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ユリウスとガラドラの治療

 妖精の国の古城の一室。

 薫のスキル『異空間手術室』で空間がねじ切れ、手術室の入り口が現れる。

 膨大な魔力の塊と化したその異質な入り口は、まるで地獄の入口なのではないかと思わせる。



「な、なんだこれは……」



 ガラドラは、薫の起こした現象に口をパクパクさせて驚く。

 このような強力な魔力を纏ったスキルは、見たことがないといった感じなのである。

 それに、薫の魔力保有量が異常だということは、目で見てわかるのである。

 格が違うということは一目瞭然であった。



「まぁ、細かいことなんかどうでもええやん」



 そう言いながら、薫はガラドラたちの方を見る。

 説明しても理解などできる代物ではない。



「それじゃあ、ユリウスから先に治療してしまうか」



 薫は、眠っているユリウスをストレッチャーで手術室に運ぶ。

 そんなユリウスをガラドラは、見守ることしかできないでいた。

 薫が異空間手術室の中へ入ると、分厚い扉はスーッとスライドして自動的に閉まり、扉の上にある手術中というランプが赤く点灯する。

 ガラドラは、ただ祈ることしかできないのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 手術室の中。

 薫は、ユリウスを手術衣に着替えさせる。

 そして、薫自身も手術の準備を始めるのである。

 手術用の服装に着替えて手の消毒をする。



「さて、どうするかやなぁ……。取ることはできるやろうけど……、直接調べて見んことには細かな詳細はわからへんからなぁ」



 薫は、どんなことになっても対処できるように対策を組み立てていく。

 消毒が終わると、薫は気を引き締めてユリウスの下へと行く。

 手術台のライトにっ照らされるユリウス。

 薫は、大きく一息吐いてからユリウスと向き合う。



「『医療魔法――心電図・ベクトル1』」

「『医療魔法――血圧計・ベクトル1』」



 薫の手の平に小さな青白いシールが現れる。

 ユリウスの体にその青白い光のシールを貼ると、ステータス画面に血圧と心電図の波長が目視できる。

 ピッ……ピッ……っと、規則正しく脈打つ。



「医療魔法――『全身麻酔・ベクトル1』」



 ほわっと青白い光がユリウスの体全体に纏う。

 ゆっくりと薬が全身に回っていく。

 薫はさらに医療魔法をかけていく。



「医療魔法――『酸素マスク・ベクトル1』」



 ユリウスの口元に薄く蒼い膜が張られる。

 医療魔法で非脱分極性の筋弛緩薬(筋を完全に麻痺させる薬)を投与し、様子を見る。

 薫はユリウスに呼名反応と睫毛反射の消失を確認する。



「医療魔法――『人工呼吸器・ベクトル1』」



 ユリウスの口が開き気道が確保される。

