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帝国崩壊のカウントダウンゼロ 後編

 レイディルガルドの謁見の間で睨み合う。

 モーリスは、薫の放つ威圧に眉をひそめながらも堂々と立つ。

 ユリウスを守る形となってしまっているため、下手に動けないというのがある。

 

 

「モ、モーリス、だ、大丈夫だよね?」

「ええ、問題ありません。この程度のことは想定内です」

 

 

 そう言って、モーリスは不敵に笑うが内心では物凄く焦っていた。

 目の前にいる薫の存在が、只々不気味なものになっているからだ。

 これほどの魔力量を持っているにもかかわらず、今まで名前すら上がってこないことがありえない。

 知らない力を持つものとの戦闘ほど厄介なものはない。

 額から嫌な汗が流れ、思考を走らせる。

 Sランク4人との戦闘を1人でこなすことが、どれほど骨の折れることかを理解しているからだ。

 まずは、足かせを作って現状の危機を打開する必要がある。

 特に厄介なのは、アレスだ。

 時空系のスキル持ちで、野放しにしておくと一瞬でこちらが不利になる。

 そのため、ユリウスに小さな声で特殊固有スキル『皇帝の契約と呪縛エンペラーシュプリームバインド』を使用するように言う。

 能力の拘束をして、力を少しでも押さえつけなければ勝機はないと言っても過言ではない。

 

 

「特殊固有スキル――『皇帝の契約と呪縛エンペラーシュプリームバインド』」

 

 

 ユリウスの体から白い魔力を溢れ出させ、何もないところから契約書が2枚宙に現れる。

 それに手を翳して、魔法陣が契約書に纏わり付き、文字が赤く浮かび上がる。

 その瞬間、アレス、ナクラルに能力制限がかかる。

 しかし、これは薫達からしたら想定内である。

 アレスから、ここら辺のことは聞いている。

 戦いになったら、まず能力制限を掛けられるがアレスは問題ないと言っていた。

 戦闘経験の差でそこら辺は補えるらしい。

 笑顔で「足手まといにはならないから安心してくれ」と肩をバシバシと叩いてきた。

 なので、アレスは問題ない。

 ナクラルは、完全固有スキルの制限がかかるためちょっと不安材料があるとは言っていたが、こちらも問題ないと言っていた。

 モーリスなんかに負けはしないと。

 何かあれば薫自身が出ればいいかとも思うが、それができない場合はそのときに考えるかなとちょっと楽観的なのである。

 

 

「数に少々差がありますからね……。こちらも1つ使わせて貰いましょうか! 闇魔法――『シャドーサーヴァント』」

 

 

 モーリスは、自分の影がぐにゃりと歪んで4つに分かれそれが実体化する。

 影は、形態を何度も変えながらモーリスと全く同じ形へとなる。

 

 

「2人は、ユリウス様を護衛しろ。もう2人は、アレス、ナクラルだ。私は正面のいけ好かない治療師と無力のクレハをやる」

 

 

 そうモーリスが言うと、影達はコクリと頷いてから一斉に移動して、アレス達と対峙する。

 アレスとナクラルは剣を抜き、戦闘態勢へと移行し影達とぶつかり合うのである。

 薫は、その様子を「ほー」っと言いながら見る。

 

 

「また厄介な魔法やなぁ。てか、俺も魔法使いの訓練を幼いときにやればこの技使えとったんか……。ちょっと残念やなぁ」

 

 

 そんなこと言っていると、モーリスがこちらへと魔法を放とうとしていた。

 薫は、クレハを抱き寄せてモーリスの放った漆黒の槍を躱す。

 躱さずに、蹴りの爆風で撃ち落とすことも可能だったが、アレスから最初は無茶はせずに相手の行動をよく見ろと言われていた。

 無詠唱で飛んでくる無数の槍は、かなりの魔力が練られてあり、それ以外に邪悪な物も感じ取れた。

 それに、生身(・・)で当たれば貫通はするだろう。

 そんな中、クレハはモーリスを睨みつけていた。

 一瞬でも隙があれば、瞬間的だが渾身の一撃をくれてやろうと思っているのだ。

 あまり無茶はしないで欲しい。

 モーリスが、そんなクレハの考えを読み取って行動してきたらたまったものじゃない。

 側に居るから威圧も耐えられているのに、離れればもろに受けてしまう。

 そうなれば、人質になりかねない。

 薫は、クレハが飛び込んで行かないように腕に力を込める。

 すると、クレハは不満そうに眉をハの字にしてこちらを見てくる。

 

 

「躱すだけとは……、能が無いですねぇ」

「いや、別に躱さんでもええんやけど、なんか当たると厄介そうやん?」

「ほう、感覚で気付いてるみたいですね。まぁ、当たってからのお楽しみとしてください。ぐふふ」

 

 

 そう言って、モーリスは不気味に笑うのである。

 そのせいで、薫は槍に意識が行き始めてしまう。

 だから、薫はその飛んでくる槍に対して『解析』をかける。

 すると、その槍にはスキル効果も上乗せしてあった。

 

 

 ・特殊闇魔法――『呪縛の槍(バインドランス)

 詳細:闇中級魔法の1つの『漆黒のダークランス』に呪縛系のスキルを付加したモーリス固有魔法。

 闇が深ければ深いほどその威力が上がる。

 そして、術者の魔力を多く使うことにより作れる槍の本数が多くなる。

 当たると魔力に制限が掛かる。

 外すためには、受けた魔力の倍必要とされる。

 

 

 薫は、詳細を見てから片方の口角だけを釣り上げて笑う。

 

 

「おいおい、あれは絶対何か楽しいこと考えてる顔だろうな」

「本当にどうしようもない男だね! こっちは一杯一杯だってのに……。全く!」

「ああ、これは多分ザルバックの攻略書をあいつ見てるな」

「げっ! なんで見せてんのよ! 全く!」

「ほら、攻略後は本にするじゃん。几帳面な奴なんだよ」

「几帳面なのはいいよ! なんで帝国に置きっぱなしにするんだよ! 全く!」

 

