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ルルの病気と帝国崩壊のカウントダウン2

 凍える冷気のような威圧に支配されたレイディルガルド。

 薫の放つそれに、獣人は背筋に嫌な汗を掻く。



「名を聞いておこうか……。そこまでの強さがありながら、今まで名前すら噂で耳にしなかった。俺はバルバトス。キャンベルウルフ族族長で現帝国騎士団副隊長だ」



 そう言って、バルバトスは唇を噛み震える体に痛みを上書きさせる。

 薫は、表情一つ変えることなる言い放つ。



「芦屋薫……。いや、今はカオル・ヘルゲンやな」



 そう言うと、バルバトスは目を見開く。

 聞いたことがある。

 治療師ギルドで、手配書のようなものが配られていたが、その内容は嘘八百が並べられたものとされている。

 しかし、その噂の出処からすると、なんらかの重要な者ということが直ぐにわかる。

 エクリクスからの通知ということは、調べが付いている。

 もしも、この町に現れたら確保するように言われていたが、冗談もほどほどにしてくれと思うバルバトス。

 こんなSランクさながらの力量を見せられ、尚且つ全く表情を変えていないのだ。

 魔力を放ち続けることが出来るだけでもう化け物といってもいい。

 バルバトスは、苦虫を噛み潰したかのような表情になる。

 こんな時に、元団長のオーランドが居てくれればと思う。

 Sランクの現団長のナクラルでも止めれないだろう。

 完全に超火力特化と薫の能力を見て相性が悪すぎると思うのだ。

 帝国の城の門は、1人で開けることなど普通の者では不可能な重さになっている。

 バルバトスですら完全固有スキルを使ってやっと開けれるくらいなのだ。

 それをベニヤ板のように蹴り飛ばす化け物など今まで1人しかいない。

 時の旅団の団長の剣撃で、昔ベニヤ板のように飛んだのをついこの前のように蘇る。

 あれの再来かと思うのだ。



「キャンベルウルフ族……。ああ、あのどうしようもない奴らの親玉か?」

「ん? 誰のことを言っておるのだ?」

「キナントカとヴォルナントカとってお前んところのアホやろ?」

「キディッシュとヴォルドか……。キディッシュは死んでヴォルドはミュンスへ送った。ちゃんと罰を与えてだ」

「そうか、2度と出てこへんようにして貰わんと、気が気じゃないからなぁ」

「っ……」



 薫の言葉に、ここまでの力があればヴォルドなど赤子を捻るように殺せるだろと思う。

 思うが口には出さない。

 そんな余裕は今はない。

 薫の後ろに、ちょこんと隠れている黒髪の少女が目に入り、さらに絶望しているからだった。

 全身から血の気が引いていく。

 クレハの存在が大きい。

 Sランク超攻撃特化にして、帝国の暗部としてどのような汚れ仕事をこなすミズチ一族の族長。

 仮面を外し、素顔を見るのは初めてであった。

 紅蓮の炎を思わす目に、額の2本の鬼の角。

 着物を着崩し着用している姿は何度も目にしている。

 幼い少女は、死を撒き散らす死神として帝国に君臨している。

 Sランク同士の争いを止めたりなどを簡単にこなす。

 そのクレハがあろうことか、敵として目の前にいるのだ。

 動揺するなという方が無理な話だ。

 城に残る兵達は、完全に薫の威圧に呑まれて動くことができずにいる。

 クレハに気が付いているのはバルバトスのみ。

 クレハの存在を兵たちが気がつけば、泡を吹くか城を放棄して逃げ出すであろう。

 それだけの戦果を挙げている。

 唯一無二の強さに、憧れすら覚える者もいるくらいだ。



「これはいよいよ……分が悪そうだな……。少しでも勝機が……いや、ないか」



 そう小さく呟く。

 Aランクの者なら、辛うじて動ける者も居るだろう。

