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帝国崩壊のカウントダウンゼロ 前編

レイディルガルド城内に戦慄が走る。

城内で警備についている者達は慌てふためき逃げ出していくのである。



「いや~、皆薄情だね」

「薄情ではなくこの状況なら、当たり前と言ったほうが正しいと思うよ……。全く」

「……ん」

「Sランクが、こんなに集まって攻めこむとは誰も思わんやろうからなぁ」

「えー、そうかなぁ? 昔だけどね。団長達と4人でここ落としたことあるんだよね」

「それって、ディアラさんも居ったってことやんなぁ?」

「もちろんだよ。ディア姉と団長は規格外だからね。あと俺ともう1人魔導師がいる。その子も……お察しだね」



楽しそうにアレスは話しながら城内を闊歩する。

まるで、遠足へ行くかのような感じなのである。

そして、アレスとナクラルの威圧に戦意喪失している兵やメイド達は青ざめていた。

所々で、「なんでナクラル団長とアレス様が城を攻めてるんだ?」といった声が上がる。

最悪な状況に、全くついていけていないのはこの言葉を聞けばわかる。



「ほう、もう1人おったんやなぁ」

「序列は2位の奴だよ。俺はあれと戦うのは絶対に勘弁だね」

「ん? ちょっと待てよ。現在の序列で上位3人って……ディアラさん達のコミュニティってことか?」

「正解! 俺も一応強い方なんだけどなぁ……。上の2人の女性陣は完全なる化物だよ」

「ああ、聞きたくない情報やったわ。化物とか洒落にならへんな」



薫の言葉に大笑いするアレス。

だがアレスは、薫の力が現在ディアラと同等と書いてあったことから、お前が言うなと言いたげな表情なのだ。

薫本人は、書かれてあってもそこまでないだろうと思っている。

アレスは質の悪い奴だなと頭を掻かずにはいられない。

今回、モーリスとの戦闘になれば足手まといになるのは自分を含め、ナクラル、クレハの3人だろうと思うからだ。

そのときに止められるのは、完全に薫1人なのである。

モーリスとの戦闘になるまでに、アレスは出来る限り邪魔になりそうな者は排除する気満々なのである。

ディアラの手紙でも、絶対とは書いてはいなかった。

それは、失敗もあり得るということだ。

未来を見ることの出来るディアラの固有スキルの1つの『魔眼』を使用して断定してこないところをみると、薫というのは団長と一緒でイレギュラーな存在なのだろうとアレスは思っている。