 

 呆れながら、影のモーリスと交戦する。

 嫌な攻撃ばかりを繰り出してくる影にナクラルは顔をしかめる。

 まるで、ザルバックと戦っているような感覚に陥るナクラルは面倒くさいといった表情になる。

 アレスは余裕に見えるが、こちらも加勢に行けない状況には変わりない。

 先ほどの制限で、もう一段階魔力が下がっていてランクで言えばBランクくらいまで制限を食らっている。

 それでもまだ戦えているのだから、Sランク序列3位の肩書きは伊達ではない。

 しかし、アレスは戦ってる最中に薫に「すまん、俺ら居なくてもよかったかも」と笑いながら言っていた。

 自己申告で今回は活躍できないよと言っているのだ。

 なんとも間抜けな回答だろうか。

 薫は笑顔で「つっかえねぇーな」と冗談ぽく言う。

 ゲスの極みである。

 でも、モーリスに関する情報をもらっているため、そこでは役立っているからいいかと思う。

 

 

「それでは、もっと本数を増やしてさし上げましょう」

 

 

 モーリスはそう言って、魔力量を上げて漆黒の槍の本数を倍に増やす。

 四方八方から飛んで来る槍は、逃げ場を全ての逃げ場をなくすかのような動きをする。

 薫は、眉をひそめて苦しそうな表情をしながらその槍をクレハを守る形で受ける。

 魔力強化で、刺さりはしなかったが漆黒の槍は薫にへばり付くように形を変えてまるで拘束具のように変化する。

 モーリスは、その光景に大満足といった表情をする。

 

 

「ぐふふ、やっと当たりましたか……。これでお前も魔力をうまく使えないでしょう?」

「!?」

 

 

 薫は、驚きの表情を浮かべてモーリスを見る。

 魔力を練ろうとするが、体に当たった漆黒の拘束具に吸い取られるような感覚がする。

 モーリスはゆっくりと薫とクレハの前まで歩いてきながら、言いたい放題言うのである。

 もう勝ちが確定しているかのような言い方で。

 

 

「ここまでよく来ました。帝国兵が人っ子一人居ないのは驚きましたよ。しかし、詰めが甘いですねぇ。ぐふふ、クレハもこんな男に頼ったのが間違いだったのです。いくら魔力量が多くても、私にかかれば無いも同然ですよ。最初はびっくりしましたが、こうなってしまえばただのAランク風情の能力しか扱えなくなりますからねぇ。攻撃など……、避けるに値しない。先ほどの槍には膨大な魔力を込めてます。外すことなど……万が一にもあり得ないですからねぇ。それでは、このいけ好かない男の処分でもしましょうか……。ぐふふ」

 

 

 クレハは、薫に拘束されたままの状態でじたばたする。

 早くなんとかしないとといった表情なのだ。

 しかし、薫は一向にその腕を緩めることはしなかった。

 

 

「クレハ、この男が大事かね?」

 

 

 モーリスは、不敵に笑いながらクレハの顔を見る。

 その表情にクレハは、奥歯を噛み締めながら睨みつける。

 紅蓮に燃えるような赤い瞳が、モーリスを射殺すのではないかと思わせる。

 それが答えだった。

 言葉にしなくてもモーリスにはわかった。

 そこから、どうしたら裏切り者のクレハを絶望の淵に叩き落とせるかを考える。

 楽しくて仕方ないのだろう。

 気持ちの悪い笑みで、クレハをジッと見つめたまま思考を走らせる。

 もう、モーリスは薫のことなど取るに値しないため居ないものとしている。

 魔力がAランクまで落ちた者の攻撃など、蚊に刺されたくらいにしか思わないからだ。

 薫に拘束されたままのクレハは、どうしたらいいのといった表情をして、全くの役立たずな自分自身に嫌気がさす。

 また、大切なものを失うかもしれない。

 自分のせいでまた……。

 支えてくれた薫を失えば、今度こそどうすればよいのかわからない。

 そう考えたら、心が張り裂けそうになる。

 今まで異性にこのような気持ちを抱いたことなどない。

 いや、薫といる時に一度だけ感じたあの気持ちが確信へと変わる。

 薫を失うことだけは絶対に嫌だと思った瞬間、クレハは体から真っ赤に燃え上がる炎のような魔力を吐き出し始める。

 その行動にモーリスは、目を見開く。

 クレハの精神状態から、魔力を扱うことなど出来ないと思っていたからだ。

 下手すれば、帝国のこの城を含み半径5kmは焼け野原になる。

 いや、暴走した場合はその比ではない。

 自身の全魔力が放出される。

 クレハの魔力量はかなりの量がある。

 そんな者に暴走などさせる訳にはいかない。

 

 

「クソ、この帝国ごと吹き飛ばす気ですか! させると思うか!!!」

 

 

 モーリスは、クレハに至近距離からの黒魔法で邪魔をしようとする。

 モーリスの焦りようから、本当にやばいことをしようとしていたのだろう。

 どす黒い闇を拳に纏ったモーリスは、クレハ目掛けて大きな巨体には相応しくない素早い身のこなしで振り下ろす。

 

 

「ぐぶひぃ……!?」

 

 