 だが、Aランク、Sランクの者は城の内部に集められているため、ここにはバルバトスしかいない。

 帝国騎士団長も内部に集められている。

 バルバトスは、負け試合なら限界まで足掻いて、挑戦者としてこの命を使おうと思うのである。

 バルバトスの体から大量の黄色の魔力が溢れ出す。

 覚悟を決めた表情で薫を睨みつける。



「お前の本気を見てみたいものだ……。まぁ、無理だろうが……。完全固有スキル……『神獣・雷獣憑依』」



 そう言った瞬間、魔力が爆発したかのような衝撃が走る。

 稲光がバルバトスから迸る。

 人の形を留めるが、体から電撃が走る。

 薫は、ダニエラの固有スキルに似ているなと思う。

 魔力を身体中に大きく纏い、具現化する。

 見ての通り、雷属性。

 しかし、完全固有スキルを使た瞬間から、威圧に対する補正が消えているように思う。

 だから、薫は首をかしげる。



「お前の威圧はこの状態では効かぬ。一撃でも触れれば消し炭となるぞぉ!!」

「……」



 そう言って、紫電一閃で姿が消える。

 稲妻が地面を走り、薫とクレハに向かって襲いかかる。



「クレハさんちょっと引っ付いとってな」

「……ん」



 薫がそう言った瞬間、焦るなどの表情を微塵も見せずに地面を踏み込み。

 ズドンッと音を立て、薫を中心に地面がめくり上がりバルバトスは姿を現わす。

 足場が悪くなり、思うように加速が出来なくなったからであった。

 悔しそうな表情を浮かべ、息を荒くしながらめくれ上がった地面に降り立つ。

 そして、小細工抜きでの猛突進をしてくる。

 かなり消費が激しいのだろう。

 額に汗を搔き苦しそうなのだ。



「一撃でよい! 届け!!!」



 そう言って、紫電一閃で薫を真正面に捉える。

 時がゆっくりと過ぎ行く中で、バルバトスは届かないと確信する。

 目にも留まらぬ早業のこの突進に、薫は完全に蹴りを合わせている。

 触れるか触れないその一瞬、バルバトスの纏う膨大な魔力のみが薫の蹴りの衝撃で消し飛んだ。

 生身となったバルバトスは死を意識する。

 纏った雷獣の衣がない状態で、あの蹴りの衝撃には耐えれない。

 終わったと思った瞬間、首根っこを掴まれ上へと引っ張られる。

 空圧で体は揺れ、木の葉にでもなったかのように思える。

 背中から受身も取れずにドサッと倒れる。



「たく、私の目の前で死を受け入れようとするんじゃないよ……。全く!」

「ナ、ナクラル嬢!」

「誰が嬢だ! 団長と呼ばないか全く!」

「っ……」



 倒れているバルバトスに重いゲンコツを落として笑うナクラル。

 漆黒の鎧を着た女性。

 腰に長剣を指している。

 薄い紫がかったロングヘアに褐色肌で悪魔独特の角が生えている。

 年は20代半ばだろうか。

 見た目はそのような感じに見えた。

 漆黒の鎧は、体にきっちりとフィットしボディラインを強調している。

 纏うオーラは、バルバトスと比べると天と地の差がある。

 それを見て、Sランクかなと薫は目をつける。

 ナクラルはゆっくりと薫を睨みつけ、怒りを露わにする。



「よくも私の可愛い部下たちを可愛がってくれたわね……」

「あん? 元はと言えば、お前のところの親玉が俺の仲間にちょっかい出したのが原因や。そのせいで、こっちはめっちゃ迷惑しとるんやぞ」



 薫の言い分から、何か皇帝もしくはモーリスがやらかしたのだろうとナクラルは思うが、

 それでも全帝国兵の4分の3を完全に戦闘不能にさせられたことが許されるわけではないと思う。



「それになぁ、お前のところの兵ももうちょっと教育したほうがええんやないか? 彼奴ら、自分たちの地位を振りかざしてやりたい放題やったぞ。お前の管理の杜撰さがよう見えてくるわ。ただ、門を通ろうとしただけで殺されかけるしなぁ」

