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クレハの悪夢と帝国崩壊のカウントダウン5

 スパニックの宿屋に戻ったアリシア。

 部屋に入り、扉を閉めた途端にへにゃ〜っと崩れてしまう。



「とりあえず、パナン夫人の件はなんとかなりそうです……」

「きゅ……」



 スノーラビィもアリシアと全く一緒な感じにきゅっと溜め息を吐く。

 アリシアは、そんなスノーラビィの頭をくしくしと撫でる。

 撫でていると、アリシアの手をパクッと甘噛みし始めた。

 その行為で、晩御飯がまだだったことに気がつき、アリシアはスノーラビィを肩に乗せ食堂へと向かおうと扉を開ける。

 すると、扉の前で出会った瞬間深くお辞儀をするこの宿屋のスタッフがいた。

 カートにルームサービス用の食事が乗せられてあり、空腹のスノーラビィはその匂いに歓喜した声で鳴く。



「アリシア様でよろしかったでしょうか?」

「は、はいそうですが……。あ、あの……ルームサービスは頼んでませんけど……」

「こちらは、本日お世話になった者達からのお礼も兼ねております」



 アリシアは、今日この宿屋で何かしただろうかと一瞬考え込む。

 そんな表情を見て、慌ててスタッフは話を付け加える。

 今回、アリシアが治療した人達の中にここの料理長の娘とスタッフの息子が居たのだとか。

 薬を飲んでから、咳が収まり楽になったと報告があって、一つお礼を言いに行こうとしたらしいのだがその時にはアリシアは居なかった。

 オルビス商会の人にどこにいるか尋ねたら、自身が働いている宿屋と知って夕食がまだだろうと思って作ったらしい。

 アリシア嬉しい反面、食事をしてこなくてよかったと思うのである。

 スノーラビィは、アリシアの肩からぴょんっと飛んでカートに飛び移りアリシアに早く早くとキラキラした眼差しを送る。

 そんなスノーラビィを見たスタッフは、クスリと笑って部屋にカートを入れテーブルに出来たての料理を並べていく。

 一礼をしてから部屋から出て行くのである。

 アリシアはふんわりソファーに座って目の前の豪華な食事に目を向ける。

 泊まっている人数が2人と書いてあるため2人前あるのである。



「こ、これは残すと作って下さった方達に申し訳ありませんよね」

「きゅ〜♪」



 そう言って、料理に手をつける。

 スノーラビィもフルーツの盛り合わせのキンググレープを口に頬張り耳をぴょこぴょこさせて飛び跳ねるのである。



「お、美味しいです! 何でしょう……。しつこくなくて、それでいてお腹にたまらないのです」



 そう言って脂っこそうなお肉を食べる。

 蒸して余計な油を落としそれを薄くスライスしてあっさりとしたゴマベースのタレをかけてある。

 棒棒鶏のような料理にアリシアは思わずほころぶ。

 スノーラビィも負けじと次のフルーツへと手をつける。

 ブラックチェリーにかじり付く。

 甘さはかなり強く疲れきった体を優しく包む。

 幸せといった感じできゅ〜っと鳴きアリシアを見つめるのである。

 アリシアは、スープも飲んでみるとクリーミーなコーンスープ。

 冷え切った身体を優しく包み込む至福を味わうのである。

 アリシアは1人前はなんとか食べれたが、もう1人前には手が回らなかった。

 残ったものに蓋をして、冷蔵庫にしまう。

 スノーラビィもフルーツの盛り合わせを完食して、ぷっくりふくれたお腹をさすっているのである。

 アリシアは、スノーラビィの体に対してそれ以上の物を食していることに驚く。

