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崩壊後の処理と治療開始

 朝日に照らされるレイディルガルドの瓦礫の山。

 薫はその上で辺りを眺めていた。

 かなり悲惨な状況になっているため、薫は苦笑いを浮かべて頭を抱える。

 

 

「アカン……やり過ぎたか……」

「やりきってからそう言ってる時点でアウトだな」

 

 

 アレスはそう言って瓦礫に座り込んで薫を見つめる。

 かなり生き生きした表情なのである。

 薫は、その表情に溜め息を大きく1つ吐いてこのあとどうするかなと考える。

 住民は全員移動させたが、これからそこに住まわすわけにも行かない。

 食料需要などで、1つの大都市分の人間が他の都市に移動したらパンクは確実になるだろう。

 ここまでする気はなかったが、最後に苛立ってついといった感じでやらかしたのが原因でもある。

 考えなしの行動などするものではないと思う。

 しかし、このような瓦礫の山と化した場所をどうにか出来る者など……者など……?

 すると、ふとある犬耳の女の子を思い出す。

 若干一名こういった処理が出来る者がいることに気がついてしまった。

 その瞬間、悪魔のような表情に変わる。

 その表情にナクラルは、前回のあのしてやったりな作戦を思い出して嫌な予感がする。

 それは、もう誰かが何かしらの犠牲になるということが確定しているかのような雰囲気なのである。

 

 

「とりあえず、やることの順番としてはユリウスとガラドラの治療が先かな」

「おいおい、治せるのか?」

「そりゃ医者やからなぁ」

 

 

 薫の何を当たり前なことを言っているのだと言わんばかりの言葉にアレスは苦笑いになる。

 薫に常識は通じないのだろうかと思うのが先に来る。

 まず、ユリウスの体内に入った首飾りをどうやって取り除くのか。

 一度つけると取り外し不可能と言われる最悪のアーティファクト。

 それがあの首飾りだ。

 体の中でむしばむように巣を作り、その者が死ぬまで永久的に居続ける。

 

 

「まさかとは思うけど、体を切って取り出すなんてこと考えてないよね? 大丈夫なのかい?」

 

 

 ナクラルは、ちょっと不安げに聞く。

 薫は、何も知らないからこそそのようなことを聞いてくるのだろうなと思う。

 手術のことも麻酔で痛みをなくしてなどという知識もないのであれば不安にもなるだろう。

 普通に考えればそのようなことをすれば、血を大量に流して死んでしまうからだ。

 昔、そのようなことをして何人もの死者が出たことがあると言われている。

 それに、ユリウスの能力である『皇帝の契約と呪縛エンペラーシュプリームバインド』は、この世の中では無くてはならない能力の1つでもある。

 縛りとしてSランクなどの規制はあるが、それ以外に犯罪抑制にも一躍買っている。

 だから、死なれては困るのだ。

 現在は、薫の薬で眠りに付いているためスキルの発動は封印されている。

 そのため、この大陸中のSランクの者達は完全に野放しとされている。

 時間的に気がついている者は居るかわからないが、もう少ししたらそれに気がついた者が何か悪さをするかもしれない。

 もしも治るのであれば、大至急治してもらったほうがいいのだが、そんなこの瓦礫の山と化したレイディルガルドでそのような治療ができるのだろうか。

 そんなことを考えていると薫が言葉を紡ぐ。

 

 

「アレスさん、あんたの能力ってどこでも行けるんか?」

 

 

 その言葉に、アレスは少し考えてから言う。

 

 

「カオルだったら別に言ってもいいかな。まぁ、俺の能力の1つで時空を切って空間をいきたい場所に繋ぐことが出来るんだ。行ったことがあるのが条件だけどな」

「ほう、また便利な能力やなぁ。魔法でそういったのはないって聞いとったけど、スキルであるんやな」

「俺の能力は激レアだしな。まぁ、知ってるのはほとんど居ないから、俺の能力は少しの距離の移動と言われてるんだ」

 

 

 そう言って「いいだろ」と言わんばかりに薫に笑顔を向ける。

 薫は、その能力を聞いて作戦が決行出来ると思ってアレスの肩を持つ。

 薫の表情にアレスは物凄く嫌な予感がしたのだろう。

 また悪魔のような表情になっているからである。

 

 

