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薫、レイディルガルドへ……帝国崩壊のカウントダウン4

 部屋に散らかる書物。

 大量の付箋が至る所に貼られ、今日の予定がびっちりと書かれてある。

 大きな溜め息を吐きながら机の上の書物に手を伸ばして見ながら言う。



「お前も使えんな……本当に……」

「も、申し訳ございません。モーリス様」

「腹を押さえて……またか」



 メイドは青ざめ嫌な汗で額を濡らしていた。

 激務の度を超えた仕事量に加え、モーリスの不機嫌な表情に胃痛を訴えていた。

 殆ど寝ていないモーリスは、全くもって平然とした態度で作業をこなす。

 化け物でも見ているのではないかと錯覚すら覚える。

 そんな考えが分かったのか、モーリスは立ち上がってメイドの目の前に立ち、豊満なメイドの胸を鷲掴みにする。

 ぎりぎりと力任せに力を入れているため、メイドの表情は苦痛に歪む。



「お前も私を馬鹿にしているのか? ハーフエルフである半端者がたまたま力を持っているからと……。無駄に頑張り仕事をしているとでも思っているのか!」

「あっ……。んっ、そ、そのようなこと思っておりません。い、痛いです……。や、やめてくださいませ……モーリス様」



 苛立つモーリスは、メイドを突き飛ばし床に転ばす。



「仕事もろくにできないメイドなどいらん! 兵士の性欲処理の道具にでもさせてもいいのだぞ?」

「!? そ、それだけは……どうかそれだけはおやめになってください……」



 ぐしゃぐしゃな表情で懇願するメイド。

 モーリスは、その表情を見て背筋がゾクゾクするのである。

 モーリスは、ハーフエルフからの大出世をした。

 それは、元帝国軍師のザルバックがモーリスを引き上げたからだった。

 師弟関係なようなものがあり、元々はモーリスもザルバックを慕っていた。

 しかし、野心家のモーリスは次第にザルバックの地位が欲しいと思い始めた。

 誰もが敬い、崇める地位。

 全ての者がひれ伏し、全ての決定権を持つ。

 だが、帝国最高の軍師であったザルバックに敵うはずもなく、ずっと二番手を走り続けた。

 女に目もくれず、ひたすら叡智を磨き技術を鍛えてSランクにまで上り詰めたが、Cランクのザルバックに手も足も出ないモーリスであった。

 ありえない化け物というのは、ああいう者を指す。

 例外としては、時の旅団のメンバーだけだった。

 力があっても、ザルバックには絶対にかなわなかった。

 だが、先先代の皇帝が死んでから、ザルバックはやる気を失った。

 支えていた最高の主人を失ったようなそんな感じになっていた。

 それから、先代皇帝ガラドラに変わった途端にザルバックは下らないミスをするようになり、モーリスはそこを突いてザルバックを軍師の座から引き摺り下ろした。

 ザルバックも、のんびりと自身の気ままに残りの人生を生きると言って帝国を出て行った。

 その瞬間、モーリスは歓喜した。

 ザルバックが居なくなり、繰り上げだが自身に帝国軍師の座が転がり込んできた。

 ザルバックを引き摺り下ろしたが、繰り上げで軍師になれるとは限らなかったからだ。

 全てを自身の思い通りに動かす事の出来る最高の座。

 しかし、それも上手くはいかなかった。

 モーリスの進言をガラドラは全く聞かなかった。

 先先代の皇帝のように、民のために身を粉にしていろいろと動こうとするガラドラだったが、器と技量は先先代を遥かに下回る。

 故に、間違いをたくさん積み上げていく。

 参謀としてモーリスが横にいるのに、失態を重ね続ける事でモーリスにも批難が来るようになった。

 ザルバックならこんな事にはならなかった。

 この言葉を嫌という程耳にするのである。

 耐えきれない屈辱を味わった。

 そして、1年経たない内にガラドラは原因不明の病に倒れた。

 それに合わせて、即座にモーリスはガラドラの息子のユリウスを皇帝に引きずり上げた。

 先先代の子はガラドラしか残っておらず、殆どが病死や戦死などをしていた。

 恐ろしいのは、先先代は90歳まで生きて老衰で亡くなっているという事だった。

 この医療も碌に発展してない時代ではありえないと言ってもよい。

 ユリウスに皇帝の座が渡ってから見る見る帝国は変わった。

 幼いユリウスは、モーリスの言う事を全て聞き入れ執行していった。