 光のチューブみたいなものがユリウスの口の中に流れこむ。

 光のチューブは、どんどん喉の奥へと進んでいく。

 気管に挿管されるとそこで止まり、ステータス画面に呼吸炭酸ガスモニターでCO2が呼出されているかを確認する。

 そして、光のチューブが分裂して麻酔回路を作る。

 医療魔法の全身麻酔とこの麻酔回路が連動する。

 吸入酸素度と吸入麻酔薬濃度を調整し、人工呼吸を開始させる。

 適正な換気が行われているかも確認する。

 最大気道内圧、一回換気量、ユリウスの胸郭の動き、呼気炭酸ガスモニターすべてを薫は確認し終えた。

 最後に、瞳孔を観察してメパッチ(角膜保護用テープ)をはる。



「さぁ、始めようか……いつも通りや。気合入れて行こうか!」



 薫はそう言って、一瞬で気持ちを引き締める。

 そして、ユリウスの胸部に電気メスを入れる。

 切開凝固するため、ほとんど血が出ることがない。

 胸骨正中切開をし、そのあと心膜切開、スルスルと迷いのない動きで薫は瞬きひとつせずに心臓を露出させる。

 皮膚切開の刺激は、手術刺激の中で最も強い分類に属する。

 ユリウスに生じる変化に対応し、予測しながら絶えず調整を行う。



「なんやこれ……」



 薫は、ユリウスの心臓に絡みついた首飾りを見る。

 ぴったりと絡みついて、心臓の鼓動に合わせて締め上げるかのように動く。

 まるで、ユリウスの魔力を吸い取っているかのような動きなのである。

 薫は、その首飾りに『解析』をかける。



 ・アイテム名:封石の首飾り

 ・封印されているスキル:冥府の鎖

 ・詳細:所持しているスキル、魔法を封じ込めることができる。

 使うための条件は、封じ込めた者が決めることができる。



 と出た。

 そのまま、条件を確認する。



 完全固有スキル『冥府の鎖』の使用条件。

 1、この首飾りを支配したい者にかける。

 2、この首飾りに自身の魔力を少し流し込む。

 3、体内にこの首飾りが侵入し、魔力の源となる心臓に絡まり自動的に魔力を吸収することで発動する。



 この3つだった。

 薫は、なんて簡単な使用条件なんだと思いながら、解除情報を見る。

 すると、過度な魔力吸収と書かれてある。

 無理に外すことはできない。

 外そうとすると鎖が心臓を締め付け潰すと書かれてあった。

 そして、物理完全無効とも書かれてある。



「なんや……。握力でメキッとしたろう思うとったのに。魔力の過度な吸収ねぇ……。どんだけ魔力をこいつが食うかやなぁ」



 薫は、ちょっと嫌な予感がする。

 そして、首飾りの本体であろう封石も調べる。



 ・アイテム名:封石

 ・レアリティ:Sランク

 ・入手場所:迷宮最下層で入手することができる。

 ない場合の方がほとんどで、今までに見つけられたのは全部で12個となっている。



(希少価値的にやばいやつやん、これ)