「ちょっと、トルキアまで繋いでくれんやろうか?」

「ん? トルキアに何があるんだ?」

「まぁ、ええから。ちょっとツケを払ってもらうために2人ほど呼んできたいんや」

 

 

 薫の意味深な言葉に、アレスは楽しそうだから即座に大剣で時空を斬って繋げる。

 そんなことをしていると、地面に顔を突っ込んでピクリとも動かないモーリスのお腹に、ベニヤ板を敷いて座っていたクレハも立ち上がる。

 付いて行くと言わんばかりにちょこちょこと薫の下へと来るのである。

 

 

「付いて来るんか?」

「ん……」

 

 

 きゅっと薫の白衣を持ち、見上げながら頷く。

 薫は、クレハが居たほうが話が進めやすいなと思い2人でアレスの作った空間に飛び込むのであった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ラックスティーを片手に書類を確認して魔印をポンポンと押していく。

 そろそろ仮眠でも取ろうかなと目頭をもみほぐしていた。

 

 

「マリー様~! マリー様~! 大変ですよ~!」

 

 

 ドタバタと廊下を走りながらマリーの書斎へとやってくる。

 猛ダッシュのためか、いやに激しい音が鳴る。

 バタンと勢い良く扉をあけるとマリーは、ニッコリとした笑顔で分厚い本を手に持ち投げる瞬間であった。

 

 

「五月蝿い! ミィシャ!」

「ほっ! ふふふ、何度も引かならないですy……わふゅん!!?」

 

 

 ミィシャは、一冊目はパシッと受け止めたが二段構えのもう一冊は綺麗にスコーンと顔面にめり込んだ。

 そのままミィシャは、こてんと本がめり込んだまま後ろ向きに倒れピクピクと痙攣しているのであった。

 

 

「で? 急いでノックもしないでどうしたんの? 怒らないから話してごらん」

「も、もう、本が飛んできてます……マリー様」

 

 

 むくりと体だけを起こしてそう言うミィシャ。

 ぽとんと本が落ちるが、顔にはくっきりと本の跡が残っていた。

 真っ赤な髪が方まで伸び、犬耳をピンと立て尻尾をフリフリとしている。

 お目目はまんまるで、なぜか今日はどんよりとしている。

 オレンジのパジャマ姿で、着替えることすら忘れるくらいの重要事項なのだろうかと思わせる。

 

 

「マ、マリー様……帰ってきましたよ……」

「誰が?」

 

 

 エルフ耳に指を突っ込みながら言う。

 どうせ大したことのない話だろうなと思うからだろう。

 桃色に染まる背中まである長い髪は、今日はだらんと下ろしている。

 小麦色の肌に薄い赤色のネグリジェのみを着て、椅子にあぐらをかいて座っているのだ。

 

 

「か……か……か……」

「か?」

 

 

 あばあばと口を震わせるミィシャに首を傾げながら続きの言葉を待つ。

 しかし、その言葉が出る前に張本人が登場してしまう。

 

 

「げっ!」

 

 

 物凄く嫌そうな表情になるマリー。

 それもそのはず、ミィシャの後ろに開いた扉をこんこんとノックする薫とクレハがいるのである。

 一気に表情が険しくなるマリーに、薫はいい表情で挨拶をするのだ。

 

 

「よう! 朝から仕事がんばってんなぁ」

「……」

 

 

 その挨拶にすら返答できないマリーは尋常ではない汗を掻き始める。

 薫にクレハのことを全部丸投げしていたことを思い出したのだ。

 死なないとは思うが、相当な厄介事を押し付けて尚且つ情報にいろいろな誤りがあったため、合わせる顔が無いのである。

 だから、薫のあの笑顔が怖いのである。

 

 

「あ、あははは、お、おはよう! いやー、今から寝ようと思ってたのよね!」

「そうか、寝る前にちょっと話しようか」

「え、遠慮したいんだけど……」

「直ぐ終わるから平気やって」

 

 

 絶対に聞きたくないと言わんばかりに逃げようとするマリーに、薫はガッチリと肩を掴んで席につかせる。

 表情が一向に変わらないのが、非常にマリーからしたら怖いのである。

 ミィシャは、自分は関係ないよと言わんばかりにそそくさと部屋を後にしようとするが、クレハにパジャマを掴まれ「わふん!?」と驚きの声を上げる。

 逃げることは不可能であると悟り、涙目ながらにクレハに懇願するような目線を送るが駄目だった。

 クレハにはそういったものは効かないのである。

 