「くっ……」



 薫の言葉に苛立つ。

 相手の痛いところをよく観察して確実についてくる。

 一部の者達が、そのような行動を取っていることは知っていたが、ナクラルもそこまで手は回っていなかった。

 元冒険者、探求者上がりの者を採用した弊害でもある。

 ちゃんとした試験を受け入った者とは違い、力で成り上がった者達の統率などはなかなか難しい。

 それ以上の力でねじ伏せても、表面状は従っているが裏では何をしているかまではわからない。

 ある程度そこら辺を見て見ぬ振りをしなければならない部分もある。

 至って平和なレイディルガルドでは、緊張感のある場面というのは少ない。

 昔であれば、戦争をしたりして鬱憤をそれに吐き出していたがそれも今はない。

 全ての国は帝国が統一しているからである。



「どうしようもない上司を持つと大変やなぁ」

「言わせておけば……言いたいことを言う奴だね」

「言いたいことやない。事実やろ? 見て見ぬ振りしたツケが今帰ってきたんやからなぁ。ちゃんと受け止めて、これからにちゃんと生かさなあかん。それもできへんのんやったら……解体したほうが国民のためになるんやないやろか?」



 ナクラルは完全に薫との口論に押されていた。

 アリシア曰く、薫との口喧嘩は白旗を揚げ降参モードにならないと心が折れるという。

 チクチクと痛いところを嬲るように攻撃する。

 さらに物凄くいい笑顔で、あれは悪魔か何かではないだろうかという。

 いや、そんなに攻めてないからね?

 ちょっと傷口に塩塗す程度だよ?

 押さえてぐりぐりはするけどね。



「ナクラル団長……。ハッキリ言いますが、あのカオルという者は、確実にSランクレベルだろうと思われます……。ナクラル団長とでは相性が……」

「ええい! 黙りなさい! ここまでコケにされたのはオーランド爺以来だよ! 全く! 痛いところばかり突いて……。私だけじゃ回らないんだよ!」



 そう言って、ナクラルは大きく深呼吸する。



「それでも、この帝国に手を出したりはやっては駄目なんだよ……。私だって……」

「……」



 そう言って、臨戦態勢に入る。

 ここで薫を仕留めるため、本気でぶつかる気でいるのだ。

 薫は女に手を上げたくはないなと思いながら、ずっと引っ付いているクレハを見る。

 全く不安にすら思っていないようである。

 むしろ、負けるわけがないとでも思っているようだった。

 薫は、ちょっと溜息を吐きながら頭を掻く。

 とりあえず、無力化にどうにか持っていくかなと思うのだ。



「よそ見してる場合じゃないよ……。クレハさんも……。覚悟をしてそっちについてるんだろ?」

「……ん」



 その言葉に、クレハはコクンと頷く。



「そうかい……。だったら……本気で行かないとこっちが死にそうだね」



 バルバトスと違い、重っ苦しい魔力が帯びている。

 そして、たった一言呟くとダムが決壊したように魔力が溢れ出す。



「限定契約解除」

「ぐぅ……」



 ナクラルの側にいるバルバトスは、ナクラルの溢れ出した魔力に当てられ表面を顰める。

 そのままナクラルは長剣を抜き地面に突き刺す。



「完全固有スキル……『殺戮の戦場・ヴァルキュリアル』」



 そう言った瞬間、空間が一瞬で変わっていく。

 荒野に大量の血に濡れた武器が地面に突き刺さり、空は赤く染まっている。

 真っ赤な月に照らされているからだろうかと薫は空を見上げる。

 周りは、地平線がどこまでも続く。

 バルバトスの姿が無いことから、転移もしくは空間支配でもしたのかと思う。



「さあ、覚悟しな」



 そう言って、薫に地面に突き刺していた長剣を抜き向ける。

 そんな姿を遥か上空に奇形な穴を開け、溜息まじりに見つめる者がいた。



「ディア姉……。これはまた凄いやつが来たんだが……。俺にどうしろって言うんだよ。あれ、潜在能力は確実に俺らの団長クラスじゃないかよ……」



 頭を掻き、自分も帝国は終わったなと思いながら空笑いをするアレスなのであった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 アリシアは、とぼとぼと考え事をしながらスパニックのオルビス商会に向かっていた。