 だが、その拳はクレハには届かなかった。

 クレハも「え!?」と気の抜けた声を上げてしまう。

 頭を撫でられながら、薫は先程までの苦しそうな表情などなかったかのような感じだった。

 それに、薫の足がモーリスの顔面を綺麗に捉えている。

 後ろに吹っ飛ぶわけでもなく、ただ薫の黒のメタリックブーツがめり込んだ状態で止まっているのだ。

 その光景にアレスとナクラルは笑うのである。

 一瞬冷や冷やしたがというのは言うまでもない。

 まさか、そのようなことをするとは思いもしなかったといった感じなのである。

 あの悪事を企む笑みはこれをするためだったのかと。

 そして、困惑気味なクレハの頭を撫で続けると「ぁ……んっ……ぁぅ」と言いながら、高ぶった心が静かに落ち着きを取り戻す。

 暴走はしないようだった。

 薫の『撫でリスト・極み』の効果もあるのだろう。

 ちょっと反応が今までと違うため、これ以上多用はできないなと思いながら、モーリスとの会話を思い出し「これからどうするかなぁ」と本気で悩む。

 この帝国は、無駄な厄介事を撒き散らしやがってと本気で苛立つ。

 精神的な不安から、心の隙間が出来たところにたまたま薫が入り込んでしまっただけの勘違いではないだろうかと思うが、クレハはそうは思わないかもしれない。

 言い聞かせても多分……お察しであろう。

 鈍感朴念仁で「俺らは親友だろ?」みたいなノリでありたいと思う。

 そうだったらどれほど楽かとも思うが、薫は想像したらそいつを瞬殺したくなった。

 人の好意を無碍にして平気で入られるほど人間腐ってはいない。

 答えをちゃんと相手に言わなければ、失礼に値するというのが薫の考えだからだ。

 大きな溜め息を吐きながら、めり込ませた足に力を入れて後方へとモーリスを吹っ飛ばす。

 肉団子のように、2、3度跳ねながら壁を2枚ほどぶち抜いて止まる。

 大量の粉塵が辺りに舞う。

 

 

「モ、モーリス!! だ、大丈夫なの?」

 

 

 吹き飛んだ方を心配そうに見ながら叫ぶユリウス。

 モーリスが敵の攻撃を食らうなどとは思っても見なかったのだろう。

 粉塵の中からモーリスは姿を表す。

 ほとんど無傷と言ってもいい。

 ただ、顔面には綺麗な薫の靴跡がクッキリと付いている。

 

 

「ええ、ちょっと油断しただけですよ……」

「……」

 

 

 そう言うモーリスの表情は、まるでゆ茹でダコのように真っ赤になり青筋を立てて薫を睨みつけているのである。

 ユリウスは、それ以上モーリスに言葉をかけることが出来なかった。

 あまりにもどす黒くおぞましい魔力を纏い、平常心を保とうとしているモーリス。

 威圧もアレスとナクラルにまで影響を及ぼしている。

 しかし、そんな威圧の中で薫は漆黒の拘束具がはめられている状態で全く平然としているのだ。

 最初のあの苦しそうな表情は、完全に芝居だった。

 けろっとして、現在クレハと話をしているからだ。

 

 

「ん……カオルさん、さっき……、本気で心配した」

「いや、ほら、騙すならまず味方からって言うやん?」

「……ぅぅ」

 

 

 クレハは、ジトッとした目で薫を見つめて「怒ってる!」と言わんばかりの表情なのである。

 そんなクレハに、頭を掻きながら悪びれる様子もなく言葉だけで謝る。

 そうすると、小さな声で「ん……仕方ないから……許してあげる……」と言って、ソッポを向き頬を桜色に染めて言うクレハは、なんだか乙女な表情になっていた。

 薫は、アリシアヘルプミーと思うのであった。

 マリーのときみたいに頑張ってくれるはずと、薫は淡い期待をしてしまうのである。

 

 

「いけ好かない治療師め! よくも私の顔を蹴ってくれましたね。このお返しはたっぷりとしてあげましょう!」

 

 

 そう言って、モーリスは薫に向かって両手を前に翳して魔法を唱える。

 大量の魔力を練りこんで、夜闇がモーリスに集まるような錯覚に陥る。

 

 

「闇魔法――『デモンズゲート』」

 

 

 そう言うと、闇の中からぬるりと大きな扉が現れる。

 まるで、『異空間手術室』と同じような感じではある。

 魔力量は段違いに低い。

 それに、これは魔法である。

 クレハが隣でこの魔法の詳細を教えてくれた。

 

 

 ・闇魔法――『デモンズゲート』

 詳細:最上級闇魔法の1つ。

 死者やスケルトンなどもうこの世に魂の居ない者をこの扉から無限に呼び寄せることの出来る魔法。

 使用者の魔力依存で出てくる者達の能力が向上する。

 

 

 薫は、それを聞いてから目の前でギギギギッと軋むような音を立てて開こうとする扉に目をやる。

 骸骨などの模様や血のようなものが大量についた扉。

 とにかく汚いといった感じが、第一印象だった。

 

 

「ぐふふ、無限に湧く私の兵の前に無残にやられるがいい!」

 

 

 そう言って、不気味に笑う。

 扉の隙間から、大きな骸骨の骨のような物がその扉をこじ開けようとしている。

 少しずつ開く扉の隙間には大量の武器を持った私兵がまだかまだかといった感じで、真っ赤にギラギラと光る目をこちらに向けているのだ。

 

 

「あらよっと!」

 

 

 薫はそう言いながら、体についた漆黒の拘束具をひねり壊してから、クレハをちょこんと横に置いて、瞬間的な加速で近づいて全力でその開こうとする扉を蹴りこむ。

 蹴られた扉は、問答無用で強制的にズドーンと鈍い音を立てて閉まった。

 骸骨の大きな手が頑張って開けようとしていたのが、勢い良く閉まったせいで切断されてしまい、無残に床にドスンと音を立てて落下する。

 そして、とんでもないスピードで扉は後方へと飛んでいき、城の壁を全てぶち抜いてから城外へと消えた。

 クレハ以外は、目を点にしてあり得ないものを見たといった表情をする。

 特にモーリスの表情が、度肝を抜かれと言わんばかりに鼻水を垂らして驚いていた。

 影までもが、その光景にビクンとこわばったかのように行動を止めてしまう。

 クレハは先ほどのことから、ちょこんと置かれたことによって「蹴って閉めそう」と薫の行動を先読みしていた。

 他の者は、そんな馬鹿なことをするとは思っても見なかったのだろう。

 純粋な魔力強化でのみ使用魔法を上回る魔力を使えばできるとは言われているが、そんなことをすれば魔力が枯渇して魔力欠乏症になってしまうからまずしない。

 薫のように、魔力が無限にあるからこそ出来る芸当なのである。

 