 

「いやー、ちょっと無茶してもうてなぁ。少し(・・)直してほしい街があんねん」

「え? 直すだけでいいのかい?」

「ああ、それで今回の俺に全部押し付けたツケは全返済でええよ」

 

 

 その言葉にマリーは「なんて楽な案件なんだ」といった感じで目を輝かせる。

 ミィシャを派遣すればそれで終わりで、自分に全く被害がこないとなれば安いと思う。

 まぁ、ミィシャには悪いが犠牲になってもらうかといった感じで、二つ返事で了承する。

 それを聞いたミィシャは、クレハに掴まれたままジタバタして嫌がるのである。

 

 

「うわあああ、マリー様の鬼! 私だけを犠牲にする気だぁ!!」

「そ、そんなことあるわけ無いでしょ!」

「わ、わふ! い、今完全に目逸しました! 嘘の目です!」

 

 

 そう言って、2人はギャーギャーと言い合うのである。

 それにしても、マリーの現状況はSランクの限定解除に気が付いていないのかと思うが、この街内であれば確か解除しっぱなしであった。

 だから、気が付かないのかなと薫は思うのである。

 となると、他の街にいるSランクの者達もそういった制限付きなら気がつくことはないかもしれない。

 

 

「いやだぁ、行きたくないー!」

「私のために犠牲になりなさい! ミィシャ!」

「わ、わふっ!」

 

 

 ジタバタするミィシャに、クイッとクレハがパジャマを引っ張ると見る見る青ざめる。

 それは、もう確定事項だから往生際が悪いと言わんばかりなのである。

 まぁ、表情は無表情のためミィシャが勝手にそう解釈している。

 耳をへにょらせ尻尾をペタンと落とし、うるうると涙をながす。

 

 

「何か勘違いしてへんか?」

「え?」

「マリーさん、あんたも一緒に来てもらうで」

「はい?」

 

 

 なぜ自分もいかないといけないのかという感じの表情になるマリー。

 直すだけならミィシャだけで十分できる。

 なのになぜだろうと思うのだ。

 薫は、魔力タンク要員と言ったが一瞬意味がわからなかった。

 そのまま有無も言わさずに、薫とクレハに連れられ瓦礫の山と化したレイディルガルドへと連れて行かれるのであった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 空間からレイディルガルドへと来た2人は、目を点にさせる。

 更地と化したどこかわからない街。

 そして、目の前にいるメンバーを見るとここがどこなのかが自ずと見えてくる。

 

 

「ごめん、ちょっと私の見間違いじゃないのなら……」

「わ、わふぅ……」

「「レイディルガルド……?」」

 

 

 ハモる形でマリーとミィシャが聞くのである。

 それに対して、薫は満面の笑みで「正解」と言ってあげると大きな溜め息を吐きながら薫を見る。

 呆れを通り越してもうなんと言っていいかわからないのだろう。

 

 

「てなわけで、この街を直してくれるやろうか」

「わ、わふっ!? む、無理だよ~! 無理無理! 絶対無理!」

「魔力なら大丈夫や。マリーがミィシャの魔力回復してくれるからな」

「そ、そのために呼んだのね……。カオルさん、あんた鬼ね」

「これでチャラなんやから安いって。それ以外やと……お仕置きくらいやろうかなぁ……。あんなんになりたいか?」

 

 

 そう言って、モーリスを指さし言うとマリーとミィシャは首をぶんぶんと横にふるのである。

 Sランクのモーリスが残念な格好で撃沈している姿に、直すことを選択せざるを得ない。

 あんな風にはなりたくないのだろう。

 まぁ、あそこまでひどい仕打ちはしないがちょっとしたお仕置きはしてもいいかなとは思っている。

 二度とあんな真似はしないようにではあるが。

 ミィシャは、涙目になりながら覚悟を決めて瓦礫に手をかざす。

 

 

「わふぅ……。特殊固有スキル――『妖精の悪戯』」

 

 