 元のレイディルガルドの本城をシャルディランへと移した。

 立地や魔法技術など全てが整うシャルディランは、モーリスからしてみれば自身の根城としては最高の物であった。

 制約と契約をユリウスに弄らせて自身のスキルと合わせる事で最高のパフォーマンスを発揮する。

 誰も逆らう事ができない独裁国家が誕生した。

 シャルディランの王族達は真っ向から対立したが、大陸全てのCランク以上の者に契約をさせたユリウスの特殊固有スキルの前では手も足も出なかった。

 国に害をもたらす者は、その場で首をはねていき、見せしめのように行った。

 アルバとラケシスは、王族の成れの果てとして荒地の土地を与えてそこで惨めに暮らせと命じたのである。

 国を乗っ取り、魔法技術をも手に入れ、Sランク全員を掌握したモーリスは完全なる地位を手に入れた。

 ユリウスを完全な傀儡として操り、帝国を思いのままに操れる。

 コンプレックスの塊で出来たモーリスの喉の渇きを潤す最高の地位。

 それに溺れる事なく、傀儡国家として死ぬまで楽しもうと思うのである。



「な、なんでもいたします……。モーリス様にでしたら、どのような事でもいたしますからどうか……」

「お前のような使えないメイドを抱くとでも思ってるのか? ただ胸がでかく、容姿が良いだけでそこまでの価値はお前にはない。ほら、もっと懇願せんか。私もっと楽しませろ」



 メイドは、泣き崩れながら必死に頭を下げる。

 今迄、モーリスのメイドとして入った者は、殆どが精神が崩れ落ちたようになったと言われている。

 女の体を使い欲望を発散するのではなく、精神的に追い詰め楽しんでいるのだ。

 最高の地位にいるモーリスに歯向かえる者はこの帝国にはほとんど居ない。

 メイドの意識が跳ぶか跳ばないかの絶妙な威圧を掛けながら、脂ぎった顔で恍惚とも言える悪魔の笑みを浮かべる。



「ほら、どうしたもう終わりか? 私はそのようなものでは満足せんぞ?」

「ゆ、許してくださぁい……ひっく。もう嫌だぁ……」



 モーリスが飽きるまで永久に続く。

 精神が壊れていく表情を見下ろしながら微笑むのである。



 メイドが壊れて、動かなくなった頃にようやく渇きが満たされたモーリスは部屋を出ようとした時、気配を偽りながら接近するものがいた。



「ミズチか?」

「……はい」



 モーリスのみに聞こえる声で返事をし、姿を現わす。

 真っ黒な服装で、能面の仮面を掛けている。

 そっとその者はモーリスに報告書を渡す。

 それをパラパラと捲り、ラケシスの暗殺の完了を確認しながら最後の1枚でピタリと止める。

 目を細め、その詳細を見てから口を開く。



「任務中にミズチの族長と遭遇ねぇ……。そして、白髪の男と一緒だったか……」



 眉を顰めて、二重顎になった顎に手を当てる。

 そして、1つの仮説を立てる。

 契約と制約が執行されている

 標的がいれば、Sランクのクレハの能力はAランクまで下がるが、潜在能力の高さであるが故に大抵の者は簡単に殺せるはず。

 それを止め、尚且つ一緒に入られるということは、Aランクの冒険者か何かだろうと推測できる。

 報告書にも、それらしき威圧を放ったことは書いていた。

 それも、クレハとは相性の良いスキル持ちといったところかなと思うのであった。

 モーリスは、クレハの裏切りをミズチ一族に言うことをせずに、無言で書類を見ていく。

 今そのようなことを流すと、面倒事が増えるというのもある。

 それに、近くまでクレハが来ているのなら、あの綺麗な顔を絶望に歪めながら自身に懇願し、壊れていくのを見てみたいと思うのである。

 1つその楽しみを胸に、薄気味悪く笑うのであった。

 ミズチの者は、そんなモーリスをただ何も思わずに見ている。



「ああ、報告ご苦労。そうだな、そこで壊れている女を片付けておいてくれ。好きにしてかまわん」

「はっ、わかりました」



 メイドを放置し、壊れたものに興味がないと言わんばかりに重い体を揺らしながら部屋から出て歩く。

 ミズチの者は、メイドを簡単に肩に担いでそのままフッと姿を消す。

 モーリスが廊下を歩いていると目の前からユリウスが走ってくる。



「モーリス、今日はアルバの処刑だよね……」

「はい、これはしなければならないのです。お優しいユリウス様のことでしょう……。心をお痛めになるかもしれませんが、これは必要な事なのです。戦乱のあの地獄を民にまた味あわせるわけにはまえりませんからね」