 肩に乗って、スノーラビィはアリシアの頬をツンツン突くがうーんと言いながら唸ってばかりなのである。

 何時もなら、頬を緩めて撫でてくれるはずのアリシアは、今は病気のことで頭がいっぱいで全く反応できてなかった。

 しょぼーんと耳をへにょらせいじけるスノーラビィ。

 そのままアリシアとスノーラビィはオルビス商会に着く。

 すると、アリシアに大声で叫ぶ者達がいる。

 しかし、アリシアは「これでは無いのです……。違うのです」と言いながら扉へ向かう。



「お、おい! 無視すんじゃねーよ!」

「そうだ! オルビス商会にいくら払ったんだよ。専属で治療師になれるなんておかしいだろ!」

「その体を売ったんでしょ! 最低ね! 調べたんだからね! あんた治療師ギルドに属してないはぐれ者のくせに!」



 そのように叫ぶ3人。

 オルビス商会の横に、魔拘束具をつけられミノムシのように吊るされ張り紙が貼られてある。

 内容は、「人様の手柄を盗み取ろうとした下等治療師」と書かれてあった。

 先日、アリシア治療院に来て薬を強奪しようとしたり、アリシアに襲いかかり精製方法を聞こうとした者達である。

 くねくねしながら叫ぶが、アリシアは全く気がつかない。

 それがまた腹立たしくて、言いたい放題言うのである。



「覚えとけよ! 絶対後悔させてやる!」

「そうだ! 奴隷に落としてやるからな!」

「私にこんなことしてタダじゃ済まないんだからね!」



 だが、その声はアリシアには届かずにパタンと扉は閉まってしまう。

 悔しい表情を浮かべる3人。

 ああは言ったが、罪人の館への連行はアリシアが止めてくれた。

 突き出されれば、即治療師としての地位は剥奪される。

 それは可哀想だからと言うことで、アリシアが庇ってくれた。

 しかし、アニスはそんなもっと厳しくいきましょうと言わんばかりに良い笑顔で、罪人の館よりも本人達がこたえる晒しあげをしたのである。

 街の住民達に盗人治療師という認識をしてもらう。

 もう、この街では治療師は出来ないだろう仕打ちである。

 アリシアはあわあわとしていたが、アニスは当然の報いだと言っていた。

 薫と同じように仲間に手を出す者には容赦が無い。

 それも、オルビス商会の代表者であるカインの娘にそのようなことをした瞬間、首を飛ばしてもよかったのでは無いかと思うのだ。

 命があるだけアリシアに感謝しろと言わんばかりの冷たい目付きで、アニスは治療師達を見ていたのだった。



「くそ……」

「ハァ、これからどうなるんだよ……」

「惨めすぎる……。それもこれもあの治療師のせいよ! 復讐してやるんだから!」



 そう言って3人は意気込むが、ふと下を見ると白いピンクラビィがいることに気がつく。

 そして、嫌な予感がひしひしと伝わってくる。

 オルビス商会内の治療院で受けたあの鈍器が降ってくる悪夢を。

 ジッと3人の治療師を見つめるスノーラビィ。



「きゅ」

「「「……」」」



 そう言って、ほわんと青白く体が光ると3人の治療師の頭上にヤカンが現れスコーンと気持ちいい音がなる。



「「っ〜〜〜〜〜」」

「痛い〜」



 地面にカランカランと落ちて転がるヤカン。

 3人の治療師は痛みに悶える。

 それをもう2回受ける。

 2回目はたらいの角で、3回目は植木鉢であった。

 3人がピクリとも動かなくなると、お仕置き終了と言わんばかりにぴょんぴょん跳ねながら、器用に推し扉に体当たりをして、開いた隙間から中へと入るのであった。



「ス、スノーラビィちゃんどこ行ってたのですか!?」

「きゅ?」



 ぴょこぴょこ跳ねて、オルビス商会内の一角のアリシア治療院の前でアリシアと会う。

 考え事に集中しすぎて、スノーラビィが居ないことに気がつき、院内を慌てふためきながら探していたのだ。

 スノーラビィを見つけて、アリシアは涙目になりながら優しく抱きしめる。



「勝手にいなくならないでください」

「きゅ〜」



 そう言って可愛く鳴くと、いつもの定位置であるアリシアの肩にちょこんと乗りご満悦な様子なのである。

 それからアリシアは、伝令が来るまで治療を続ける。

 丁度、10時半ごろに伝令が来た。

 アリシアは、患者がひと段落してカルテ記入をしていたので、その作業を一旦止めて直ぐ様用意をしてパナンの居る屋敷へと向かう。

 スノーラビィは邪魔にならないように、アリシアの白衣についてるフードにころころと転がり込んで丸くなる。

 少ししたら寝息が聞こえてくるのであった。



