはいらないと言う。
早くフーリと一緒に居れるように、最善を尽くしてくれた。
薫に感謝の気持ちと好きだという気持ちをちゃんと伝えたいと思うのである。
叶うかはわからないけど、今回それを言わないと後悔しそうな気がするからだ。
このレイディルガルドを崩壊させる旅で気付いた薫への思い。
あの優しさは体目当ての里の者たちとは全く違う。
無償のものだ。
だからだろうか、惹かれてしまう。
仲間を傷つける者には鉄槌をという薫の行動にもそれが深く感じられる。
そんなことを考えていたら、フーリはちょっと心配そうにクレハを見ていた。
「クレハお姉ちゃん、大丈夫?」
「ん? ええ、大丈夫よ……」
「そっか……よかった」
クレハの大丈夫という言葉に、フーリは安心したのか抱きしめていた手を離してクレハの太ももへと頭を乗っける。
頬を擦りつけて、甘えたいといった感じの雰囲気が滲み出す。
「えへへ、クレハお姉ちゃん。ふっかふかぁ~」
「もう……フーリったら、甘えん坊なんだから……」
「甘えん坊だも~ん。えへへ」
そう言って、フーリは笑顔を作り一滴の涙が頬を伝う。
嬉し涙が流れ、本当に幸せそうな笑顔を向けるフーリ。
ゆっくりと時間の流れる中、2人は止まっていた時間を取り戻すかのように寄り添うのであった。
「きゅ~」
「きゅっきゅ~♪」
そんな2人を2匹のピンクラビィがしっかりと観察する。
そして、ピンと耳を立てて情報を逐一報告する。
まるで、計画実行できますといった感じで隠密行動を楽しんでいるような感じなのである。
妖精の国の謁見の間。
いろいろなところから情報を耳をピンと立てて収集していくプリシラ。
「うふふ、ほとんど終わったようですね! きゅっきゅ~♪ これで計画が実行できますよぉ~!」
「きゅ~!」
「最高に幸せもふもふ計画です! 私の考えた失敗という二文字はありえない完璧な作戦です!!」
むふぅ~っと鼻息を荒くして言うプリシラ。
それに同調するかのように、ピンクラビィもおこぼれを貰おうと結託するのである。
薫の手で撫でられるだけで幸せになれる。
魔性の力を秘めた手だ。
一度でもあれに撫でられれば、もう抜け出せることは困難といっても良い。
それくらいに依存性の高いものである。
「ふっふっふ、カオルさんが眠ってしまったのでこれから計画実行するための下準備をしましょう! 起きたら行動できるように皆さんに伝達よろしくですよ!」
「きゅ~!」
「まずは、カオルさん脅し計画です!」
そう言って、いろいろと集めた情報を確認していく。
交渉カードとしての効力を発揮するであろうものをどんどんピックアップする。
「アリシアさんがいらっしゃるのに、クレハさんとあのようなことをしたのです! これは良い材料ですよ。きゅっきゅ~!」
「きゅっきゅ~!!」
プリシラは、王女様がしてはいけない悪どい表情をしながら作戦会議をする。
薫の雷が落ちるかもしれないことなど微塵も思ってないのである。
そして、プリシラとピンクラビィが楽しそうに話している姿を、こっそり見つめる白い塊が居ることなど知る由もないのである。
その白い塊は、軽快にぴょこぴょこ跳ねながら鼻歌でも歌うかのようにアリシアの居る部屋へと移動するのであった。
アリシアと薫のいる部屋へとやってきたら器用にドアを掴んで体を回転させて開ける。
すると、それに気が付いたのか、アリシアは口元に人差し指を置いて「しー」っといった感じのポーズをとる。
「スノーラビィちゃん、こっちへおいで」
「きゅ~」
器用にちゃんとドアを閉めてからアリシアの下へと向かう。
ベッドへと上がると、薫が眠っているのに気がつく。
スノーラビィは、クリクリとしたお目目でちょっと遊びたいという衝動にかられてしまう。
ベッドの上をころころと転がりながら、薫の体目掛けてコツンと体当たりをするのである。