 どこに詰まってるのだろうといった感じで、コロコロになったスノーラビィをつんつんと突く。

 突かれたスノーラビィは右へ左へと転がる。

 ちょっと面白いと思いながらも、アリシア重大なことに気がつく。

 そっと自身のお腹をつまむ。



「こ、これ……。きょ、許容範囲ですよね」



 そう言って現実から目を背けるのである。

 いたって健康的な体型でどちらかといえばまだ痩せている方だが、乙女心は少しの体型変化を気にしてしまう。

 薫に嫌われてしまわないだろうかというちょっとした不安を胸に、アリシアはベッドの上で体操をし始めるのであった。



「うんしょ、うんしょ」

「きゅ! きゅ!」



 スノーラビィに応援されながら、みっちり1時間ほど運動(リハビリ体操)をして汗を流すのである。

 その後は、お風呂に入ってスノーラビィの体をブラッシングして一緒にお布団に入るのであった。

 目を瞑ると一瞬で夢の中へと誘われる。

 相当疲れていたんだなということがはっきりと分かって、アリシアはそっと意識を手放すのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 見慣れた草原。

 その草原で可愛らしく走り回る黒髪の少女を眺める。

 癖ひとつない黒髪から額に2本の角を生やした幼い少女。

 蝶を追いかけながら楽しそうにしている。

 その少女は、ジンベイのような物を着ていた。

 愛らしい表情でこちらに走り寄って来る。



「クレハお姉ちゃん、クレハお姉ちゃん。可愛いの捕まえた!」



 そう言いながら私の前にやってきいて、青と緑のグラデーションの蝶を優しく小さな指にとまらせ微笑む。

 ほんのり日焼けした肌には汗を掻いていた。

 私は優しく頭を撫でてその子の名前を紡ぎながら微笑む。

 世界で一番大切な私のたった一人の妹。

 どんなことをしても守りたいと思ってしまう私はちょっとおかしいのかもしれない。

 でも、私が辛い時に必ず側にいて支えてくれた。

 他の者達は、いつ私を処分するか……私をどう使うかしか考えていない目でしか見なかった。

 呪われた一族の宿命だから……それが普通と思っていた。

 周りから色目でしか見られない。

 容姿がたまたま良かったのと潜在能力が高かったからだと思う。

 普通に接してくれる人など皆無だった。

 病気で全く訓練も出来ず、ずっとDランクレベルのことしか出来ない私。

 親が子を愛するといったこともなかった。

 無関心というのが正しい。

 親子というより本当に他人と接する感じでしか話さない。

 Bランクの強さを持たない一族は欠陥品としか思ってない。

 歪んだ教育のせいなのかもしれない。

 周りも私の能力を引き継がせる事ができるかといった話をしているのをよく耳にした。

 一族の男たちの下世話な話が飛び交うのを私はずっと耳をふさいで耐えた。

 何度も孕ませ、何度も子を生ませて、突然変異のスキルを持つ子が生まれるまでずっとそれを繰り返すなんて耐えられない。

 好きでもない男に抱かれて、身ごもるなんてしたくない。

 それに、引き継げるかもわからない確率。

 ただの性処理道具として使うことを前提でしか話されていない。

 嫌だ……。

 私はそんな人生なんて送りたくない……。

 年を重ねるごとに、そういった目でしか見られなくなっていた。

 体だけ成長し、人を引き付けてしまう。

 弱い自分に嫌気がさす。

 何も出来ない私は……なんのために生きてるの?