 真っ白な魔力を膨大に溢れさせるミィシャ。

 そして、目の前に3mくらいの魔法陣が現れ瓦礫の上に沈んでいく。

 沈んでいった魔法陣から、ポンッとハンマーを持った白い妖精達が現れる。

 全身真っ白の妖精で、目だけが緑色というちょっと変わった妖精であった。

 薫は、妖精の国で見たことのない分類だなと思う。

 大きさは、ウンディーネとあまり変わらない背格好であった。

 その中のリーダー格のような者が一歩前に出る。

 

 

「え、えっと……わ、わふぅ」

「またですか?」

「こ、今回は違うっていうか……。わふぅ」

「何度目です? もうやです」

 

 

 ぷいっとソッポを向く真っ白な妖精。

 焦りながらもミィシャは両手を合わせながら頼むのである。

 

 

「ま、魔力ならいっぱい上げるよ?」

「……どのくらいです?」

「い、いっぱいだよ」

 

 

 両手を大きく広げてたくさんといった感じで表現する。

 特殊固有スキルに、このような物もあるのかと思う薫は珍しそうにその様子を見る。

 召喚などの一種のように見えるが、上下関係はミィシャが下のようだ。

 なぜ下なのかは、本人に聞かないとわからないだろうが、多分マリーのせいではないかと推測できる。

 

 

「じゃあ、まずは今持ってる魔力全部ね」

「わ、わふ!? ぜ、全部?」

「……全部」

「はい……」

 

 

 妖精の請求に従いミィシャは自身の魔力を全て譲渡する。

 ミィシャの体から白い魔力が妖精に流れ込んでいく。

 そして、数十秒で根こそぎ持って行かれたのだろう。

 ミィシャはその場でぽてんと倒れた。

 魔力欠乏症でピクピクしているのである。

 薫は、マリーの背中を押して「補充の出番やで」と言うと肩をがっくりと落としながらミィシャに近づいて、手を握りしめて自身の魔力を送り込む。

 少しすると、気絶していたミィシャは意識を取り戻して辺りを確認する。

 夢であればいいのにと言った感じの表情が見て取れた。

 これは悪夢の始まりだ。

 このレイディルガルド全部を修復するのに、これから何回の魔力譲渡をしないといけないのかと思うと背筋がゾッとしてしまうだろう。

 ツケがこれでなくなるのなら安いのではないかと思うが、それでもかなりの精神的な重労働ではある。

 

 

「そしたら、そっちはよろしく頼むわ」

「え? カオルさんどこかに行くの?」

「ああ、ちょっと治療をしにな」

 

 

 そういった瞬間、マリーはよっしゃ! と言った感じのポーズをした。

 だから、薫はアレスにマリーの監視を依頼する。

 すると、アレスは任せとけと言わんばかりにいい笑顔で了承するのである。

 序列的に絶対に勝てないアレスに、マリーは物凄く嫌な顔をしてどうやってここから逃げようかといった表情になる。

 ほぼ、不可能に近いだろうが。

 しかし、ここでようやくマリーは違和感に気がつく。

 

 

「あ、あれ? 制約が解けてない?」

「今頃かい……」

「いや、ほら、いきなりこんな瓦礫の山に連れてこられていろいろと困惑していたから気が付かなかったのよ。どうなってるの?」

 

 

 薫は、ユリウスのことを説明すると盛大に「ざまーみろ!」と声高らかに言うのである。

 相当嫌っていたのだろう。

 そして、なぜだかモーリスの腹に敷いたベニヤ板の上に座って足を組む。

 

 

「今現在最高な状況じゃないの! 私は自由にできるってことだろ?」

「まぁ、そうなるな」

「カオルさん、これってユリウス助けた後も継続してこの状況に出来るの?」

「俺はそうさせる気やけど、どうやろか? 今のところ、ここにいるSランク3人はそうするつもりで動いとるで」

「よし、私もそれに乗ってもいい?」

「それは構わへんよ。仲間は多いほうがいいからな」

 

 

 とりあえず、混ぜてくれと言わんばかりにマリーは薫に言ってくる。

 これから楽しくなりそうだと言わんばかりなのである。

 そんな雰囲気がマリーから溢れんばかりに垂れ流されているのだ。

 ミィシャは涙を流しながらその光景を見つめる。

 自分にはほとんど関係ないじゃないですか! と言わんばかりの表情なのである。

 

 