一撃入れたことにより、ちょっとスッキリといった感じのスノーラビィは、そそくさとアリシアの膝を伝って肩へと登っていく。
いきなりそのような行動をとったので、どうしたのだろうと思うアリシアはスノーラビィの頬をツンツンしながら聞くのである。
「な、なぜ、薫様にコロコロアタックをしたのですか?」
「きゅ……きゅきゅ~!」
スノーラビィは、何やら説明しているようだがアリシアにはその言葉を理解することができない。
むしろ、わかったら人間卒業してしまっているだろう。
アリシアは、眉をハの字にして申し訳無さそうにしながらスノーラビィの頭を撫でる。
スノーラビィも理解できるわけがないと思っているのか、その撫でに対して気持ちいい部分を体をくねらせながら調整する。
ちょうどベストポジションを見つけたのだろう。
気持ちよさそうな鳴き声を上げる。
満足そうにくてぇっとして、スノーラビィも寝息を立て始める。
アリシアは、そんなスノーラビィに頬を引っ付け、もふもふしながら目を瞑るのであった。
起きたら、薫と一緒にゆっくりするんだと思いながらゆっくりと眠りにつく。
薫に魔力補給をしているだけあって、疲れで睡魔に飲み込まれるのであった。
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ラケシスの納める領土【ダイアロイド】。
日が暮れてくるころ、領主の館でそわそわとするラケシス。
薫はレイディルガルドを崩壊させたのかが気になって、一睡もできないでいた。
フィリスもそんなラケシスに付き添うように一睡もしていない。
それに、レイディルガルドにいたシャルディランの民をこの街に集めたため、家の数が足りずに現在は仮設のテントをはっている。
このテントなどは、オルビス商会レイディルガルド支店のトゥーリィから無償で貸し出してもらったものである。
防寒対策のされたものを貸し出してくれたおかげで、寒さに震えることはない。
そして、食料もそうだ。
かなりの量を渡されているため、当分は大丈夫な量がある。
「どうなってるんでしょうね……。もしかして、失敗なんてことは……ないですよね」
「ラケシス様、そればっかりはわかりません。いくら強いと言われても皇帝とモーリス帝国軍師相手です……。かなり厳しい戦いだと思います」
2人は暗い顔をして、知らせが来るのを待つ。
すると、空間に切れ目が入り時空が歪む。
そこから、アレスが姿を現す。
茶髪で、クセのある髪の毛が鬱陶しいのか耳にかけ、前髪は横に流している。
顔立ちもよく美形で、そして高身長と全てを兼ね備えたような男である。
しかし、頬にはビンタの跡がくっきりとついており、どんよりとした表情を浮かべているのである。
「ア、アレスさん!? ど、どうされたのですか?」
「ほ、頬にそのような攻撃を受けるなんて! やはり、帝国との戦いで……」
心配そうな表情を浮かべる。
しかし、次のアレスの言葉に2人は呆けた表情をすることになる。
「いやぁ~、嫁の1人がご機嫌斜めでさぁ……。お土産げあげたんだけど、そんなんじゃないって言って、これなんだわ。あはは」
「「はい?」」
「いやだから、嫁のビンタでこうなったんだって……」
「帝国の激戦でではなくてですか?」
「ラケシスさん、俺があんな奴らにダメージ負うこと自体ありえないって」
そう言いながら、アレスはへらへらと笑うのだ。
頭を抱える2人。
しかし、こうやってアレスが帰ってきたということは、本当に帝国を崩壊させてしまったということになる。
ラケシスは、父であるアルバの敵をとることが出来たということだ。
亡くなってしまったアルバに、胸の中で祈りを捧げる。
本当は、自身でどうにか出来なかったのが悔やまれるが、これでシャルディランの民が苦しむことは無くなると思うのである。
「よかった……。本当に……よかった……」
「まぁ、一段落はしてるからゆっくりしといてくれよ。今、レイディルガルドを復旧中だからさ」