 そう思いながら、大きな溜め息を吐いて薫は解除に必要な準備をする。

 魔力の過度な吸収だが、もしも心臓を途中で締め潰してしまったらどうしようもない。

 なので、人工心肺にしてから処置をすることにする。

 最終手段は、心臓移植ということを頭に入れてである。

 なぜ、最終手段に心臓移植を持ってきたのかは、術後の回復とその後の投薬などでかなりの時間が掛かるからである。

 それに、体の負担も考えてこれが最善とした。



 薫は、送脱血部位を露出させる。

 メスを入れるとき麻酔調整をする。

 送脱血部位にテーピングをし、体外循環に移行させる。

 目まぐるしい情報の処理をやってのけながらの手術に薫の額から汗が流れる。



「『医療魔法――ヘパリン・ベクトル1』」



 体外循環のときに、血が固まらないようにする薬を投与する。

 凝固機能を魔法で測定し、十分な延長を確認して人工心肺の送血管と脱血管を順に挿入する。

 そして、そのまま体外循環を開始させる。



「よし、ここまでは順調やな……。途中で心臓を締め潰したら洒落にならんからなぁ」



 気管とその上部の皮膚を切開し、その部分からカニューレを挿入する。

 続けて左心ベントを挿入し、心臓の減圧と空気除去を行う。

 大動脈遮断をして、心筋保護液を注入する。

 すると、先ほどまで脈打っていた心臓がスッと止まる。



「心静止確認、低体温開始」



 薫の魔法で機械が動き始める。



「さぁ、この呪縛を解き放ったろうやないか……」



 薫は、そっと首飾りに手を添える。

 首飾りは、ユリウスの魔力が消えたことでどす黒い光を放ち始める。

 薫は、そんな首飾りに自身の魔力を注ぎ始める。

 薫が魔力を注ぐにつれて、首飾りの鎖がシャリンシャリンと脈打つように貪る。

 まるで、最高のご馳走を食べているかのようにである。

 薫は、1万づつ魔力を食わせていたが一向に解除する気配がない。

 だから、段々と量を増やしていく。

 1、2,3万……10万、11万、12万……20万、21万、22万といった感じで1万ずつ増やす。

 薫の額から、嫌な汗が出始める。

 底なしの魔力吸収器ではないだろうかと思うのだ。

 いくら捻れば湯水のように魔力があふれるとはいっても、デメリットも存在する。

 薫は、失敗したかなと思いながら封石が満足するまで魔力を食わせる。

 すると、封石に変化が現れだした。

 ミシッという不気味な音がするのである。

 だいたい、80万を超えた辺りからだ。



「ああ、これってまさか100万くらいで解放かな?」



 そう言いながら、魔力の注入に勢いをつけた瞬間、封石にヒビが入りそこから黒い塊が空に飛び出した。

 空中に漂ったその黒い塊は、ちいさな黒い球体になり足元に転がる。

 薫は、そこから心臓に絡まっていた首飾りに解析をかける。



 アイテム名:封石の首飾り(壊)

 封印されたスキル:なし



 それを見ていた時に、ユリウスの心臓に絡まっていた鎖は勝手に解けていった。

 薫はホッとひと安心した瞬間、若干体が重くなる。



「おいおいおい、たった100万でこれかよ……。まだもう1人せなあかんねん」



 薫はごちりながら、体外循環離脱へと進めていく。

 先ほどと、逆の手順でたどる。

 心拍動再開を確認して、医療魔法の『エコー』で心内の気泡除去を確認してから心機能を確認する。

 医療魔法の『プロタミン・ベクトル1』を使い、『ヘパリン・ベクトル1』を中和していく。

 体外循環離脱させ、送脱血管、ベント、カニューレを外す。

 そのまま、心膜縫合、胸骨閉鎖、閉創で手術は終わった。

 そして、麻酔を止めて覚醒に入る。

 麻酔深度を調整し、メパッチを外す。

 覚醒時に中等度以上の疼痛が予測されるため覚醒前に鎮痛薬を投与する。

 人工呼吸の酸素を100%として、補助呼吸または調整呼吸をさせる。

 ユリウスが自発呼吸をしだしたところで、薫は呼びかける。

 少し時間が経つと、ユリウスは意識を取り戻すがまだ朦朧としている。

 薫は、それを確認するとストレッチャーで異空間手術室をあとにする。

 床に落ちた黒いビー玉のようなものをポケットに入れて、あとで調べるかと思うのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 妖精の国の古城の一室。