「わふぅ……ぐすん」

「仕事してくる……。魔力無くなったら補充ね」

「はい……」

 

 

 ミィシャは、頭がかくんとうなだれる。

 白い妖精たちは、ハンマーを持ってとことこと瓦礫の上を歩き地面に振り下ろす。

 すると、魔法陣が展開されてそこから崩れたものが白い光に取り込まれていく。

 崩れた瓦礫が光に取り込まれて元通りに再構築されるのはかなり不思議な感覚がする。

 まるで逆回しをしているような感じがするからだ。

 しかし、現代社会にこの能力があれば、いろんなところで活躍できるだろう。

 面倒なことは、妖精の機嫌が悪いと直してくれなさそうということだが。

 白い妖精たちはどんどん街を元に戻していく。

 時間はかかるだろうが、確実に元通りになるのに2、3日といったところだろう。

 薫はそのままミィシャとマリーにまかせて、一旦妖精の国へと行くかと思う。

 モーリスのスキルの解除はもうしてあるため、フーリと接触してももう大丈夫だからだ。

 クレハに聞くと、ちょっと不安そうな顔になるがそれを振り払って強く頷く。

 それを見た薫は、ピンクラビィに頼んでゲートを開けてもらう。

 そして、眠っているユリウスを担いでゲートをくぐるのであった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 妖精の国の謁見の間。

 薫がゲートをくぐるとプリシラが満面の笑みで出迎え「おかえりなさ~い」と元気よく言う。

 淡い桃色のゆるふわロングヘアを今日はポニーテールにし、服装はどこから取り寄せたのかは知らないが、ピンクのスウェットなのである。

 その格好から薫は、今日は王女様は不在なようだと思うのである。

 謁見の間の椅子の端に大切なサークレットがぽとんと置かれてある。

 あんなところに置いてて良いのだろうか?

 そして、ピンクラビィの耳も惜しげも無くピンと立たせている。

 なんとも腹立たしい計画を立てているとはつゆ知らず、薫は軽く挨拶を返すのである。

 

 

「えへへ、さぁ、さくさくっといろいろなことを済ませていきましょう!」

「なんでそんなに楽しそうなんや?」

「……た、楽しそうですか? き、気のせいだと思いますよ!」

 

 

 あからさまな返答に、薫は肩を落としてプリシラの行動しだいで何をするかを決めるかなと思うのである。

 生き生きしたプリシラの表情を見るにろくでもないことだと理解できる。

 これがわかってしまう辺り、だんだんプリシラという妖精をよく理解しているのだろうと思ってしまう。

 知りたくもないがな!

 そんなことを思いながら、薫はクレハを先にフーリへと会わせる。

 溝があるなら少しずつでも埋めていかないといけないからだ。

 まぁ、フーリならそういったことなど関係ないと言ってくれるとは思うが。

 

 

「フ、フーリ……」

「クレハお姉ちゃん!」

 

 

 謁見の間の入り口に立つフーリは、クレハを見つけて叫ぶ。

 クレハは、薫の横でつい一歩後ろへ下がってしまう。

 これは仕方ないだろう。

 また傷つけてしまうかもしれないと思ったら、体が先にそういった風に動いてしまっていた。

 薫は、軽く肩を叩いてやり笑顔で「ほら、行っといで」と言う。

 不安な表情になるが、意を決して前へと進む。

 すると、フーリの方が早くクレハに飛びついて来た。

 後ろに倒れそうになるクレハの背中を薫は片手でそっと支えてあげる。

 ほとんど食事を取っていないため、フーリを受け止めきれなかった。

 頭を胸にうずめてギュッと引っ付き離れようとしないフーリ。

 

 

「その……フ、フーリ……あの」

「クレハお姉ちゃん、いいの! 何も言わなくていいの!」

「で、でも……」

 

 

 そう言って、段々クレハは胸が苦しくなってくる。

 フーリは埋めていた顔を離し、クレハを見つめる。

 フーリの腕には傷跡はなかったが、あの肌を焼く感触がまだクレハには残っている。

 どうしようもない事実だけが、クレハの脳裏に焼き付いてしまっている。

 

 

「こうやって、もうなんともないから……」

「私は……フーリを傷つけたから……」

「クレハお姉ちゃんは操られてしたことだもん。だから、仕方のないことなの! だから、これ以上自分を責めないで!」

 