「ん? どういうことでしょうか?」
フィリスはよくわからないといった表情をする。
アレスの言動が理解できないといった感じなのである。
アレスは、頭を掻きながら事の本末を告げる。
すると、フィリスはあんぐりとした表情を浮かべる。
いや、そうなってもおかしくない戦力がぶつかりあったのだからあり得るかとも思うが、あのレイディルガルドが木っ端微塵の瓦礫の山となるなんて信じがたいのである。
特に薫の最後の一撃が相当な威力だったということを告げたときは、そんな人に今まで楯突いていたのかと思うとフィリスは身震いをする。
「な、なんて人に私は……。いえ、もう考えないでおきましょう……」
「ふははは、カオルには驚かされてばかりだよ、本当に。あと、ガラドラたちの治療もしたみたいだしな」
「ど、どういうことですか!?」
「封石の首飾りを使用したんだよ……。スキルは『冥府の鎖』だ。それをモーリスがユリウスにな」
「「!?」」
アレスの言葉にラケシスも驚く。
最悪のアーティファクトと呼ばれ、アルバからラケシスもその恐ろしさを聞かされていた。
完全支配し、能力の低下などを一切受けないと言われていた。
「まさか、そのような物を使うとは……。本当に卑劣ですね……」
「本当ですよ! でも、あれは外すことは絶対にできないはずですけど……。カオルさんって何者なんですか!?」
「うーん、治療師の枠に収まらない奴としか言いようが無いよねぇ」
アレスはそう言いながら、笑うのであった。
この世界で、治せない病気はないのではないかと思うのである。
「まぁ、そんな感じかな。だから、ゆっくり休んでくれよ。目の下にくまを作ってカオルに会ったらビックリするぜ」
「そ、そうですね。こちらへ来たらゆっくりと話もしたいですから、少し休息をとります」
「そうしな。じゃあ、俺はレイディルガルドへ戻るから。皆、復旧作業で飯も取ってないからな」
アレスはそう言うと大剣で空間を斬る。
レイディルガルドへと空間が繋がると、その中へと入っていくのであった。
そんなアレスをラケシスとフィリスは、見送るのであった。
「はぁ……。なんだか、夢でも見てるようですね」
「本当ですよね……。カオルさん、ピクニックに行く感じで帝国滅ぼすとかなんかもうめちゃくちゃですよね」
「本当にね、うふふふ」
そう言って、2人は薫が啖呵を切った言葉を思い出す。
有言実行してしまう最強の治療師。
そして、2人の命の恩人でもある。
2人は、感謝の気持ちを胸にいだき笑うのであった。
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真夜中の妖精の国。
薫はベッドの上で目を覚ます。
アリシアの魔力供給のおかげだろうかと思いながら、少しボーっとする。
健気に膝枕をしたまま眠っているアリシアの姿が目に映る。
壁にもたれて、幸せそうに眠っているアリシアの頬を優しく撫でると擽ったそうに微笑む。
薫は体を起こして、アリシアをゆっくりとベッドに寝かせる。
寝言で「かおるしゃまぁ~、だめですよぉ~」と言うのである。
どのような夢を見ているのだろうかと思う。
たいへん幸せそうで何よりと苦笑いを浮かべる。
そんなアリシアに薫は悪戯じみた表情を浮かべ、そっとおでこにキスをする。
すると、アリシアは「えへへ」と言いながらもじもじするのである。
起きてるのではないかと思うが、そんな行動にくすくすと笑ってしまうのであった。
「ほんまに……幸せそうに寝てんなぁ」
薫は、アリシアの頬をつんつんと突く。
逃げるように寝返りを打つアリシアに、これ以上したら起きてしまうかなとからかうのをやめる。
久しぶりにアリシアをこうしてからかっているようで、なにか新鮮と感じてしまうが、かなりの期間会ってなかったからかなと思う。