「うん、これも民のためだもんね」

「そうでございます。今日の昼から明日の夜まで魔工都市【エルギル】で会合がございます。ユリウス様しっかり準備をなさってくださいね」

「移動はスピカの船だよね?」

「そうです。献上して貰ったあの船での移動です。あれが手に入ってからというもの大陸移動が楽になりました。馬車移動などもう出来ませぬな」

「僕もあれは好きだよ。不思議な感覚がするから」



 そう言って、ユリウスは笑うのである。

 モーリスは、そんなユリウスを鼻で密かに笑うのである。

 傀儡国家となってる事などみじんも思っていないあどけないユリウスは、これから起こる地獄などこの時はまだ知る由もないのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 スパニックの一室。

 朝日が昇り、ムクリと起きるアリシア。

 枕元ではまだ夢見心地なスノーラビィがころりんと丸まっている。

 微笑ましいその姿についつい突いてしまうアリシア。

 突かれるたびにぺたんとなった片耳をぴょこぴょこ動かすのである。

 心が満たされたアリシアは、スッと立ち上がって今日の準備を開始する。

 寝癖でぴょーんとはねた髪の毛と格闘するのである。

 薫の居ない寂しさが、心をキュッと締め付けるような感覚に変わってアリシアを襲う。

 カオルニウムが足りないといった感じでアリシアは小さく溜め息を吐くのであった。



「薫様にぎゅっとしたいです……。って私は何を言ってるのでしょう……。いけないのです……。でも、ちょっとだけでも良いから……はうぅ……」



 ちょっと重症と思いながら頑張って寝癖を直して洗面所をあとにする。

 昨日の晩ご飯の残りを取り出して、それを朝食にする。

 スノーラビィもとことこ歩いてきて、アリシアの横に行儀よく座って見つめてくる。

 アリシアは、膝の上に優しくスノーラビィを移動させて一緒に朝食をとってからスパニック支店のオルビス商会へと今日の診察をしに向かうのであった。



 スパニック支店のオルビス商会の治療院。

 相変わらず朝から人が多い。

 アリシアは、活気だった店内でちょっと呆けた表情をしているのである。



「もう少しで治療院が開きますのでしばらくお待ち下さい。って、お、押さないでください。順番を守ってください」



 そう言って、従業員が必死に列をつくるように言うのである。

 朝早くから、なんと20人もの患者が列をなしているのである。

 スノーラビィは、その列を見てきゅーと満足そうに鳴くのである。

 アリシアも、頑張らないといけないと思い気を引き締めてからコソコソと治療院の中へと入っていく。

 そして、中で準備をしてから開店の札へと変えるのであった。



 二日目とあって、だんだんと慣れてきてアリシアは効率よく患者の診察を回していた。

 所々で、治療師のスパイが入ってきて薬の調合方法を教えろとアリシアに手をあげようとした者がいたが、スノーラビィのたらいによって戦闘不能になるのであった。

 従業員もそれに対応しながら難なく治療を進めていく。

 時間も忘れて、お昼を過ぎてようやく一段落した。



「ふぅ……。これで行列も一旦終わったのです……」

「きゅ~……」

「お疲れ様でした。何か飲み物をお持ちしますね」

「あ、有難うございます」

「きゅっきゅー♪」



 アリシアとスノーラビィは、従業員に頭を下げながら飲み物が来るのを待つ。



「はぁ……。パナン夫人の娘さんの病気は大丈夫でしょうか……」

「きゅ……」

「冬吸風邪であれば良いのですが……。それ以外だと対応が難しくなってしまうのですよ……」

「きゅっきゅ……」



 明日の朝には結果が出る。

 それまでは全くもって何も出来ないのである。

 只待つことしか出来ないアリシアは、どんどん不安になってくるのであった。

 そして、冬吸風邪意外であればどう対処するかをアリシアが決めなければならない。

 アリシアは、薫から言われた通り最悪の自体も考えながら行動しなければいけない。

 失敗は許されない。

 プレッシャーに押しつぶされそうになり、アリシアは変な汗を掻き始める。

 薫の余裕の対応など出来はしない。