「クレハお姉ちゃん?」

「あら、ちょっとぼーっとしてたみたい。なぁに? フーリ」

「えへへ、なんでもなぁーい」

「こら、またそうやって私の膝枕でごろごろして……。もう、甘えん坊なんだから」

「フカフカ……気持ちいいの……えへへ。クレハお姉ちゃんだーいすき」



 天使のような笑顔で私に微笑んでくれる。

 ずっと、こんな時間が終わらなければいいのに……。

 そう思った瞬間。

 辺りが一瞬にして暗闇へと変わる。

 フーリは全くその変化に気がついてすらいない。

 私は動悸が激しくなる。

 肩で息をして、心臓を何かに掴まれるそんな感覚がする。

 嫌な汗がジトッと全身からたらりと流れる。

 いやだ……。

 また(・・)この夢……。

 自分が少し壊される……。

 大切なフーリを……またこの手で傷つける。

 誰か…止めて。

 この終わらない苦しみから開放して……。

 もう傷つけたくないの……。

 そう思っても、止めどなく繰り返される光景が目の前に現れる。



「いや……やだよぉ……もうやめてよ……フーリを……傷つけたくないの……終わってよ……殺してよ……私を……殺してよ……」



 スッと膝枕していたフーリは光のように消えて、私は体を震わせ後ずさりしか出来なかった。

 私の体を抱き、絶対に手が出せないように必死に丸くなる。

 しかし、それは叶わない。

 勝手に手がそれを拒み、私の手から魔糸が現れる。

 別の意思を持ったかのように炎鬼を具現化して、光となって消えたフーリを締めあげているのだ。



「お、おねえ……ちゃん……熱いよ……。助けて……よ」

「やだ、フーリ、お願い逃げて!」

「ひどいよ……。お姉ちゃん」

「違うの! 私は……私は、フーリを傷つけたくなんて無いの!」



 泣き叫んでも、止まらない。

 体は、フーリをゆっくりと締め上げる。

 嬲るように……。

 その感触をゆっくりと味わうように。

 私の魔糸からフーリを苦しめる感触がゆっくりと伝わってくる。

 生々しい感触。

 傀儡を操る者は、一心同体とした動きが出来るため味わいたくもない感覚を味わう。

 綺麗フーリの肌は焼きただれていく。

 それを見たくないのに見せられる。

 人の肉の焦げた匂い。

 それも最愛の妹のということが私を苦しめる。

 私の心が壊れていく。

 ガラスが地面に落ちるように、一瞬で粉々に砕かれる。

 何度も何度もこの光景を見て、私はおかしくなる。

 誰も助けてくれない。

 どうしようもない。

 諦めるしか無い。

 只々、生きる希望を私は自分の手で壊していく。

 守ろうとする者を私は……。



「クレハ……おねえ……ちゃん……」

「もう、やだぁ………」



 そして、いつもの最悪の結末が始まる。

 炎鬼を操り、私の目の前に投げ捨てられるフーリ。

 痛々しく焼き爛れた肌。

 天使のような表情は、苦痛に歪み意識も朦朧としている。

 そんなフーリに跨って、私は太ももに隠した真っ黒なナイフを抜く。

 目の前で最高のショーを楽しむかのように笑う死神が映る。

 頬に手を突き、にやにやと下衆のような笑みを浮かべているのだ。

 私の心はもうぐちゃぐちゃで、元に戻らないかもしれない。

 痙攣しているフーリの胸に、私はナイフをゆっくりと沈めていく。



「お、ねぇ……ちゃ………」

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



 そこで暗転する。



 嫌な汗と、呼吸が荒くなる。

 朦朧とする中、あたりを見回す。

 間接照明が付いたコテージの中で、私は目を覚ましたのだと自覚する。

 私は、ゆっくりと震える手を見つめる。

 真っ白で、汚れていない手。

 先程まで見ていた夢で得た感触が生々しい。

 心がかき乱され、何かに沈んでいく感覚が押し寄せてくる。

 多分、暗闇の中に溺れるように沈んでいくのだろうと思う。

 底なしの沼。

 抗うことが出来ない。

 助けなどこず、ただゆっくりとゆっくりと。

 私を嬲るように、そして楽しむようにその中へと引きずり込もうとしている。

 どうすることも出来ない。

 壊れるまでそれは永久に続く。



「はぁ……はぁ……はぁ……っ」



 涙が溢れ、頬を伝う。

 目を瞑るとまたあれを見る。

 精神が壊れていく私は、寝るのが怖くなった。