アリシアに充電か? っと聞いた自分もアリシアでこのように充電らしき行動をとってしまっているため、人のことは言えないかと頭を掻く。
薫は、ユリウスとガラドラの状況をステータス画面でチェックする。
問題はないことを確認すると、一度伸びをしてからベッドから立ち上がる。
体は少し重いが、耐えれる範囲だ。
髪の毛をかきあげ、ちょっと散歩でもするかと思い白衣を纏って部屋を出る。
アリシアを起こさないようにそっと音を立てずにドアを閉める。
薫は、ゆっくりとだが古城を出て泉へと足を運ぶ。
辺りは、ほわほわと妖精たちがダンスを踊っているかのように、色とりどりの光を放ちながら空中を舞っている。
幻想的で、ついつい見とれてしまうのだ。
そんな中、1人の女の子が泉にかかる桟橋の側で座っているのを発見する。
真っ黒な髪の毛を一纏めにしてかんざしでとめてあり、真っ赤な着物を着ている。
「なんや、寝れへんのんか? クレハさん」
「!?」
「ぷっ、あははは、なんやそんな驚いた顔して」
目を大きく開けて、静止してしまったクレハを見て薫は笑ってしまう。
綺麗な赤い目は、月明かりに照らされながらもほんのり光り輝いている。
まるで、命の炎が一生懸命力強く燃やしているようなそんな感じがした。
薫は、クレハの横に腰を下ろす。
「体……大丈夫?」
「ああ、もう平気や。なんや? 心配してくれんのか?」
「……うん。カオルさんが心配」
「……お、おう」
まさかの返しにちょっとビックリする。
フーリと会えて、精神が安定している。
それに、表情も豊かに段々なっていっているのを薫は確認して一安心と思う。
これから、どんどん回復へと進んでいくだろう。
それに、しゃべりも出会った当時に戻っていくだろう。
「フーリとはどうや?」
「出来のいい妹……。私とは大違いで……私の方が妹みたい。今は疲れて寝てる」
「妹ねぇ……」
「わ、笑わないで……。恥ずかしいの」
頬を真っ赤にして俯くクレハ。
そういえば、こうやってゆっくりクレハと話をすることはなかったなと思う。
大体、喧嘩腰だったりして話にもならないし、あの出来事以来は会話もたどたどしい感じでまるで別人のようだったからだ。
こうやって、会話をすると意外とちゃんと話せるものだなと感じる。
「そ、その……カオルさん」
「なんや?」
クレハはもじもじしながら、顔を真っ赤にさせながら言う。
「ありがと……」
勇気を振り絞った感じのクレハは、上目遣いで薫にそう言う。
月明かりに照らされるクレハは妙に色っぽく妖艶に見える。
薫は、「どういたしまして」と言いながらそっとクレハの頭をポンポンと撫でる。
「こうやって、面と向かって会話ってしてなかったなぁ」
「ご、ごめんなさい」
「なんで謝るんや?」
「……」
薫の顔を直視できなくなってしまったクレハ。
胸が張り裂けそうで、ついつい謝ってしまう。
「熱でもあるんか? こんな真夜中に出歩かん方がええで、おまけに寒いしな」
「あっ……」
薫は着ていた白衣をクレハの肩に掛ける。
薫が羽織っていたぬくもりがほのかに感じられて、クレハの心臓の鼓動が一段階跳ね上がる。
ほんのり薫の匂いがして、さらに鼓動が増していく。
気にすれば気にするほど意識してしまう。
こうして一緒に居るだけで、心が満たされていく。
フーリとは違ったぬくもり。
クレハは、薫をまっすぐに見て言う。
「カ、カオルさん、あのね……」
「ん?」
「私、カオルさんが……好き」
クレハは言ってしまったといった表情をする。
真っ白い肌はまるでりんごのように赤く染まり、肩で息をする。
自分の気持ちを正直にまっすぐぶつける。
薫は困った表情をして、頭を掻く。
「凄く嬉しいんやけどなぁ……。クレハさん、それは多分勘違いや」
「え……」
「今回は、たまたまクレハさんの精神が不安定なとき、フーリを傷つけたのがきっかけや。嫌な夢を見たときとかに、心臓が高鳴ったりしたりしたやろ?」
「……ん」