 そのレベルになど到底届かないアリシアでは、振り払うことが出来ないのである。

 対応によっては、患者が死んでしまうかもしれない恐怖。

 薫ならそのようなことにはならない。

 いや、薫ならばそうならないようにいろんな対処法を知っているのだ。

 まだまだ勉強不足のアリシアには、ちょっと荷が重いものがある。



「はぁ……。溜め息ばかりでは幸運も逃げていってしまうのです」

「きゅっきゅ!」

「うぅ……。スノーラビィちゃん励ましてくれるのですか?」

「きゅ~!」

「有難うなのですよ」

「きゅ~きゅ~♪」



 人差し指でスノーラビィの頭をこねこねとする。

 気持ちよさそうに目を細めるスノーラビィ。

 満足したのか、机の上からアリシアの肩へとよじ登っていく。

 いつもの定位置で満足そうに鼻息をふーッとさせてまるまる。

 アリシアは、足をぶらぶらさせて本日診察した人たちのカルテを書いていく。

 子供から老人までと様々な人たちが来た。

 話し好きな人から無口な人、無愛想だが薬を手に取って帰るときに有難うと言われるだけで嬉しさがこみ上げてくる。

 薫に付いてきてよかったと思える瞬間でもある。

 もしも付いていかなければ、治療師にはなれなかったのではないかと思う。

 いや、なれたとしても高度な知識など到底教わることなど出来なかった。

 そこら辺の普通の回復魔法しか使えない一治療師と変わらないだろうなと思うのだ。

 感謝の気持ちを胸に、お昼からの患者をばりばり見ていこうと気持ちを奮い立たせるのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 レイディルガルドの街中で大きな声がこだまする。

 水の都とも称される街。

 広大な湖の中心に大きな大都市が君臨している。

 魔道具を大量に使われて形成される。

 湖の透明度は現代ではありえないくらい透き通っている。

 魚などが豊富に泳ぎまわっているのだ。

 街中に水路が通されており、船での移動が可能としてある。

 レンガ造りの家が綺麗に並ぶ。

 赤茶や、肌色、白といった味わいのある街。

 橋もアーチがたにして、少し大きめな運河もある。

 旧シャルディランの町並みを全く崩すことなく再利用されているのだ。



「旧シャルディランの国王のアルバの処刑が執行された! ユリウス皇帝の命により、帝国を乗っ取ろうとした罪だそうだ!」



 そのような声が上がった。

 町の住民は、一瞬驚いたがその後は何事もなかったかのように静まり返る。

 ここで声などを上げれば、国家反逆罪に問われる。

 アルバに加担したとなれば、即首をはねられてもおかしくないからだった。



「もう、シャルディランの復活は無いのでしょうか……」

「アルバ様……。勇敢に最後まで我らのために……」

「あの方のご意思を我々が引き継がなければいけない……。だが、契約のせいで我々には何も出来はしない……。その時が来るまで……、アルバ様の意思の炎を灯し続けます」



 そう言って、裏路地で涙を流す魔道士の法衣を着た数人がいるのである。

 悔しい表情で、壁を殴りつける。

 そして、そのまま路地の闇へと消えていくのであった。



 レイディルガルドの城の最上部にぶっ飛べスピカ36号がデカデカと停泊している。

 大型船の船に羽とジェットエンジンのような物が3機ほど取り付けられている。

 中は、プロベラが何重にも重なっている。

 そのエンジンの上には、風の精霊がビシっと敬礼をしてチョコンと座り込んでいる。

 風の精霊の力を使って、そのプロベラから推進力を得るのだ。

 それに乗り込んでいくユリウスとモーリス。



「モーリス、アルバはまた戦争を繰り広げると言ってたね……」

「はい、私の言ったとおりでございましたでしょう。あの者は、先々代のころの時代に戻そうとしているのです。そのようなことを民が望むでしょうか……。それは、否でございましょう。領土を広げるために戦争をして、それによって民を苦しめる。昔と違う食糧事情です。民は戦争などで国に食料を徴収されることを拒みます。むしろ、徴収すれば人出が足りなくなり食糧不足になり、民が飢えそこから賊へと落ちるでしょう。盗んだほうがらくですからね」