 

「あ、ありえない……。こんなことがあってたまるか!!!」

 

 

 モーリスは規格外な薫の行動に錯乱する。

 言葉遣いが崩れていることに気がついていないみたいだ。

 Sランクが使う魔力量の2倍は使って詠唱したにもかかわらず、あっさりとそれをたった一撃の蹴りで消し飛ばされるなど聞いたことがない。

 いや、時の旅団の団長ならやってのけそうだと思うが、それをはるかに凌駕しているのではないかと思うレベルなのである。

 見る見るモーリスの表情が引きつっていく。

 あんなものを見せられて、正気で要られる方がどうかしている。

 他のSランクの者ですらポカーンとした表情をしているのだから。

 口をパクパクしながらモーリスは、白衣をパタパタと叩く姿の薫を見る。

 化物を見るような目線でである。

 こんなやつを野放しになんてしている時点でおかしいのだ。

 しかし、契約がなければ完全なる鎖の付いてない獰猛な獣だ。

 止めるためには、それ以上の強さを持つ者が必要になる。

 現時点でここにいるのは序列3位まで、それも制限を掛けてようやく足止めできているというのが現状だ。

 いよいよ状況が悪くなったと言わんばかりに、モーリスは脂汗を大量に掻きながら思考を走らせる。

 そして、たった1つの打開策を見つける。

 それを使えば形勢逆転の糸口となりうる。

 しかし、薫はそれを許してはくれなかった。

 その考えに至った瞬間に、目の前に薫が現れる。

 目が笑っていない。

 身震いをして体がいきなり硬直し、どうすることも出来なかった。

 

 

「や、やめろぉーーーー!!!」

 

 

 そう叫ぶモーリスの脳天に薫はピンポイント強化で踵落としを繰り出す。

 モーリスは、なんとか無様に転げながらそれを避けることが出来たが、薫の踵落としで城の上層部から下層部まで縦一直線にどデカい亀裂が綺麗に入り、城下町の方まで地震のように大地は揺れて地割れを発生していた。

 そして、遠くから現在のレイディルガルドを見ると水の都と言われた街は薫の一撃よって崩壊した都へと激変する。

 城は、真っ二つになったことによって少し傾いてしまっている。

 まるでピサの斜塔のようだ。

 

 

「ああ、惜しいわぁ。外してもうたわ」

 

 

 白々しく真顔で言う薫にモーリスは戦慄を覚える。

 その目は、下手なこと考えたらお前もこの城と同じようになるからなと言わんばかりの見せしめのように思えたからだ。

 

 

「クソ! なんてことをしてくれたのですか! 城を直すだけでもどれほどの時間をようすると……。むちゃくちゃなことをしてくれましたね!!!」

 

 

 モーリスはそう叫びながら、粉塵が舞う中から出てくる。

 

 

「し、城が……、父上は、父上は……!?」

 

 

 ボロボロになった城を見て、尻餅をつくユリウスは口をポカーンと開けてガラドラの安否を心配する。

 装飾品は、先ほどの一撃で床に落ちたり傾いたりしている。

 

 

「ユリウス様、し、しっかりて下さい!」

「で、でも、モーリス……」

「ここで私がやられれば全てが終わりですよ? わかっているのですか!! ガラドラ様のことは私がなんとかします! ですから、まずは私の完全固有スキルの限定解除をして下さい」

 

 

 放心状態になりつつあるユリウスに、なんとかモーリスは言い聞かせる。

 思考が追いついていないのか、モーリスに言われた通りにユリウスはモーリスの契約書が宙に現れる。

 それに手をかざそうとした瞬間。

 

 

「ああ、お前の父親なんやけど、かなり危ない状況やったんやけど……なんであんな状況になったかわかるか?」

 

 

 ユリウスは、薫の言っていることが理解できなかった。

 父親であるガラドラは、いきなり倒れてそれっきり言葉すら喋れなくなった。

 その原因などユリウスがわかるはずがない。

 しかし、薫の言い方がなにか引っかかるような言い方なのだ。

 

 

「ど、どういうこと?」

 

 

 ユリウスは、その疑問を確かめようと契約書に手を翳す手を下ろす。

 それに苛立つモーリスは、ユリウスの肩を持ち大きく揺らす。

 

 

「いけません! あの者の言うことなど聞いては! この帝国に攻め込んで来た者なのですよ! ですから、早く! 私の限定解除を!!!」

 

 

 妙に焦るモーリスにユリウスは困惑する。

 しかし、薫はその後も言葉を止めることはなく淡々と言葉を紡いで真実を語る。

 モーリスを睨みつけて。

 ユリウスは、嘘だろと言った表情を浮かべて肩を持つモーリスを見る。

 今まで、ずっと側でこの帝国のためにいろいろなことを助言してくれた。

 そんなモーリスが、そのようなことをするなんて想像もつかないといった表情なのである。

 

 

「証拠を出せって言われたら……。出したってもええで?」

 

 

 薫のその言葉にユリウスは、目を見開いで薫を見る。

 夜闇に光るエメラルドグリーンの瞳は、まるで悪魔のように見えるのである。

 モーリスは証拠という言葉に何があるというのかと思うが、検討がつかない。

 ジーニーには絶対にわからないように薬を作るように言ってあるし、調合方法も書面で残してすらいない。

 絶対にバレないと思っている。

 しかし、あの言い方からすると何かを手にしているといえる。

 そして、薫は後方へと下がって壁をぶち抜き、一人の人物を足を持って引きずりながらやってくる。

 後ろを向いたときに隙を突こうとしたが、ユリウスに止められモーリスは動くことが出来なかった。

 モーリスは、その引きずられる者を見て嫌な汗が流れる。

 