「そんなときに俺が優しい言葉をかけたり、側にいたのがきっかけや。ぽっかり空いたクレハさんの心の隙間に、たまたまおった俺が入りこんだんや。擬似ではあるけど、恋愛感情とそれを勘違いしたんやないか? やから、その気持ちには応えることはできへん。俺にはアリシアがおるし、裏切りたくないんや。大切やからなおさらな」
薫の言葉にクレハは違うと言いたかったが、言い返せなかった。
たしかに、最初はそういった感覚があった。
だけど、今感じているのはそうじゃないとも思いたかった。
薫を好きなのは本物だと。
だが、薫の言葉は真剣で茶化すようなことは全くしていない。
声のトーンがいつもと全然違うからだ。
ちゃんと向き合って、目を背けたりなどはしない。
どうすればいいかわからずに、クレハは無意識に涙が溢れる。
こんな経験はしたことがない。
心が一瞬で揺れ動く。
クレハは、いてもたってもいれずにその場から走り去る。
薫は溜め息を吐き、どうしたものかと思うのであった。
クレハには言わなかったが、この擬似的にでも恋愛感情を抱かせてしまうことがあるが、起爆剤として恋愛に発展することはある。
アリシアを裏切りたくない薫は、それを伏せて勘違いと言う事を強調したのだった。
どんなことがあっても、裏切りたくないたった一人の大切な人だからこそだ。
元いた世界でも、裏切りだけは絶対にしなかった。
一度でもモラルが崩壊すれば、それは二度と戻らない。
だから、クレハの気持ちに答えられない。
薫はこれでいいと思いながらも、あまり良いものではないなと口にしながら、タバコに火をつけ月を見上げるのであった。
クレハは、涙をぽろぽろと流しながら古城内を歩く。
止まらない涙に嫌気がさす。
薫の言うように、あの感じは恋ではなく勘違いなのだろうかと思い返す。
恋などしたこともないクレハは、昨日気付いた感覚が恋だと確信していたのに揺れてしまう。
どうしていいかわからずに、廊下で座り込んでしまう。
そんな時だった。
「あれ? クレハさん?」
「……アリシアさん」
クレハはアリシアを見上げた瞬間、またぽろぽろと涙が溢れてくる。
薫が一番大切にしている人。
羨ましいと思う気持ちと嫉妬で心が乱れる。
でも、諦められない。
ただ、クレハにはどうしていいかもうわからないのだ。
アリシアは、とりあえず部屋へと連れて行く。
まずは落ち着かせないといけない。
ベッドへと座らせる。
「クレハさんどうされたのですか?」
「……ぐすん」
クレハは、何も言えずに鼻をすする。
言っていいのかすらわからない。
でも、この機会を逃すともう一生心にこの気持ちを抱えて生きなければいけない気がして、たどたどしくクレハは意を決して話し始める。
「あ、あの……、カオルさんに……好きって言ったの……」
「ふぇ!?」
その言葉にアリシアはビックリする。
いや、そういう人も出てくるのは当たり前かとも思う。
アリシアも薫に惹かれた1人でもある。
知れば知るほど薫を支えてあげたいという気持ちが強くなる。
「でも、気持ちには応えれないって……。私の気持ちは勘違いだって……。でも……でも……、私のこの気持ちは本物だと思うの。一緒にいると胸がキュッとして、体がぽかぽかするの。カオルさんのためだったら何でもしてあげたいって、私なんかが何かできるわけじゃないけど……。それでもそうしたいって思うの……。ねぇ、どうしたらいいのかな。私、わからないよ……」
そう言って、アリシアの胸で泣くのである。
アリシアは、そんなクレハの頭を優しく撫でる。
慈愛に満ちたそんな表情でアリシアは考える。
そして、ぽつりと言葉を紡ぎだす。
「クレハさんも私と同じですね。私も薫様のことが大好きです。薫様のことを思うとぽかぽかしますよね。凄くわかります」
アリシアがそう言うと、クレハはゆっくりと顔を上げる。
アリシアは笑顔をクレハに向ける。
好きな人が同じであるにも関わらず。