 ガラドラは、弱った体を起こして赤いランプが点灯している『手術中』という字を見ながら、神に祈りを捧げていた。

 ユリウスが異空間手術室に入って現在2時間半が経つ。

 もう、あの扉が開くことがないのではないかと錯覚してしまうほどに不安を抱える。

 そんな時だった。

 赤いランプの『手術中』のランプがフッと消える。

 そして、少ししたら薫がユリウスを乗せたストレッチャーを転がしながら出てきたのだ。



「ユ、ユリウスは、無事なのか!?」

「ああ、これが中にはいっとった首飾りや。間違いないな?」



 薫は肩で息をしながら、トレイに入った首飾りをガラドラに見せる。

 ガラドラは、目ん玉が飛び出るかのような表情で、首飾りを見た後薫を見る。

 そして、ユリウスが確実に生きていることを確認して、本当に治療したのかといった表情をするのだ。



「これで、ユリウスは終わりや。次はあんたや……」

「お、おい、大丈夫か?」



 ふらついた薫にそう言うガラドラ。

 少し様子がおかしいということは、誰が見てもわかるくらいに薫の体調が悪い。

 薫は、歯を食いしばり脳を仕事モードへと移行する。

 アドレナリンで瞬間にだが紛らわせる。

 ここで、倒れたらいつ目覚めるかわからない。

 それに、現在ユリウスの『皇帝の契約と呪縛エンペラーシュプリームバインド』が発動しているはずだ。

 好き勝手はSランクの者はできなくなっているだろう。

 そして、今倒れてユリウスが先に目を覚ました時に、厄介ごとが起きる。

 全てを終わらせてからでなくてはならない。

 薫は、ユリウスの治療の選択肢を誤ったかと思う。

 しかし、患者としての提案と治療は間違ってはいない。

 手術の負担と術後の回復は、今回した治療法が最善であった。

 そう思った瞬間、膝がカクンと力なく崩れる。

 目を細め奥歯を噛みしめるが、使用した魔力が戻ってくるわけではない。

 薫は体が倒れながら、やらかしたと悪態を吐く。

 地面へと倒れ行く体。

 止めることはできない。

 床に倒れる映像がスローに見える。

 床にぶつかるなと覚悟を決め、そっと目を閉じる。

 しかし、いつまでたっても痛みがやってこない。

 その代わり、花の香りと温かいものに包み込まれる。

 懐かしく、心が安心するようなそんな香り。



「薫様! しっかりしてください!」

「なんや……。アリシアか……」



 薫は倒れる寸前、アリシアによって抱きしめられたため、床に倒れることはなかった。

 膝立ちで、アリシアに体を預けるようになっている。

 何とも情けない。

 アリシアは心配でたまらないのか、目には大粒の涙を溜めて今にもこぼれ落ちそうなのである。



「薫様、無茶だけはしないでください……。私は、()がいないと生きてはいけないんです! だから……だから……無理だけはしないでください!」



 震える声で言いながら、アリシアは胸に優しく抱くように薫の頭をギュッとし、涙を流す。

 薫は、余計な心配をかけてしまったなと思いながら、アリシアの好きなようにさせる。



「魔力をたくさん使いすぎただけやから、死んだりはせえへんよ」

「ほ、本当ですか? う、嘘ついてませんか? 帝国を滅ぼした時に怪我などはしてませんか?」

「あんなしょうもない都市1つで、怪我するわけないやろ。どちらかと言えば、クレハさんが操られた時に使った完全固有スキルの方が肝が冷えた感じやしな」



 アリシアは、腕の力を抜いて薫の顔を見る。

 嘘はついてないようだと思ったのか、またアリシアはギュッと胸で薫を抱きしめる。

 何か成分でも、体から抽出されているのではないかと思うくらいに優しく包み込まれる。

 薫はこのまま眠りについたら、どれほど幸せな時間が味わえるのだろうかと思ってしまった。

 もう少しこのまま休憩を入れてもいいかなと。



「薫様、私の魔力を使ってください」

「ええんか?」

「はい、この魔力は元々薫様のものですから」



 そう言って、アリシアは薫を抱いたまま体から金色の魔力を纏いそれを薫へと譲渡する。

 膨大な魔力を凝縮させ、薫の体に浸透させるようにアリシアはゆっくりと集中させて流しこむ。

 薫は体がぽかぽかと温かくなり、肩で息をしていたのが和らぐ。



「はぁ……はぁ……えへへ、もう大丈夫ですか?」