 

「ジーニー……」



 手は魔拘束具で止められ、目隠しと口に布が放り込まれてしゃべることが出来ない状態にある。

 その状態を見て、モーリスは今すぐにどうにかしなければ、少々まずいことになると思いながらも今は動くことが出来ない。

 薫は、口の布を外してジーニーに喋りかける。



「やぁ、おはようさん。ちょっと尋ねたいんやけどええか?」

「!? た、たじゅげでぐだざい! 全てモーリスが私にやれって言ってきたんです。最初はやりたくなかったけど、宮廷治療師の地位とかをやるって言われて仕方なくやったんです! 皇帝に絶対に気がつかない神経毒を盛ったんです。やり過ぎるとそのまま死んでしまうから、加減が難しのを私に研究させてそれを使わせたんです。全てが計画されたことだったんです! だから、もうお仕置きはやめてください! お願いぢまず!」



 薫は、まだ質問していないのにジーニーはペラペラと言ってはいけないことを口にする。

 まさか、目の前にモーリスが居るなど思わないジーニーは、薫からのお仕置きを少しでも減らすために懇願するように言ってはいけないことを口走る。

 それに、ユリウスは愕然とする。

 宮廷治療師として、今のところ一番地位の高いところにいるジーニーが、まさかそのようなことをしていたなんて信じられなかった。

 そして、薫は不敵な笑みをこぼしながらジーニーの目隠しを外す。



「ぁ……ぇ……!?」

「いや、別に言わんでもええことまで言ってくれて助かったわぁ」



 薫はジーニーにそう言って、髪の毛を掴んでユリウス達の方に向けてやる。

 完全に鬼である。

 ユリウスは、ジーニーを睨みつけている。

 その瞬間、ジーニーはこの世の終わりとすら思える表情をした後、青ざめてそのまま目がぐるりと上を向いて白目で倒れた。

 そして、モーリスは奥歯を噛んでこの最悪な状況をどうするかで思考を走らせる。

 もはやここまでバレると修正は効かない。



「はぁ……、バレては仕方ないですね。ですが、それがどうしたというのです。今までよく私はやってきたでしょう? 無能な餓鬼がここまで帝国を引っ張ってこれたのは誰のおかげですか? お前1人でどうにかなるとでも思っているのですか? それは断じてあり得ないことです。私の知略があってこその結果です! そして、ガラドラ……。あいつも相当に無能な男です。だから、お前を代役に立てて私が実権を握っていただけにすぎないんですよ。これからもそうです。私のための帝国として、一生その身を粉にして働いてもらいますよ」



 そう言って、モーリスは邪悪な表情で言うのである。



「化けの皮が剥がれたか……」

「ふん、これが素の私だよ。化けの皮とは失礼な………。ぐふふ、お前のその余裕もここまでだ」



 それはもう、ユリウスの知っているモーリスではなかった。

 いや、元からこういった者だったのだろう。

 それをユリウスは、知らないだけなのである。

 そしてユリウスはモーリスと距離を取り、限定解除をするはずだった契約書に手を翳し、制限をかけるようにスキルを発動しようとする。

 しかし、それは出来なかった。

 モーリスは、ユリウスの手を掴み後ろで関節を決めてスキル発動をするための集中力を痛みへと変換させ使えないようにする。



「い、痛い……」

「はぁ……、これだから単純な餓鬼は手のひらで転がしやすいのですよ。次の行動などバカの1つ覚えのようにわかります」



 そう言いながら、モーリスは不敵な笑みをこぼす。

 薫は、何をするつもりなのだろうと一瞬構える。

 怒りの目をモーリスに向けるユリウスだが、抵抗すらできないでいた。

 そして、モーリスはそっとアイテムボックスから1つの首飾りを取り出す。



「はぁ、これはディアラに使いたかったのですがねぇ……。お前なんかに使うハメになるとは……。まぁ、良いでしょう」



 そう言って、ユリウスの首にそれを掛ける。

 すると、その首飾りはゆっくりとユリウスの服の上から肌へと沈んでいく。

 ユリウスは、その場に倒れてもがき苦しむ。



「いやだ! 痛い……。苦しいよ……。助けてよ……。あああああああっ!!」



 ニヤニヤとモーリスはユリウスから離れる。

 どす黒いオーラを体から溢れ出すユリウス。

 そして、痛みが引いたのかピクリとも動かなくなった。



「お前……なにしたんや」

「ぐふふ、どうなったか……見てみると良いですよ」



 楽しそうに笑うモーリス。

 ユリウスは、スッと立ち上がったが目に生気はない。



「カオル! 今すぐにユリウスを止めろ!」

「?」



 アレスがそう叫ぶ。

 なにやら焦っているような感じが見える。

 薫は即座に動こうとするが、それは遅かった。



「特殊固有スキルーー『皇帝の契約と呪縛エンペラーシュプリームバインド』」

「完全固有スキルーー『皇帝の羽根筆』」



 ユリウスは、モーリスの契約書に手を翳して限定を解除してから誓約書が破棄する。

 そして、金色の羽根筆を手に持ってクレハの契約書を目の前に現す。

 炎のような物に包まれるそれは、まだ契約が解除されていない。

 その契約書にユリウスは新たに上書きする。



「ぐふふふ、これでクレハも心置きなく自らが絶望へと歩き出すでしょうね。普通の支配では完全固有スキルまで扱うことが不可能ですからねぇ……。その制限がつかない国宝級のアーティファクトは最高ですよ」