「無償の愛というのでしょうか……。私は薫様に何かを求めたりはしません……。薫様に近づく人は多いです。それが薫様の力を自分の物にしようとする人たちもそうです。クレハさんはそういったことはないと思います。もしもそういう人でしたら軽くあしらう気でした。それに好きな人を簡単には諦めきれませんよね……。好きになっちゃったんですから」
「……」
「もしもクレハさんの立場だったら……。私も諦めきれません。一番じゃなくてもいいから、側においてくれないかなと思っちゃいますよ。ペットでもいいです」
そう言って、アリシアは苦笑いを浮かべる。
クレハが今どのように思っているのかを立場を置き換えて考えている。
どんなに頑張っても引っ付くことが出来ないのであれば、何かいい方法がないかを模索するのだ。
「あの……怒ったりしないの?」
「えへへ、薫様を好きになる人でもちゃんと私は見てますからね。害があるのなら私が排除しますよ!」
えっへんといった感じで胸を張るアリシア。
アリシアは、マリーのような人のことを害があると言っていることは伏せているのである。
あれは、自分の目的のために薫に近づいてきたからだ。
それがわかってたから、アリシアはかみつくようににらみを効かせていた。
そして、アリシアは何かに気が付いたように一瞬表情が変わる。
「私に任せてくれませんか?」
「え?」
「とりあえず、クレハさんはここで少し休んでてください」
「でも……」
そう言うクレハをベッドに強制的に押し倒して、掛け布団をかける。
スノーラビィもちょこんと横に添えてである。
あとは任せて下さいと言わんばかりの満面の笑みを向ける。
クレハはそれ以上言葉を紡ぐことは出来なかった。
アリシアはそんなクレハに「ちょっと出てきますね」と言って部屋を後にする。
ドアを閉めると、アリシアはすぐ横を向く。
頭を抱える薫がそこにいた。
「あのなぁ……アリシア……」
「えへへ、聞いてましたか?」
屈託のない表情でそう言うアリシア。
全く悪びれた様子はない。
薫は、それでいいのかといった表情を向ける。
「とりあえず、歩きましょうか」
「そうやな……」
薫とアリシアはそのまま廊下を歩き始める。
手を繋ぎ、アリシアは薫に寄り添うようにしてである。
妖精の国の泉へとやってきた薫とアリシア。
腰を下ろして見つめ合う。
「あのなぁ、アリシア。クレハさんのことやけど」
「はい、私もそのことでお話があります」
「いや、途中からやけど少し聞こえとったわ。まさかあの部屋に居るとは思わんかったしな。めっちゃ入りづらかったわ」
薫は頭を掻きながらそう言う。
アリシアは、くすくすと笑いながらそんな薫を見つめる。
「薫様、クレハさんも妻に迎えてはもらえないでしょうか?」
「それは出来へん。アリシアがおるんやからな」
「頑固ですね……薫様」
「アリシアほどではないと思うけどな」
そういった感じでお互いが牽制しあう。
薫の目は真剣で、全く気持ちのブレも感じさせない。
これは決定事項だと言わんばかりなのである。
アリシアはそれが嬉しくて仕方がない。
薫にここまで思われていると思うだけで胸が熱く一杯になる。
だが、アリシアは話を続ける。
「もしもです……。私がクレハさんの立場だったらと思うと……二番でも三番でもいいですからお側において欲しいです」
「ペットでもか?」
「はい」
薫のおちょくるような言葉にもアリシアは動じずにはっきりと言葉を返す。
「……なんでや。別に俺でなくてもええやん。確かにこの世界では一夫多妻制もあるとは思うけど、してる人としてない人が居るやろ? 俺はアリシアだけで十分や」
譲る気はないといった感じでいつも通り薫はアリシアと口論になる。
だいたい負けることなどありえないと思っている。
現に今までアリシアとのこういった口論は負け知らずである。
しかし、今回はちょっと違う。