 

 フーリはそう言って、クレハに言い聞かせるように言う。

 クレハは、その言葉を聞いて泣き崩れてしまう。

 弱ったクレハの体を優しく抱きしめるフーリ

 そのままクレハは何度もフーリに「ごめんなさい」と謝るのである。

 クレハが落ち着くまで、ずっとフーリは何度も頭を撫でる。

 まるで母親のように。



「大丈夫だから、クレハお姉ちゃん。全部終わったんだからね」

「うん……うん……」

「これからずっと一緒だよ? 嫌って言っても絶対に一緒にいるんだからね」

「うん……」



 クレハはそれを聞いて、笑顔を見せるのである。

 これは、今までクレハを見てきた中で一番の笑顔なのであった。

 薫はそれを見てから、もうフーリとクレハは今のところは大丈夫かなと思い2人きりにさせる。

 邪魔者はさっさと他の作業へといった感じで、薫はガラドラが眠っている部屋へと向かう。



 ガラドラが眠る部屋の前に来ると、ドリアードが門番をしていた。

 身長は140cmくらいの金髪のロングヘア。

 頭の上に花と葉っぱを編み込んだサークレットのようなものが付いている。

 腰に長剣をさし、ドレスアーマーを着込んで胸が邪魔と言わんばかりに腕を組んでその上に乗っかるたわわな胸。



「ん? あ! カオルさんなの。おかえりなの」

「ああ、なんや? 見張りか?」

「そうなの、全くもって暇なの」



 そう言いながら、大きな胸をたゆんとさせて薫の方を向く。

 相変わらず大きな胸は邪魔なようだ。

 ジト目でこちらをじっと見てくる。

 腕で抱えているユリウスが気になるのだろうか。



「その子誰なの?」

「その部屋の中にいるやつの息子やな」

「重要な人なの?」

「そうやな。これからいろいろとしてもらわなあかん人物やな」



 薫の言葉にふむといった感じで何か考える。

 ポケーッとした表情のため、何を考えているかわからない部分もあるが、この妖精の国のためにいろいろと頑張ってくれているらしい。

 その部分を薫は見ていないため、基本的に何をしているのかわからないのである。



「中に入ってもええか?」

「うん、いいの。どうぞなの」



 そう言って、考えるのをやめて薫を中へと案内していく。

 中はちゃんとした部屋になっている。

 ベッドも3個置いてあり、タンスなどの家具が揃えられている。

 一体いつこんなものを買ってきているのかわからない。

 前来た時は、こんなものはなかったと思うのだが。



「ありがとな。今から俺がここにおるから少し休憩しに行ってもええで」

「ほんとなの? やったーなの。ちょっとだけ運動してくるの」



 そう言ってドリアードはとことことその場を後にした。

 外見から相応しい反応に薫は笑みが溢れる。

 やはり、遊びたいざかりなのだろうかと。

 しかし、ドリアードの遊びはこの妖精の国に侵入しようとしているアホな奴らの駆除だとは薫は思わないのであった。

 薫は、空いているベッドにユリウスを寝かせる。

 そして、医療魔法で『CT』『MRI』を使用して現在ユリウスの体の中に入ってるあの首飾りの所在を見る。



「なんやこれ……」



 医療魔法で得た情報は、薫のステータス画面に表示してある。

 まず、ユリウスの容体は心臓に首飾りが絡まっている状態で映しだされた。

 手術で胸部を開いてから取り出す形になるなと薫は思う。

 それに現状況は、ユリウスの心臓から魔力を吸い取っているような形になっていた。

 なんとも面倒くさい仕様になっているのだろうかと。

 薫は頭を掻きながら次にガラドラへと向かう。

 するとガラドラは薄っすらとだが目を開けた。

 老いぼれと言ってもいい表情をしている。

 これは、薬のせいもあるのだろうが、もう少し体力を回復させないとガラドラは手術は出来そうにない。

 だが、薫の使える体力回復魔法の最上級があれば、どんなに弱っていても手術に耐えれる体力を持たせることが出来る。