「ホンマに腐っとるなぁ……」



 カオルの言葉に無表情で目を細める。

 そして、アイテムボックスからポーションのようなものを取り出し飲み干す。



「ふん、なんとでも言え。さぁ、ここからが楽しみの始まりだ! 完全固有スキルーー『死神の操り人形マリオネット』」



 そう言って、ユリウスとの特殊固有スキルと掛け合わせる。

 その瞬間、クレハの体が震えだす。



「カオルさん……! 逃げて!」



 背後からクレハはそう叫ぶ。

 切羽詰まったような言い方に、薫は直ぐ様クレハの方を見ると体が真っ赤に燃え上がる。

 莫大な量の魔力にフーリのときとはちょっと違うのが一目瞭然だった。

 薫は、完全固有スキルまでは使えないということが念頭にあったが、ユリウスの使った完全固有スキルに何かしらの解除があるのではないかと思う。



「カオルさん……ごめんなさい……。紅蓮の焔の化身よ……我の前に現れろ……完全固有スキル――『傀儡人形――炎皇王・鬼神童子』」



 クレハの背後に5つの真っ赤な魔法陣が展開される。

 そして、クレハの体に赤い呪印のようなものが広がっていく。

 炎鬼とは全くといっていいほど魔力量も桁違いに高い。

 4m級の身長に焔の鎧を纏った黒い肌の鬼。

 真っ赤な鬣があり、2本の角が真っ白でそこだけなにか異質に感じる。

 目は、真っ赤に燃え上がるクレハと同じ赤で、熱気を辺りに撒き散らしながら謁見の間の全てを燃やす。



「こりゃまた……今までで一番やばいなぁ」



 薫は、クレハの完全固有スキルの前にどうするかと思うのである。

 攻撃を食らわせるとちゃんと防御するかはわからないからだ。

 モーリスの考えが入っているため、多分だが防御なしの攻撃特化などとしている可能性が高い。

 薫は、それがないかだけを確かめるために先手を取る。

 鬼神童子を躱して、クレハ本体へと向かう。

 拳を軽く握り、クレハに繰り出してみる。

 クレハは、目を瞑り薫の攻撃を受け入れるような表情をする。

 目に涙を浮かべながらである。



「カオルさん……。殺して……」



 その瞬間、薫は寸止めで止めてからクレハの体が魔糸を操り鬼神童子を操り薫へと攻撃を繰り出してくる。

 その攻撃に薫は蹴り上げでカウンターを入れて鬼神童子を天井へと打ち上げる。



「ぐふふ、なぜ攻撃しなかったのですかねぇ?」

「ホンマに悪趣味なやりかたやなぁ……」

「何のことだか検討もつきませんよ。ぐふふ、まぁ、攻撃も出来ないのであればどうすることも出来ないでしょう。クレハになぶり殺される様を私はゆっくりと見物しましょうかねぇ」