「では、最初に出会ったのがクレハさんとしましょう。それで今回の一件で私が薫様に好きですと告白したら薫様はどうしますか?」
「……それは卑怯やろ。俺はアリシアのことをよう知っとるからな」
「クレハさんのことは何一つ知りませんよね? 一緒にいる時間で、もしかしたら二番目に告白する私なんか目にも止めないかもしれません」
「そんなん……」
「えへへ、薫様が初めて言葉に詰まりました」
してやったりな顔をするアリシア。
そう、一緒にいないとその人のことなどわからない。
そういった時間にいろいろな話をするだろう。
それで、その人のいろいろな一面を目にしていく。
だから、一概にこうと決めつけることは薫には出来ない。
薫の性格上、それをよく知っているアリシアだからこのように言えるのである。
薫と居る時間の長いアリシアだからこそである。
だから、クレハとも向き合って欲しいのである。
気持ちはアリシアとかわらない。
薫を本気で支えたいと思っている1人だからだ。
「薫様、クレハさんと向き合っていただけませんか?」
アリシアは真剣な表情で言う。
「私はかまいません……。ですが……」
「はぁ、あのな……真剣な顔して涙目なのがいただけへん」
薫はそう言って、アリシアの頬に手を添え優しく撫でる。
ほころびそうな表情を頑張って抑える。
「アリシア、何度も言うが……俺はアリシア以外いらん。これは何と言われようとかわらへん。たしかに会う順番が違った場合はどうなるかわからへん。でもな、今一番大切なんはたった1人や。裏切ることなんて俺は嫌や。アリシアがどんなに頼んでもな」
「頑固すぎますよ……薫様……」
アリシアは困ったような嬉しいようなそんな表情をする。
クレハに何と言えばいいのかと思う。
薫のことを思っているのは一緒だ。
でも、それは薫の心に入る隙間は全く無い。
自分自身が薫の全てを埋めてしまっているせいでもある。
薫自身、アリシアが一番大切である。
これは不動のものだ。
どんなことがあっても変わることのない。
「わかりました……。薫様の説得は出来そうにないです」
「わかればええんや……。ところでアリシアさん」
「?」
薫は笑ってない笑顔をアリシアに向ける。
先ほどのしてやったりなアリシアの表情は非常に挑発的であった。
あれは、薫のSっけに火をつける行動である。
薫は、アイテムボックスから1枚のチケットを取り出し、アリシアの目の前にひらひらとさせ見せる。
「ほぇ?」
「アリシア、これなんかわかるか?」
「1日言うこと聞く券……。え? い、今から使うのですか!?」
「もちのろんや」
「こ、ここはお外ですよ! 薫様! いけませんよ」
そう言いながら、パタパタと逃げようとするアリシアの手を引き、抱きしめて唇を奪う。
草むらに押し倒されたアリシアは、子うさぎさんのようにぷるぷる震えるのである。
「か、薫様は、オオカミさんです! ぁ……んっ……はぅ……」
「今頃気が付いたんか? 今日は満月やぞ?」
「はぅ……。か、薫オオカミさんになら食べられても文句は言えません。その、優しく……んっ……あっ……」
唇が離れるとアリシアはとろんとした表情をしてしまっていた。
幸せで仕方ないといた表情である。
「あははは、ほんま楽しい反応するなぁ」
「ふにゃぁ~~!! 薫様は意地悪です!」
そう言いながら、薫の胸板をぽかぽかと叩く。
ちょっとドキドキしてしまっているアリシアは、それを隠すように薫にくちづけをするのであった。
ゆっくりと、時間を忘れるほどに……。
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朝日が出てくるころ。
アリシアは、とぼとぼとクレハの居る部屋へと足を運ぶ。
「か、薫様、あんなの卑怯ですよ……」
そう言いながら、真っ赤になった顔は妙に綻んでしまっている。
思い出しただけでも恥ずかしいといった感じなのである。