「……そうだよね。うん、あの処刑は間違ってないよね」

「はい、この大陸の安定のためでございます。ガラドラ皇帝がいらっしゃれば、お褒めになられたと思いますよ」

「うん、父上も早く病気が良くなればいいのに……」

「私の配下の最高の治療師に見せております。現状では、あれ以上悪くなることはないと思われます」

「早く完全に治せる治療法を見つけてね」

「はい、日々その研究で皆身を削っております。ですから、心配などございませんよ。さぁ、出発の時間です。エルギルへと参りましょう」



 そう言って、複数人の護衛とメイド達を連れて風の精霊の体が光り出し、プロペラが回り始める。

 エンジンを地面に向けて噴射し始めると、ゆっくりと浮上していく。

 ユリウスは、展望室の窓からその光景を眺めながら豪華なソファーに体を預ける。



「凄いね。いつ乗ってもこの瞬間はたまらないよ」

「ユリウス様はこちらでおくつろぎになりますか?」

「うん、モーリスは?」

「私は客室で少し休みますよ。もう歳ですからね。何かありましたら、言ってください」



 モーリスはそう言って、腹の肉を抱えながら立ち上がりのっしのっしと歩く。

 モーリスの後ろをメイド長が付いて行く。

 三十半ばくらいだろうか、キリッとしたそのメイド長は表情1つ変えないのである。

 モーリスは、おもしろみのないと言わんばかりに舌打ちをするのであった。

 約3時間の旅。

 眠って起きれば付くかなと思いながらモーリスは客室へと入って行った。

 部屋へと入ると、モーリスはアルバの処刑の時の光景を思い出す。

 背筋をぞくぞくさせながら、恍惚の時間を繰り返すように堪能する。

 強がっていたアルバの表情は、死期が近づくにつれて生へとしがみつくかと思っていたが、中々そうにはならなかった。

 娘が自身の意思を受け継いで、帝国を滅ぼすと言っていた。

 その言葉を聞いた瞬間モーリスは悪魔のような表情をして、アルバにそっと告げるのだ。

 娘はとうの昔にこの世にはいないと。

 ミズチ一族によってもう暗殺してしまったと言った瞬間、アルバは壊れたように涙を流し叫んだ。

 声にならない怒りと憎しみと絶望に染まった。

 そのままモーリスは、アルバの首をはねた。

 表情は絶望に打ちひしがれたまま、その時間を切り取ったかのように地面に転がったのであった。

 最高の笑顔でモーリスはその光景を楽しんだ。

 歪んだ心を潤して、次のおもちゃはクレハ・ミズチだと思いながらモーリスは客室の大きなベッドに横になるのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 隠れ家のすぐ外のコテージ。