 到着すると門番から「どうぞ」と言われて中に入る。

 中は豪華に飾られた品々が飾られている。

 そして、老いた門番と豪華なローブを着る30代半ばの男が立っていた。

 優しそうな表情で、パッと見アリシアは失礼だが押しに弱そうと思うのである。



「どうも、私がこの屋敷の主人のエニキスです。私の妻が失礼いたしました。今は看病疲れで眠ってますから娘の診察をお願いします。アリシアさん」

「ふぇ?」



 そう言って頭を下げてるのである。

 アリシア「そう言ったことはやめてください」と言ったが、笑顔のまま「オルビス商会のご令嬢のアリシアさんですから……。これくらいは当然ですよ」と言って笑うのだ。

 その言葉に、アリシアはドキッとする。

 なぜばれたのだろうと思うのだ。

 エニキスは、情報はいろいろなところから手にしてますからと言うだけなのである。

 しかし、門番はその言葉に惚けた様子で固まる。

 アリシアがオルビス商会のご令嬢というだけで、とんでもない人がこの場にいると思うのである。

 この大陸で最大級の商業コミュニティのオルビス商会を知らない者はいない。

 商会内で問題を起こした冒険者は、一生オルビス商会で買い物ができない。

 他の商会に行けばいいが、オルビス商会でしか取り扱ってない商品が多いことと、冒険や迷宮探索には欠かせないアイテムが多いのだ。

 替えのきかないものが多いため、ほとんどの者は暗黙の了解で騒ぎは起こさない。

 一部、そのことに気が付かないバカもいるが。



「では、案内するので付いて来てください」

「はい……」



 エニキスの後ろを付いて行き、娘の部屋へと入る。

 中はピンクと白でコーディネートされた部屋。

 ベッドもクイーンサイズでこれもピンクで纏められている。

 アリシアは、自身の部屋にでも帰ってきたような感覚に陥る。

 テーブルの上に【ピンクラビィと世界の冒険記】という絵本もある。

 そしてベッドに1つだけ、まん丸ピンクラビィのもふもふクッションが置いてあるのだ。

 アリシアはゆっくりとベッドに近づく。

 ベッドで荒い息遣いで咳をする少女がいる。

 茶髪で父親にだろうか、目はとろんとしているが優しそうな目である。

 額に汗を掻き、髪の毛がぺたんと引っ付いてしまっている。



「ルル、気分はどうだい?」



 エニキスはそう言って、娘のルルに話しかける。

 反応は薄いが、無理に笑顔を作るルル。

 アリシアは、この状況が昔の自分と重なる。

 薫に初めて会ったあの日のことを。

 そして、あのとき薫の言葉は凄く安心できた。

 自分にあのときの薫と同じように、ルルに対して治療ができるのだろうかと思う。

 不安もあるが、目の前で苦しんでいるルルを見てアリシアは気合を入れて臨む。

 声のトーンを明るくして、笑顔を作るのだ。



「ルルちゃん、診察に来ましたよ。私は治療師のアリシアです」



 そう言うと、とろんとした目だけがアリシアを見つめる。

 目をぱちりと一度瞬きをしてから無理に笑顔を作る。

 アリシアは、まず体力の消費が激しいと思い体力回復魔法を使う。

 ほわんとルルの体が光りつらそうな表情が少し和らぐ。

 そして、アイテムボックスの中から朝調べて作れる範囲の検査キットを出す。

 アリシアのスキルで得た情報の中で、検査キットの作り方が載っていた物。

 即席でアニスに頼んだため、作れない物もあったが出来る限り協力してくれた。

 相変わらずの暗記力で即座に従業員に指示をだしたのだ。

 そのおかげでなんとか出来たといったところだった。



「今から、いろいろとルルちゃんの体の中の病気が何なのかを調べていきますからね」

「……うん」



 か細く返事をするルル。

 アリシアはルルに口を開けてもらって薄い綿棒のような物で検体を取る。

 そして、瓶に入った液体につける。

 それを5つほどして、結果を待つ。

 エニキスもそれをじっと見つめる。

 前回、ルルの冬吸風邪の検査をしているため変化するかを目を凝らしてみる。

 病気さえわかれば、治療のめどが立つかもしれないと思うからだ。

 変化が出るまでアリシアは、いろいろとエニキスとルルに病気になる前何かしたり、どこかへ出かけたりしたかを聞く。

 どこに病気へのヒントが有るかがわからないからである。



「うーん、スノーキンググレープの収穫の手伝いをしたいと言ってたから、それに連れて行ったのが最後だったような……。それ以降、妻がどこかへ連れてったかはわからないな」