部屋に着くと、アリシアは表情を引き締める。
そして、部屋の中に入るとクレハは枕を抱きしめてベッドの端に丸まっていた。
アリシアの姿を確認すると、クレハは震える声で聞くのである。
「アリシアさん……あの……」
「ご、ごめんなさい。薫様はやはり受け入れる気はないと言ってました……。私の話し方がいけなかったのかもしれません。力になれずに申し訳ないです……」
そう言って、アリシアは頭を下げるのである。
クレハはそれを聞いて、それもそうかと言った感じで頭を下げるアリシアにそっと近づく。
自身のことでかなり頑張ってくれたのだなと思う。
逃げ出した分際で、これにとやかく言えることなど出来ない。
それに、頭を冷やして考える時間も持てたことで、いろいろとクレハも気持ちの整理ができた。
薫の妻としていられなくても、好きという気持ちは変えられない。
思うのは自由だ。
断られた時に、薫のアリシアへの思いの大きさがよくわかった。
あれに太刀打ちすること自体無理なことだ。
だけど、そんな薫への思いはどうしても抑えられない。
側にいられるだけでもいいからと思うのである。
いや、隙あらば薫の心に入り込めるかもしれないと。
多分、こうするしか薫と一緒にいることは出来ないだろう。
薫に頼られる存在として、側にいたい。
支えてあげたい。
それは、妻でなくても出来ること。
「アリシアさん……ありがとう。私はもう大丈夫ですから」
「ほ、本当ですか?」
「気持ちの整理は出来ましたから……」
そう言って笑うのである。
そんなとき、部屋に薫が勢いよく入ってくる。
「アリシア、何逃げてんねん!」
「ぴゃぁ~~~!」
びっくりして面白い声を上げるアリシア。
わたわたしながらアリシアは逃げ道を探す。
1日言うこと聞く券を執行しているため、薫の言うことは絶対だが、効力はユリウスの力の影響外の適当に作った紙切れなのである。
そのため、拘束力は皆無なのである。
なので、アリシアは必死に逃げ惑う。
先ほどの行為は嬉し恥ずかしだったが、あれが1日続いたら心が淫らな女の子になってしまう。
アリシアは心が喜びと危機的悲鳴を上げるのだ。
左右をきょろきょろする。
しかし、逃げ場はない。
そんなとき、アリシアの肩をガシっと掴まれる。
掴んだのは、クレハだった。
「クレハさん!」
アリシアは、逃げ場を見つけてくれたのかと希望の眼差しで見つめる。
この危機的状況の打破は、クレハにかかっているのではないかと思ってしまう。
しかし、クレハの次の一言で絶望へと突き落とされる。
「カオルさん……捕まえた!」
「ナイスや、クレハさん」
「ええええ!?」
いい笑顔で薫に報告するクレハ。
アリシアはなんとか振りほどこうとして、走りだす。
その勢いで、弱っているクレハはよろめき倒れかける。
「あ……」
「おっと、危ないから気をつけなアカンで」
そう言って、薫がクレハを支える。
受け止められて、ちょっと嬉しそうに微笑むクレハ。
その表情を見たアリシアは、ちょっとした危機感を覚える。
隙あらば、薫を狙うといった感じのあの妖艶な笑み。
クレハは、薫に頬ずりをしながらアリシアを見る。
ちょっと挑発的なのである。
「ク、クレハさん、何やってるんですか! 諦めたのでは……」
「つっかまえた!」
「え!?」
「作戦ってやつやな」
クレハに近づいたアリシアは簡単に捕まり、薫に受け渡される。
薫は、ジタバタするアリシアを脇に担いでクレハを見る。
昨日のことで、沈み込んで居るのではないかと思っていたが、1つ踏ん切りが付いたかなと思う。
沈み込んでいたら、どうにかしなくてはと思っていたためだ。
薫は、もう大丈夫かなと思い笑顔でその部屋を後にする。
アリシアは、「クレハさんに売られましたぁ~! 酷いです!」と泣き叫ぶ。
いい笑顔を見せるクレハは、小さな声で「カオルさん、ずっと影から支えますからね」と言うのであった。