 何度も何度も繰り返されるあの光景を只々受け入れるしかない。

 休まることさえ許されない。

 呼吸も荒いまま体を抱きしめ震える。

 すると、後ろからコツンと頭にもたれかかってくる。

 ゆっくり振り返ると、眠っている薫だった。

 あのことがあって以来、ずっと側にいてくれている。

 励ましてくれている。

 最悪な出会いだったが、それでも私を見放したりはしなかった。

 普通できることなのだろうか……。

 私なんかを、なんでこんなにしてくれるのだろうか……。

 わからない。

 お腹に回された薫の手をゆっくりと触ってみる。

 私よりも大きいのに、細く指が長い。

 この手が、私を助けてくれた……。

 これからも守ってくれるだろうか……。

 でも、フーリを傷つけようとする私の体を止めてくれた。

 そう思ったら、愛おしくなる。

 私はおかしいのだろう……。

 私は壊れているのだろう……。

 私はもう戻れないのかもしれない……。

 体の奥が熱くなる。

 感情をコントロール出来ない。

 息が熱くなり、ゆっくりと薫の手を頬に付ける。

 肌に触れ移動するだけで、ピリピリとした不思議な感覚と不安が少し取り除かれる。

 潤んだ瞳で愛おしい物を見るように優しく扱い、ゆっくりとその手を胸に抱きしめ、眠らずにそのままソッと目を瞑るだけにするのであった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 明け方、コテージの中。

 まだ真っ暗な外は、緩やかな風が吹きコテージを撫でる。

 薫は、ゆっくりと覚醒し始める。

 ラケシスの薬の経過を見るためと、症状がどれほど緩和されているかを確かめるために目を覚ます。

 しかし、妙に柔らかくじっとりと温かい感触が右手を襲っている。

 覚醒しきってない状態で、その柔らかくほんのり力を入れると形を変える物は心地よく、手に吸い付いてくるようだった。

 ゆっくりと目を開けると、黒髪の少女が体を震わせこちらを潤んだ瞳で見上げていた。

 額に2つの角がはえ、瞳は真っ赤に燃えるように赤い。



「え?」

「……んっ」



 思考が停止する。

 現在、薫の右手はクレハのパジャマの前ボタンの隙間から中に差し込まれている状態になっている。

 大きく膨らむクレハの胸を下から包む形で少し動かすとたゆんたゆんと震える。

 慌てて引き抜こうとすると、手が抜けない。

 ちゃっかり、一度ボタンを外して中に入れてからボタンをつけているため、手首がその部分で引っかかるのである。



「おい! ちょい待たんかい! なんでボタンしっかりとめとんねん!」

「……」



 左手でボタンをサッと外して右手を救出する。

 薫の言葉に何事もなかったかのようにいつもの表情でクレハは見つめる。



「こういったことはしたらアカンやろ? 恥じらいを持たなアカンって」

「……ん」



 こくんと頷くが、本当にわかったのかどうか怪しい部分がある。

 大きな溜め息を吐いたあと、薫はゆっくりと体を起こしてラケシスの病状を見に行く。

 膝立ちでちょこちょこと後ろをついていくクレハ。

 まるでアヒルの子のようだ。

 しっかりと薫の服をつまんでいるのがわかる。

 ピーンと一瞬伸びたあとちょんちょんと引っ張るのだ。

 進むのが早いとでも言ってるのだろうか。

 布団で眠るラケシスは、大分落ち着いている。

 タオルで額の汗を拭いてから、体力回復魔法を掛ける。



「はぁ、本当になんでこうも面倒事が増えるんやろうなぁ……」

「……んっ。ん~」

「お、気づいたんか?」



 そう言って、ラケシスを見る。

 ポーッとした表情で、こちらを見てくる。

 目が合った瞬間、ラケシスは体の自由が効かない状態で必死に逃げようとするのである。



「あ、ちょっと、ラケシスさん?」

「はぁ、はぁ、ち、近づかないで……。わ、私に何を……はぁ、はぁ、するおつもりです……」



 ラケシスの反応にこれまた面倒と言った感じで頭を掻く。

 説明をするも聞いてはくれない現状況に、とりあえずフィリスを起こすかなと思うのである。

 幸せそうに眠り、寝言で「カオルさんの変態……」などと言うメイドのフィリスに、ちょっとイラッとした薫はウンディーネの布団の上でまるまっているピンクラビィをヒョイっと捕まえて、フィリスの頬にポンと置いてから手でほんのり押し付けるようにぐりぐりとする。