 15時ごろだろうか、ラケシスの病気も落ち着き始めていた。

 薫の薬の投与をきっちりと行っていることがその回復速度を上げている。

 それに、回復魔法と現代ではない魔法を屈指しているからでもある。

 衰弱死しないように、体力などもちゃんとしている。

 それだけでも天と地の差がある。

 薫は、すーすーと眠るラケシスを見ながら、一安心といった感じで肩の力を抜くのであった。

 相変わらず、白衣をちょこんと持ったクレハはジーっとこちらを見ている。

 あまり眠れていないのか、やつれてきているのは明白ではある。

 しかし、無理強いをしてもこればかりはなんとも出来ない。

 精神的な物の根本をなくさなければいけない。

 そっとクレハの頭をぽんぽんと撫でると、不思議そうな表情でこちらを見てくる。

 歳相応の可愛らしい表情に、薫は笑顔で返す。



「なんかお昼食べるか?」

「……いらない」

「少しだけでも食べんとアカンやろ」

「……ん」



 ちょっと複雑そうな表情をするが、二度目で必ず了承する。

 しかし、クレハは物を殆ど食べない。

 体が拒絶しているのだろう。

 精神的に来るものから食事が喉を通らないのかもしれない。

 無理やり食べさせたところで、戻してしまうのが関の山なため、食べれる範囲で固形物でもなんでもいいから食べてもらう。

 そして、少しづつ慣らしていく。

 補えない部分は、点滴を使って栄養を入れることもここ数日を見て検討に入れている。

 クレハの体調次第といったところだ。

 薫が立ち上がると、クレハもそれにつられて立ち上がったが、ここに来てふらついてしまう。

 限界が近いようだった。

 サッと倒れそうなクレハを受け止める。



「はぁ、もうそろそろやばそうやな……」

「……」

「少しだけクレハさん寝てもらえへんやろうか? 点滴で栄養を入れるから」

「……ん」



 ラケシスの横の布団にクレハを寝かさて、薫はクレハの鎖骨の部分に手を当てる。



「医療魔法――『高カロリー輸液・ベクトル2』」



 金色に一瞬光った瞬間スーッと凝縮される。

 小さな点としてクレハの鎖骨部分に張り付くのである。

 高カロリー輸液は、普通の点滴では血中に流せない。

 高濃度ブドウ糖を使っているため、血管炎を引きをこすリスクがあるからだ。

 しかし、生命維持に必要なだけのエネルギーを充分供給することの困難な患者さんに使うことがある。

 大きなビニール袋のような点滴をぶら下げて、病院を歩いている患者さんを見たことがあると思うが、それが高カロリー輸液である。

 基本的には、大手術の後などで、2、3週間以上患者さんが口から栄養が取れない時に使う。

 今回は、フーリと一緒にいられるようになっても精神的なものから来ているので、すぐ食べれるようになるかと言ったらわからないからでもある。

 なので、薫は通常の点滴とは違う鎖骨下静脈から輸液ラインを確保して、血液内で希釈を起こして血管炎を引き起こさないようにしている。

 鎖骨下静脈以外に内顎静脈や大腿静脈などがある。

 これらは、中心静脈と言われる。

 そして、高カロリー輸液を使うことによって1年以上口から栄養を取らなくても生存させたりも出来る。

 しかし、これによってデメリットもかなりある。

 だから、多様をすることも出来ない。

 薫は、それを見極めながらクレハに投与していく。



「体力が物凄く落ちとるから少し休み。そうせなぁ、クレハさんの体が持たへんわ」

「……」

「体力回復魔法も使ってもええけど、根本的には体に無理させるんやからあまりしとうないねん。精神的な物を魔法ではどうにもならんからな」

「……ん」



 薫のゆっくりとした口調で言うと、ちゃんとこくんと頷いて理解した。

 だが、それですぐに変わるわけではない。

 少しづつ、ゆっくりとだが解消されていくようにする。

 急ぎは禁物である。

 周りが騒いでもどうにもならない。

 精神的なものはとくにそうだ。

 だから、ゆっくりでいい。

 焦らずゆっくりで。



「……カオル、さん」

「ん? なんや?」

「……ずっと、守ってくれる?」



 薫は、フーリとのことかと思いそれに返事をする。



「ああ、ちゃんと病気も治るまで面倒見たるよ。フーリといっぱいのんびり遊べるようにしたるからな」

「……ほんと?」