 不敵に笑って、形勢逆転と言わんばかりの表情を向ける。

 薫は、そんなモーリスを睨みつけてから鬼神童子へと目を向ける。

 蹴り上げたが、ダメージはほとんど通ってない。

 最大出力でぶち込めば、ダメージは通るだろうがそれだとかなりの時間がかかる。

 魔力を補充しているクレハを直に攻撃して、魔力を空にするほかないかと考えながら薫は思考を走らせる。

 襲ってくる鬼神童子の攻撃をカウンターで合わせる度に、城はどんどん無残な姿へと変えていく。

 モーリスはもうこの城が壊れようがどうでもいいといった感じになっている。

 今は、じゃまな者達の排除が先だと言わんばかりに新たに契約書を書き換えて行くのである。

 このままでは、アレスとナクラルまで敵に回ると厄介極まりないのだ。

 カウンターでぶっ飛ばす方向をユリウスへと向ける。

 その瞬間、モーリスは焦るように影全てを使って鬼神童子を止める。

 影は消し飛んでしまったが、モーリス達はなんとかなったかといった感じだった。

 その行動に薫は、何かの糸口を見出す。



「アレスさんとナクラルさんは、クレハの相手よろしゅうな」

「「おい! 出来るわけないだろ!!! (全く!)」」



 2人は、本気で無理といった表情なのだ。

 制限付きで、序列4位のクレハを止めるなど死ににいくようなものなのである。



「ああ、クレハさん自身は防御出来へんから絶対に攻撃したらあかんからな!」

「「おい! 難易度鬼畜か!!!」」



 ハモる2人をよそに一瞬で薫はユリウスの方へと瞬間的に移動する。

 しかし、それをモーリスが止める。

 完全にユリウスが足かせとなっていることがこれで確定する。

 アレスとナクラルは必死に鬼神童子から逃げ惑っているといった感じであった。

 途中、時空を切ってアレスはそこへと逃げこむと、ナクラルは涙目になりながら「自分だけ卑怯だぞ! 全く!」と言いながら、身体強化をして全速力で攻撃を躱す。

 だが、それでもよけきれないレベルへと変わっていくに連れて、表情がどんどんヤバイといった感じになっていく。

 薫も急がなくてはといった感じで、モーリスに攻撃させるように仕向ける。

 それにノッてしまったモーリスは、薫のカウンターの餌食になる。

 大きくふくらんだお腹に蹴り打ち込まれて後方へと吹っ飛んでいく。

 薫の一撃で表情は歪みきっていた。

 今までで食らったことのないレベルの威力に、一瞬意識が遠のくのを必死で食いしばる。



「さぁって、こいつをどうにかせななぁ」



 薫は、生気をなくしたユリウスの頬を叩く。

 しかし、全く反応をしない。

 あの首飾りが原因かと思う。

 とりあえず、首飾りの跡が出来た服をはぐるとそこには何も存在しなかった。



「どないなっとんねん……」

「ぐふふ、それは取り外しは聞かないシロモノですよ。ごほ、ごほ」



 口から少量の血を垂らしながらそう言うモーリス。

 薫は、目の前にいるユリウスに『解析』をかけてみる。

 何かしらの手があるかもしれないからだ。



 ・名前:ユリウス・アインルド・レイディル

 ・年齢:10歳

 ・レイディルガル皇帝

 ・状態:支配状態

 完全固有スキル『冥府の鎖』によって、支配下にある。



 薫は、そのまま『冥府の鎖』にも『解析』にかける。



 ・冥府の鎖

 支配系最高スキルとされる。

 アデリコ・ディア・ノーリス(故人)が使っていたスキル。

 使った者を完全支配し、能力の制限なしで操ることが出来る。

 弱点とすれば、眠りにつくとその支配とその者の能力は全て一旦封印される。

 しかし、起きるとまた発動して元に戻る。



 これを見た瞬間、薫は突破口を見出す。

 モーリスは、それに気がついてはいない。

 いや、『解析』を持っている薫だからこそこれがわかった。

 薫は、悪魔のような表情でユリウスの肩を掴んで額に手を添える。

 そして、医療魔法を唱えるのである。



「医療魔法――『全身麻酔・ベクトル1』」



 その瞬間、一瞬でユリウスの体に麻酔が入り込む。

 ゆっくりとユリウスの目が閉じていく。



「なんですか? その魔法は? そんなことしても何も意味を成さないですよ!」



 そう言って、何も気が付かないモーリス。

 そして、すぐに気がついた者が3人居た。

 クレハの鬼神童子の攻撃が止み、ナクラルは目を丸くする。

 あと少しで、壁まで追いつめられて真っ黒焦げになるところであった。

 アレスは、時空を切ってナクラルを助ける寸前で止まる。



「成功みたいやなぁ」

「? 何を言ってる……!?」



 その状況にようやく気がつく。

 クレハ、アレス、ナクラルがモーリスの方を向いてただ立っているのである。

 ユリウスとの特殊固有スキルの掛け合わせで使っていたはずの能力が、現時点で無くなっているのだ。

 目の前で真っ赤に燃えていたクレハの契約書の炎が消えていた。

 それを見て、モーリスは青ざめる。

 ありえないといった表情でこちらを見ている。



「何やお前……自分で使ったさっきの首飾りの能力もちゃんと調べてへんかったんか?」

「ど、どういうことです……」

「あれ、眠りにつくと首飾りつけてる人の能力も封印されるらしいで」

「!?」

「おいおい、マジで知らんかったんか……。アホやろお前。能力が寝てる間だけ封印されようとも起きればまた再度発動するんやから、普通ならまったくもって問題ないやろうけどな。けど、ユリウスの能力はそれになると洒落にならんと思うで。なんたって、特殊固有スキルが封印されるんやからなぁ」