未来が、その者の行動1つで変わる。

因果で動く者達からしたら、それを回避することができないからだ。



「なぁ、帝国にはまともな奴っておらへんのか?」

「な!? いるに決まっているだろ! 全く!」



ナクラルは薫の言葉に、大声で言う。

しかし、つい先程まであのようなことがあったのだから、その後の言葉は出てこないのだった。



「まぁ、おるかもしれんけど流されやすい奴らが多いんとちゃうか?」

「っ……」



図星なだけにしょんぼりと黙りこむ。

そんなナクラルにアレスは宥めるように肩に手を置く。

ちょっと苦笑いなのが、薫が言ったことを肯定しているのだ。

それに気づいたナクラルは涙を浮かべ始める。

そんなことをしていると、薫のポッケから気絶していたピンクラビィが顔を出す。

そして、何かを受信したように薫の方を向いて「きゅーきゅー」と鳴くのだ。

何か緊急なのかと思うが、現在ウンディーネが居ないため通訳できていない。

どうしたものかと思いながら、ピンクラビィがポッケからぴょーんと飛び降りて、耳をピーンと天に伸ばしてポワーンと青白く光るのである。



「お、おい! まさかとは思うけど……ここでゲート開放するんやないやろうな!?」

「きゅ~!」



ご名答と言わんばかりに、耳で器用に丸を作るピンクラビィに薫は即座にクレハの手を掴む。

そして、ゲートは小さく開くとそこからピンクラビィがぴょこんと1匹出てきた。

すると、直ぐにゲートは閉じられてしまう。

クレハに何も起こらないところを見ると、妖精の国からの直通ではないのだろう。

薫にしがみつくようにして、クレハは体を震わせてギュッと目を瞑っている状態だ

ウンディーネが居ないため、そこら辺の説明がないため肝を冷やすはめになってしまった。

しかし、そんなことはお構い無しのピンクラビィ達。

そこら辺を知っているからこそ安心してゲートを開けたと考えられる。



「きゅー!」

「きゅ!」



2匹のピンクラビィは、ハイタッチをしてから薫を見る。

ゲートから出てきたピンクラビィのお腹に紐が括りつけられていた。

その紐に手紙のようなものが付いている。

薫は、ピンクラビィを掌の上に乗せる。

掌の上でピンクラビィは、おしりをフリフリしながら薫に手紙があることをアピールしている。

これは手紙を届けに来たんだから、あとで撫でてくれと言っているような気がする。

わかりたくないが、あのつぶらな瞳で訴えてくることは何となくわかる。

期待をしまくっているような目線なのである。

薫は、手紙を取ると中身を確認する。

そこには、アリシアの方で冬ツツガムシ病の患者がいることが書いてあった。

それを見て、薫はアリシアが独自にその病気を見つけたのだということに驚いた。

ちゃんと成長しているのだなと思うと、なんだか嬉しくもなる。

その手紙を見ながら、頬が緩んでしまう。

薫は、手紙に書いてある患者のカルテを見ながら処方する量を決めていく。

そして、直ぐ様『薬剤錬成』で薬を精製する。

手紙の入っていた封筒に薬を入れて落とさないように折り曲げてからピンクラビィのお腹の紐に差し込む。

準備はできたのでさっさと届けてくれないかなと思うが、ジッとこちらを見るばかりでゲートを開こうとしない。

薫は1つ大きな溜め息を吐いてから、ピンクラビィの頭をこねてやると満足気に「きゅ~♪」と鳴いてからゲートが開き、そこへ飛び込んでいった。

ゲートが閉じるまで、クレハは薫に引っ付いたままだった。

そんな光景をアレスは茶化してくるのである。



「クレハちゃん可愛いなぁ」

「っ……」

「弱々しくて、なんだか本当に弱くなった感じがするね」

「……」



アレスの言葉に、クレハは俯いてしまう。

実際問題、クレハは大きな魔力強化をすることができないでいる

心の不安定な状況で膨大な魔力を操ると暴走を起こしてしまう。

暴走してしまうと、場所なんて問わずに爆発的な魔力ですべてを灰にしてしまうだろう。

クレハの力量ならそれくらいはわけない。

それがわかっているから、クレハは魔力をほとんど使わないようにしている。

アレスはクレハの契約については知らないため、このようなことを言っているのかもしれない。

だが、なんとなくだが感づいているのではないかと思う。

あの目は、何かを見透かすような眼なのである。

しかし、アレスはそれ以上詮索せずに笑顔で話を変える。



「それに、凄いね。ピンクラビィを拘束具無しで手懐けているなんて初めて見たよ。カオルはどんな手品を使ってるんだい?」

「私も初めて見たよ。あんなすばしっこい奴をどうやったらいうこと聞かせれるんだい?」



二人の言葉に薫は苦笑いになる。

ただ、『撫でリスト・極み』の能力にどっぷりとハマっただけなどとは言えない。

目の前にピンクラビィが毛づくろいをしながら聞き耳を立てていることから、何か情報を手に入れられるかもしれないと思っているのである。

だから、薫はよくわからないとだけ言っておく。

この情報が、プリシラに渡ったら大変なことになりそうだからだ。

お目々を輝かせながら、こちらを襲ってくること間違い無しだということは確定している。

それでなくても現在、いろんな作戦を企てては失敗しているプリシラの闘志に油をそそぐことになる。

問題をこれ以上増やしたくない。

そんな考えを汲みとったのか、アレスとナクラルはそれ以上ツッコミを入れなかった。

ピンクラビィは、毛づくろいをしながらがっかりといった目線を2人に向けるのであった。



「話を戻すんやけど、モーリスは今ここに居るんか? こんだけ騒ぎになってるのに、出てくることすらしてへんのんやけど」

「ああ、今ちょっとユリウスと一緒に出てるからね。今日の夜には帰ってくる予定らしいけど」

「じゃあ、さっさと陥落だけでもさせとこうか」

「さらっと、えげつないこと言うカオルって怖いよね」

「ほんとだよね。全く」

「……ん」



薫の言葉に3人は息ぴったりなのがちょっとおもしろいが、言われる身としてはちょっと不本意な気がする。

お前らもできるだろとツッコミを入れたくなるのである。

そんな薫たちは、そのままレイディルガルドを攻略して行く。

途中、二手に分かれて効率を上げる。

薫とクレハ、アレスとナクラルの組み分けだ。

圧倒的な強者に皆、戦うという無謀なことはしないのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ピンクと白色でコーディネートされた部屋。

ルルは、頬を真っ赤にしながら少し熱い息を吐く。

目の前に、ありえない光景が広がっているでもある。

床には時空が歪んでできた円形の異空間に繋がる門が開いている。

そこから、ピンクラビィがぴょこんぴょこんと飛び出してくる。

これは私の夢なんだと思い込んでしまっても不思議ではない。

野生のピンクラビィが、自身の部屋に飛び出してくるなどありえないからだ。

アリシアからスノーラビィを残してもらったから、このような夢を見ているのだろうと思うルルは、なんだかほっこりしてしまっている。

そしてピンクラビィが数匹飛び出したあと、ゲートから綺麗な女性が現れる。

淡い桃色のゆるふわロングヘアで、髪の長さは腰まである。

頭の上に花のサークレットを付け、水晶などで装飾されている。

真っ白なワンピースに、大量のフリルがあしらわれており、モデル体型というかちょっと華奢な印象ではあるが、胸は大きく頭の上にはピンクラビィと思わしき耳が付いているのである。