「そうですか……。ルルちゃん、それ以外はお外へ出てないですか?」

「……うん」



 小さな声でそのように言う。

 アリシアは考えこむ。

 そして、約10分くらい経ったころに瓶に入っている液体の変化を見る。

 アリシアは肩を落としそうになる。

 5つの瓶には全く変化がなかった。

 アリシアのピックアップした病気ではなかったということになる。

 どんどん追いつめられていくアリシア。

 胸が締め付けられるような感覚がどんどん侵食していく。



「どれも変化はないですね……。一体この病気はなんなんだ……」



 エニキスは、頭を抱えるようにその場に崩れる。

 アリシアの持ってきた検査キットで、病名がわかると思っていたから余計にショックを隠し切れないでいた。

 ルルの手を優しく持って泣きそうになるのである。

 けして、エニキスはアリシアを攻めたりはしなかった。

 名乗り出てわかりませんでは、治療師としての信用が無くなってしまう。

 だから、なかなかこういった貴族もそうだが、大病の患者への対応を断る治療師が多いのだ。

 いくら自信があっても、結果が出せなければ意味が無いとされる。

 薫は、アリシアに対して完全なる治療を施した。

 それでカインもそうだが信用を得ている。

 薫に関わった患者は皆笑顔になっていた。

 アリシアはそのようなことが出来ないでいる。

 明らかな力量不足である。

 もっと早く薫に相談しておけばよかったと思うが、なかなか出来るものではない。

 薫から任されたことによって、大役を任されたと思うから余計にだ。

 相談したら、薫が失望するのではないかと思ってしまう。

 それのせいで、アリシアは薫に相談することを恐れてしまい連絡を取れないでいた。



「のど……かわいた……」



 ルルがそう言ってアリシアを見つめる。

 アリシアは、大量に汗を掻いているルルの表情を見て脱水症状になっているかもしれないと思って、テーブルの上においてあるお水をそっとルルの体を起こして飲ませる。

 肌にべたりと引っ付いた服が気持ち悪いのだろう。

 もじもじとしている。

 アリシアは、一旦汗を拭いて服を着替えさせたほうがいいかなと思いエニキスに着替えとタオルを頼む。

 エニキスは、直ぐに部屋のタンスから着替えとタオルを出してアリシアに渡す。

 そして、メイドに温かいお湯を持ってこさせる。

 用意ができたところで、エニキスは一旦部屋から出る。

 ルルは裸を見られたくないと小さな声で言ったためであった。

 申し訳無さそうな表情でエニキスは部屋を出る。

 ルルと2人きりになったアリシアは、汗で濡れたルルの服を脱がしていく。

 まだ幼い体は透き通るように白い。

 アリシアは、タオルをお湯につけてよく絞ってからルルの体を背中から拭いていく。

 お湯の入った桶には魔鉱石が使われており、一定の温度に固定されている。

 ルルは気持ちよさそうにアリシアに体を預ける。



「……おねえちゃんが、できたみたい」

「……っ」



 そう言って、ちょっと嬉しそうなのである。

 無理に笑っているのではなく、本当にそう思っているのだろう。

 父親とそっくりな目で優しくニッコリと笑うのだ。

 アリシアは、苦しんでいるルルの病気を発見してあげられなくて、涙が出そうになる。

 それを必死で堪えながら、ルルに表情を見られないように後ろからゆっくりと拭く。

 もしも、薫だったらとどんどん自分を責める。



「あり、がとう、ごじゃいます……」

「え?」

「……いろいろと、しらべてくれて」

「……ごめんなさいです。私ではルルちゃんの病気がなんなのか……わかりませんでした」

「……すごく、がんばってくれてるのを見たから、それだけでいいです」



 ルルの本心なのだろう。

 こんな小さな女の子が、そのような言葉を言ってくれるとは思いもしなかった。