 現代社会では、体力のない者は手術に耐えれないため治療ができないものも居る。

 そういったことが、回復魔法では出来る。

 なんとも便利な代物なのだろうかと思う。



「お前は……誰だ?」

「お前扱いとは酷いな。ユリウスと一緒にあんたも助けたろう思うてるのに」

「? ユリウスに……何かあったのか?」



 弱々しいが、ガラドラは薫の方を睨みつけるように見る。

 ユリウスよりかは王としての貫禄はあるようだが、全くもって凄みというものはない。

 それと、ジーニーの毒を口にしていないため喋れるまでには回復しているようだ。



「モーリスに『冥府の鎖』ってのをつけられた状態やな」

「!! な、なぜそれがユリウスに……ごほ、ごほ……あれは封印の間に封印したはずだ……」

「それをモーリスが取り出したんやろ。で、それをユリウスに使ったんや」



 ガラドラの表情は絶望へと変わっていく。

 一度つけると外すことは死ぬまで出来ないとされる最悪なアーティファクト。

 それが、息子であるユリウスに使用されたとなればもう助けだす手段はない。

 そして、『冥府の鎖』のスキルは支配系最強と言われた物の1つ。

 使用者に絶対服従の制限なしと言われる最悪な完全固有スキルが付与されている。

 完全固有スキルの持ち主のアデリコが、ミュンス送りを命じた先々代の皇帝の目を盗んで、特殊な首飾りに自身の完全固有スキル付与させ世に流したのだ。

 なんとか悪用される前に、先々代の皇帝は全兵士を使って見つけ出して封印し、事なきを得た。



「もう……助からんな……」

「おい、話をちゃんと聞かんかい!」

「なんだ……」

「助けれるっていってるやろが……早とちりはようないで。それに諦めるん早すぎやないか?」

「何を馬鹿な……助けられるわけ無いだろ! 体内にあれが入り込んでいるのだぞ! ごほ、ごほ、それをどうやって……」

「はぁ、手術っていう方法を使えば治すことは可能や。あんたらの知らん治療方法やけどな」



 そう言うと、ガラドラは信用しきれないといった表情をする。

 だが、その治るという言葉はあまりにも魅力的に聞こえる。

 それに縋りたいとも。

 ユリウスが治るのならと。



「それと、あんたも病気があるんや。それを治さなあかんからな」

「私の……病気?」

「まぁ、気がついてないのもあるかと思うが、ジーニーに毒を盛られたせいで手術せなあかん病気ができたんや。ほんまに迷惑極まりない治療師や」



 ジーニーの表情を思い浮かべるだけで腹立たしい。

 人の怪我などを治す治療師が毒を盛り、尚且つそれが原因で病気が発症してしまうなど言語道断といった感じなのだ。



「とりあえず、治す方向で動くつもりや。それで、その見返りは何をしてくれる?」

「な、治るかもわからないことに、見返りなど渡せるわけないだろ」

「やから……、もしもの話や。治ったら何をあんたは俺にくれるんや?」



 もしも、そう、もしも治るのならと薫は言っているのだ。

 手術は確実に治すことが出来る症状のため、薫はガラドラから報酬を聞き出す。



「治すことが出来るのなら……なんでも(・・・・)言うことを聞こう。レイディルガルドで出来ることに限るがな……ごほ、ごほ」



 薫はその言葉にニヤリと片方の口角だけを釣り上げ笑う。

 言質はとった。

 あとは、レイディルの一族が継承している特殊固有スキルで契約すれば確定になる。

 薫は、紙を出しそれにガラドラのサインと魔印を入れる。



「失敗したら……お前の命で償ってもらうからな……」

「はぁ……俺はな、治療には本気で望んでんねん。遊びなんて入れてへんで。俺の全力で患者の命を救い上げるからな。それにな……救えるかわからん命でも1%の可能性があるなら、それを俺は掴みに行く。お前らみたいに直ぐに諦めたりはせえへんわ」