「!!」



 脂汗を掻きながら奥歯を噛みしめる。

 今すぐにユリウスを回収しなくてはといった感じで動くが、薫に守られるユリウスは難攻不落の要塞をたった1人で攻略するという無謀な行為にしか見えない。

 薫は、全身麻酔をこんなことに使うとは思いもよらなかったが、体に影響の少ないように調整しながらユリウスの体を見る。

 体の中に、あの首飾りが入ってしまっている以上取るためには手術がいるだろう。

 親子揃っての連続手術をすることを考えるとちょっと目眩がしてくる。

 それに、ユリウスにはちゃんと自分のやったことの償いもさせなくてはならない。

 ただ、モーリスの駒として動いていたとしてもやったことは同じだ。

 ちゃんと自身で考えて、物事に決定をくださなかったことは悪でしかない。

 それが、どのような結果を招くかを考えないのはおかしいからだ。

 薫は、眠るユリウスを厳しい目で見てから、モーリスを見る。

 まるでゴミを見るかのような目線をむけるのだ。



「お前の負けや……。モーリス」

「ま、まだだ! 私がクレハに使った完全固有スキルを解くとでも思っているのか!」

「いや、解くまでお仕置きしてもええけど……。もってせいぜい2時間やないやろうか?」



 かなり物騒なことを言っているが、知らないモーリスは鼻で笑うのだ。

 クレハは、ちょっと引きつっている。

 これは、何かを知っているからだろう。

 アレスとナクラルもちょっときょとんとしている。



「お仕置きなどで……私が屈すると思っている事自体が馬鹿の考えというもの! ふぶひぃー!?」

「まず一発な。大丈夫や。俺は殺しはせんからな」



 そう言って、薫は勢い良く膝蹴りをモーリスの顔面にぶち込みクレハの方へと転がす。

 クレハはその行動から、モーリスの魔力を枯渇させるつもりなのだということを理解する。

 モーリスの守りの魔力強化より1.5倍の威力でぶち込んでいるからだ。

 クレハもまた鬼神童子を魔糸で操り、物凄いスピードで転がってくるところに追い打ちをかける攻撃を放つ。

 鬼神童子は大きく拳を振りかざして転がるモーリスの腹に鉄槌をぶち込む。

 すると、城が一気に轟音と共に崩壊していく。

 完全に力加減を間違ったようだ。

 仕方ないね……仕方ない。

 クレハは、ちょっとスッキリといった表情をしていた。

 モーリスは、異常なスピードで地上まで一気に炎を纏ったまま床をぶち抜き止まる。

 城の全ての亀裂から大量の炎が一瞬だけ吹き出す様は、ちょっとした幻想的な光景に見えただろう。

 モーリスが、白目を向いて痙攣している様子が見て取れた薫は、いい笑顔で『完全治癒エクスキュア』をモーリスの下まで行ってかけてあげる。

 ユリウスを抱えてである。

 それは、終らない悪夢の始まりと言わんばかりのいい笑顔なのである。



「おい、カオルって回復魔法の最上級使えるのか………」

「みたいだね……。全く……規格外もいいところだよ」



 呆れる2人をよそに、薫は崩壊の始まる城からモーリスの足を持って引きずって行く。

 アレスとナクラルは、ジーニーを時空の狭間に放り込んで崩壊する城から退避する。

 夜闇に映る城のシルエットは、無残にも綺麗に無くなっていた。

 瓦礫と化した城の下で、薫は笑顔でモーリスの頬を張り倒す。

 その衝撃に、目を覚ましたモーリスだったが直ぐに状況が理解できなかった。

 頬の痛みがあるが、先程までの体の節々の痛みがないのである。



「どうなっているんだ……」

「ああ、俺が回復したんや。やから、安心して皆のフラストレーションを発散させてもらうで?」

「!?」



 薫の言葉にどんどん表情が青ざめていく。

 先ほど食らった攻撃によってごっそりと魔力が減っている。

 それが、薫の言った2時間も食らえば枯渇するのは確定だ。

 そして、目の前にナクラルがやってくる。



「モーリス、あんたが先に約束を破ったんだからね……。私の一族の恨み……その身で得と味わいな!!!」

「ヤメろぉおおおおおおお!!!! ぐぶひぃー!?」



 膨らむお腹に叩きこまれたかかと落としに、モーリスはくの字になり地面にクレーターが出来上がる。

 泡を吹いて気絶するが、薫はまた回復魔法をかけてあげるのだ。

 そして、最後にアレスだ。



「おい、豚。ディア姉に何するって言ったかなぁ? あん? 俺の仲間に手出そうとした罪……たっぷりと味わえ!!」

「も、もう許してくれぇええええ! ふごふぅーーー!?」



 クレーターになっているところから更にモーリスは埋まる。

 皆、一撃一撃が重すぎるのだ。

 Sランクのが暴れるとこうなるのだなと薫は恐ろしいと思うのである。

 爆風が周りに吹き荒れる。

 モーリスの脳内がパニックになる。

 こんな拷問があるなんて夢にも思わなかったのだろう。

 耐えれるわけがない。

 2時間? 持つのは化物くらいだ。

 今直ぐにでもクレハに使った完全固有スキルを解いて許しを請いたくなる。

 薫はまた回復魔法を使って低い声で一言いう。



「助けて欲しいか?」

「た、頼む! た、助けてくれ! な、何でも言うことを聞くだから」

「ほしたら、クレハさんに掛けた完全固有スキル解いてくれるやろうか?」

「わ、わかった! ほ、ほら! これでいいだろ!」



 そう言いながら、クレハにかかっていたモーリスの完全固有スキルは消える。

 そして、くちゃぐちゃな表情になったモーリスは小物のようにヘコヘコとするが、薫は悪魔のような表情で「ご苦労さん。じゃあ、ゆっくりとお仕置きを堪能して行ってな」と言うのであった。

 モーリスは絶望の表情を浮かべる。

 薫を何かに例えるならもう魔王だろう。

 あの笑ってない笑顔は、仲間に手を出した奴はゴミ以下としか思ってないようなそんな感じがする。

 クレハは、薫の背中に引っ付いてぎゅっと抱きしめ、小さな声で「ありがと、カオルさん」と言うのである。

 薫は、そんなクレハの頭にぽんぽんと手を撫でながらモーリスにドスの効いた低い声で言う。



「俺の仲間に手出すってことはこういうことや。二度目は……ほんまにこの世から消すからな」

「!!!!?」



 そう言って、モーリスの顔面の直ぐ横を踏み抜く。

 それは、本日最高の魔力強化であった。

 大地は裂けレイディルガル城下町が凄まじい音とともに全てが一瞬で倒壊する。

 街の住民を全てアレスにまかせて正解だったなと思う。

 居たら確実に死人が出ていた。

 モーリスは白目を向いて魔力枯渇で気を失う。



「団長そっくりなやり口にちょっと懐かしさを感じたな……」

「ん? なんか言ったか?」

「いや、別に♪」



 アレスは上機嫌でそういうのである。

 薫のポッケから忘れられたピンクラビィがひょっこりと顔を出す。

 そこは、綺麗な水の都だったのだろうかと思うレベルで完全に瓦礫の山と化していた。

 悪夢だろうなと思いながら、ポッケに潜り込み何も見なかったことにしようと寝息を立てるピンクラビィ。

 多分夢ではないんだろうなとちょっと身震いをするのである。

 そして、モーリスは朝を迎えるまで終わらないお仕置きとともに壮絶な体験をする。

 薫と名を聞くだけで、このトラウマが蘇るまでずっと……。



 朝になり、レイディルガルドに商品を持ってきた商人たちは愕然とする。

 レイディルガル自体が跡形もなく無くなっているからである。

 夢でも見ているのではないかと皆目を擦ってたしかめる。

 難攻不落のレイディルガルド。

 ユリウスの能力とSランクの者達を抱える最強の大都市が、たった一夜で消えているのだ。

 そして、朝日に照らされるたった1人の人影に戦慄を覚える。

 ふわりと白衣をなびかせながらタバコを咥えるその者は、白髪が綺麗に光り輝いていた。

 瓦礫の上に立つそれは、このレイディルガルの人々の命を狩り尽くした魔王のように見えるのであった。


読んで下さった方、ブックマークしてくださった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、本当に有難うございます。


えーっとですねぇ……。累計ランキングで201位になっておりました。

読者の皆様本当に有難うございます!

周りの作品が、知っている作品ばかりでとても夢を見ているようですね……(つд⊂)ゴシゴシ

いいのか!? 自分の作品がこんなところにあって!!? ッて感じでソワソワしてました。


はい、えーっと、カウントダウンゼロ 後編です!

本当にお待たせしました!

家族の入院などで、ちょっとバタついてしまって予定がかなり狂ってしまいました。

楽しみにされていた方申し訳ないです。

やっと崩壊しましたね! これから、ばらまいた伏線を全回収して行きますし、まだまだOSHIOKIも盛り沢山です!

事後処理回が次回から数話ほどあります。

そして、クレハは一体どうなるのか!!?

これからの展開に乞うご期待!


それと、電子書籍版はどうなってますか? という質問を頂いたのでこちらで返信します。

書籍発売から1ヶ月後に出るそうです。

発売は来年の1月28日です。

私の誕生日の前日だっていうことがなんとも……。


あと感想の返信はまたちょっと遅れます……本当に申し訳ないですm(_ _)m

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