 ぼろぼろとアリシアは涙が溢れてしまった。

 もう止まることがなかった。

 止められなかった。

 一度溢れてしまった涙はダムが決壊したかのように流れる。

 ルルに後ろから抱きついてわんわん泣くのだ。

 そんなアリシアにルルはちょっと困った顔をしながら、頭を撫でてみるのである。

 それから少しして、アリシアは泣き止んだ。

 恥ずかしいところを見せてしまい、頬が真っ赤になるのである。

 ルルは、泣き止むまでアリシアの頭を撫でていた。

 病人にこのようなことをさせてしまって、アリシアは治療師失格と思うのである。

 すっかり冷めてしまったタオルを桶のお湯につけて、絞ってからルルの前を拭こうと思い前を正面へと移動する。

 すると、お腹の左下部分に赤みのある水泡ができていた。

 痛々しいと思いながらゆっくりとその部分を拭いていく。

 そんな時だった。



「あ、あれ?」



 そう言いながら、水泡部分の近くに刺し口を見つける。

 見間違いではないかと思い近づいてちゃんと確認した。

 アリシアは、その刺し口を見たあと慌てたようにスキルを発動させる。

 体が震える。

 この症状に、一致する病気を1つ知っているのだ。

 冬吸風邪と同じような症状。

 今まで病気を調べる中で、ウイルスや細菌からくるもので絞っていたため、この病気を除外していた。

 胸の高鳴りが大きくなる。

 助けることが出来ると体までも熱くなる。

 そして、薫はその病気についてもちゃんと事細かに書いてくれていた。

 薬の作り方もあるが、材料が揃うかわからないため薫から送ってもらうかと考える。

 全てを理解したアリシアは、まだ目が赤いがルルに向かって微笑むのである。

 ルルはその表情に目を奪われる。

 儚く、凄く魅力的に見えるのである。



「ルルちゃん、病気がわかりましたよ」

「え? ほ、ほんと?」

「はい、まずは汗を拭いたあとにエニキスさんと一緒に説明しますね」



 そう言って、ルルの体を拭いてからベッドに寝かせる。

 アリシアに呼ばれたエニキスは、ゆっくりと部屋へと入る。

 そして、アリシアはニッコリと笑顔を浮かべて言うのである。



「ルルちゃんの病気がわかりましたよ。ちゃんと治ります」

「ほ、本当ですか!?」



 エニキスは、アリシアを神様かと言わんばかりに拝むのである。

 あまりにもいきなりだったので、アリシアはびっくりしてしまう。

 そして、アリシアは病気の説明をする。

 冬ツツガムシ病という病気のことを。

 説明が終わるころに、パナンが部屋へと物凄い剣幕で入ってくる。



「あなた何しに来たのよ! 私の娘に何をする気よ!」



 そう言って、アリシアに掴みかかろうとするのだ。

 しかし、それはエニキスによって止められた。



「あなた! なんで止めるのよ! 私達のルルをこの女が殺すかもしれないのよ!」

「いい加減にしないか!」

「!?」



 エニキスの低く内蔵を揺さぶるような声に、パナンは先程までの剣幕はなくなる。

 穏やかなエニキスの声とはかけ離れているのもある。

 それに、このように言われたことがなかったのだろう。

 いや、エニキスが怒ることが今までなかったのではないかと思える。

 そのくらいパナンは驚いているのだ。

 目を見開き、口が空いたまま塞がらないでいた。



「落ち着いて聞きなさい。アリシアさんはちゃんとルルの病気を見つけてくれたよ。治るんだよ。それを追い返すということは、ルルを殺すということになるんだ。わかるね」

「……」

「君がルルを大切に想う気持ちはわかる。なかなか子供が出来なかったからね。でも、ルルのことになると行き過ぎることが多い。私が今まで何も言わなかったのがいけなかった。でも、今回は言わせてもらうよ。ルルの命に関わるからね……。いいね」