両肩の上には2匹のピンクラビィがちょこんと乗っている。

まるで、ピンクラビィのお姫様のような感じがする。



「きゅー!」

「あら、スノーラビィ。ちゃんと役に立っていますか?」

「きゅっきゅー!」



プリシラの言葉にぴょんぴょんと跳ねるスノーラビィは、ちゃんとやっていると言わんばかりの動きをする。

プリシラの肩の上に乗っているピンクラビィ達も、その行動に耳をぴょこぴょこさせているのである。

ルルは、その仕草に熱い息が漏れてしまう。

絵本の中でしか見たことのないピンクラビィ達が、ベッドの上でコロコロと転げたり、重なりあってじゃれているからだ。

届きそうなところにいるのに、体の自由が効かずにちょっと残念だなと思ったりもしている。

夢ならもっと自由に動きたいと。

そんなルルにプリシラは笑顔を向ける。

優しく慈愛に満ち溢れた笑顔にルルは心を射抜かれてしまう。

同姓なのに、ここまで魅力を感じてしまうこの女性は一体何者なのだろうか。

そんなことを考えるルルに、プリシラは話しかけるのだ。



「あなたがルルちゃんね。もう大丈夫ですよ」

「!?」



ルルは、プリシラから名前を言われて驚きの表情を向ける。

なぜ、自分の名前を知っているのだろうか。

どこか出会ったことがあるのだろうかと記憶を辿るが、全くと言っていいほどこのような綺麗な女性に会ったことがない。

プリシラは、ルルに近づいてそっと頬に手を当てる。

そして、ゆっくりとその綺麗な手で撫でられる。

ひんやりとして気持ちよく、甘い花のような香りがする。

火照った体を優しく冷やされ、なんだか心まで安心してしまう。

夢だからとルルは思い込み、プリシラの手を堪能するかのように喉を鳴らしてしまう。

頭がポーッとしているルルは、この幸せがずっと続けばいいのにとすら思いながらも睡魔に襲われる。

まだ、眠りたくないという意識を塗りつぶされる。

どうしてここにピンクラビィ達が来たのか聞きたいのに言葉はもう紡げない。

また会えるのだろうかと思いながら、体力の減ったルルはそのままゆっくりと眠りについてしまうのであった。



「あらら、眠ってしまいましたね」

「きゅー!」

「うふふ、可愛いわねぇ。人の子はやはり良いものですね」



そう言いながら、プリシラはルルにそっと真っ白な魔力を注ぎこむ。

ニコニコとしたその表情は、薫からのお礼が貰えるかもしれないと思う煩悩あふれる笑顔なのであった。

そんなプリシラに、ピンクラビィ達はずるい! といった目線を差し込むが、どこ吹く風でせっせと強力な加護をルルに与える。

そして、この屋敷から出るときに騒ぎになってはいけないので、プリシラはスノーラビィを一旦窓から出して塀を飛び越えて貰う。

人気のない場所へと俊敏な動きでスノーラビィは移動して、ピンッと耳を立ててプリシラに連絡を入れてから安全にプリシラはゲートを出してくぐる。

くぐった先でスノーラビィを回収して、自身の肩に乗せスノーラビィがオルビス商会の場所を案内するのである。



「わーい、人の世界を楽しみますよぉ~♪ きゅっきゅー!」

「きゅ? きゅー!」

「え? な、長居はしないですよ! 妖精の国が危なくなっちゃいますからね♪」



そう言いながら、プリシラはスキップしてスパニックの街を歩くのである。

目指すはアリシアのいるスパニック支店のオルビス商会。

美味しそうな屋台の食べ物に目移りしながらも、目的を忘れることなく進んでいくのであった。



ルルのいる部屋で残ったとピンクラビィ達。

ベッドの上で、ルルの病状を見ながら時間をつぶす。

ふと、机の上に絵本が置いてある。

それに興味津々のピンクラビィ達は群がって、時間つぶしにページを協力しながらめくる。



「きゅー!」

「きゅっきゅー♪」

「きゅ!? きゅ? きゅっきゅー!」



自分達が主人公の絵本に物凄くご満悦になる。

興奮気味で、早く次~といった感じでおしくらまんじゅう状態だ。

本の内容は、冒険に出たピンクラビィが出会う人達に幸せを分け、悪者にはちゃんと罰を与えるというテンプレ物だ。

だが、そんなものを見たことがないピンクラビィ達は、お目目を輝かせながら読み終わった後に配役を決めてなりきりで遊ぶのである。

ルルが起きてこれを見たら、感極まって気を失ってしまうかもしれない。

アリシアが見た場合は……お察しである。

プリシラが帰るまでの間、皆暇をもてあますことなく有意義に過ごすのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



オルビス商会の店の前がやけに騒がしい。

いや、騒がしいというより何かちょっと違う。

争いなどというものではなく、この国を治める女王様でも来たかのような賑わいをしているのである。

オルビス商会内で、その違和感を感じたアリシアは、ちょうど診察が一段落したのでちょこんと外へと様子を見に行く。

一体誰が来たのだろうと言った感じで、途中アニスと合流してから扉を開ける。

するとそこには、見覚えのある女性が若い男から中年までの男性を引き連れて、甘いお菓子を片手にトコトコと笑顔で歩いているのである。



「あ! アリシアさ~ん、やっとみつけましたよ~」

「……」



そう言いながら、アリシアに向かって満面の笑みで手を大きく振るのである。

無表情のアニスから「知り合いですか?」と言われ、ちょっと言葉が詰まったが「……はい」と返事をした。

アリシアは、無性に頭が痛くなる。

なぜ、プリシラがここにいるのかをまず問い詰めたくもなるが、その後ろに引き連れた男性陣はなんなのかと。

全員が、食べ物を片手にプリシラに献上している様子を見ると、魅了させているのだろうなと思う。

あの美しさなら魅了も出来るだろうが、ちょっと怖いレベルで人を惹きつけている。

肩に乗ったスノーラビィは、もう疲れたと言わんばかりにぐったりしていた。

一言、ねぎらいの言葉をかけるなら……お疲れ様ですとアリシアは言いたいと思う。

もう2匹ほど肩に乗っているピンクラビィは、スノーキンググレープのパイを頬張りながらご満悦のようだった。

プリシラの自由奔放な行動に2匹のピンクラビィは、順次順応しているのだから楽しくて仕方ないだろう。

初めてのことがいっぱいで、美味しいものが豊富となればここにゆっくりと滞在したいと絶対に思っていても不思議ではない。

アリシアはとりあえず、プリシラの下まで行くと手を掴んでそのままダッシュでオルビス商会へと突っ走る。

それにつられて男性陣も走ってくるが、その者達はアニスによって全員排除された。

オルビス商会内に入ったアリシアはプリシラに物凄い勢いで問い詰める。



「な、何やってるんですか!? プリシラさん!」

「あ、えっと、そうですよ! お薬の件でこちらに来ました!」



そう言いながら、プリシラは忘れてませんよ? と言わんばかりに腰に手を当て胸を張る。

頬にホイップクリームがちょこんと付いているせいで、全くと言っていいほど説得力の欠片もない。

呆れてものも言えないアリシアは、もっと頭を抱えたくなる。

これは薫にちゃんと報告して、お仕置きをしてもらうか今直ぐここでわしゃわしゃと撫でくり回さないと気が済みそうにない。

そんなことを思っていると、アニスが奥へ行くように言ってくる。

さすがに、店内で会話をして良いことでもないのでプリシラを連れて奥へ行く。

応接間へと案内されふかふかのソファーに一旦座る



「それではアリシアさん、カオル様に渡すための手紙を書いてもらえますか?」

「え? えっと、連絡を入れたのですがわかりませんでしたか?」

「ちょっと不都合がありまして、カオルさんとウンディーネが離れてしまっています。ですから、通訳ができませんので手紙をピンクラビィに持たせてゲートで取ってきてもらいます」