 たらいを落とされないように耳の付け根の部分を人差し指で撫でながらすると、嬉しそうにピンクラビィはぐりぐりされる。

 そしてフィリスは、ほわほわとした毛ざわりでちょっと幸せそうになるが、その感触に覚えがあったため、一瞬で青ざめて飛び起きる。



「きゃあああああ! や、やめてください! 運を吸っちゃやです……吸わないでぇ……」



 そう言いながら、コテージの壁に物凄いスピードで後退する。

 ピンクラビィは、慌ててぴたりとフィリスの胸元に引っ付いたままでいるため、絶句して今にも泡を吹いて失神してしまいそうな表情になるのであった。



「おお、すまんすまん。ちょっと起きてもらうのに、一番手っ取り早そうやったからなぁ」

「は、早く取ってくださいよぉ!」



 涙目なフィリスの胸の上にしがみついているピンクラビィをヒョイッと回収して、薫はそのままウンディーネの枕にちょこんと置く。

 ピンクラビィは、ウンディーネの布団に潜り込んで耳だけぴょこんと出して動かなくなる。



「あ、朝から心臓に悪起こし方するなんてひどいですよ!」

「いやー、ちょっとした出来心やん」



 全く悪いとも思ってない良い笑顔で薫は微笑む。

 フィリスは、悪魔だとこの時確信するのであった。

 そして、薫はラケシスに事情を説明してほしいと言うと、驚いたようにラケシスの方を見る。

 怯えた様子で、ラケシスは薫とフィリスを見ているのである。



「お嬢様、目覚められたのですね!」

「フィ、フィリス! あなた……生きてたのね……よ、よかった……」



 そう言って、ラケシスはフィリスにふらふらな体で抱きつくのである。



「もう、もう、会えないかと思ってました……。はぁ、はぁ、心配、したんですからね……」

「申し訳ございませんでした。私はこの通り元気です。お嬢様、カオルさんが助けてくれたのです」



 フィリスは、ここまでの経緯を説明するとラケシスは表情が青ざめるのである。

 ミズチ一族からの暗殺、その後薫から助けてもらったこと、ここまで連れて来てもらったこと、そしてラケシスの現在の病気の治療中なことを全て説明した。

 よろよろと、ラケシスは薫の目の前まで来て頭を下げる。



「先程は、はぁ、はぁ、無礼な振る舞いをしてしまい申し訳ありませんでした……ごほ、ごほ」

「ええよ。とりあえず横になってもらえるやろうか? 体はまだ治ってもないんやから」

「はい……」



 そう言って、薫の言うことを聞く。

 聞かなかったら、薫は説得(威圧)で眠ってもらおうと思っていた。

 素直な子でよかったと思うのである。



「診察するからちょっと体触るけど我慢してな」



 薫はそう言って、ラケシスに言う。

 ラケシスは、驚いたように目を見開き何か言おうとするが、フィリスがそれをさせなかった。



「大丈夫ですから、お嬢様。カオルさんは信用できますから。でないと……、お嬢様の病気は治りませんから……」



 必死にそう言って懇願する。

 フィリスの必死さに、ラケシスは頷くことしか出来なかった。

 こんな風に言ってくることなど今まで一度しかなかったからだ。

 前回の身代わりになる時と同じだった。

 薫に胸元を脱がされて、恥ずかしく表情を赤らめている。

 唇を噛み、顔を横にそらす。

 2つの緩やかな丘がはだけて現れる。

 照明をつけて、赤みのある小さな水疱があった部分を照らす。



「水泡が消えかかっとるってことは……薬が効いてる感じやな」

「え?」



 薫がそう言ってゆっくりと手をかざして体力回復魔法をかける。

 上級魔法を唱えたことにも驚いていたが、ラケシスは自身の胸元を見て驚く。

 赤みのある小さな水疱が、ぷつぷつと乳房の部分にあることに気がつく。



「何……これ……」



 目を見開きそれを見て恐怖に包まれる。

 今まで生きてきた中でこのような病気に罹ったことがなかったのだろう。

 薫は、この病気の説明をわかりやすくするとラケシスは真剣な面持ちで聞く。