「……はい」



 まるで魂の抜けてしまったかのようにパナンは頷く。

 自身が今までしていたことが行き過ぎたことということを指摘され、動揺しているのである。

 エニキスは、アリシアに向き直ってから言う。



「アリシアさん、娘の治療をお願いします」

「は、はい、こちらこそお願いします。薬は今日中にどうにかします」

「はい、わかりました」



 そう言って、頭を下げるのである。

 アリシアも釣られて頭を下げる。

 そして、アリシアは直ぐ様スノーラビィに伝令を頼もうとする。

 フードでころころと丸くなって眠っていたためお団子状態になっていた。

 揺すってみるが起きない。

 そんなことをしていると、ルルが顔を真赤にさせてアリシアの手の乗るスノーラビィを見つめるのである。



「ラ、ラビィ、ちゃん?」



 その言葉に、アリシアは思い出す。

 自分と同じピンクラビィをこよなく愛す仲間であることを。

 ゆっくりとアリシアはルルの方へと向かう。

 そして、丸まっているスノーラビィをルルの枕元へと置いてあげる。



「ふわふわ」

「はい、ピンクラビィちゃんと同じで、この子はスノーラビィちゃんと言います。個体は少し小さいのですが、れっきとしたピンクラビィちゃんの仲間ですよ」

「!!」



 目を輝かせるルル。

 思うように体が動かないため、そろっと丸まって寝息を立てるスノーラビィの背中を撫でてみる。

 たまらない感触。

 ずっと触っていたくなるスノーラビィの毛並みにうっとりとしてしまうのである。

 すると、ぴょこんといつもと違う撫でに耳を立てて起きるスノーラビィ。

 目の前にちゃんとアリシアが居ることを確認すると、誰に撫でられているのかと後ろを振り返る。

 ルルと目が合う。

 頬を真っ赤にして、幸せそうな表情を浮かべている。

 スノーラビィは、悪くないかもと思ったのか立ち上がらずにそのままちょこんと丸まってしまう。

 アリシアは、スノーラビィに薫に冬ツツガムシ病の薬を頼んで欲しいと言うと、ぴょこっと耳だけ立ててじっとする。

 その後、へにょーんと垂らしてから送信完了としていた。

 アリシアは、このまま少しの間スノーラビィにルルの下に居てくれるかと聞くと耳だけを器用に丸を作るのである。

 安心したアリシアは、人差し指でこしょこしょと撫でてから一旦オルビス商会へと戻ることにする。

 スノーラビィが、何か伝えようとしたら呼んで欲しいと言ってから、アリシアは屋敷を後にする。

 玄関までエニキスとパナンに連れ添われてである。

 まだ、オルビス商会の中での治療院には患者が来る。

 そして、直ぐにスノーラビィに返事が帰ってこないところを見ると現在手が離せないということがわかるからだ。

 それに、幸せな気持ちになるスノーラビィと一緒なら、ルルの気の持ちようも変わってくると思うのだ。

 薫から言われたことのあることだから、自身でもちょっと試してみようと思うのである。

 アリシアは、がんばりますよー! と両手を上げてオルビス商会へと戻るのであった。



 屋敷の中、スノーラビィは先程まで撫でられていたが、疲れてしまったのかルルは眠ってしまっていた。

 アリシアは帰り際に体力回復魔法を使って帰っているから心配はない。

 しかし、ちょっとうなされるようにルルは眉を潜める。

 スノーラビィは、少しでもアリシアの役に立てるかなと思ったのか、ルルの頬に引っ付いてから、体から魔力を放ち始める。

 すると、ルルの体を纏うようにその光が溶け込んでいく。

 眉を潜めていたルルは、楽になったのか安定した寝息を立て始めた。

 スノーラビィは、「きゅ~♪」とひと鳴きするとルルに寄り添うように眠りにつくのであった。


読んで下さった方、ブックマークしてくださった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、本当に有難うございます。

ptもブックマークもじわじわ伸びてて感無量です。


書籍の情報色々と言いたいことがありますが、まだ言えませぬ……。

言いたいよー!!!

それとなんとか一週間以内だったよ!

もっと早くできたらよかったのですが、なかなか上手く行かないものです。


ハイというわけで、カウントダウン2です!

アリシアsideを進めたら薫sideが進まないでござるorz

次回はSランクの者との対戦です……え? 前回もこれを書いたって?

キノセイダヨー

残すところ……あと2話で帝国が……どうなる!?


次回も頑張って書いていきますのでよろしくお願いします。

ではでは!

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