「あ、あの、それでしたら……私が直接行けばいいのでは?」

「……」



アリシアの言葉に、プリシラは「あ!」と言った表情になるが、すぐにそれを隠してなんとか必死に突き通そうとする。

ただアリシアのいるスパニックで、美味しいものを食べに来たなどという浮ついた気持ちを覆い隠すための口実である。

薫の方で戦闘が始まっているためなどと、どんどん嘘を重ねていくのである。

アリシアだから騙せるのであって、他の者だと直ぐにバレてしまうような嘘をつき続ける。

薫に知られたら、即お仕置きコースまっしぐらだ。

アリシアが純粋な子でよかったと本気で思うプリシラは、アニスが出したお菓子もぺろりと平らげた。

ピンクラビィも頬を抱えながら満足気なのである。

アリシアは、薫が大変な状況と聞き「それなら仕方がない」と思いカルテを取りに行きそれを手紙に書き写す。

これを見た薫は、ほめてくれるのだろうかと考えたりもしてちょっとドキドキとしてしまった。

ずっと、薫に会っていない。

心の隙間にぽっかりと空いた薫の存在は、日に日に大きくなっていくのがわかる。

薫のことを考えると、いつも胸が苦しくなる。

こんなことばかり考えてしまっている自分は、はしたないとすら思ってしまうが好きな人なのだから仕方がない。

アリシアは手紙に書き終えると、その手紙を封筒に入れてプリシラへと渡す。



「はい、アリシアさん有難うございます。では、ピンクラビィちょっとお使いに行ってきて下さいね」

「きゅ!」



プリシラの言葉に、ピンクラビィはテーブルの上にぴょんと移動してジッとする。

ピンクラビィのお腹に紐を括りつけてその間に手紙を差し込む。

そして、プリシラが薫の側にいるピンクラビィと通信をして繋がったらゲートを開く。

何もない空間が歪んでいき、ピンクラビィが1匹通れるゲートが出来上がる。

そのゲートに手紙を持ったピンクラビィはスッとくぐっていった。

一旦ゲートを破棄してから、向こうで薫から薬を貰ったことを受信してからゲートをもう一度開く。

クレハの件があるから、開けっ放しはいけないと思っての行動だ。

ニコニコとしているプリシラは、まるですべてが終わったら、薫から撫でまくりんぐをされるのが確約されているといわんばかりの煩悩の塊のような笑顔を作る。

王女としての風格など微塵も感じさせないダメプリンセスラビィなのである。

薬を受け取ったことを受信して、即座にゲートを開く。

ゲートから返ってきたピンクラビィは、なんだかつやつやしていた。

薫に撫でて貰ったのだろう。

けしからん!