「では、助かるのですか?」

「今日の晩には熱も引くんやないやろか……。まぁ、ラケシスさんが安静にしてくれるならの話やけどな」



 そう言って、冗談ぽく笑うのである。



「あ、安静にしているだけでいいのですか?」

「薬は全部俺の魔法でラケシスさんの血中に入れてるからな。食事も取れそうになかったから栄養も全部同じように入れとる」



 そう言うと、フィリスがハッと薫を見る。

 ラケシスが全く食事をしていないのに、なんともないことを今思い出す。

 体力が無いからといって、水分すら取らないなんてありえないからである。



「まぁ、水分くらい飲めるんやったら直接飲んでもらったほうがええんやけど。飲めそうか?」

「はい、大丈夫です。えっとではお水をいただけますか?」

「ああ、構わへんよ。ちょっとゆっくりしとき」



 そう言って、薫は外に展開される料理キットの蛇口をひねってピッチャーに入れる。

 クレハもとことこと服をつまんで付いて来る。



「もう少し待ってな……。ラケシスさんの病気治ったら帝国へ向かうからな」

「……うん」



 返事をしながらこくんと頷く。

 薫は、そんなクレハの頭をぽんぽんと撫でる。



 コテージの中では、フィリスとラケシスが話をしていた。

 これからの事だった。



「お嬢様、病気が治ったらどうしましょうか……」

「お父様はどうなってるかわからないわ……。もしかしたらもう死んでるかもしれない」

「はい、おそらくは……。お嬢様を殺したことを確認したらもう……」

「急いで行きたいのだけれども……。手遅れよね……」

「……」



 ラケシスの言葉に、フィリスは返す言葉がなかった。

 もうどうすることも出来ない。

 アルバの死は確定している。

 元のシャルディランを復興するために立ち上がったが、王としての器ではなかった。

 戦略も穴だらけで、なんともお粗末な作戦を決行している。

 ラケシスは、戦いをどうこうするつもりはなかった。

 民のために、もっと他のことをしようとしていたのだが、それを全てアルバに潰されていた。

 復讐に燃えるアルバは、もうそれ以外考えられないのであった。

 どうすることも出来ず、ただひたすら息を潜めることに専念するしか無いのである。

 今持っている領土も民も露頭に迷い、奴隷に落ちる可能性もある。

 それだけでもなんとかしたいと思うのである。



「民だけでも……はぁ、はぁ、ど、どうにかならないかしら……」

「無理だと思います……。私達があそこへ戻ることはもう出来ません。帝国がなくならない限り……なんとも……」

「それなら大丈夫ですよ!」



 2人の背後からちょっと明るい声でそう言う。

 寝ぐせがぴょこんとはねているウンディーネがそう言うのである。

 ピンクラビィが頭の上に乗ってチョコンとしている。



「ど、どういうことですか?」

「え? フィリスさんに言ってませんでしたっけ? 私たちは、帝国を潰す(・・)ために来たんですよ」

「「……え?」」



 ちょっと言ってる意味がわからないといった感じの2人。

 たった3人と1匹で帝国を落とすなどありえない。

 無謀と言っても良い。

 若干呆れている2人をよそに、ウンディーネは楽しそうに話す。



「と言っても、カオルさん1人で潰しに行くのですけどね」

「「……はぁ?」」



 夢物語とでも言った感じで、ちょっと可愛そうな目でウンディーネを見つめる。

 そんなことが出来るわけがないと思うのだ。

 そうしていると、薫とクレハが帰ってきた。

 薫は、ウンディーネに「おはよう」と言いながら、ピッチャーからコップに水を入れラケシスに渡す。

 ありがとうと言って、ラケシスはコップを受け取りこくこくと飲み干す。

 そして、先ほどウンディーネが言っていたことを薫に言うのだ。

 冗談ですよねといった感じのしゃべりかたでである。