「嘘なんてつかへんわ。アリシアにもフーリにもそれは言うとる。俺の患者は、どんなことがあってもちゃんと治るまでは面倒は見るからな」

「……ん、うれしい……」



 そう言って、はかなげに笑うのだ。

 目尻に涙を溜めて、ツーッと流れる。

 薫は、それを指先で拭き取り頭をポンポンと撫でて落ち着かせる。

 精神的に追い込まれている時だから、薫は『撫でリスト・極み』がそんなに発動してないのだろうと思う。

 それに、撫で方も変えているからそこまで心配もないかと思う。

 ピンクラビィで試したが、不満気な態度を取ることが多い。

 これでは、撫でに入らないと言わんばかりに抗議してきたのだ。

 その瞬間、もう撫でへんでの一言で頬を膨らませながら不機嫌なまま負けを確信してふて寝してしまったのである。

 その時は、仕方ないので撫でてやると天にも登るような気持ちよさそうな声を上げるのである。

 なんとも恐ろしい『撫でリスト・極み』と思うのである。

 薫は、クレハの点滴が終わるまで側に居た。

 ラケシスの様子も見れるため、丁度良い。

 ウンディーネとフィリスは、外で料理をしてくれている。

 今日の夜動き出すため、晩ご飯も今から作ってもらっているのだ。

 メイドであるフィリスは、かなり手際が良くていろいろと料理も出来るようでかなり頼りになる。

 味も申し分なかった。

 しいて言えば、濃い目の味付けをするみたいなので高血圧が心配と思うのであった。

 そんなことを考えていると、眠気が襲ってくる。

 ふと考えると、睡眠時間をあまり取っていない。

 浅い睡眠を小刻みにとっているためだろう。

 自身が倒れては元も子もないので、薫は壁に背中を付ける形で少しだけ眠ることにした。

 薄っすらと眠りに落ちていく中、目の前にクレハがふとんを被ってこちらへ向かってきている様子が伺えたため、ギリギリで会話をする。



「どないしたんや?」

「不安だから……引っ付いても、いい?」

「ああ、かまへんよ……。変なことするんはNGな」

「………」

「返事は……?」

「……ん」



 そう言うと、クレハは昨日と同じようにあぐらをかいている薫の膝下にちょこんと座り、布団を引っ張り薫共々それに包まる。

 クレハはグイグイとおしりを動かして位置を調整して薫の胸に頭をあずける。

 眠らないのは変わらないが、目を閉じるだけはするのである。

 薫は、そのまま少しだけ眠るかと思いながら目を瞑る。

 クレハの甘い臭いと体温が心地よく、直ぐに睡魔に魂を売り渡した。

 クレハの肩に薫の頭がコツンとうなだれる形でもたれかかる。

 規則正しい寝息を耳で感じながら、クレハは優しくて肩に乗っかる薫の頭を撫でる。



「……カオル、さん。ありがと……」




 そう言って、安心しながら薫の頬にクレハは自身の頬を重ねて目を瞑るのであった。



 薫が起きたのは、夕暮れ時だった。

 約1時間半ほど眠っていた。

 起きると、クレハもそれに気がついたのかこちらを見上げてくる。

 外では、きゃーきゃーといった声が聞こえてくる。

 薫は、ラケシスの病状を見たあともう安全圏かなと思いながら、薬の量を少しずつ絞っていく。

 相変わらずアヒルの子のように後ろをついてくるクレハと一緒にコテージを出る。

 ラケシスしかいなくなったコテージの中で、ウンディーネの布団からぴょこんと耳を出すピンクの悪魔ことピンクラビィ。

 何かを伝えるように耳をぴんと立てて送信するのである。



 外に出ると、ウンディーネが野生の魔物を湖の水を使って水竜を創りだして葬っていた。

 楽しそうに「もってけぇー!」と言いながら、その水竜の頭の上に座っているのだ。

 水竜の体の中は激流のように渦巻いており、あの中に入ったら最後、ボロ雑巾よりもひどい形で吐き出されるだろう。

 そんなことを思いながら、辺りを見るとかなりのドロップアイテムが転がっている。

 フィリスは、目を点にして襲い来る魔物から逃げ回っているのである。

 薫は、威圧を貼り忘れていたことに気がついて、即座に展開する。

 空間が一瞬だけ揺らいで、凍りつくような大気に当てられた魔物たちの行動が一瞬にして止まる。



「え? ええ? ど、どうなってるんすか!?」

「さぁ、どうなってるんやろ?」

「……もういいですよ。でも、助かりました……。いきなり魔物がこちら側へ向かって来たので本気で焦りましたよ。なぜ、Bランクの魔物がこの辺にいるんですか! 群れでいるとか聞いてませんよ……」