だが、後に私もと考えるとプリシラはウキウキ気分を崩さない。

一時的な快楽よりも撫でまくりんぐな日々に比べたら月とスッポン。

プリシラは失敗という二文字を忘れ、帝国とは違うカウントダウンをひた走っていることなど誰もしらないのであった。



「はい、アリシアさん。こちらが薬ですよ」

「あ、有難うございます! え、えっと、薫様はどうでしたか? お怪我などは?」

「ピンクラビィ、どうでした?」

「きゅっきゅー」

「何の問題もないみたいですよ。むしろ、Sランクの仲間が2人ほど増えたとか?」

「ふぇ!? なんですかそれ? か、過剰戦力ではないですよね?」

「……足りないとは思いませんが、居ないよりかは良いのではないでしょうか?」



頬に指を当ててプリシラは答える。

たしかにそうだが、薫の方が全く訳の分からない展開になっているため、アリシアは困惑する。

しかし、今はそんなことを考えている暇はない。

大至急、ルルの下へ行って薬の投与をしなくてはいけない。

ピンクラビィのお腹に付いている封筒を貰う。

そして、ここでプリシラには先にお帰りいただいた。

このまま、一緒にお外へと出たら問題が増えるからである。

終始、ご不満と言った表情をして頬を膨らませていたが、アリシアの説得(撫で)で言うことを聞いてもらった。

ぐったりとしたプリシラは、トボトボと先にルルの下へとゲートを開き、そこから妖精の国へとピンクラビィ達を引き連れて帰っていった。

しかし、あのお目目は次の機会があればまた来そうだなとアリシアは思う。

絶対に何か企んでいるような目なのである。

失敗しなければ良いがと思いながら、オルビス商会を出る。

途中、アニスと会ってプリシラのことを聞いてきたが、苦笑いでなんとか躱すことに成功した。

ピンクラビィのお姫様なんて信じて貰えそうにない。

只の煩悩の塊のダメプリンセスラビィなのだから。

アリシアは、スノーラビィを肩に乗せ気を引き締めながらルルの待つ屋敷を目指すのであった。



ルルの居る屋敷へと到着して、門番にアリシアは薬を届けに来たと言うと快く通してもらった。

屋敷の中に入ると、申し訳無さそうな表情を浮かべるパナンがいた。

今まで失礼な態度や暴言といったことを気にしているのだろう。

アリシアと会って、目を合わせられないでいた。



「お薬をお届けに上がりました。パナンさん」

「はい……。有難うございます」



しゅんとして、今までの力強く我が娘のためならなんでもするといった感じの雰囲気は全く感じられなかった。

どちらかと言えば、悪いものが抜け落ちてしまったと言ったら良いのだろうか。

そんなパナンにアリシアはオロオロとしてしまう。



「え、えっと、パナンさん」

「はい……」

「ルルちゃんのための行動でしたので、私はなんとも思っていませんよ」

「ですが……」

「ルルちゃんのお母さんなのですから、心配して行き過ぎることだってありますよ! 私のお父様も物凄かったのですから!」



アリシアはなんとかパナンを元気づけようとする。

病気で動けなかったときのことをアリシアは懸命に話をする。

カインは無限に広がる財力を使って、どんなものでも効果があるかもしれない物を買いまくった経緯を話すと、やっと塞ぎこんだパナンの表情が和らいだ。

どこの親も同じなのだ。

子が大切で、何かあったら絶対に何が何でも助けたいと思うのは仕方がない。

それが違った方向であっても。



「それでは、ルルちゃんのところへ行きましょうか」

「そうね。アリシアさんお願いします」



そう言って、2人はルルの眠る部屋へと行くのであった。

ルルの部屋に入ると、幸せそうな表情で寝息を立てている。

表情は辛そうだが、病気の進行はまだそこまで悪化はしていないのだろう。

アリシアは、そんなルルをそっと起こす。



「ん……」

「ルルちゃん、お薬をお届けに来ましたよ」

「おく……すり?」

「はい!」



アリシアは満面の笑みでルルを見る。

その笑顔に、ルルは安心するのである。

無理をさせずに、アリシアはそっとルルの背中に手をやって上半身を起こす。

まだ、熱をもっているため手で支えている背中は熱い。

封筒から錠剤を2粒取り出し、ルルに説明してから口に運んでもらう。

ぱくんと口に含んだルルは、コップの水をコクコクと飲み干す。

はふぅっと熱い溜め息を吐いて、そのままアリシアはまたベッドへと体をゆっくりと寝かせる。

ルルは何やら辺りをきょろきょろとしていたので、どうしたのだろうとちょっと聞いてみる。

何かを探しているようにも見えた。



「あ、あのね、ラ、ラビィちゃんがね。たくさん私のお部屋に来たの。やっぱり、夢だったんだ……」

「……ふぇ」



ルルの言葉に一瞬凍りつくアリシア。

ルルが寝てる間に、こちらへと足を運んではいなかったことを聞くことになった。

ゲートを使った不法侵入を見られていたようだ。

しかし、どうも様子がおかしい。

よくよく聞くと、夢を見ていたと言いながら楽しそうにルルは話をするのだ。

パナンは、まだ病気が治ってないのだから、治ったらアリシアとゆっくりと話をするようにと注意をして、ルルは小さく申し訳無さそうに「はい」と返事をする。

アリシアは、大変申し訳無さそうな表情になるのであった。

あのダメプリンセスラビィの行動で、こうも肝を冷やすハメになるとは思いもしなかったのである。



薬を飲んでもらって、しばらくするとルルは眠りについた。

薫の薬のおかげもあり、息遣いが大分ましになっている。

一応、処方してから2日間は様子を見なければいけない。

薬の量をその都度調整しなければならないからである。

アリシアはルルの病気もこれで大丈夫と思いホッと胸を撫で下ろすのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