「ん? ああ、それほんまやで。あいつらのせいで面倒なことになってるからなぁ」



 さらっとそう言われて、一瞬で場が凍る。

 ちょっと食料を買って来るという感じで言いのけるのである。

 フィリスは、額に手をやる。



「いいですか? Sランクでもない限りそんなこと出来るわけないじゃないですか! 仮にSランクでも、3人ものSランクと同時に戦って勝てる保証なんて無いでしょ?」

「ん? アホやなぁ。向こうは自分たちの街で全力で攻撃なんて出来へんやろ? 仮にしたら大損害になるんは目に見えとりやん。そんなの関係ないってやつがいても俺は負けへんしなぁ」

「ど、どこからそんな自信が来るんですか!」



 薫は、面倒だといった感じで頭を掻く。

 クレハから聞いた話だと、帝国にいるSランクの者達は薫の全力で一掃可能という。

 魔力の量が異常だということも言われた。

 そもそも、異空間手術室の魔力量を一撃で放ったら、耐えれるSランクは帝国には居ないらしい。

 それもそうかと思う。

 MPが無限にある薫にとってどうということではない。

 枷を外せば、一撃で地図上から何十kmが消し飛ぶかわからないのだ。

 実際にしようとは思わないが……。



「とりあえず、ラケシスさんが治り次第、俺らは帝国に向かうからあとはそっちでなんとかしいや」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

「ん?」

「ほ、本当に帝国を潰せるお力があるのですか?」

「まぁ、楽に叩けるんやないやろか……」

「カオルさんでしたら余裕のよっちゃんですね」

「……ん」



 ラケシスの言葉に、薫とウンディーネとクレハは普通に出来るというのである。

 いとも簡単に頷く。

 それを見て、「私も連れて行ってくれませんか?」というのである。

 半信半疑ではあるが、もしも出来るのならと考えると居ても立ってもいられないのだ。

 どの道ラケシスにはあとがない。

 これからずっと姿を隠し続けなければならない。

 それなら、この無謀とも言える作戦に賭けてみたいと思うのだ。



「いや、連れていくことは可能やけど……。自分の身は自分で守ってもらうことになるけどええか? なんかあっても俺はどうにも出来へんし」

「そ、それでも構いません。」



 そう言ってラケシスは頭を下げるのだ。

 しかし、フィリスはそんなことダメですと言わんばかりにラケシスを止める。

 薫は面倒だなと思い一旦コテージを出る。

 すっかり日も上がり、清々しい天気になっている。

 アリシアは大丈夫だろうかふと思うが、連絡が一度来たあと音沙汰がない。

 何もなくやっていれば良いのだがと思いながら、朝食を作る。

 クレハは、食欲はないと小さくつぶやくが、薫はちょっとでも食べんとあかんと言うと、しゅんとした表情でこくんと頷くのであった。

 薫は、早くて今日の夜には出発できるかなと思う。

 一緒に付いて行くというのであれば、そのくらいでも問題ない。

 ウンディーネにはちょっと悪いが、また川を下ってもらわなければならない。

 ぐったりするウンディーネの顔が浮かぶと、苦笑いになってしまう。



「さて、出発の準備もさっさとするかなぁ」



 そう言って、薫はフライパンに具材を入れて炒め始める。

 帝国が崩壊するカウントダウンが刻一刻と確実に迫って行くのであった。


読んで下さった方、ブックマークしてくださった方、感想を書いて下さった方、Twitterの方でもからんでくれた方、本当に有難うございます。


遅れました申し訳ない!

そして、ストーリーが全く進んでいないというツッコミは受け付けませぬ。

次回、かなり進みますのでご勘弁を!!

これは必要な話なのです!

そして、次回は少し早く投稿出来そうです。


はい、次回も頑張って書いていきますのでよろしくお願いします。

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