 アリシアは、そう言いながらちょっと辛そうな表情を浮かべて薫を見る。

 薫は、そんなアリシアを愛おしく思う。



「ああ、これで手術ができそうや。アリシア、ありがとな」



 そう言って薫は膝立ちから立ち上がり、アリシアの唇を奪う。



「ぁ……んぅ……はぅ……」



 突然のことに、ちょっと戸惑いながらも恥ずかしそうに応える。

 ポーッとした表情で、辛そうな表情は消えていた。

 どちらかと言えば、ドキドキしているといった方が正しいだろうか。

 顔をりんごのように真っ赤にさせて、アリシアはうるうるとした表情を薫に向ける。

 だが、そんなピンク色な空気をぶち壊すように、ガラドラが聞き捨てならないといった声で薫に問う。



「帝国を滅ばしたとはどういうことだ!?」



 薫はその言葉に、そういえば言ってなかったなといった感じでどうするものかと思う。

 アリシアは、せっかくのイチャイチャを邪魔されたとちょっと頬を膨らませていた。

 こればっかりは仕方ない。



「まぁ、それは手術が終わってからや。ちゃんと説明したるから……。と言っても見てもらったほうが早そうやからなぁ」



 そう言って、薫は頭を掻くのであった。

 ガラドラは、ちゃんと薫が説明をするということで、引き下がった。

 そして、薫はガラドラを異空間手術室へとストレッチャーで運ぶ。

 アリシアもそれを手伝うのであった。



 手術室の中。

 ガラドラに手術衣に着替えて手術台で寝ていてもらう。

 薫とアリシアは、消毒しながら話をする。



「薫様、今回の病気は何ですか?」

「ああ、【大動脈解離】や」

「あの心臓などの血管が脆くなって、膨らんでいく病気のですか?」



 薫は、アリシアの成長に嬉しくなる。

 病気を言っただけで、ある程度の症状を理解しているからである。

 これは、まだまだ成長するなと思いながらくすりと笑う。



「えっと、なぜ笑顔でいるのですか? 私、間違ってましたか?」

「いいや、アリシアもちゃんと成長しとるから嬉しくてな」

「え、えっと、頑張ってますから!」



 そう言って、胸の前に手を持ってきてギュッと拳を握りしめる。

 やはり、一緒にいてくれるだけで心の持ちようが違うと薫は思う。

 安心感が段違いなのである。

 薫は、アリシアに手術の内容を説明する。

 今回は、【ステントグラフト内挿術(人工血管内挿術)】だ。

 ステントグラフトは、人工血管グラフトにステントといわれるバネ状の金属を取り付けた人工血管で、これを圧縮して細いカテーテルの中に収納したまま使用する。

 動脈瘤の部分でこれを展開して、動脈瘤に蓋をする。

 この方法では動脈瘤は残ってしまうが、蓋をすることによって瘤内の血流がなくなって次第に小さくなる。

 ステントグラフトによる治療法は、切開部を小さくすることができて患者の体に負担をかけることを少なくできる。

 今回のガラドラのように、体力的にも弱っている者や高齢者の場合に用いる。

 術後からの復帰が速いのも特徴で、特別な薬を飲むこともない。

 デメリットとしては、長期の経過診察が必要というのもある。

 これは年に1回の定期検診をすることをしなければいけない。

 しかし、薫の『解析』を使用することで、どのくらいの期間大丈夫かなどは調べることができる。

 従来なら、耐久性がどのくらいかは不透明だからだ。

 アリシアは、これを聞いて「やっぱり薫様は凄いです!」と言いながらニッコリと笑うのであった。

 薫は、帝国のゴタゴタが終わったら、たっぷりと時間を取るかなと思いながら直ぐに気合を入れ直す。

 アリシアの見ているのに、不甲斐ない事はできない。

 手術をアリシアに見せて、これからに役立たせなければいけないからだ。



「さぁ、準備はええか?」

「はい!」

「そしたら、行こうか」



 そう言って、薫とアリシアはガラドラの下へと行く。

 手術台で横になってちょっと不安そうな表情をしている。

 周りは見たこともないような機材が溢れているからだろう。

 この手術室は、ハイブリッド手術室になっている。

 手術台と心・血管X線撮影装置を組み合わせた手術室である。

 ハイブリッド手術室ではX線撮影し、直ちに高画質な3次元画像を作成、観察をしながらその場で迅速かつ安全に手術ができる。