レイディルガルド城内。

アレスは、つまらなさそうに兵士たちを大剣の側面でしばいて戦闘不能にしていく。

皆が皆同じ反応しかしないため、もううんざりと言った感じなのである。

ナクラルはというと、シャルディランの民たちの解放をしていた。

城内でも働いている者がいるが、地位は低い。

ほとんど同じような仕事をこなすのに、シャルディランの民というだけで虐げられているのである。

自分の管轄している周りはどうにかしていたが、一歩外に出ればまったくもって扱いが違う。

部屋は、ひどく汚れた地下の一室をタコ部屋として使っている。

何人ものシャルディランの民がそこで生活をしている。

ナクラルは、申し訳ない気持ちで一杯になる。



「すまない……。私が居ながらこのような扱いを見過ごすことになってしまった」

「いえ、ナクラル様には助けてもらっていると他の子達からいろいろと聞いております。ちゃんとした扱いをしていただきありがとうございます」



そういって、頭を下げるのである。

レイディルガルドの闇は深い。

モーリスに変わってから、いや、ユリウスに変わってからと言った方がいいだろうか。

徹底的にシャルディランを目の敵にしたことをやっている。

今ではそれが普通としているレイディルガルドの民は、おかしくなっている。

変えようとしても、もう手遅れなのかもしれない。

ナクラルは、そのようなことを思いながら今できることをしていく。

なぜもっと早くこのように手を伸ばさなかったのかと。

後悔しか浮かばない。

そんなナクラルに対して、アレスはそんなことにも気が付かなかったのかといった目を向ける。

中にいれば、視野が狭くなる。

アレスは、今まで自身の領地で周りの動向をずっと探っていた。

聞きたくもない情報や悪行などは、金さえ積めばいくらでも手に入る。

レイディルガルドの噂は特にひどかった。

これから、ナクラルは本当の意味でレイディルガルドの闇を自身で見るハメになるだろう。

そして、それに耐えられるのかとも思う。

仲間のためなら命と引き換えに何だってするような人物。

そんな人情の塊のようなナクラルには、ちょっと酷なことなのかもしれない。

変えようとしても、ここまで根が深く腐っているともう手遅れと言っても良い。

今、ナクラルが動いたとしても何も出来ないだろう。

どれだけ一人の力という物が小さいかがわかってしまう。

全てを根底からひっくり返すことの出来る者などそうそう居るものではない。

そんな人間が居るのなら、アレスは付いて行ってみたいものだと思う。

団長のように、規格外なレベルの人間でなければならない。

ディアラのあの手紙に書いてあった「似ている」という文字が、アレスは何か引っかかりを感じるのであった。



ナクラルとアレスは、地下の部屋の奥へ行くと頑丈な魔法の鍵のついた扉を発見する。

アレスは、難なくそれを破壊してその扉を開ける。

すると、中には防音の魔法が施された暗い部屋であった。

明かりは、ろうそくを灯した程度の光源が数か所ぽんぽんと置いてある。

その明かりに照らされて、不気味に光る数々の拷問道具が壁などにかかっている。

その中心に、ボロボロになった女性が中心で鎖に繋がれていた。

元は真っ白な髪の毛なのかもしれない。

酷く汚れてたその髪の毛の色は淀んでいた。

そして、特徴的なエルフ耳は切り落とされており、人の耳と大差ない長さになっている。

ナクラルは目線を落とすと女性の首には首輪がはめられている。

服は千切れて、服として機能していない。

ほとんど裸体と言ってもいい格好になっており、寒さで四肢の先は青くなっている。

うつむき、2人が扉を開けているのにもかかわらず全く反応しない。

ナクラルは、すぐにその女性に近づいていく。

そして、優しくそっと鎖を外して抱き寄せる。

年は十代くらいの女性で、目に生気を感じない。

涙のあとが残っているが、今は涙など枯れ果ててしまったかのように表情は1つも動かないのである。

肢体にも力が入らないのか、ぶらんと力なく揺れている。

ほんのりと明かりがその女性の体を照らす。

照らされた体には、あちこちにムチで叩かれたような跡があり、青くミミズ腫れになっていた。

ナクラルは表情を歪めて、強くその女性を抱きしめる。

目尻には涙がたまり、どうして良いのか分からないでいた。



「こんなことを……誰が……」

「……兵達とレイディルガルドの民だろうな」



アレスは少し迷いながらもナクラルに真実を言う。

これは、情報を買っていたから知っていたことだ。

このレイディルガルドにはまだ多くの闇が潜んでいる。

その中のほんの一部にしか過ぎない。



「あ、ありえないだろ……同じ人じゃないか!」



その言葉に、アレスは苛立ちを隠せないでいた。

なぜ、一番近くに居るナクラルがこの状況を知らないでいるのか。

レイディルガルドの民と兵士達全員が結託しなければ、このようなことなど隠し通せることなど出来ない。

表面上のいざこざまでは隠す気がないというよりは、そっちに目をいかせるようにしているといったほうが正しいだろう。

最悪の手口で、シャルディランの民はいろいろな捌け口になっている。

この女性も犠牲者だろう。

まだ若いのにとアレスは奥歯を噛みしめる。

そして、アイテムボックスから大きな漆黒のマントを取り出して女性の体に掛ける。

冬にその格好で居続けるだけで、相当な疲労がある。

まずは、体温を上げるのが先決だ。



「ナクラル……。本当にお前は何を今まで見てきたんだ?」

「……」



アレスの低く苛立った言葉に何も返せなかった。

この帝国の表面しか見てきていなかったのだろうということが、たった数時間で嫌というほど思い知らされる。

心のどこかではわかっていたのではないかと。

それを自分のまとめる兵達がそんなことをするはずがないと。

震えが止まらなくなる。

慕ってくれていた者達の裏側まで把握などできない。

他愛のない話をしている裏で、このような醜いことをしていたのかと思うと吐き気がする。

同じ人として見られなくなる。



「一番近くに居たんだろ? これがどういうことかわかるか? この子は、人として扱われてなかった。いや、もっとたくさんの犠牲者がいるはずだ。この部屋を見ただけでわかるだろ?」

「っ……」



アレスは、これが今のレイディルガルドの現実だとナクラルに突きつける。

まだ、ここまで酷いことをしていたということを受け入れられていない。



「バルバトスとかならこんなことはしないだろう……。だがな、元から帝国兵としている奴以外は只の冒険者や探求者からの集まりだ。現在のレイディルガルドは、戦争なんてないからな。兵力を持て余してる。兵を使うとしても、派遣くらいだ。そんな奴らがストレスがたまらないと思うか?」