 涙目でそう言ってくるフィリス。

 フィリスは冒険者ランクで言うと強さはDランクらしい。

 Bランクの魔物など死神にしか見えなかったのだろう。

 ちなみに、ラケシスの強さはCランクらしい。

 制約によって制限が掛けられており、本来の力を出せないそうだ。

 どのレベルなのかはわからない。

 残りの魔物が丁度一直線にいるため、薫は回し蹴りで一体を慈悲のない力で蹴り飛ばすと、全ての魔物を巻き込んで岩にぶつかり光の粒子に変換された。

 フィリスは、きょとんとしたアホな子の表情で夢でも見ているのではないかと思うのである。

 Bランクの魔物を軽々と蹴り飛ばして、人外な速度で玉突き事故を発生させたのだ。

 Aランクの冒険者パーティで倒す魔物をたった一蹴り、それも全く魔力を消費していないかのように言うのである。

 完全なる化物と言っても良い。

 そして、その強さは帝国を潰すと言ったことへの期待にも繋がるのだ。

 その力の少しでも見れば、納得してしまうのだ。



「さーって、ウンディーネ。夜の準備するから魔力の消耗した分の回復しとくわ」

「わかりました」



 そう言って、水竜を解き放つと湖に水が全て戻って行く。

 そして静けさを取り戻すのであった。

 薫はそのままウンディーネに手を翳して魔力を渡していく。



「うぅ……。カオルさんは凄いよね。濃厚な魔力が私の体内に流れ込んでくる」



 そう言いながら、体を震わせるのである。

 そして、元気いっぱいといった感じで笑顔で薫を見るのだ。

 愛くるしい表情のウンディーネは、えへへと言いながらとてとてと歩き出すのである。

 薫の魔力を溜めた瞬間の膨大な量に、青ざめるフィリス。

 明らかに保有している魔力の量が違いすぎる。

 言葉には出さなかったが、人外ということは理解できる。

 フィリスは、ラケシスに報告しようと思うのであった。

 薫に付いて行けば、帝国を打ち破ることが出来るかもしれないと本気で思うのだ。



 真っ暗で月明かりのみが照らす大地。

 隠れ家から離れて、川原まで来ている。

 そして、ラケシスの病状は完全に回復していた。

 薫に何度も頭を下げて、感謝の気持ちを表す。

 フィリスも全く同じように頭を下げる。

 致死率50%の病気をたった2日で治してしまったのだ。

 薫は、「気にせんでええよ」とたったその一言のみなのである。

 器の広さが伺える。

 しかし、薫は仲間以外の患者に治療魔法や医療魔法程度ならば、金を貰う気は今のところなかった。

 固有スキルの『異空間手術室』を使うのであれば話は変わってくる。

 自身のデメリットも考えて、強制的に魔力欠乏症に陥るのだからその間命の保証はない。

 それに、治せる病であれば確実に治すことが出来る。

 この世界では、治せるものは薫のみ。

 そう考えたら、金額は跳ね上がる。

 そこら辺は要相談と言った感じかなと思うのである。



「そんじゃあ、ウンディーネよろしく頼むわ」

「お任せください!」

「ああ、うん、まぁ、程々にな……」



 ビシっと敬礼をして一気に水の船を作り上げる。

 それに全員乗り込むと、ウンディーネは「しゅっぱーつ!」と大きく手を天に掲げて意気揚々と川を下って行くのだ。

 明日の朝にはレイディルガルドへ着くだろう。

 薫はストレス発散でもするかなと思ったとたんに、体からにじみ出る凍りつくような威圧が溢れ出るのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 妖精の国。

 古城でプリシラはいそいそといろいろな準備をしていた。

 表情は最高の笑みを浮かべている。



「うふふ、薫様の弱みに付け込んで、1日薫様独占のキャッキャウフフな撫でリンコ作戦を決行しますよぉ♪ 楽しみですぅ~♪ 楽しみなんですぅよぉ~♪ きゅっきゅー!」



 そう言いながら、せっせと情報を集めた物を紙に書き込んでいく。

 これは、薫がクレハがイチャイチャ(ピンクラビィ視点での感想)していたことをアリシアに言いますよ! という脅しの書類である。

 受信した情報を事細かに書いていく。



「あの子にはちゃーんとご褒美をあげませんとねぇ。薫さんの撫で撫で1時間券で良いかもしれませんねぇ。きゅっきゅきゅー♪」



 今から楽しみだと言わんばかりに、夜な夜な玉座の折りたたみ式ベッドで横になって書いているのだ。

 寝間着は、肌がいろいろと透けているちょっと派手な物を着用して、足をパタパタさせながらこの帝国を潰したあとに、薫に提出してしまおうと思っているのだ。

 楽しみで仕方がないと思っているが、完全にそれをしたあとのデメリットが抜け落ちているのである。

 むしろ、薫がこの程度のことでプリシラの言う事を聞くのかも怪しいと。

 この時のプリシラは楽しくて仕方なかったのだ。

 撫で撫でデラックスな計画で、薫との甘い一時に胸をふくらませていたのが敗因である。

 安直な行動で痛い目を見るなどこの時は思いもしなかったのであった。



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 そして、早朝。

 レイディルガルドで、未だかつてないありえない超常現象が巻き起こる。

 あるものは、化物と。

 そしてある者は、神の化身と。

 歴史に名を残す最大の分岐点となる激戦が幕を開ける。


読んで下さった方、ブックマークしてくださった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、本当に有難うございます。


遅れました申し訳ない!

そして、感想も返せておりませぬ(´;ω;`)

見ております。そして、ちゃんと時間が取れたら返していきますのでもうしばらくお待ち下さい。

急遽仕事で書く時間を全部持ってかれましたorz

次回は早めに投稿したいなぁ(遠い目

カウントダウン4です!

薫ついにレイディルガルドへと降り立ちました!

果たして、どうなるのか!?

はい、次回も頑張って書いていきますのでよろしくお願いします。

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