 薫の医療魔法との連動もしているので、大画面に情報を映し出せる。

 ガラドラは、薫の姿を見てホッとした表情を浮かべていた。



「待たせたな。それじゃあ、手術を開始する前に1つ言っとくわ」

「な、なんだ?」

「全身麻酔をかけるから、寝て起きたらもう終わっとる。やから、安心して寝といてくれ」



 ガラドラは、睡眠魔法でも使うのだろうと思い薫の言葉に頷く。

 アリシアもテキパキと手術に必要な道具を準備していく。



「そしたら始めるからな」

「ああ……」



 返事をしたガラドラは、そっと目を閉じた。

 薫は、そこから医療魔法をかけていく。



「『医療魔法――心電図・ベクトル1』」

「『医療魔法――血圧計・ベクトル1』」



 薫の手の平に小さな青白いシールが現れる。

 ガラドラの体にその青白い光のシールを貼ると、ステータス画面に血圧と心電図の波長が目視できる。

 ピッ……ピッ……っと、規則正しく脈打つ。



「医療魔法――『全身麻酔・ベクトル1』」



 ほわっと青白い光がガラドラの体全体に纏う。

 ゆっくりと薬が全身に回っていく。

 薫はさらに医療魔法をかけていく。



「医療魔法――『酸素マスク・ベクトル1』」



 ガラドラの口元に薄く蒼い膜が張られる。

 医療魔法で非脱分極性の筋弛緩薬(筋を完全に麻痺させる薬)を投与し、様子を見る。

 薫はガラドラに呼名反応と睫毛反射の消失を確認する。



「医療魔法――『人工呼吸器・ベクトル1』」



 ガラドラの口が開き気道が確保される。

 光のチューブみたいなものがガラドラの口の中に流れこむ。

 光のチューブは、どんどん喉の奥へと進んでいく。

 気管に挿管されるとそこで止まり、ステータス画面に呼吸炭酸ガスモニターでCO2が呼出されているかを確認する。

 そして、光のチューブが分裂して麻酔回路を作る。

 医療魔法の全身麻酔とこの麻酔回路が連動する。

 吸入酸素度と吸入麻酔薬濃度を調整し、人工呼吸を開始させる。

 適正な換気が行われているかも確認する。

 最大気道内圧、一回換気量、ガラドラの胸郭の動き、呼気炭酸ガスモニターすべてを薫は確認し終えた。

 最後に、瞳孔を観察してメパッチ(角膜保護用テープ)をはり、『体力完全回復《アポロンの光》』と『体力定期回復《アポロンの加護》』を使う。



「さぁ、始めようか……いつも通りや。気合入れて行こうか!」

「おー!」



 アリシアも薫の声に合わせてそう言う。

 薫は、そんなアリシアに目線を送ると、はにかみながら返す。

 まず、薫はイントロデューサーシースを用意する。

 そして、『CT』と『X線撮影』を使い大画面にその情報を映しだす。

 3次元映像として出されたそれを確認しながら、薫は最適なステントグラフトを選び出す。



「薫様、前回ダニエラさんと同じ手順ですか?」

「最初はな。行き先は心臓やけど」



 薫はそう説明しながら、ガラドラの足の付け根にある大腿動脈に専用の針を刺す。

 針が大腿動脈に到達したら、その中のガイドワイヤー(柔らかい針金)を入れる。

 そのガイドワイヤーに沿うようにイントロデューサーシースを入れて血管を広げる。



「に、二回目ですけど、やっぱり痛そうに見えます」

「麻酔をかけてるから痛くはないけど、体には負担はかかるかな。やから、最小限で治せるんやったらその方がええやろ?」

「はい、いろんな治療法があって勉強になります。今回のカテーテルの部分はちょっと変わった形ですね」



 そう言いながら、薫が選んだステントグラフトを見ながら言う。

 収納されているため、網目状のようなものが入っていることしかわからない。



「これが膨らむんや。ちゃんと見とくんやで? この病気は、高齢者の人がなりやすかったりするんやからな」

「はい、いつか私が治せるようにちゃんと見ときます」



 そう言いながら、大画面をアリシアは見つめる。

 イントロデューサーシースが挿入されて、医療魔法の『ヘパリン・ベクトル1』を使う。

 ヘパリンは、抗凝固薬の1つで、血が固まらないようにする薬である。

 そして、ACT(活性化全血凝固時間)を200~250secにコントロールする。

 ACTは、血液凝固能の測定方法の1つで、正常な数値は90~120secである。