「……いや」

「そういうことだ。何も抵抗もできないシャルディランの民は絶好の獲物だろうな」

「ははは、何なんだろうねぇ……。私は何も見えちゃいなかったのかい……。全く」



自分の意志で薫と共闘したが、少しでも帝国兵にまともな者がいると思っていた。

思いたかったといったほうが良いのかもしれない。

バルバトスがこれから率いてくれても、この闇は消えないだろう。

今、ここから自分達で変えなければ一生変わらない。

もう、モーリスとユリウスだけをどうにかしても意味が無い。

そう思い、ナクラルはもう一度心を鬼にする。



「まずは、この子をカオルに見せるよ。あれでも確か治療師だと思うからね」

「そうだな、一旦集まるか。俺はちょっとシャルディランの民を移動させてからだけどな」



そう言って、2人は地下を後にする。

アレスは、シャルディランの民を引き連れて。

ナクラルは、エルフの女性を抱きかかえてであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



レイディルガルドの城内。

かなり上の層へと薫とクレハは来ていた。



「はぁ~、無駄に広い城やなぁ」

「ん、元々シャルディランの城。レイディルガルドが奪った後に増築されたから」

「こんだけ広いと、人手が物凄く掛かりそうやなぁ」



そう言いつつ、廊下を歩く。

そして、1つ1つ扉を蹴破っては敵が居ないかを調べて回るのである。

薫に蹴られた扉は、粉々に粉砕されて見るも無残な姿へと変わり果てる。

クレハは、相変わらず後ろから白衣を引っ張りながらついてくる。

しかし、少し表情も明るくなってきている。

それは途中、髪の毛が揺れるのが邪魔ということで、薫に長い後ろ髪をかんざしでまとめてもらってから表情が少しだけにこやかになった気がする。

薫はそういったことでも、少しづつだがクレハの心の回復になっているのなら良いかなと思う。

それに、モーリスが返ってくるまでに、邪魔者の排除はしておかないとスキルで操られる者が増えると困るというのもある。

質より量作戦で来られたら、面倒くさいにも程がある。

それに、まだモーリスのスキルも全てを知っているわけではない。

どのような力を持っているのかも知らない相手なので、油断はできない。

そんなことを考えていると、一際目立つ扉があることに気がつく。

かなり頑丈な作りというか、魔法で鍵をかけられている。

まぁ、薫にしたらこのようなものは関係ないので蹴り破ってしまう。



「ここは、何の部屋や?」



そう言いながら、中へ入るとその空間だけ威圧の効果を受けないような封印術が施されてあった。

これは、クレハが指摘して気がついた。

部屋の中は、豪華な絵画などが所狭しと並んでいる。

そして、一番奥にキングサイズのベッドに横たわる人を発見する。



「誰や? このおっさん」

「……元皇帝陛下のガラドラ」



クレハは少し睨みつけるように見つめる。

金髪に白髪が混じった髪の毛。

短髪で、髭は綺麗に整えられている。

顔は、皺まみれで急激に痩せたか何かだろう。

薫が見た感じ60代なのではないかと思う。

目には生気がなく天井をジッと見つめている。

薫はガラドラに近づこうとしたとき、それを止めるように声をかけられる。



「何をしているんですか! ここは勝手に入っていい場所ではありませんよ」



その言葉をかけられた方を向くと、白衣を着た男が奥の部屋から出てきた。

おぼんを手に持ち、その上には薬のようなものが乗っている。

目は細めで、開いているのか閉じているのかわからないような男。

頭には新官帽を被っており、その神官帽にはレイディルガルドの紋章が刻まれている。



「おや? クレハさんではないですか……。ああ、薬がなくなったのですか?」



そう言って、クレハの姿を見て口元をニッと釣り上げて笑う。

クレハは、身震いをして物凄く嫌そうな表情をしていた。

このことから、薫はクレハに薬を処方した人物ということがわかる。

中毒性のある薬。

そして、発がん性のある作用が入っているため使ってはいけないものだ。

体内浄化の効果のあるものを使っていることから、それなりに知識はあるのだろう。



「しかし、このような無茶をしてここに入ってこられるとは……頂けないですねぇ。それに誰ですか? その悪党みたいな面の治療師は……」



そう言って、クスクスと笑うのである。

ちょっとムカつく面だなと思いながらも薫は相手の出方を見る。



「ふふふ、まぁ、君は底辺治療師だろうけどもねぇ。この宮廷治療師であるジーニー様と比べたら……いや、比べるまでもなく君が下だろ……はぐぶぼはぁあ」



ジーニーが言葉を言い終わる前についつい、薫は右ストレートが出ていた。

我慢しようとしたが、抑えきれなかった。

反省もしていないし、後悔なんてするわけもない。

ジーニーは、2、3度床を跳ねて転がり壁にぶち当たってようやく止まった。

顎が外れているのか、口をポッカリと開けたままの状態で、目が点になりこちらを見ていた。

宙に舞ったおぼんと薬は薫がナイスキャッチをしているのである。

その薬を薫は『解析』をかけながら言う。



「人相悪くてすまんやったなぁ。これでもちいとは出来るくらいなんやで?」



そう言って、悪人面で笑うのだ。

喧嘩売る気満々なその表情に、ジーニーは腹を立てて立ち上がる。



「い、いきなり殴るとはいい度胸じゃないか! ここがどこだかわかっているのか!」



そう言って凄んでいるのである。

なんとも小物臭のする奴だなと思いながら、薫はジーニーの作った薬の効果を見て目つきを鋭くなる。



「どこかはわかっとるつもりや。今はそんなんどうでもええねん。お前、この薬なんやねん」

「な、何が言いたいんだ!」

「これ、毒混ざっとるやろ」

「!?」

「それも……ごく僅かでわからんように細工しとるみたいやなぁ」

「な、何を言ってるかわからないな……。言いがかりとはいい度胸だ!」

「白を切るんか? ちゃんと調べられる機関に持っていけば、答えは出ると思うんやけどなぁ。クレハさんの薬もそうや……。お前……治療師をなんやとおもうとるんや? あ゛ん?」