 真剣な表情で声のトーンが低くなりそう言う。

 20代にも満たない人間の言葉ではないかのような凄みを感じるガラドラ。

 宮廷治療師ですらこのようなことを言いのける者など居ない。

 いや、今までにそのようなことを言ったものは1人しか居ない。

 エクリクスの初代大神官だ。

 あそこまで大きくした偉業を成し遂げた人物しかその言葉を口にしたことがないのである。

 そこまでの自信が、今の治療師たちにあるかと問えばないと答えるだろう。



「そしたら、あんたの病状を説明していくで」

「聞いてもわかるかわからんぞ?」

「それでも、体内でどんな感じになってるかくらいは知っといてもええと思うで。これから、いろいろと気をつけなアカンことだってあるんやからな」



 薫は、そう言ってガラドラに病気で言っていく。



「あんたの病気は、【大動脈瘤】や」

「だいどうみゃくりゅう?」

「ああ、そうや。それの【胸部大動脈瘤】に分類される」



 薫は、わかりやすく説明をする。

 ようするに放置しているといずれ大動脈解離を起こしてしまい死に至ることをだ。

 これは、『解析』でその結果が出ている。

 この【胸部大動脈瘤】は胸部大動脈に存在する大動脈瘤で胸郭内の大動脈壁が全体もしくは部分的に突出した状態のことを言う。

 大動脈瘤は、大動脈壁が脆弱化して起きるが今回はモーリスがジーニーに毒を作らせることでこの血管が脆くなる状況を起こした。

 長い年月繰り返された毒の影響である。

 普通なら高年齢になると起こりうる病気の1つでもある。

 現代では、高血圧や喫煙などが最も重要な危険因子とされている。

 また、研究により遺伝子的要因も重要性が徐々に認識されている。

 なお、今回のガラドラの病状はまだ初期の段階だ。

 だが、何もしなければ後々必ず症状は悪化の一途をたどる。

 薫は今回、ステントグラフト治療(人工血管内挿術)を使うことにしている。

 精密検査は前回しているため、この治療法が最適ではないかと思う。

 今のガラドラの体力を回復しながらでもやはり体には負担はかかる。

 それを一番軽減できるのはこの治療ではないかと思っているからだ。



「こんな感じやけどどうやろか?」

「……」



 ガラドラは、目を点にさせて薫を見る。

 血管の中に金属を入れるなど今まで聞いたことがない。

 薫の言う未知の治療法に唖然としてしまうのだ。



「まぁ、まずはユリウスから治療していくからな」

「直ぐ終わるのか?」

「魔法と違ってこれは俺の技術や。2、3時間ってところやろうな」



 薫はそう言ってガラドラを見る。

 心配でたまらないのだろう。



「ユリウスの体内に入ってる首飾りは、ちゃんと取り除いたるから安心してええって」

「……」



 今は薫の言うことを聞くしか無いのかと思う。

 それに、契約書もある。

 破れることの出来ない絶対的契約。

 それは、ガラドラ本人が一番良く知っていることだ。

 それを簡単にしてしまう薫もまた異常なのではないかと思う。

 薫は、そんなことを思われているなどどうでもいいかのように右手を壁にかざす。

 ユリウスとガラドラの手術に必要な機材をイメージしていく。



「さて……、未来の地盤をひっくり返してやろうか。いろいろなもん背負うてしもうたけど……。嫌な感じはせえへんなぁ。固有スキルーー『異空間手術室』」



 薫を中心に大気が一瞬で異質な程歪み金色のオーラが発生する。

 空間がねじ曲がり稲妻がほとばしる。

 バキバキと異質な音を立て、手術室が薫の目に前に現れる。



「さぁ、これからが俺の本領発揮や……気合入れていくで」


読んで下さった方、ブックマークしてくださった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、本当に有難うございます。


はい、累計ランキングで196位になっておりました。

読者の皆様本当に有難うございます!

ブックマークも17000件突破です。

なんてこったい!

そして、1000万pvはこの話を投稿した次の日には達成するんじゃないかなと思います。

読者の皆様本当に感謝です!!!


はい、事後処理の話がはじまりました。

あれ? 進んでなくね? って言わないで下さいね……。

現在、校正作業とウェブ版の締め切りがダブってしまっている状況で、医学図書館にも行けないし、お医者様との連絡もなかなかとれない状態です。

なので、先に校正作業をガガガッと終わらせて調べてきてからの最新話の投稿になると思います。

なので、次回の更新は少し遅れる可能性があります……申し訳ないですm(_ _)m


なるべく早く早く投稿できるように頑張りますので広い心で……お待ちくださいませm(_ _)m

あと、こちらのSS最初はどのキャラの話がいいですか?

これをちょっと聞きたかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 物語では戦争?争い?好きな日本人がリアル戦争反対?アホみたいな(笑)
2020/01/25 13:43 退会済み
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