 薫は、血管内を映し出す『造影剤・ベクトル1』を使って大画面に映すとアリシアはそれをじっと見つめる。

 薫は、これで準備が整ったので、カテーテルを入れて血流に乗せてどんどん進める。

 映像内で、カテーテルが進んでいくのを見つめるアリシアは、薫の手の動きと交互に見ながら息が漏れる。

 迷いのない動きにもっといろいろと勉強しなくてはと思うのだ。

 薫は、額に汗を掻きながら集中どんどん集中力を高めていく。

 普段とは状況が違う。

 帝国を滅ぼして、異空間手術室とユリウスの治療で莫大な魔力を消耗しているからだ。

 アリシアからの魔力補充もあったが、完全とはいかない。

 だから、一瞬の気の緩みが命取りになる。

 絶対に失敗は許されない。

 緊迫した中で、薫は患者の命にのみ集中していく。

 そして、ようやく動脈瘤の場所へと辿り着く。



「よし、到着やな……」



 ここで、一瞬ホッとしそうになる気持ちを抑える。

 薫の『造影剤・ベクトル1』で動脈瘤になっている部分に合わせた状態で、ステントグラフトをカテーテルに沿わせて動脈瘤の部分まで運んでいく。

 慎重に持って行き、到達するとそこでステントグラフトを展開させる。

 その光景に、アリシアは「ほぇ~」という声がでる。

 ゆっくりと動脈瘤の部分に蓋をするように広がっていく。

 薫は、確認しながらピッタリと広げたら、血管内でちゃんと広がっているかを確認して、広がった両入り口にバルーンを広げて隙間をなくすように数回圧着させる。

 そして、『解析』をかけて漏れもないことの確認とこれからの経過を確認する。

 結果はどちらも異常なしと出た。

 年に1回の診断で大丈夫という結果に、薫は握りこぶしを作り心の中でガッツポーズをする。

 後はカテーテルを回収し、血管から抜き取る。

 そして、麻酔を止めて覚醒に入る。

 麻酔深度を調整し、メパッチを外す。

 覚醒時に中等度以上の疼痛が予測されるため覚醒前に鎮痛薬を投与する。

 人工呼吸の酸素を100%として、補助呼吸または調整呼吸をさせる。

 ガラドラが自発呼吸をしだしたところで、薫は呼びかける。

 少し時間が経つと、ガラドラは意識を取り戻すがまだ朦朧としている。

 薫は、そのまま眠るように言うとガラドラはまた目を瞑るのであった。



「薫様、お疲れ様でした」

「ああ、ぎりぎりの状況やったわ……。1日で使う魔力量は、ちゃんと調整しないとアカンってことはわかったな」

「その時は、また私が薫様を助けますからね」

「そうやな……。また、薫ってちゃんと呼んで欲しいもんや」



 その言葉にアリシアは、「え?」っという感じの表情になる。

 いつ呼び捨てにしたのだろうかといった感じで、きょとんとしている。

 なんとも可愛らしい生き物なんだと思いながらも、もう一度アリシアに薫は言う。



「今回は本当に助かったわ。ありがとな、アリシア」



 そう言って、ギュッと抱きしめるとアリシアは、「な、な、な、なぁ~~~!」と言いながら、歓喜を上げる。

 これは声にならない喜びと言ったらいいのだろうか。

 よい反応をするアリシアのぬくもりを感じながら、薫は一段落と思うのであった。


読んで下さった方、ブックマークしてくださった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、本当に有難うございます。


はい、今年最後の更新となります。

手術書いたら1万文字とか……なんてこったい! イチャラブは次回に持ち越しだ!


えーっと、あっという間の一年でした……。

特に今年はですね。

私にとってはいろんな転機となる年でしたよ。

こんな妄想垂れ流しファンタジーを書籍化させていただける打診を送ってくださった出版社様、本当にありがとうございます。

そして、それを応援してくださった読者様には本当に感謝しようがありません。

累計にも載って、沢山の人に見ていただいて感無量です。

来年も頑張って更新していきますのでこれからもよろしくお願いします。


あと、カバーイラストを活動報告に載っけてますので、宜しければ薫とアリシアとピンクラビィを見ていってください。

ええ顔しとるで……ほんまにw

では、皆様! よいお年を!!!! U>ω<)わふーい☆

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