そういった瞬間、凍えるような寒さがジーニーを襲う。

目の前にいる人物の放ってよい魔力量ではない。

人外と言っても良い。

今すぐにここから逃げなければ、死ぬと思ってしまう。

本能的に体が警鐘を鳴らす。



「ぼ、僕は、モ、モーリス様に頼まれただけだ! だ、だから、僕は悪く無い! 悪くないんだ! だ、だから、た、たすげでぐだざい!!! ごろざないでくだざい!!!!」



そう言って、千鳥足のようになりながら部屋を出ようとするジーニーに、薫は瞬時に移動して側頭部に蹴りを決めて沈める。

床に顔面を強打してピクピクと痙攣しているジーニー。

薫は、そのまま放置してガラドラの方へと向かう。

クレハもジーニーに、ざまあみろと言った感じの表情を浮かべてそれに続く。

ガラドラの側まで来た薫は、額に手を当て『診断』を掛ける。

そして、1つ溜め息を吐く。

ガラドラに手術が必要だということがわかったからだ。

今直ぐに命の危険はないのだが、どうしたものか考える。

まずは、一旦アレス達と合流してから決めるかと薫は思うのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



夕暮れ時のレイディルガルドの街中。

レイディルガルドの民は、目を点にしてありえない光景を只々見つめることしかできないでいた。

アレスは空間を切り裂いて、ゴミを捨てるかのように気絶した帝国兵達を空間に放り投げる。

そして、シャルディランの民達はピンクラビィを使ったゲートで、現ラケシスが治める領地へと移動する。

皆、このレイディルガルドから出て行ってよいのだろうかといった不安な表情を浮かべている。

首輪のせいもあるのだろう。

ナクラルは、そんな民達を優しい笑顔で安心させながらゲートへと案内していく。

そんな2つの異空間スキルに、口をパクパクさせるラケシスとフィリス。

ウンディーネは、ドヤァと言った感じで2人に胸を張って自慢げにする。

しかし、残念ながらウンディーネの方へ目が行かないため、ウンディーネはしょぼんとしてしまう。

薫はそんなウンディーネに優しく頭を撫でてあげると、「構ってくださるのは、カオルさんだけですぅ」と言って引っ付いてくるのである。

薫は、頭を掻きながらそんなウンディーネを励ますのであった。



「そ、それにしても、本当に帝国を陥落させるなんて……」

「ほ、本当ですよ……。帰ってきた時は、ビックリしました」



フードを深く被ったラケシスとフィリスは驚きの表情でそう言う。

薫は、「いろいろと手助けしてもらったからな」と言って、アレスとナクラルを見る。

アレス達は、邪魔者の排除に全力を使っていた。

その残骸兵が今現在異空間へと放り込まれている者達だ。

あの空間はどこへ繋がっているのかをアレスに聞いたら「聞かないほうが良いよ」と笑顔で言ってきたので、それ以上は追求しなかった。

多分、かなりやばいところなのではないかと思う。

そして、ナクラルが連れてきたシャルディランの民のエルフの女性は、ワンクッション入れて妖精の国へと連れて行ってもらうことになった。

それと、ガラドラもだ。

ガラドラは、のちのちの切り札にもなる可能性もある。

途中、レイディルガルド支店のオルビス商会から食料品などを大量にラケシスは受け取った。

人数的に食料や生活用品などがかなり厳しいと思っての行動だった。

ラケシスとフィリスは何度も頭を下げて、トゥーリィーにお礼をいうのである。

トゥーリィーは、何か機会があったらオルビス商会へとお願いしますねと意味深なことを言うのであった。



「よし、ええ感じで終わりそうやな」

「……ん」

「もう一仕事終えたら、大本を叩くとしようかねえ……。全く、今日は大忙しだよ」

「これで、変わればいいんだけどねぇ~。まぁ、やれるだけやろうか」



そう言って、皆モーリスとの対戦に備えるのである。

注意事項等は事前に皆に行き渡らせている。

いつでも来いといった感じなのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



真っ暗になったレイディルガルド。

ぶっ飛べスピカ号が城の屋上に到着したというのに、誰一人迎えが来ないのである。

ユリウスもこのありえない状況に困惑する。



「モ、モーリス、どうなってるの?」

「わかりませんが……。ネズミが入り込んでいるのかもしれませんね」



そう言って、眉間にしわを寄せる。

無性に腹立たしいといった感情が、表情に浮かび今にもその感情を開放したいと思う。

その感情をグッと堪えて、自身の魔法を使って光りを作り、周りを照らしながらユリウスと歩く。

その後ろに、メイド達と数人の兵もついてくる。

皆不安な表情を浮かべ、城内へと入っていく。

誰一人居ない。

まるで、神かくしにでも会ったかのような状態なのだ。

そして、謁見の間の前に来て扉を開けるとそこには数人の人影が見える。

皇帝の椅子の横に立つ3つの人影。

1人は、皇帝の座る椅子に座って足を組み、タバコをふかしている姿が月明かりで見える。

白い煙をゆっくりと吐くその人物は、やっと帰ってきたかと言わんばかりにゆっくりと立ち上がる。



「やっと帰ってきたか……。待ちくたびれたんやけど」

「き、貴様は誰だ!!!」



モーリスは、顔を真っ赤にさせて叫ぶ。

薫は、鼻でその言葉を笑う。



「俺が誰かなんてどうでもええわ。俺の大切な仲間に手出したんや……。ちょいとその落とし前をつけてもらおうか!」



そう言った瞬間、この謁見の間に今までに感じたこと威圧が発生する。

凍えるなど生ぬるい。

表現のできないほどの恐怖が襲いかかる。

そして、薫の片目が闇の中でエメラルドのように光り揺れるのであった。


読んで下さった方、ブックマークしてくださった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、本当に有難うございます。

ptちょっとずつ伸びて、なんと! 累計209位に!!! 本当に読者の皆様有難うございます。

感無量でございます。


はい、えーっと、カウントダウンゼロ 前編です!

感想欄でカウントダウンゼロになる前に0.5とかあるんじゃないんですか? みたいなコメントが多々ありましたので……。

フリだろ? やらなくちゃ! といった感じで、作者は帝国崩壊編ラストを二分割しましたb

前編だけで17000文字なんですよねぇ。

困ったね! むしろ、いつもだね!


では、次回は早く投稿できますので後編も楽しんでいって下さい!

それと、感想の返信はちょっと遅れます……本当に申し訳ないですm(_ _)m

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